頭蓋咽頭腫

頭蓋咽頭腫とは

 下垂体は脳の下面からぶら下がったような形をしています.下垂体は鼻の付け根の奥のトルコ鞍という頭蓋骨のポケットのようなところにあります.この下垂体の付け根の部分から発生する腫瘍が頭蓋咽頭腫です.脳腫瘍の約5%がこの腫瘍であり,小児にも成人にも見られます.この病気の原因は不明ですが,子孫に遺伝する病気ではありません.ホルモンの中枢に発生する腫瘍であるため,この病気では以下の症状が出現します.

1)腫瘍により正常の脳下垂体の機能が障害されることによる下垂体ホルモン欠乏症状.
 下垂体ホルモンには,成長ホルモン(GH),乳汁分泌ホルモン(プロラクチン),副腎皮質刺激ホルモン(ACTH),甲状腺刺激ホルモン(TSH),性腺刺激ホルモン(LHとFSH)と抗利尿ホルモン(ADH)があります.成長ホルモンの低下は,成人では無症状ですが,小児では成長障害となります.乳汁分泌ホルモンの低下は特に重大な症状は来しません.一方,副腎皮質刺激ホルモンの低下は,副腎機能不全をもたらし全身の脱力や低血圧,さらにはショック,低体温などの生命に関わる症状も出現します.また,甲状腺刺激ホルモンの低下は,寒冷過敏症などです.性腺刺激ホルモンの低下は,男性では勃起不能,睾丸萎縮,女性では無月経や不妊の原因となります.さらに,抗利尿ホルモンが低下しますと,短時間に大量の尿が出る尿崩症になります.この場合大量の水を補給するか,抗利尿ホルモンを補わなければ生命に関わります.

2)腫瘍増大により周辺の脳組織や神経が圧迫されることによる症状.
 腫瘍の進展方向により症状は変化しますが,最も多い症状は腫瘍が上方に進展して視神経や視交叉を圧迫して,視野や視力の障害です.さらに上方に進展しますと視床下部を圧迫して精神障害や意識障害など生命に関わる症状となります.また,脳はひじょうに柔らかい組織ですので,頭蓋骨の中では水(髄液と呼ばれます)に浮かんだようにして保護されています.この髄液は脳室と呼ばれる脳の中心部にある空間で毎日約500cc作られ,脳や脊髄の表面に流れ出て,くも膜顆粒と呼ばれるところで吸収されます.ところが,腫瘍などの圧迫により髄液の通路が閉鎖されると,脳室で作られた髄液が出口を失い水頭症と呼ばれる状態になります.この状態では貯留した髄液が脳を強く圧迫するため,頭痛や嘔吐の頭蓋内圧亢進症状が出現し,最後には脳幹と呼ばれる重要な部分が押しつぶされることにより(これを脳ヘルニアと呼びます)脳死となります.
 側方に進展しますと,側頭葉の内側面を圧迫します.これにより,けいれん発作や記憶障害などの症状がでます.
 後方に進展しますと,脳幹部に障害がおよび四肢麻痺などの重篤な神経障害が出現します.
 前方に進展しますと,嗅覚の消失や痴呆,失禁などの精神症状が出現します.

治療法

 良性腫瘍であるため,腫瘍をすべて摘出すれば完治しますが,腫瘍が周囲の脳組織と強く癒着していることが多いため,治療困難な脳腫瘍の一つです.腫瘍をすべて摘出するには,高度な技術を要するため,安全な範囲の腫瘍のみを摘出して,残った腫瘍に対してガンマナイフなどの放射線治療を推薦する脳神経外科医も多くいます.
 しかし,放射線治療にも副作用があります.とくに子供さんに放射線治療を行うことには,慎重になる必要があります.さらに,放射線治療の腫瘍コントロール率は80%であることを忘れてはいけません.5人に1人の割合で,腫瘍増大により再手術を覚悟しなければならないことになります.これは決してまれなことではありません.また,放射線治療は,被曝による副作用をもたらす以外に,放射線の影響で腫瘍が周囲組織へ強く癒着するという,深刻な事態を招きます.このことにより,放射線治療後に腫瘍が増大した患者さんには,かなりリスクの高い手術を受けて頂くことになります.
 頭蓋咽頭腫の手術では,「すべての腫瘍を摘出して完治できるチャンスが最も高いは,最初の手術」とよく言われます.このため,最初の手術を担当する脳神経外科医は,患者さんの一生を左右することになり,責任は極めて重要です.最も一般的な手術法は開頭術による腫瘍の摘出です.トルコ鞍内に発生した小さな腫瘍には,経蝶形骨法が行われています.頭蓋咽頭腫の摘出が成功するかどうかは,腫瘍が発生した部位(視神経の下面から下垂体の付け根の部分で,もっとも癒着が強い部位)をきちんと観察できるかどうかにかかっています.この部分を腫瘍摘出前に,しっかりと観察できなと,安全な摘出は望めません.しかし,どの方向からアプローチしても,腫瘍そのものや周囲の視神経・内頸動脈などが妨げになり,すべてを確認できる方法はありません.このことが,腫瘍摘出が難しい腫瘍である所以であり,全摘出できたと思っていてもすぐに再発する患者さんがおられる要因となります.よくあることは,腫瘍と思って摘出すると,下垂体の付け根の部分も一緒に摘出してしまったとか,腫瘍を摘出して幸いにも下垂体の付け根の部分を確認できたとかのレベルで,手術する脳外科医の経験と運も大きく影響します.したがって,開頭術で,腫瘍を全摘出された場合は,100%近くの人が尿が多量に出る尿崩症と下垂体機能低下を合併し,10%以上の方で腫瘍の再発を認めます.
 視交叉下面や下垂体の付け根の部分でもっとも癒着が強い部位の処理が最も大切であるとの考えから,私は,腫瘍の大きさにかかわらず,鼻腔からの手術を第一選択と考えています.現在まで20例近くの患者さんにこの手術を行いましたが,全員でほとんどの頭蓋咽頭腫を摘出できました.腫瘍を摘出するときに下垂体の付け根を犠牲にしたのは1人のみです.しかし,残念ながら半分の患者さんは,術後に尿崩症を合併し,ホルモン剤による治療が必要になりました.詳細は米国誌のSurg Neurol 71:290-298, 2009に報告しています.