ILCOR Advisory Statements: Advisory Statements of the International Liaison Committee on Resuscitation

【翻訳:救急医療情報研究会】

目次

はじめに
Introduction
原文
成人の一次救命処置
Adult BLS
原文
二次救命処置の共通アルゴリズム
Universal Algorithm
原文
早期除細動
Early Defibrillation
原文
小児の心肺蘇生法
Pediatric Resuscitation
原文
個々の状況での蘇生
Special Resuscitation
原文


単独で行う成人の一次救命処置
(Single-Rescuer Adult Basic Life Support)


目 次


はじめに(Introduction)

 この文書は、世界の主要な蘇生組織(アメリカ心臓学会(AHA)、オーストラリ ア蘇生会議、ヨーロッパ蘇生会議RC)、カナダ心臓・脳卒中財団および南アフリカ蘇生 会議)を代表する国際蘇生連絡委員会(ILCOR)の一次救命処置検討委員会において、合意を得た見解を示すものである。この勧告声明は1991年から現在に至るまで、10回のILCOR会議を通して吟味されてきた。

 心停止の治療法は、信頼できる世界の文献を科学的根拠にしている1。このような勧告声明の策定目的は、心停止に関する基本的手順に関して国際的な視野と経験を十分に活用するためである。各国の蘇生組織がこの「処置の順序」を雛形として利用することが望ましい。しかし、この基本形を厳密な基準と考える必要はない。第一の目的は、ここ30年間にわたりしばしば科学的根拠を欠いたまま発展してきた各国の BLS教育における、些少なしかし数多くの相違点を取り除くことにある。たとえば、現在利用されている ERCと AHAの BLSガイドラインを比較してみると、特にこれといった根拠のない多くの相違点がある。その違いは、単に歴史的な慣習によるものに過ぎない。これらの根拠なき相違点が取り除かれて、BLSの訓練が可能な限り世界中で統一されたものとなることが望まれる。

 勧告声明の策定経過

  1. 現在のBLSガイドライン間に存在する大小の相違点を列挙した。小さな相違点のほとんどは、科学的な内容について意見が異なるわけではなく、言葉の使い方に関係するものであった。これらについては、合意を得て解決した。

  2. 大きな相違点がある分野については、公式な見解を示す論文の提示を求めた。その際、入手可能な科学的根拠を重視した。委員会では、各論点について合意に至るよう努力したが、ところどころ、大多数の意見のみを反映した声明となってしまった部分もある。

  3. 新たなガイドラインをILCORの二次救命処置検討委員会と小児の心肺蘇生法検討委員会に提示した。なお、ガイドラインには討論の際に得られた様々な意見も付記した。

  4. ILCOR参加各国の BLS委員会からの意見を反映させること。

  5. 以下に述べるような「処置の順序」の最終案を準備した。



処置の順序(Sequence of Action)

  1. 救助者及び傷病者の安全を確保する。

  2. 傷病者の反応を確認する。

    • やさしく肩を揺すり、大きな声で「大丈夫ですか?」と尋ねる。

  3. a) もし、反応があれば(傷病者が返事をするか、動いたなら):
  4. b) もし傷病者が反応しなければ:

  5. 気道を確保し続けること。傷病者の呼吸の徴候を見て、聴いて、感じること:

    • 胸の動きを観察すること。

    • 傷病者の口元に耳を近づけ、呼吸音を聴くこと。

    • 呼気をあなたの頬で感じること。

    • 最長で10秒間よく観察しても呼吸が見られなければ、呼吸停止と判断する。

  6. a) 傷病者が呼吸している場合:

    • 傷病者を回復体位とする。

    • 継続して呼吸を確認する。

    b) 傷病者が呼吸していない場合:

    • もしまだ助けを呼んでいなければ、誰かに助けを呼びに行かせる。または、あなたしかいなければ、傷病者から離れ、助けを呼びに行く。戻ってきて、以下のように人工呼吸を開始する。

