第10回
2004年6月18日

計算機支援とAi

東京農工大学 大学院生物システム応用科学研究科
小畑 秀文

医用画像の三次元化と高精細化が急速に進みつつある。CT像であれば、0.5mm程度の空間分解能でほぼ等方的な三次元像が実際の臨床の場で利用されている。胸部や腹部だけでも数百枚以上の膨大なスライス像が一人の患者から生成されているわけである。それらを逐一十分な時間をかけて読影することは現実問題として不可能であり、断層像を間引くなどして枚数を減らして読影しているのが現状である。医用画像の高精細化はこれからも益々進むものと考えられ、得られる画像情報を十二分に活用した診断を行うことが求められよう。専門医が診断すべき疑わしい所見のある断層像のみを診断に有効な情報と併せて提示する、というよう機能を持つ計算機診断支援(CAD)システムの利用が読影医にとって必須の時代となっているといってよい。

本格的なCADシステムはマンモグラムを対象にしたものが最初であり、1998年に商用機が世に出された。それから6年が経過し、現時点ではCT像を用いた肺がん用CADシステムや大腸ポリープ検出用CADシステム、従来型胸部X線写真を用いた孤立性結節陰影検出用システムなどが実用機として世に出されている。しかし、これらのシステムは特定臓器の特定疾病(その多くが悪性腫瘤)を対象としたものであり、いわば単能機である。ある特定臓器のがんを対象にしていたとしても、その転移などを考えれば、他の臓器の異常な部位の検出も必須事項のはずである。また検診などを想定すると、 CADシステムは画像化されている臓器全てを対象にすべきであり、特定の疾病のみを対象にしていることも望ましいことではない。これらのことから、望まれるCADシステムは画像化されている臓器全てを対象にし、それぞれの臓器に生じうる疾病の多くを診断対象にしたCADシステムということになる。そのようなCADシステムを臓器・疾病横断型CADシステムと呼ぶ。

臓器・疾病横断型CADシステムは従来型単能機と比べて大きな違いがある。従来型CADシステムでは検出すべき疾病が一つであることから、その疾病の画像上の特徴を捉えて、それに近いパターンを探すことが第一ステップとなる。ところが臓器・疾病横断型CADシステムでは多くの臓器と疾病を対象にすることから、まず画像全体を解析し、各臓器構造を精度よく抽出し、その中で正常構造とはみなせない部分があるかどうかをまず検出することからスタートする。そのような部位が検出された場合に、それがどのような異常であるのかを判別するアプローチがそれに続くことになる。

このようなシステムの実現には多くのブレークスルーが必要である。平成16年度から発足した文部科学省科学研究費補助金特定領域研究「多次元医用画像の知的診断支援」(筆者が領域代表者)はこの次世代CADシステムともいえる臓器・疾病横断型CAD システムの実現を目的にした4年間のプロジェクトである。人体は小宇宙とも言われ、複雑多様であることから、4年間で全臓器の全疾病を対象としたものが達成できるわけではもちろんない。現状の単能機から一歩踏み出し、複数の主要臓器を対象にし、正常構造を理解した上で複数疾病を検出・診断できる多臓器多疾病用CADシステムのプロトタイプの実現を直接の目的としている。この臓器・疾病横断型CADシステムは正常構造を理解する機能と、その上に立った異常部位の拾い出し機能を持つシステムであることから、膨大なスライス像の読影を必要とする死亡時画像病理診断の大きな手助けになることは言を待たない。しかし一般的には、専門医にとってひと目で判断できる異常所見の検出も、計算機にとってはたやすいことではない。臓器・疾病横断型CADシステムの研究はスタートしたばかりであり、それが実際にAiの分野で実用になるには相当長い時間と経験の蓄積を必要とするものかもしれない。それを乗り越えるには、CADとAiに携わる研究者の密な連携こそ最も必要なことである。その先には新しいAiの世界が開かれよう。

※本稿は「オートプシー・イメージング 画像解剖」(文光堂) から、ご本人の了承を得て、転載させていただきました。