日々のことなど

インデックスfacebook

2016年4月28日(木)

午前、研究演習。一通り自分の論文を説明したけど、やはり問題ありだな。しかしここまで。見切りをつけるのも大切。

核廃棄物の処分を扱った南ドイツ新聞の記事。日本では「ドイツは脱原発を決断した素晴らしい国」というイメージがあるかもしれないけど、そしてその決断をしたこと自体は確かに評価できるけど、道のりは困難を極めている。「”放射能を放つ遺産をどうすればよいのか”――人々を何世代にもわたりこの問いに直面させるのに、チェルノブイリや福島第一発電所のような不幸はまったく必要ない。」残念ながら、ドイツでも事情は変わらない。

2016年4月27日(水)

先日脱稿した論文を明日学生に検討してもらうので、もう一度読み直したら色々とひどかった。ということで今日一日限定で原稿の手直し。いびつに固まってしまった粘土をもう一度手直しするような(?)作業なのだけど、少しはよくなったかな。

2016年4月26日(火)

午後、動物実験委員会3時間。魚の福祉も考える時代になったんだな。いままで違う扱いをしていたからといって、これからも違う扱いをしてよいわけではない。と同時に、違う扱いを見直してきたからといって、何でも見直すべきと言うことにはならない。今回はどうか。

ちょうどZeitに、多くの不要な動物実験が行われていることを批判する記事が掲載されていた。タイトルは「動物実験:意味もなく死ぬために生まれる (Tierversuche: Geboren, um sinnlos zu sterben)」。動物実験を管轄する部署がその妥当性を判断するさい、申請する研究者に従うしかない、また、研究資金を申請するさい、審査する側が動物実験を当然視しているため、実験をせざるをえないなど、問題は色々あるようだ。しかし動物実験で成功したものの、人間への臨床試験で失敗した治験薬の割合92%ってすごいな。

2016年4月25日(月)

こういった記事が矢継ぎ早に飛び込んでくると、もう一度問題の全体像を描き直さなきゃなとは思う。連休明けにこのテーマで話す機会が二回ある。ということで、連休中の宿題...orz

夜、ニュースを見て、熊本に関する報道の少なさに戸惑う。もちろんこのことだけが日本の問題ではないのだけど。

2016年4月24日(日)

昨日のこと。午後は研究会。認知症介護に関するケースを議論。現場にいる方々と議論ができる環境はとてもありがたい。「専門の哲学研究」と「応用的なこと」の両立に長年悩み続けてきたけど(投げ出したことも何度もあったけど)、ようやく自分なりに二つをつなぐ仕方が分かってきた気がする。

今日のこと。午後、久しぶりにTsutayaに行き、CDを借りる。色々と最近のものにチャレンジしてみるも、結局店内でかかっていたYUKIの曲に心奪われ、帰宅後に調べてみたらすでにiTunesに入っていたというオチ。ハローグッバイ、どうして今まで気づかなかったんだろ。夜はSkypeタンデム。今日は普段よりも話せたような。behindertは差別的という理由で、gehandicaptを使う人がいるらしい。相手も理由はいまいち分からないとのこと。「『障害』ではなく『障がい』」という考え方と似ているのかな。今度調べてみよう。

2016年4月22日(金)

昨夜のうちに原稿を提出。色々と問題はあるけど、〆切を大幅に過ぎていたし、次の原稿にも取りかからなくちゃいけないし、校正段階である程度は手直しができるだろうし…。とりあえずNussbaumのmoral particularismに対する態度は確認しないと。

情報処理を受講している1年生に、「大学(生活)について思うこと」というタイトルで「つぶやき」程度の文章を書いてもらった。悩んだり戸惑ったりしながらも、大学生活を楽しんでいる(楽しもうとしている)姿勢の学生が多くて一安心。

2016年4月19日(火)

終日東京で仕事。午前中は認知症専門病院を第三者評価委員として歩かせていただく。入院中の方数名に話しかけるも、うまくコミュニケーションがとれなかった。もっと色々とお話しを伺いたい。ただ、その方の経歴を事前に聞くわけにはいかないので、やはりもっと繊細なコミュニケーション能力が必要なのだろうな。要修行。

2016年4月18日(月)

今期初の卒論ゼミ。苦しまないと書けないので、思いっきり苦しんでもらいます。でもそうやって身につけた力は、将来物事をまっとうに(断じて「要領よく」ではなく)考える基礎となるはず。夕方からは大学院講義。記述倫理学と規範倫理学を別ものと考える発想自体が、事実と価値の区分に乗っかっていることに今更ながら気づいた。今後は説明するさいに注意しよう。

2016年4月17日(日)

九州の震災のこと、進まない論文のこと、落ち続けているドイツ語の会話能力のこと…色々と気になることはあるけど、とにかく、何だか不思議な気持ちで過ごした週末だった。

2016年4月15日(金)

県立短大非常勤初日。今期は教える学生の一年生率がとても高い。長男とそれほど年の差がないこともあって、どうも子どものように(子ども染みているという意味ではなく)見えて仕方ない。ちょっかい出し過ぎて煙たがられないようにしないと。

2016年4月12日(火)

本棚からふと取り出した本(A. セント-ジェルジ『科学・倫理・政治―動乱に生きた一科学者の省察――』)に掲げられていた言葉。恥ずかしながら、この方を全く知らない。いまの原稿が終わったら読もう。

If one abstracts himself
  from all the complex relations of the day,
Things seem quite simple
 and there is no real problem.

2016年4月11日(月)

いろいろと苦しくはある。とにかく生き抜くべし。

2016年4月7日(木)

夕方。朝からの諸々でぐったりしていたが、メールボックスを見に行ったら、某学会に投稿していた論文について、条件付採択の連絡が来ていた。入り組んだ論述だけど説得力があるとかもう最高の褒め言葉じゃないか…。心身ともに沈んでいるところにありがたや。自分にむち打って頑張ろう。

2016年4月3日(日)

昼過ぎまでに結論前まで書き終わる。しかしまだ全然…なんだけど強烈な疲労に襲われたので、午後は少し休憩。夕食後は、一時間ドイツ人とSkypeタンデム。その中で、「目から鱗」という表現がドイツ語にもあることを知る(Schuppen von den Augen)。調べてみたら、新約聖書から来ていた。そりゃそうだ。さて、再び論文。

2016年4月1日(金)

いよいよ新学期開始。論文は終わらなかったぁ…orz。しかし吉報いくつか。これを励みに頑張ろう。

Dukelziffer(表に出てこない隠れた数字)というドイツ語を作った大場茂馬氏に関する記事がWeltに掲載されていた。元々英語のdark numberから来ているらしいが、本来ならDunkelzahlと訳すべきだったとか。ZifferとZahlの違いがよく分からん。まぁドイツの方々も使ってきたからよいのではないかと。

この情報、聞いた学生は「おおっ」と思うかもしれないけど、じゃあここから何かを引き出せるかと言うとなぁ…。

精子ドナーと恋に落ち結婚…ある女性の壮絶なラブストーリーに勇気づけられる