    • もし傷病者が仰臥位になっていなければ、仰臥位にする。

    • 外れた入れ歯など、口から見える異物を取り除く。ただし、しっかりとはまっている入れ歯はそのままにしておく。

    • 胸が十分上がり下がりするように、2回息を吹き込む。

      • 頭の後屈とあご先挙上を確認する。
      • 傷病者の鼻を額に置いた手の親指と人指し指でやさしく挟む。
      • 口を軽く開けるが、あご先を持ち上げたままにする。
      • 息を吸って、傷病者の口を自分の口で覆ってしまい、空気漏れがないようにする。
      • 傷病者の胸の上がりを見ながら、ゆっくりと 1.5から2.0秒かけて、息を吹き込む。
      • 頭部後屈とあご先挙上を継続しながら、自分の口を傷病者の口から離す。息が吐き出されるとともに傷病者の胸が下がることを確認する。

      • また息を吸い込んで、もう一度同じように呼気吹き込みを行い、合わせて2回の効果的な吹き込みを実施する。

      • 呼気吹き込みがうまくゆかない時:

        • 傷病者の口の中を再度チェックし、気道を閉塞するものがあれば除く。
        • 頭部後屈とあご先挙上が十分であるか再確認する。
        • 2回の有効な呼気吹き込みができるよう、5回まで吹き込みを試みる。
        • 2回有効な吹き込みができるか、呼気吹き込みを5回試したら、脈拍の確認へ進む

  7. 循環系の評価:
    • ここでは次のことを行う。
      • 嚥下動作や呼吸動作のいろいろな動きを同時に見る。
      • 頸動脈の拍動があるかどうかみる。

    • このステップに10秒以上かけないこと。

  8. a) もし心停止でないことが 10秒以内に確認できた時:

    • 傷病者に自発呼吸がなければ、自発呼吸が出てくるまで人工呼吸を続ける。

    • 約1分おきに循環系の再評価を行う。毎回10秒以内で評価すること。

    • もし、傷病者が自発呼吸を開始したものの意識が戻らないときは、回復体位とする。傷病者の状態を確認し、呼吸が止まった時はいつでも傷病者を仰向けにして人工呼吸を再開できるようにしておくこと。

    b) もし、循環の兆候が無いか、はっきり確認できない場合:

  9. 次のような状況となるまで、蘇生処置を続けること


ILCOR BLSの手順の変更について
(Modification of the ILCOR BLS Sequence of Action)

 ここに述べる一次救命処置は,各国の蘇生団体の活動を制限するものではないし、各団体が妥当だと考える(あるいは将来の研究によって支持される)修正を妨げるものではない。各国の文化や救急対応設備には著しい差があるので、各国の蘇生団体がその地区や地域の必要に応じて修正を行わざるを得ないことは、十分に予想される。例えば,「いつ助けを呼ぶか?」あるいは「脈のチェックをするかどうか?」などの決定は,地域の疾病構造や救急医療サービスの技術力、その地区で行われている市民への CPR教育などによって異なる。


一般市民のための救助訓練(Lay Rescuer Training)

 他の情報源を通じてCPRのガイドラインに精通している読者は、このガイドラインで述べていることと、既刊の文献で述べられていることの間に相違点があることに気づくだろう。ここで一番重視したのは、ガイドラインを出来るだけ簡潔にすることである。なぜなら、市民に対する CPR教育の成否を厳密に検討した結果、簡潔であることが重要だとわかったからである。CPRが命を救うことには疑問の余地がない。しかし、市民に対する CPR教育を試みてから30年を経てもなお、誰もが一次救命処置ができるまでに浸透させ得た地域はほとんどないし、1970年代以降、欧米では地域社会における CPR実施率はそれほど増えていない。逆説的であるが、バイスタンダーCPRの実施率は、ハイリスクな住民層でかえって著しく低いことがある4,5。このため、一次救命処置検討委員会では、市民に対する CPR教育により一層の努力を払うことが、ほとんどの地域社会にとって急務であると見ている。

