津川友介
ハーバード公衆衛生大学院リサーチアソシエイト

Hinohara Fellowship 2010
2010年9月~2011年8月

留学期間

2010年9月~2011年8月

留学までの準備や関連情報

私は2010年9月から2011年8月までThe Shigeaki Hinohara, M.D. Primary Care Fellowship(日野原フェローシップ)で米国ボストンにあるBeth Israel Deaconess Medical Center(BIDMC)総合内科にて研修する機会を頂いたので、その成果を報告する。私の場合、このフェローシップの専攻が始まる前にハーバード公衆衛生大学院(HSPH)の公衆衛生学修士(Master of Public Health in Health Policy and Management)への受験を済ませていた。日野原フェローシップの面接を受けていた2010年3月の段階でHSPHからの入学許可が下りていたため、日野原フェローシップの責任者であるProf. Russell Phillips(BIDMC一般内科・プライマリケア部長)と相談し、フェローシップと大学院とを半々にして、2年間かけて両方とも修了することとなった。Phillips先生がこのようなカリキュラムを薦めたのには理由がある。ハーバード大学の3大関連病院であるマサチューセッツ総合病院、ブリガム・アンド・ウィメンズ病院、BIDMCは合同の一般内科のフェローシップ・プログラムを作っており(Harvard Medical School Fellowship in General Medicine and Primary Care 1)、そのフェローシップ・プログラムは2年間の臨床研究、1年間の臨床(チーフレジデントをやることも多い)、そしてフェローシップ中にPart-time studentとして授業をとりMPHを修了すると言うプログラムである。1私のフェローシップを、このアメリカ人のためのフェローシップとほぼ同じカリキュラムにするため、Phillips先生は私の留学をフェローシップとMPHと半々にするように薦めたのである。お陰様でアメリカのフェローシップの同期ができ色々と相談できた上に、Harvard-wide programのミーティングにも2年間にわたり参加させて頂き、発表の機会を与えてもらい、とても有意義に時間を過ごすことができた。一年目は日野原フェローシップから給与を頂き、二年目は幸いなことに世界銀行からの奨学金2を頂くことができた。ちなみにProf. Russell PhillipsやDr. Christina Weeはもう少し長い期間で日本からのフェローの受け入れることができたらより良いものになると考えていたようである。海外で新しいことをはじめるのに一年間という期間はとても短いこともあり、今後のフェローのカリキュラムの参考にして頂けたら幸いである。

留学時の経験や活動

前任のフェローたちは主に医学教育の実習に関わっていたようであるが、私自身が医学教育研究をすでにある程度軌道に乗せていたこと3, 4、そしてそこから今後は医療政策研究やヘルス・サービス・リサーチに研究テーマを拡張したいと思っていたこともあり、臨床研究をメインでやらせて頂くこととなった。リサーチメンターとしては、研究に関してはBIDMCのリサーチ部門のAssociate Section ChiefであるDr. Christina Weeになって頂き、生活一般に関してはプライマリケア医であるDr. William Taylorがサポートしてくれた。Wee先生は若いながらも非常に優秀なClinician Investigatorで、メンターとしても素晴らしい指導者であった。Wee先生や生物統計学者であるRoger Davisのサポートもあり、日本から持っていた日本人の糖尿病に関する研究はDiabetes誌に論文として発表することができ5、アメリカで新しく始めた糖尿病のHbA1cのカットオフ値の人種差に関する研究はSociety of General Internal Medicineで口演する機会を頂き、その後Annals of Internal Medicine誌に発表することができた。6, 7このAnnals of Internal Medicineの論文により、2013年4月にはAmerican College of Physician Internal Medicine 2013という米国最大の内科医のための学会でAnnals Junior Investigator Awardという賞を頂き、口演する機会も頂いた。

2012年5月でHSPHは卒業し、同年9月からそのままハーバード大学の医療政策学(専攻:評価科学、統計学)の博士課程に進学させて頂くこととなった。アメリカの博士課程の多くは授業料免除、少額の生活費をもらいながら学ぶ課程であるため 、修士よりも圧倒的に競争率が高く 、入学すると非常に高度で集学的なトレーニングを積むことができる。ここで十分に臨床研究の技術を身に付け、日本に持って帰りたいと思い、今も日々研鑽を積んでいる。

 

