会長挨拶
 家森幸男会長の後を受け、SHR等疾患モデル共同研究会の会長を拝命いたしました並河です。この場をお借りして就任のご挨拶を申し上げます。
 家森幸男会長の後を受け、SHR等疾患モデル共同研究会の会長を拝命いたしました並河です。この場をお借りして就任のご挨拶を申し上げます。
SHR等疾患モデル共同研究会(以下、共同研と略します)は、初代京極方久会長の下、SHR/Izm、SHRSP/Izm、WKY/Izm 3系統の系統維持とそれを活用した研究の推進、新たな疾患モデル開発をミッションに、1994年に設立されました。この頃、それまでに日本から分与され世界各地で維持されていたWKYやSHRに遺伝的な相違があることが明らかとなり、このような事態を受けて、日本国内で広く使われているIzmの系統に関して、その遺伝的同一性を担保することが課題となりました。当時、SHRやSHRSPを用いた高血圧関連遺伝子探索がトピックとなっていた時期でもあり、この取り組みは日本におけるSHR研究の質を保つ上で重要であったように思います。
私自身は、大学卒業後、特に医学研究の道に進むことは考えていなかったのですが、ちょっとした偶然から、当時島根医科大学におられた家森教授のお世話で、1982年からの2年間を米国NIHで過ごすことになり、はからずも研究生活をスタートさせました。当初培養平滑筋細胞を用いた実験をしていたのですが、NIH滞在中に、ハンチントン舞踏病の連鎖解析の論文に出会ったことから、この方法論を応用すればSHRの高血圧遺伝子の同定が可能ではないかと考えるようになりました。しかし、当時は分子生物学がようやく勃興期を迎えた頃であり(NIHの書店にManiatisのマニュアルが平積みされていたことを覚えています)、研究を始めたばかりの「双葉マーク研究者」にとっては、具体的にそれをどう進めればよいのかわからず、ぼんやりとしたアイデアのみを胸に帰国しました。その時にSHRの遺伝解析研究に飛び込んでいたら、と後になって想像することはありましたが、まだmicrosatellite markerもPCRさえ知られていない時代で(ヒトではRFLPという、制限酵素とsouthern blottingを用いた方法が応用され始めたばかりでした)、ラットのマーカーはゼロに等しく、一介の駆け出し研究者にはハードルが高すぎたろうと思います。
その後の経緯は省きますが、ハンチントン舞踏病の論文に出会ってから10年近く経って、SHRSPを用いた遺伝解析の仕事を始めることになりました。当初は、連鎖解析によってこれまでの生理学的知見からは想像できないようなユニークな候補遺伝子を見つけて、そこからまったく新しい高血圧発症機序を解明することを夢見ていたのですが(その当時、連鎖解析によって、それまで知られていなかったがん抑制遺伝子が次々と見つかり、その機能解析を通じて新たながん化メカニズムが明らかになっていましたので、それと同じことをイメージしていたわけです)、結局その後20年にわたって、F2ラットを作っては遺伝マーカーでタイピングを行い、その結果に基づいてラットを戻し交配してコンジェニックラットを作る、という、多くの時間と労力を必要とする作業をひたすら続けていくことになってしまいました。にもかかわらず、未だにSHRSPの血圧上昇や脳卒中発症を説明する遺伝的メカニズムは未解明のままで残っています。登り始めたときに雲に隠れて見えなかった(すぐそこにあると思っていた)頂上は、登っているうちに当初予想していたよりも遥かに高く遠くにそびえていることがわかった、というところでしょうか。ということで、SHRやSHRSPにおける高血圧や脳卒中発症の遺伝的メカニズム解明は次の世代に引き継がれた形になってしまいました。ただ、遺伝子解明に必要となるいくつかのコンジェニック系統を残すことができ、その上に立っても崩れる心配のない確固とした土台を築くことはできたのではないかと考えています。
さて、とは言いましても近年、高血圧の基礎研究そのものを取り巻く状況が大きく様変わりして厳しさが増しています。このような中で、共同研の役割についても今後再考していかざるを得ないのではないかと考えています。世界的にみると、高血圧は、今でもpremature deathの最大の原因とされています。また、SHRやSHRSPは、未解明な部分が多いことから逆に、ヒトの様々な病態の解明に貢献できる余地が大きいように感じています。高血圧関連のものに加えて、NASH、食塩嗜好性、多動性など、多彩な病態をもつことも魅力です。次世代の多くの研究者にSHRに対する興味を持っていただくために、共同研として何ができるのか模索していきたいと思います。今後ともご指導、ご協力の程、よろしくお願い申し上げます。
2025年6月25日
SHR等疾患モデル共同研究会
会長 並河 徹