 一般市民のための CPRトレーニングを妨げうるものは多く、その理由も多岐にわたる。一部の研究者からは、CPRを施行するために必要な知識や技術は、一般市民にとって比較的難しいものであるとの指摘がある。それどころか、専門家にこの知識や技術を教えた場合でさえも、それが定期的に使われなければ、忘れられがちである6-8。さらに、感染症への関心が高まっているので、たとえば HIV感染を怖れるあまり、見知らぬ人に対する人工呼吸(口対口)をためらう地域もある9,10

 救命するためには「良い」CPRがどうあるべきかを扱っている文献においても、科学的には明らかになっていない部分がある11。理想的な心臓マッサージと人工呼吸、いわゆる「良いCPR」を受けた傷病者は、あまり上手くない CPRを受けた傷病者よりも助かりやすいのだろうか。信頼できる解答が待たれるところだが、多くの研究からはっきりしていることは、CPRが全く行われない場合が最も生存率が低いということである12。どんなCPRであっても CPRをしないよりはよい。それゆえ、CPRを簡単かつ基本的なものとすることで、効率よく多くの人々に教えることが出来るし、一次救命処置を進んで行う人々を増やすことになる。

 単純なものから非常に複雑なものまで、幅広い一次救命処置の指導法があると考えられる。たとえば、一般市民への CPR教育は「心臓マッサージと息吹き込み」のように単純なものであるべきだとしている人もいる。反対に、様々な手技がより医学的な評価のステップを経た後で、現在一般的に使用されているものよりもはるかに複雑なプロトコルが開発されて、一般市民への教育に推奨される可能性もある。最も「簡潔な CPR」の手順は、生存率を高めるのに貢献しているにも関わらず、適切には活用されていない。


循環の評価(Circulatory Assessment)

 反応のない(意識のない)成人傷病者における心停止のチェックは,頚動脈を触知することが伝統的である。今日まで、世界のあらゆる蘇生法検討会議では、すぐに心マッサージを開始するかどうか診断する際に、頸動脈の脈拍が触れないということを唯一の基準と している。脈拍の有無を感知するために容認される時間は各国の蘇生法検討会議の間でそれぞれ異なる2,3,13が,CPRを開始するまでの時間には限りがあるので,正常体温の傷病者については、どの会議でも10秒までとしている。

 今もなお、一般市民に対し、頸動脈触知を心マッサージ開始のための唯一の基 準として教えるべきだろうか。

 今日では多くの救急通信指令センターは,倒れ込んだ傷病者を見付けた通報者に電話で CPR指導を行っている。通常、CPRの開始基準は反応も呼吸もないことである14。そして、通信室は心マッサージの方法を教える際、心マッサージ開始前の頸動脈のチェックを求めることはない。頸動脈触知の方法を電話で伝えるのは困難であるからだ。頸動脈の触知は、特に一般市民にとって、本当に難しいのだろうか?

 最近の研究15-19によれば,頚動脈の脈拍の有無を確認するためには,通常推奨されている5〜10秒よりもはるかに長い時間を要し,95%の診断精度に達するには30秒以上かかることが指摘されている。頸動脈触知に費やす時間を延長した場合でさえ、45%の症例は 実際には脈が存在するのに頸動脈が触れないと判断される19。また、ほとんどの研究では正常血圧のボランティアを用いている。これに対し、現場の傷病者は、虚脱しチアノーゼを呈しており、血圧低下、血管収縮、あるいはより悪化した状態を来していることが多い。従って、頸動脈の触知が上述したデータ以上に困難であることを考慮すべきである。

 これらの知見により、一次救命処置検討委員会では、頸動脈触知を重視するべきではなく、反応も呼吸もない成人患者に対する心臓マッサージの適応を決定するには、別の基準を採用すべきであると考える。私たちは頸動脈の触知ならびに拍動の発見を含む「循環の徴候を探すこと」という表現を採用することにした。救助者がこのチェックに費やす時間は、10秒以内とすべきである。このため、頸動脈を触知しないということは必ずしも必要ではなく、明らかな生命徴候が見られないということを、心マッサージ開始に十分な指標とすべきである。