一般内科およびプライマリケアの立場は、アメリカでも専門医に比べると弱いと言われている。2008年の景気悪化のおりにはハーバード大学医学部は一般内科・プライマリケアの大幅な予算カットを発表した。これはRussell PhillipsやDavid Batesらのリーダーシップと交渉の末、避けることができたものの 、NIHから莫大な規模の研究予算をとってきている専門科に比べると、やはり一般内科・プライマリケアの力は弱いと言わざるをえなかった。その中で、ハーバードの一般内科・プライマリケアは積極的に臨床研究を行い、論文を発表していくことで、プレゼンスを発揮し、弱体化を逃れてきた。Russell PhillipsやChristina Weeをはじめとして、ハーバード大学で地位を確立するのに必要なのは研究業績であり、NIHやAHRQからの大きなグラントをもらえる人は週1回など臨床の業務量を減らすのが一般的である。一方で、臨床をメインでやっている医師は、たとえどれだけ素晴らしい臨床技術をもっていてもProfessorなどの安定した地位 をえるのは難しい。医学教育に関しても、もちろんHMS Teaching Awardなどで良い教育者は評価されるものの、それがどれほど昇進に寄与しているかは疑問であり、やはり(医学教育「研究」の)研究業績や論文に比べると寄与率は低いと思われる。ハーバード大学ではFull Professorになれないと大学に残ることすら難しいので、いかに日常臨床や医学教育を研究に結びつけるかがファカルティにとっての分かれ道になっている。ハーバード大学は他の多くの大学と比べると研究重視であることは間違いないが、これはハーバード大学だけのことではなく、アメリカでは例えばプライマリケアの重要性を示すには、科学的エビデンスを出すことが必要不可欠であると考えられている。プライマリケアの重要性をJohns Hopkins大学のDr. Barbara Starfield達が研究を行うことでエビデンスを示し、UCSFのDr. Robert M. Wachterらが臨床研究を通じてホスピタリストが有用であることをアピールしてきたのはこの一環である。オバマ大統領の医療保険改革(通称オバマケア)でプライマリケアの重要性が高く認識されるようになってきており、多くの財源が今後この分野に投入されることが予想されているが、これもハーバード大学(そして公衆衛生大学院)の医療政策研究をやっている医師(多くはプライマリケア医)がエビデンスを作ってきていることによるところが大きい。

アメリカで3年間にわたりプライマリケアの盛り上がりを見ていく中で、今後、日本においてもプライマリケアの重要性を広く理解してもらうためには、単に重要性を主張するだけではなく、プライマリケアに注力することで(1)国民の健康がどれくらい改善し、(2)医療費抑制にどれくらい効果があるかという、科学的エビデンスを発表していくことの必要性を強く認識している。また、日本のプライマリケア医は欧米の家庭医を起源にしている人達が多いと思われるが、アメリカでは臨床だけではなく臨床研究や政策研究を実施することで医療システムを改善しようとしているアカデミック・プライマリケア医(英国ではアカデミックGPと呼ばれる)が多く存在している。若手のキャリアディベロップメントの課程でも、臨床だけやりたい人から(プライマリケア医)、研究を中心にしたい人(アカデミック・プライマリケア医)まで広い人を受け入れることができる「懐の広さ」がある。日本でも近年多くの若手がプライマリケアに興味関心を持っているが、その後のキャリア形成に不安を持っている者も多いと聞く。指導医からは研究もできた方が良いと言われるが、指導医自身が臨床研究の経験があまりないため指導できず、路頭に迷う(もしくは臨床研究の指導を外注する)こともあるようである。日本のプライマリケア医もアメリカのように、臨床メインの人から研究に通じている人まで幅広く人材が揃い、補完的に働くことで、はじめて強いチームおよびシステムとしての「プライマリケア医」ができるのであると私は考える。このような流れの中で、臨床研究の面で今後に本のプライマリケアの発展に貢献させて頂くことができたら幸いである。

 

最後に、この場を借りてこのような貴重な機会を与えて頂いた笹川記念保健協力財団、紀伊國献三先生、福井次矢先生、生坂政臣先生、武田裕子先生、大滝純司先生、Dr. Russell Phillips、Dr. Christina Wee,Dr. William Taylorに、心からの感謝の気持ちと御礼を申し上げたく、謝辞に代えさせて頂きます。紀伊國献三先生はボストンにいらしたときに温かいお言葉をかけて頂き、武田裕子先生には現在ボストンでもお世話になっております。福井次矢先生、大滝純司先生には日頃から色々なことで相談に乗って頂いており、深く感謝いたしております。今後ともご指導、ご鞭撻のほど何卒よろしくお願いいたします。

  • 1私もハーバード大学に5年間分の授業料、および1年目、4年目、5年目の(少額であるものの)生活費をもらっている。
  • 2私のプログラムは受験者が300人超で、合格者は毎年10名前後である(合格率3%前後)。一方で、修士課程の合格率ははハーバード・ビジネス・スクールで15%前後と言われている。
  • 3https://primarycare.hms.harvard.edu/prime-time/2014/02/19/rich-history-family-harvard-part-ii
  • 4ハーバード大学医学部ではFull Professorになるまではテニュアトラックではないため、Professorにならないと大学に残ることすら難しい場合もある。