会長挨拶
病気の治療や予防の新しい研究は、直接人間を対象としてはできません。まず人間に安全で役立つことを証明する必要があり、そのためには、人間の病気のモデル動物が必須です。私が今から45年も前、当時、結核に代って日本人の死因の第一位となった脳卒中の研究をしたいと思っても、脳卒中は人間にしかおこらない病気でした。
そこで、ネズミに何とか人間と同じような脳卒中を発症させるべく、恩師の岡本耕造先生・青木久三先生が開発された高血圧自然発症ラット(SHR)から10年をかけ、ついに京都大学病理教室で世界で初めての脳卒中を遺伝的に発症する脳卒中易発症自然発症高血圧ラット(SHRSP)の開発に成功しました。今では、このラットはSHRと共に世界中に広がり、今日、日常的に使われている多くの降圧剤の開発に大きく貢献しました。
日本では、私どもが中心となって脳卒中を食事によって予防する研究を積み重ね、「寝たきり」や認知症の主要な原因である脳卒中は食事によって予防可能であることを実証しました。そのSHRSPの成果は、その後20余年をへて世界25ヶ国61地域での人間を対象とする疫学研究でも、モデル動物で実験的に証明された栄養成分が人間でも血管病の予防に有効であることが確かめられてきております。
このように人間が患うことの多い高血圧、脳卒中、脂質異常症、動脈硬化、心筋梗塞、骨粗しょう症、そして生活習慣病として最近注目されているNASHなどの予防や治療の研究のためには疾患モデル動物が益々重要となっています。商業ベースでも購入できるモデルもありますが、その多くは、遺伝子レベルで均質でなく、せっかく得られた貴重な研究の成果も信頼出来ないことになります。
一般的に営利目的で繁殖されているSHRやSHRSPの中には、遺伝的に均質でないために最先端の遺伝子やその病態、病因との関係についての研究などに大きな支障が生じることから、遺伝的にも均一で、表現形質も保障されたモデル動物を活用したい研究者、薬剤や健康食品の開発に利用したい企業が集まり、疾患モデル共同研究会を1994年に立ち上げました。
今や、人類は生活習慣病の蔓延で危機的状況となり、その成因から予防や治療の研究にもモデル動物が益々必要となって参りました。この時に、私共は高血圧、脳卒中モデルのみならず、脂質異常症、NASHのモデルを共同利用出来る研究体制を整え、信頼のおける貴重なモデルを容易に活用できるよう運営しております。
又、共同研究会の会員により新たに開発されたSHRSPに肥満の遺伝子を入れた肥満モデルや、従来のSHRに肥満の遺伝子を入れた肥満ラットの系統は生体動物の分与は中止しましたが、ナショナルバイオリソースプロジェクト「ラット」で精子を保存していただいております。また、SHRSPから高血圧を起こす遺伝子座位を正常血圧ラットに入れた新たなコンジェニックの系統なども共同研究会の会員により開発され、今後の遺伝子編集技術の進歩により益々のモデル動物の活用が期待されます。
この研究会には全国の大学や研究所の第一線の研究者が参加しておられ、モデル動物の利用やその研究成果の活用についても助言を得ています。
現在では当研究会が生体として供給するSHR、SHRSPやNASHのモデルでの研究も盛んになり、これらのモデルなどで得られた最先端の研究成果は、基礎研究を臨床研究に応用するための橋渡しをする『トランスレーショナルリサーチ』としてやがて人類の医療、福祉の向上に大きく貢献すると期待されます。このような共同研究会の基本的なサポートによって、より多くの研究者が参加され、すぐれた疾患モデルの共同研究の輪が益々広がることを望んでおります。
SHR等疾患モデル共同研究会会長 家森 幸男