 このように現在の指導指針から離れるのは、少なくとも現時点においては一般市民だけを対象としていることに十分注意すべきである。脈拍のチェックが、二次救命処置や、自動体外除細動器使用時のプロトコールの中で、重要な部分であることには変わりない。



人工呼吸の1回換気量と1分間における回数(Volume and Rate of Ventilation)

 救助者の人工呼吸(呼気吹き込み人工呼吸,口対口人工呼吸)は1960年代初頭から, 一次救命処置において良く受け入れられてきた技術である20。1回の呼気吹き込みの必要量は 800〜1200 mlとされ、これを 1.0 〜 1.5 秒かけて吹き込む。一次救命処置検討委員会はこれらの数値の信頼性に疑いを抱いた。

 気道の防護(例えば気管内挿管)無しでの人工呼吸は,胃膨満,嘔吐,気道への誤嚥の危険性が高い 2。胃膨満のリスクは次のようなものによって生じる。(1)1回換気量と吹き込む速さによって決定される口腔内圧、(2)頭と頚部の位置関係と気道の開通具合、(3)下部食道括約筋の開口圧(約 20 cm H2O)。  心停止中の CO2産生は非常に少ない21ので、成人の一時救命処置に際しては、1回換気量は 400 〜 500 mlで十分であることが最近示されている。これは以前のガイドラインでの推奨事項を覆すものであり、成人の訓練用人形を再調整しなければならなくなっている22。しかしながら、正常な自発呼吸と同じくらい胸が持ち上がる量を1回換気量とすべきであるという、これまで受け入れられてきた指導法とは矛盾しない。

 呼気吹き込み人工呼吸と心マッサージを行っている際、1分当たりの換気回数は1分当たりの換気量および心マッサージ回数の双方によって決まる。 1.5 〜 2.0 秒かけて呼気吹き込みを行う場合、食道内圧が胃への開口圧を越える危険性が少なくなる22。そしてその場合の1回の吸気/呼気サイクルに要する時間は約3秒となる。重要臓器への良好な潅流を得るためには,1分間に約 100回の割合での心マッサージが推奨される。この速度だと、15回の心マッサージを行うのに9秒(*)を要し、続いて6秒かけて2回の呼気吹き込みを行うことになる。このやり方で1人法の CPRを行うと、人工呼吸はおおむね1分間に8回、胸骨圧迫は同じく 60回という計算になる。

(*訳注:原文には12秒とあるが、原著者の計算違いと思われる。また本項での計算は心マッサ−ジと人工呼吸のつなぎの時間をゼロと仮定している。実際には心マッサ−ジのピッチを上げるか、吹き込み時間を短縮しない限りは、60回の胸骨圧迫と8回の換気は困難である。)


「まず通報せよ(Call First)」か?、「早めに通報せよ(Call Fast)」か?

 「救命のための連鎖23」への最初の接点はEMSへの通報をすることだ。蘇生を試みている間で、いつ傷病者のそばを離れて助けを呼びに行くべきかは、以下のいくつかの要因に依存する。

 現在では、突然の心臓死を治療する際には、早期の除細動が重要であることが受け入れられており、世界的な主な趨勢としても、可能な限り早い時期に除細動器を用意して、最初のショックを下す方向へと向かっている24。1992年のAHAガイドライン2が強調したのは、もし手助けをしてくれる人が誰もいなければ、救助者は成人傷病者が反応がないことを確認したら、すぐに傷病者の元を離れて、救急車もしくはEMSシステムに通報すべきであるということであった(まず電話せよ)。これに対し、ERCのガイドライン3は、傷病者が意識を失っていることがわかったらすぐに助けを求めるために叫ぶべきであるものの、救助者が単独である場合は、脈拍を調べて心停止と診断されるまでは、その場を離れて助けを呼びべきでないと助言している(早めに電話せよ)。AHAとERCのガイドラインはどちらも、傷病者に対して出来るだけ早い適切な時点で確実に除細動器が使われるように努めている。傷病者が子どもである場合については、どちらのガイドラインも救助者が傷病者のそばを離れたり、救助チームを呼びに行ったりする前に、約1分間の蘇生(呼吸または循環もしくは両方とも)を行うべきであるということで一致している25

