日々のことなど

インデックス

2026年2月25日(水)

漱石の「私の個人主義」を読むたびに、この講演をもしその後の政治家たちが真剣に受け止めていたら、もしその意義を本当に理解していたら...と思わずにはいられない。しかし同時に、「権力をもって他人を抑圧するためにはその人は倫理的であり、人格者でなければならない」というこの講演で示された考え自体が、同じ道を進ませたのかもしれない、あるいは、あの道は実のところこうした考えに(全てではないにせよ)依拠していたのかもしれないとも思う。

近頃自我とか自覚とか唱えていくら自分の勝手な真似をしても構わないという符徴に使うようですが、その中にははなはだ怪しいのがたくさんあります。彼らは自分の自我をあくまで尊重するような事を云いながら、他人の自我に至っては毫も認めていないのです。いやしくも公平の眼を具し正義の観念をもつ以上は、自分の幸福のために自分の個性を発展して行くと同時に、その自由を他にも与えなければすまん事だと私は信じて疑わないのです。我々は他が自己の幸福のために、己の個性を勝手に発展するのを、相当の理由なくして妨害してはならないのであります。
夏目漱石, 「私の個人主義」(1914)

2026年2月17日(火)

人はとてつもなく素晴らしいアイデアを思いつくことができる。しかしそれを社会で広く実現しようとすると、悲惨なことがおきる。人がかりに同じ経験を共有できるとすれば、物事はスムーズに進むだろうか?直感的には「否」。人がそこから何を読み取るのかは、個人によって異なりうる。