救急医療ジャーナル vol.6 (1) 12-16, 1998
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マスコミに「空白の4時
間」と言わしめた、この初動体制の遅れは、災害対策を立ちあげるべき防災機関自体
に被害が発生したことも、原因の一つではあるが、やはり確実な情報の欠乏が最
も大きな原因であったとされている。これらを教訓として、防災情報システムの
整備が国土庁・消防庁・各自治体・その他関係機関において進められているところで
ある。
一方、災害における医療情報のネットワークも、災害時に迅速かつ的確な救援・救助
が行われるためには不可欠であることは言うまでもない。電気・水などがス
トップし、病院機能自体が麻痺している中で、懐中電灯の明かりを頼りに、次々に押
し寄せてくる患者を診療しなければならない状態にあった被災地内の医療機関とわず
か20Km離れた病院では、まったく普段と変わりない診療が行われていたという事実
は、通信と交通が遮断されてしまうと、まったく機能しなくなると言う現代の情報通
信社会の脆弱性を如実に表したものであった。
普段の救急医療の現場で、救急指令センターから「交通事故で重症者4名発生してお
りますが、受け入れは?」という連絡を受けた場合、「3人までは受けるけれども、
もう1人は勘弁して下さい」という言葉の裏には、「4人同時に収容した場合に、それ
ぞれの患者の医療レベルを落とさなければならない可能性があり、それならば他の医
療機関に収容してもらって、適切な治療を受けてもらいましょう」という意図が存在
している。
このように患者をの適正に配分できるのは、救急指令セ
ンターにおいて、適切な治療が可能でなおかつ現在診療可能な直近の医療機関の把
握、すなわち医療情報ネットワークが整備されているためである。
災害時においても、被害を受けて診療不能となっている医療機関はどこなのか? ど
の医療機関に大量の患者が殺到しているのか? 重症患者の転送を要請しているのは
どこか? 医療スタッフの応援を要請しているのはどこなのか? 医薬品の不足して
いる医療機関はどこなのか? といった情報が入手できなければ、適切な災害救援・
救助はできない。
一方、被災していない地域の医療機関から患者の受け入れや医療
スタッフ提供などの申し出があった際に、これらを取りまとめて、適切に調整を行う
上でも、情報のネットワークは不可欠となる。また、ヘリコプター
などを利用した広域搬送を活用するとなれば、全国規模の医療情報ネットワークが
必要となる。
阪神・淡路大震災後、平成7年3月に発足した厚生省「阪神・淡路大震災を契機とした
災害医療体制のあり方に関する研究会」の研究報告書(平成8年4月)を受け、厚生省
は「広域災害・救急医療情報システム」の整備を進めている。今回は、このシス
テムを中心に災害医療情報ネットワークの現状と今後の課題について述べたい。
同研究会でも、この情報システムの導入を重要課題として、頻回の検討会を開催している。現在、同研究会の最終報告書(平成8年4月)を受け、「広域災害・救急医
療情報システム」として平成8年度から構築が進められ、全国的に整備が完了するの
は5年後を目途としているとのことである。災害時における情報の重要性
広域災害・救急医療情報システム
1)第一義的な調整・指令を行うべき県庁、市役所が被害を受け、通信の混乱が加わり、医療施設の被害状況、活動状況といった情報収集が困難な状況となった。 2)医療搬送ニーズに加え、消防・救援・救助ニーズも同時にあり、併せて道路の被害や被災者の避難等で大変な混雑となったために、円滑な患者搬送、医療物資の供給が困難となった。 3)医療施設の施設自体は損壊を免れても、ライフライン(水道、電気、ガス等)が破壊されたか、設備もしくは設備配管が損壊したため、診療機能が低下した医療機関が多くみられた。 4)一部の医療機関では、トリア−ジの未実施のため医療資源が十分に活用されなかった。 5)阪神地域では大地震は起きないものと信じ、防災訓練や備蓄などの事前の対策が不十分であった。 6)続々と現地に向かった救護班の配置調整、避難所への巡回健康相談等が保健所で実施された場合が評価された。 7)中長期的には、PTSD対策、メンタルヘルス対策および感染症対策、生活環境が重要な問題であることが明らかとなった。
