治療方針と治療成績

 治療方針は,病気の種類や同じ病気でも腫瘍のサイズや広がりにより異なります.基本的な方針は,正中部の頭蓋底病変に対して,なるべく開頭手術を回避することです.従って,ほとんどの患者さんを,拡大経蝶形骨手術(拡大Hardy法)にて治療いたします.海綿静脈洞内の腫瘍に対する鼻腔からの手術,頭蓋咽頭腫に対する鼻腔からの手術,鞍結節髄膜腫に対する鼻腔からの手術など,他の施設では不可能と言われる手術を最新鋭の高度な技術により達成し,できるだけ患者さんに負担の少ない治療(低侵襲治療)を提供できるように心がけています.
 鼻腔より手術をする経蝶形骨法(Hardy法)と呼ばれる手術法は,鼻腔より直接トルコ鞍に到達するため,脳障害が少ない利点があります.このため,トルコ鞍に限局するような比較的小さな下垂体腺腫に対して,最も普及した世界標準の手術法です.

経蝶形骨法の図
 鼻腔より直接トルコ鞍に到達するため,開頭術のように脳を手術中に触ることもありません.このため,脳に傷をつけることなく,腫瘍のみを,選択的に摘出できる優れた方法です.しかし,鼻腔という限られた空間で手術を行うため,より専門的な高度な技術が必要になります.

 しかし,手術するスペースが狭いため,トルコ鞍に限局する比較的小さな腫瘍に適応となります.大きな下垂体腫瘍や頭蓋咽頭腫,髄膜腫では,開頭手術が行われることが一般的であります.われわれの開発した新しい手術法(拡大経蝶形骨法)では,従来の経蝶形骨法の欠点を克服し,広い手術スペースを確保することが可能になりました.これにより,患者さんの負担の少ない方法で,髄膜腫や頭蓋咽頭腫などの摘出が可能になりました.さらに,開頭手術では治療困難であった海綿静脈洞内の腫瘍も,合併症なく安全に摘出することが可能になりました.

一般的な経蝶形骨手術の方法
 広く普及している方法では,手術で直接確認できる部分は,ひじょうに狭い範囲に限定されます.(直接確認できない部分には影をつけました)したがって,下垂体に限局する小さな腫瘍のみがこの方法の適応でした.


拡大法
 われわれが世界に先駆けて開発した拡大法では,図で示しますように,手術で直接確認できる部分がかなり広くなっています.したがって,この方法では,以前では開頭術しか方法がなかった大きな腫瘍だけでなく,開頭術でも摘出が困難であった海綿静脈洞内の腫瘍,髄膜腫や頭蓋咽頭腫でも,開頭術よりもはるかに患者さんに負担をかけないで,しかも安全に腫瘍を摘出することが可能になりました.

 拡大法の欠点は主に2つ言われています.第1に大きな問題ですが,髄液が鼻から漏れる髄液漏の問題です.しかし,硬膜閉鎖を確実にする手技を確立して以来,最近は髄液漏の合併率を激減させています.第2に,術野が正中に限局するため,横に広がる腫瘍を摘出できない点です.この問題は,特に鞍結節部髄膜腫や頭蓋咽頭腫で問題になることが多いのですが,これらの腫瘍は,正中部に発生母地(木で言えば根)があります.この,発生母地を安全に処理できるのは,拡大法です.開頭術では,最初に発生母地を処理するのが困難で,この部分に腫瘍を残す確率が拡大法に比べて,高くなります.側方に伸びた腫瘍は,後日開頭術が必要になるかもしれませんが,脳表から浅く,手術は比較的容易なことが多いです.
 拡大経蝶形骨法に関しましては,自著「やっとわかった!拡大経蝶形骨手術」メジカルビュー社より出版)で詳細に記述しています.しかし,この本は,脳神経外科の専門医のためのテキストですので,内容は少々難解です.興味のある方は,書店にてご覧ください.

注意すべき手術の合併症について

1.下垂体機能障害
 手術前の検査で下垂体機能が保たれている場合でも,腫瘍により長期間圧迫されていた下垂体は通常の手術操作により機能が低下する場合あります.このような機能低下は,多くの場合一過性ですが,まれには永久的に下垂体機能が低下する場合もあります.特に,副腎皮質刺激ホルモンの低下による全身の脱力や低血圧・ショック,甲状腺刺激ホルモンの低下による低体温などの生命に関わる症状も出現します.また,抗利尿ホルモンが低下による尿崩症があります.さらに,性腺刺激ホルモンの低下による,男性では勃起不能,女性では無月経や不妊は将来の問題となります.幸いにして,多くの場合はホルモン剤の投与を受けることによりコントロー可能ですが,長期間の通院治療が必要になります.ただ,下垂体機能低下の頻度は,開頭術よりも経鼻的手術の方が,低いと考えられています.

2.手術中,手術後の出血
 腫瘍摘出の過程で大量の出血となることがあります.これは,腫瘍が海綿静脈洞に浸潤し血管壁が弱くなっていることがあるためです.これらの血管が手術操作により損傷を受け,出血の原因になります.また,手術中は完全な止血を確認して手術を終了しますが,何らかの原因で手術後に再出血をきたし血の固まり(血腫)ができることがあります.通常は少量で血腫は自然に吸収されますが,ときには新たに脳や神経への圧迫症状が出現して血腫除去の手術が必要なこともあります.

3. 視力障害の悪化や不変
 手術前に視力障害のある患者さんでは,多くの場合,術後に視力障害は改善します.しかし,手術中に腫瘍が硬くて十分な視神経への減圧が得られない場合や腫瘍摘出腔に術後の出血を合併した場合,視力障害が改善しない場合や悪化する場合もあります.

4.髄液鼻漏と髄膜炎
 手術中にくも膜をやぶらなければならない場合があります.このため,術野に髄液が漏れ出ることになりますが,腫瘍摘出後に,手術の傷をきちんと閉鎖すれば問題はありません.もしも,手術の傷をきちんと閉鎖できなかった場合は,髄液が鼻から漏れ出る髄液鼻漏を合併する可能性があります.これにより,細菌性髄膜炎などの重篤な合併症を起こすことが考えられます.

5.脳神経障害による複視
 腫瘍が海綿静脈洞内に広がり,脳神経を障害して物が二重に見える複視の症状やまぶたが開かなくなった状態になることがあります.このような患者さんに摘出手術を行いますと,症状が2-3ヶ月で改善する場合があります.しかし,無症状の患者さんでも,海綿静脈洞内の腫瘍を摘出することで,このような複視や顔面の感覚異常が合併症として,発生することがあります.多くは一時的なもので,2-3ヶ月で自然に軽快しますが,中には永久的な障害を残す場合もあります.

6.鼻周囲の異常や美容上の問題
 上くちびるを切りますと,唇がしびれたように感じたり,歯の噛み合わせが悪くなる場合があります.また,鼻の穴から手術した場合,特に鼻の穴の小さい子供さんや女性の方では,皮膚に亀裂を生じたり,術後手術した方の鼻の穴が小さくなることがあります.さらに,手術後鼻の付け根が少し低くなり,美容上問題を生じることがあります.また,経鼻手術では,鼻の粘膜が損傷され,鼻の不快感や乾燥感,異臭を感じたりするなどの不定愁訴がしばらく続くことがあります.時には,耳鼻咽喉科で通院治療が必要な状態になる場合もあります.