靈蘭之室 茶餘酒後

   ……休息している閑な時間

開封の酒旗

酒旗というと,晩唐の杜牧の「水村山郭酒旗の風」のイメージ,あるいは明末の小説『水滸伝』の挿絵の知識で,竹竿のさきにくくりつけられた燕尾の麻布が風に翩翻,と思いこんでいたけれど,北宋の張択瑞が開封を題材に描いたとされる『清明上河図』を見るとちょっと違うようだ。巻末付近にある孫☐正店とか虹橋のたもとの十干脚店とか,店の規模による違いかとも思ったが,初めの方の小さな店の酒旗も同じようなので,やっぱりこれは(描かれた)時代差か,地域差それも場面のではなくて,描いた人の地域差なのだろう。
『清明上河図』の酒旗は,絵画自体は色あせているけれど青と白の縦縞らしい。陸亀蒙の詩に「酒旗の青紵,一行の書」,白居易の詞に「紅板の江橋,青き酒旗」などとあるから,青がまあ基本である。概ね「小酒」とか「新酒」とか書くが,屋号を書いたかと思われるものもある。十干脚店のは「新酒」で,孫☐正店のは「孫羊店」である。ただし,これも正式な店名とは違うはずだから,名物料理を掲げたのかも知れない。

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町外れの粗末な店は「小酒」である。向かって左隣は紙馬店,つまり墓参りに持って行って焼く紙製品の店である。右隣は饅頭屋のようで,少年らしき行商人が朝食を買い求めている。「小酒」店はたいした規模の店ではないが,それでも彩楼歓棚をしつらえて,酒旗を,竹竿の先に今日と同じようにくくりつけて道路に突き出している。店にはしょぼくれた男性客がいる。入り口に同じ布地を用いたのは暖簾のようである。暖簾の脇に客引き女がいるのかどうかは,絵の精密度の限界でよく分からない。中国では,日本のような暖簾は見かけないという人もあるが,そんなこともあるまい。画巻の中程の船着き場近くに中くらいの規模の店が有って,青白縦縞の一方は確実に酒旗だけれど,もう一方はあるいはこれも暖簾かも知れない。

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