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従来の救急医療情報システムを活用
通常の救急医療に限定した「救急医療情報システム」は都道府県単位で完結していたが、「広域災害・救急医療情報システム」は、この従来の情報システムに、災 害医療情報を盛り込んでいくと言うかたちで整備が進められている。この既存の 救急医療情報システムを活用することになった最大の理由は、緊急時の混乱のなかで 日常利用していないものを使いこなすのは困難であろうとの考えからである。
具
体的な整備の進め方は、「救急医療情報システム」を既に導入している都道府県は、
そのシステムの更新の際に、未整備の県では、最初から「広域災害・救急医療情報シ
ステム」を整備することが求められている。またこのシステムは、通常は各都
道府県の状況に応じて、その都道府県に適したかたちでの救急医療情報システムとし
て運用されることになる。
2次救急医療圏単位の情報ネットワークを確立および災害医療支援拠点病院
「あり方研究会」では、「地域単位での対応の強化」を強調しております。ここでい
う地域単位とは2次救急医療圏もしくは保健所の所轄管区としており、この単位にお
ける情報ネットワークの確立を重要視している。
具体的には、医療機関、医師会などの医療関係団体、消防本部、保健所、市町村行政機関に端末機器を設置し、後述する災害時に必要な情報を入力しそれを各機関で共有しようというものである。
各2次救急医療圏には、それぞれ核となる2次救急医療施設があるが、これらの病
院を「災害医療支援拠点病院」として指定し、その施設や設備の機能強化のための補
助金制度が設けられております。「災害医療支援拠点病院」に求められる機能として
は、表2のような項目があげられており、各2次医療圏ごとに1カ所以上の「地域」災害医療拠点病院および各都道府県に1カ所「基幹」災害医療拠点病院の整備が進められている。平成9年11月4日現在の指定状況は、47都道府県のうち、43都道府県で45の「基幹」拠点病院および395(「基幹」病院との重複4施設含む)の「地域」拠点病院の指定が終了している。
2)傷病者の受け入れおよび搬出を行う広域搬送への対応機能
3)自己完結型の医療チームの派遣機能
4)地域の医療機関への応急用医療資器材の貸し出し機能
5)要員の訓練・研修機能
災害医療情報の入力および共有化
災害医療情報の項目設定にあたってポイントとなるのは、被災地内医療機関にとって
入力の負担がなるべく少なく、支援する側にとって十分な情報を提供するということである。「あり方研究会」において被災地内医療機関、被災地支援に従事した医
療関係者双方が参加して十分な検討が行われ、全国共通項目として図1のような項目
が設定された。
災害発生時には、これらの情報が被災地内の災害医療拠点病院その他の医療機関から
入力され、各都道府県ごとに開設された「都道府県センター」のサーバーにデータと
して保存される。この情報データを被災地内外の医療機関、医療関係団体、消防本
部、保健所、市町村行政機関が、それぞれの役割に応じて必要となる情報を閲覧し、
対応することが可能となる(図2)。
これにより、被災して病院機能
自体が麻痺した中で多数の患者の診療に追われている被災地内医療機関のスタッフ自
らが、患者後方搬送や救援医療スタッフの要請などを手配するという、更なる負担を
強いられることから解放される。また、被災地内医療機関からの種々の要請を
受け、被災地内保健所および行政機関は非被災地からの支援申し入れ情報などを基に、これらの調整を適切に行うことが可能となる。
被災した医療機関からは、「現在診療可能か否か」「患者があふれているか否か」な
どのリアルタイムで的確な情報が発信されなければならない訳だが、災害時
に電話回線が使用不能となる問題がある。しかし、停電の際でも、物理的に回線が
損傷されておらず、コードレス、ファクス、留守番電話などの付加機能を求め
なければ、通話は可能である。
また回線の輻輳(電話が集中してかからなくなること)の問題についても、災害時の優先電話として、電気通信事業法施行規則第56条により「災害救助機関」が指定されており、医療機関はこれに該当する。医療機関に複数の電話回線が入っている場合、そのう
ちの1本は優先電話となっているので、その回線を確認し、広域災害・救急医療情報システムの端末にはこの回線を利用するように求められている。
