非機能性下垂体腺腫

非機能性下垂体腺腫とは

  下垂体腺腫とは,ホルモンの中枢である下垂体に発生した腫瘍です.脳下垂体は鼻の付け根の奥のトルコ鞍という頭蓋骨のポケットのようなところにあります.脳腫瘍の約15%がこの腫瘍でありそれほど稀な病気ではありません.この病気の原因は不明ですが,子孫に遺伝する病気ではありません.ホルモンの中枢に発生する腫瘍であるため,この病気では以下の症状が出現します.

1)腫瘍により正常の脳下垂体の機能が障害されることによる下垂体ホルモン欠乏症状.
 脳下垂体ホルモンには,成長ホルモン(GH),乳汁分泌ホルモン(プロラクチン),副腎皮質刺激ホルモン(ACTH),甲状腺刺激ホルモン(TSH),性腺刺激ホルモン(LHとFSH)と抗利尿ホルモン(ADH)があります.成長ホルモンや乳汁分泌ホルモンの低下は,成人では無症状です.一方, 副腎皮質刺激ホルモンの低下は,副腎機能不全をもたらし全身の脱力や低血圧,さらにはショック,低体温などの生命に関わる症状も出現します.また,甲状腺刺激ホルモンの低下は,寒冷過敏症などです.性腺刺激ホルモンの低下は,男性では勃起不能,睾丸萎縮,女性では無月経や不妊の原因となります.さらに,抗利尿ホルモンが低下しますと,短時間に大量の尿が出る尿崩症になります.この場合大量の水を補給するか,抗利尿ホルモンを補わなければ生命に関わります.

2)腫瘍増大により周辺の脳組織や神経が圧迫されることによる症状.
 腫瘍の進展方向により症状は変化しますが,最も多い症状は腫瘍が上方に進展して視神経や視交叉を圧迫して,視野や視力の障害です.
 さらに上方に進展しますと視床下部を圧迫して精神障害や意識障害など生命に関わる症状となります.また,脳はひじょうに柔らかい組織ですので,頭蓋骨の中では水(髄液と呼ばれます)に浮かんだようにして保護されています.この髄液は脳室と呼ばれる脳の中心部にある空間で毎日約500cc作られ,脳や脊髄の表面に流れ出て,くも膜顆粒と呼ばれるところで吸収されます.ところが,腫瘍などの圧迫により髄液の通路が閉鎖されると,脳室で作られた髄液が出口を失い水頭症と呼ばれる状態になります.この状態では貯留した髄液が脳を強く圧迫するため,頭痛や嘔吐の頭蓋内圧亢進症状が出現し,最後には脳幹と呼ばれる重要な部分が押しつぶされることにより(これを脳ヘルニアと呼びます)脳死となります.
 側方に進展しますと,脳の最も重要な血管である内頸動脈や海綿静脈洞を障害します.内頸動脈が障害されますと,大脳の半分の広汎な脳梗塞を起こし,半身不随や言語障害さらには生命に関わることもあります.また海綿静脈洞が障害されると眼球の運動や顔面の感覚を司る神経が麻痺して,眼球運動障害,顔面の感覚障害などが起こります.
 後方に進展しますと,脳幹部に障害がおよび四肢麻痺などの重篤な神経障害が出現します.
 前方に進展しますと,嗅覚の消失や痴呆,失禁などの精神症状が出現します.

3)稀に,腫瘍内に出血を来たし脳卒中のように急激な頭痛により発見されることもあります. また,最近のMRIやCT検査の進歩により,これまでなんら病気の兆しも無いのに偶然の検査で見つかることがあります.

治療法

 これは下垂体腺腫の中でホルモン分泌症状がないものです.したがって,腫瘍が大きくなって視神経を圧迫することで,視力や視野の障害が出現して見つかることが多い病気です.有効な薬剤はなく,視力障害の改善のためには,手術による腫瘍摘出が必要になります.まったく無症状の小さな腫瘍の手術適応はありません.なぜなら,長期間経過を見ていて,まったく増大しない腫瘍のあることがわかっているからです.もしも偶然腫瘍が見つかった場合は,半年から1年に1回程度の間隔で,検査しましょう.
 ただ,まれに急激な頭痛で発症して,急速に視力障害が出現する下垂体卒中を合併する恐れがあります.この場合,緊急手術をしても失明する患者さんもおられます.残念なことにどのような患者さんが卒中を起こすのか現時点では不明ですので,経過観察される場合は,下垂体卒中を起こす可能性のあることを,記憶にとどめておく必要があります.
 かつては,腫瘍が大きい場合は,開頭術が行われていましたが,最近では,特に下垂体腫瘍を専門にする脳外科医の間では,より低侵襲な経鼻的手術が第1選択の手術法となっています.もし,主治医の先生に開頭術を勧められた場合は,主治医の先生のとよく相談されるか,下垂体腫瘍を専門にしている施設でのセカンドオピニオンをお勧めします.
 経鼻手術と言いましても,鼻の穴から腫瘍を摘出する方法と上くちびるの裏を2-3cmぐらい切って鼻腔から腫瘍を摘出する方法があり,最近では鼻の穴から摘出する方法が主流です.しかし,海綿静脈洞内に腫瘍がある場合など拡大法では,上くちびるの下を切開する方法を行います.鼻腔からの手術は,どちらの方法も,開頭術よりははるかに低侵襲です.

その他の治療法

1.開頭法による腫瘍摘出術.
 視神経や内頸動脈などの重要な脳神経や血管を直接確認しながら手術を進めることができます.巨大な腫瘍や経鼻経蝶形骨洞近接法で充分な視神経の減圧ができなっかった場合などには,有効な方法です.
問題点:

  1. 下垂体腫瘍がトルコ鞍というポケット状の部位に存在する場合,この方法では腫瘍を全て摘出することは困難です.
  2. 腫瘍が脳の深部にあるため,手術中に脳の圧迫が必要です.多くの場合は問題になりませんが,まれに,この圧迫により脳障害を来すこともあります.
  3. 頭皮に傷が残ります.

2.ガンマナイフ(特殊な放射線治療装置)による治療.
 ガンマナイフによる治療の有効性は確認されています.ただしガンマナイフ治療には次の問題点があります.
問題点:

  1. ガンマナイフ治療後,効果がでるまで半年から1年の時間経過が必要と考えられています.また,長期では約20%で腫瘍の増大を抑制できないと考えられています.
  2. 腫瘍の周囲の脳神経や脳下垂体に放射線障害が発生し,視力障害や複視,下垂体ホルモンの機能低下を合併する可能性があります.
  3. 2.5cm以上の大きな腫瘍では適応とはなりません.