会長あいさつ
第51回日本聴覚医学会総会および学術講演会を主催するに当たり一言ご挨拶申し上げます。日本聴覚医学会は昭和31年に「日本オージオロジー学会」として発足し、第1回総会および学術講演会は慶応大学で開催されました。その後昭和63年に「日本聴覚医学会」に名称変更となり、昨年9月に第50回総会および学術講演会が、第1回学会と同じ慶応大学の担当で開催されました。日本耳鼻咽喉科学会の関連学会としては、日本気管食道科学会に次いで伝統のある学会です。この様な伝統のある学会の「新たな半世紀」の始まりの年に総会および学術講演会を山形で担当させて戴きますことを大変光栄に存じております。
本学会は聴覚に関する基礎医学的および臨床医学的問題や療育上あるいは教育上の問題点などについて検討しているわけですが、一般演題について十分な時間をかけて討論を行うという伝統があります。学会ごとに主題や指定演題を決めて一般演題を募集し、それに関する演題については特にじっくりと討論して参りましたが、今回は、時代に鑑みて主題として「新生児聴覚スクリーニング後の精密聴力検査」と「内耳性聴覚障害の病態」を取り上げさせて戴きました。
近年、自動ABRの普及などにより新生児聴覚スクリーニングの気運が盛り上っております。スクリーニング自体は産科で行われるわけですが、その後の精密聴力検査については聴覚医学に精通した耳鼻咽喉科医のみが責任を持って行えるものです。その様な観点から日本耳鼻咽喉科学会福祉医療・乳幼児委員会では「新生児聴覚スクリーニング後の精密聴力検査機関」を定め、本学会では昨年より「新生児聴覚スクリーニング後の精密聴力検査に関する講習会」を始めました。主題のひとつである「新生児聴覚スクリーニング後の精密聴力検査」は、このような時期に相応しい主題であると存じております。多くの演題が寄せられ、特に周波数ごとの聴力の推定や低音域の聴力の推定に関連した十分な討議がなされることを期待致しております。これに関連して臨床セミナ1(司会:市川銀一郎先生)では「Auditory Neuropathy」(加我君孝先生、都筑俊寛先生)、臨床セミナ3(司会:大沼直紀先生)では「重複障害児の聴覚医学的問題」(廣田栄子先生、新谷朋子先生)を企画いたしました。また、ランチョンセミナ1(司会:草刈 潤先生)ではMASTERというASSR解析ソフトを開発したT.W. Picton教授(Toronto大学Rotman研究所)に「聴性定常反応聴力検査」について解説して戴きます。いずれも幼少児の聴力検査、あるいは療育にとって重要な問題ですので、大きな成果を期待致しております。
もうひとつの主題「内耳性聴覚障害の病態」につきましては、昨年の第50回学術講演会で立木孝先生はじめ顧問の先生方により、日本聴覚医学会をあげて取り組んできた突発性難聴の病態や治療についての総括がなされましたが、先達の幾多の偉大なご業績をもってしてもやはり未解決の問題もないわけではありません。聴覚医学会の新たな半世紀の始まりに相応しく、新たな手法を用いて新たな切り口で「内耳性聴覚障害の病態」の解明に取り組んでいるフレッシュな研究者諸氏から多くの研究成果が発表されるものと期待致しております。
人工内耳の恩恵を享受する患者は、我が国でも既に4,000例の多きに達しております。小児の人工内耳適応基準に関しては、新生児聴覚スクリーニングの展開と関連して新たな局面が到来し、日耳鼻の定める適応基準が7年ぶりに改訂されようとしておりますが、適応年齢の引き下げにより新たな聴覚医学的問題の発生も予測されるところです。一方、人工内耳が適応とならない蝸牛神経障害患者に対しては、聴性脳幹インプラント(Auditory Brainstem Implant:ABI)も選択肢のひとつですが、日本では臨床治験が始まったばかりです。臨床セミナ2(司会:久保 武先生)では「人工内耳と聴性脳幹インプラントの聴覚医学的問題」と題して、伊藤壽一先生と熊川孝三先生に、それぞれ人工内耳と聴性脳幹インプラントをめぐる聴覚医学的問題点について解説していただくことになっております。
耳鳴は本学会のメインテーマのひとつであり、昭和57年から耳鳴研究会において集中的に討議されて参りました。評価法については大きな成果があがりましたが、病態の解明や治療法については未解決の問題も残っております。ランチョンセミナ2(司会:小川 郁先生)では「耳鳴に対する音響療法の最前線」と題して、神田幸彦先生と佐藤美奈子先生に新しい耳鳴治療法について解説して戴きます。
今回、予定させて戴きました企画のいずれも本学会にとりまして重要なテーマであり、これらのご講演を通じて多くの問題点が解決されるとともに、新たな問題点が浮き彫りにされ、本学会の更なる発展に向けて会員諸氏を刺激して戴けるものと期待致しております。一般演題につきましても本学会の「新たな半世紀」の門出に相応しい多くの素晴らしい演題が出題されることを期待致しておりますので、宜しくお願い申し上げます。
山形市における全国学会開催は、小池吉郎前教授が昭和57年に担当した第41回日本平衡神経科学会(現めまい平衡医学会)以来24年ぶりのことですので、諸先生方にはめったに訪れることのない土地であると存じます。学会後には、山形の自然と歴史を堪能して戴きたく存じております。山形の9月は「芋煮会」の季節ですので、河原に出てお楽しみ戴くのも一興かと存じます。市内の観光スポットとしては、旧県庁(文祥館)や最上義光の建てた山形城(霞城公園)などがあります。また、蔵王の「お釜」や芭蕉が「静かさや岩にしみいる蝉の声」という句を詠んだことで有名な山寺(立石寺)も近くにあります。あるいは六十里越を越えて、現在でも山伏の修行が行われている出羽三山に脚をのばされるのも宜しいかと存じます。学会での講演、発表や討議をお楽しみ戴くのみならず、山形全体を満喫して戴ければ、学会をお世話する身と致しましてこの上ない幸せに存じます。
(平成18年5月2日記)