また、公衆電話も優先電話となっており、阪神淡路大震災でも、10円玉あるいは100円玉を使用しての公衆電話(テレフォンカードは停電時には使用不可)公衆電話が、最も確実な電話回線であったとされている。
さらに、被災地の都道府県センターが停止した場合には、「広域災害バックアップセンタ」でそのデータをバックアップしており、また電話回線が断線・輻輳
により使用不能の場合には、携帯電話・衛生携帯網などの無線系回線を利用するよう
になっている(図3)。
災害時のこれらの情報は、端末を持っていない一般住民や民間ボランティア団体も、イ
ンターネットを通じて「広域災害・救急医療情報システムのホームページ(アドレ
ス:http://www.emis.or.jp/)」へアクセスすれば、見ることができる。このホームページでは、通常時は災害医療支援拠点病院に関する情報(指定病院、ヘリポートの整備状況など)を提供している。
阪神・淡路大震災を契機に、神奈川県の横須賀市・鎌倉市・逗子市・三浦市・葉山町が共同で、
「三浦半島地域災害情報通信ネットワーク協議会」を設置し、消防、自衛隊、警察、
医師会、海上保安部、通信事業者、ライフライン事業者など多岐にわたる機関が参画
して、三浦半島地域における災害対策の検討が行われている。
平成7年末にすで
にその検討結果がまとめられ、それを受けて平成8年には、災害に関わる情報通信
ネットワークの仕様書が策定され、現在その本格導入に向けて、災害訓練時などにお
いて試験的運用が行われているとのことである(図4)。医療機関では横須賀共済病院が基幹病院として、このネットワーク構築の核となり、医師会会員や周辺医療機関との相互支援体制整備を進めております(図5)。
このネットワークの特徴は、情報の発信手段として既に設置している端末以外にも、
携帯端末にGPS(衛星測位システム:衛星からの電波により現在地や時刻を知るナビゲーションシステム)を組み合わせたものにより、任意の場所から、デジタルカメラなど
による画像情報も任意の場所から送ることが出来る点である。
今後、このような地域の諸機関が有機的に連携した災害対策が、全国的に拡大して行
くことが期待される。
またこのネットワークの整備とは別に、災害時における広域応援体制の整備も重要な
課題である。すなわち近隣都道府県・市町村間において災害時の相互応援協定を
締結しておき、初動の遅れの原因となる「要請主義」を排除し、被災地からの応援要
請を待たずに救援に向かうものである。その際、その出動先は広域災害・救急医療情
報システムによって把握可能であるが、これが未整備の場合、被災地内の保健
所がその調整を行うこととなっている。
災害時、広域災害・救急医療情報システムによって、重症患者の後方搬送の要請数
や不足医薬品数、医療スタッフの救援要請数などが明らかとなっても、これらを搬送・
移送する手段が確立されていなければ有効な対策を講じることは出来ない。広域災害・救急医療情報システムでは、厚生省と自治省消防庁との相互協力は締結され
ているが、陸路・海路・空路など適切な搬送手段の調整のためのは、自衛隊・警
察・海上保安庁などの諸機関の連携も必要となるものと思われる。
この災害時の搬送の問題は、現在国土庁を中心として関係諸機関の連携が検討されており、その成果を期待したいと思う。
参考文献
1.厚生省健康政策局指導課監修:21世紀の災害医療体制. へるす出版、東京、1996
2.山本保博:阪神・淡路大震災を契機とした災害医療体制のあり方に関する研究会報
告書.新樹会創造出版、東京、1996
web担当者より:
本資料の web収載にご快諾をいただきました、国立病院東京災害医療センター 大友康裕
先生に深謝申し上げます。
本資料の関連資料として、以下のものもご利用下さい。
1)重篤救急患者の救命医療を行うための高度の診療機能
―ヘリコプタ−の離発着場を必須としている―
三浦半島地域災害情報通信ネットワーク
災害医療情報ネットワークの今後の課題
厚生省健康政策局指導課・監修.21世紀の災害医療体制
(へるす出版、東京、1997)
土居弘幸先生(厚生省健康政策局指導課):第4回日本集団災害医療研究会(990211)関連資料
越智元郎(愛媛大学医学部救急医学):厚生省科学研究合同円卓会議(990329)・講演原稿とスライド
山口孝治先生(横須賀共済病院外科):日本救急医学会・第3回災害医療セミナー(980320)抄録