ICFによる事例の捉え方の例(ダウン症)

ICFには、マイナス面だけでなくプラス面も含めて、また、個人だけでなく環境を含めて、事例の全体像を理解するための考え方の枠組みがある。職業場面での障害の捉え方を、知的障害がある人の仮想事例を素材として説明してみたい。

事例

Aさんは軽度の知的障害があり、養護学校卒業後、授産施設に入所した。施設では、就労支援と称して様々な作業訓練が行われ、時々、施設の担当者とハローワークで求人を探したりしたが就職につながることはなかった。4年後、家族が同伴して障害者職業センターを訪れ、本人はおばあさんが好きだったこともあり、老人介護の仕事に興味をもった。そこで、ジョブコーチ事業を活用して、老人介護施設での就職につなげることができた。この施設では、荷物運び、洗濯、掃除などを担当している。現在、施設の職員からも「戦力」となっていると評価され、入所しているお年寄りにも評判がよい。

健康状態と機能障害

この事例では、まず、「健康状態」としては、「ダウン症候群」及び「軽度精神遅滞」に相当する。「心身機能」面では、標準的な知能検査の結果、軽度の「知的機能」の障害が認められた。その他、長期の施設入所の影響とみられる「運動耐容能」の軽度の低下が認められた。また、先天性の心室中隔欠損があったが手術済みである。

活動

能力

「活動」の「能力」面では、障害者職業センターでの評価において、「技能の習得」の能力は模擬的な仕事の覚えも軽度知的障害のある人としては平均的であることがわかった。また、遅刻なく6時間働けることから「日課の遂行」の能力も平均的であった。また、ボールペン組立作業の成績から「細かな手の使用」の能力も普通レベルにあることがわかった。

実行状況

「活動」の「実行状況」面は、実際の老人介護施設に就職してからの問題状況になるが、ジョブコーチの支援や職場のナチュラルサポートなどもあって、現在、仕事内容として要求されたことについて、ほぼ問題なく遂行できるようになっている。しかし、当初は、「注意の集中」「読むこと」「書くこと」「柔軟な現場での判断」「生産性」「8時間勤務」「ストレス対処」「指示理解」「昼食時などの会話」「立ち作業」「通勤」「運搬」「身なりや清潔」「職場リーダーとの関係」「他の職員との人間関係」などで、細々とした問題があり、その時々で、ジョブコーチ等が対応し、問題を解決してきた。ただし、現在、「運搬」作業の遅さや、疲れがたまるなど「健康管理」上の問題があり、対策を検討しているところである。

参加

「参加」については、職業に関連したものとして、「職業準備」や「求職活動」については以前入所していた授産施設でも行っていたが、実際の「就職」は実現しなかった。しかし、約1年前に「就職」が実現し、さらに、「仕事の継続」や「報酬のある仕事」についても本人は満足できる社会参加の状況である。

環境因子

ここで、これらの生活機能や障害状況にプラスに影響した「環境因子」としては、入職時に準備された「作業マニュアル」や「機器の表示の改善」といった物理的なものだけでなく、「家族」「職リハカウンセラー」「ジョブコーチ」「職場の上司・同僚」という人的なもの、また、新たに利用を始めた「通勤寮」といった地域サービス、また、職場内での様々な配慮などの職場内サービス・制度が重要であった。これらは、Aさんの入職以前には整備されていなかったものがほとんどであり、入職前あるいは入職後にジョブコーチが中心となって職場の協力で作り上げてきたものである。さらに、障害者雇用助成金や雇用率制度もまた重要な環境因子であった。一方、この場合、就職に関して阻害因子となっていた可能性が高いものとして、当該授産施設の就職支援のサービスの質の問題が考えられる。

個人因子

一方、もう一つの背景因子である「個人因子」については、職業選択にあたって、Aさんはおばあさんが好きで老人介護に興味をもっていたことが大きな要因となった。また、現在、Aさんの明るく人懐っこい性格は、お年寄りに評判もよく、今後の仕事の広がりの可能性を開くものとなる可能性もある。

上記のまとめ


ICF覚書に戻る
ホームに戻る
Yuichiro Haruna
yharuna-tky@umin.ac.jp