 「まず電話(「早めに」ではなく)」と言うのは、いくつかの論拠に基づいている26。明らかに、除細動は突然の心臓死から生還するための鍵である。しかし、意識を失った傷病者を発見した救助者は、しばしば精神的に行き詰まってしまうために、CPRを開始することが出来なかったり、救助を求めて通報することさえも出来なかったりする。このように救助者が動けなくなってしまったら、貴重な数分間が失われてしまい、傷病者が生存できる可能性が減ってしまうことになる。あるいは、CPRに没頭するあまり、EMSシステムを呼ぶのが遅くなりすぎてしまう救助者もいる。

 子どもの心肺停止の病因は成人とは異なる27。呼吸停止の方が心停止よりもはるかに一般的にみられ、もし心停止が起こったとしても、たいていは呼吸停止に伴う二次的なものである。子どもで心停止からの蘇生を行った場合には、神経学的予後が不良となる場合が多く、結果は思わしくない28。子供の心肺停止からの生存は効果的な人工呼吸を即時に行うか否かにかかっている29。そのため、そばを離れて救助を求めて通報する前に1分間の蘇生を行うことが薦められる。

 最近の興味深いデータでは、心室細動は30歳までは比較的稀であって30,31、この年齢までは子どもの心停止に対する治療と同じ方針を取るのが理にかなっているらしいということが示唆されている。

 アメリカ合衆国のEMSシステムでは、AHAのガイドラインを利用しているものの、蘇生するためにAHAのガイドラインとは違ったプロトコルが必要となるような他の虚脱要因についても考慮している。「まず通報せよ」か「早めに通報せよ」かという討論は、EMSシステムの体制、設備、あるいはスタッフ構成、または応急手当への取り組みの違いなどにより、世界各地で異なってくることは認められている。このことから、蘇生時の一連の行動の中で、単独の救助者が救援を求めるために傷病者のそばを離れてもよいタイミングを2つ挙げることができる。「呼吸もしくは心拍の再開などの反応が確認された後」もしくは、「気道が確保されても呼吸がないことがわかった後」である。

 小児、あるいは外傷や溺水による傷病者の場合は、原発性の呼吸停止であるかどうかを確認するために、通報前に一分間の蘇生を行うことが薦められている。これまでの議論について、以下では具体的に述べることにする。

いつ救援を求めるか。

 傷病者が成人であって、意識不明の原因が外傷や溺水ではない場合には、救助者は傷病者の心臓に問題があると考えるべきであり、反応がないことが確認されたときか、あるいは反応も呼吸もないことが確認された後、直ちに 救援を求めに行かなければならない。


気道閉塞に対する処置(Action for Choking)

 気道閉塞への処置,とりわけ腹部圧迫法は大部分の一次救命処置のガイドラインに含 まれている。しかしながら,気道内への異物の嵌入事例は他の原因による心停止に比べて極端に少ない。実際,ほとんどの医療スタッフは,死亡やあるいはあわやの死亡という例を含めてさえも、重症の気道内異物を経験したことがないであろう。食べ物が気道に嵌入するほとんどの事例は,食事中,それもしばしば他の人たちがいるときに起こる。そのため,普通はそこには目撃者がいる。気道閉塞では通常,突然に虚脱するのではなく,だんだん状態が悪くなっていく。声が出なくなり,チアノーゼが進行し,意識がなくなってくる。これは,大半の原発性の心停止の例とひどく対照的である。

 このため,一次救命処置研究班は腹部圧迫法を一次救命処置に含めないことを決定した。この処置は必要とされることが稀であるばかりでなく、胃内容物の気道への誤嚥や腹部臓器の損傷といった重大な危険性を増大させるからである。心停止に適用される胸部圧迫(心マッサージ)は、 胸腔内圧を著しく上昇させるので、万一気道にものが詰まっていた場合でも、気道を開通させるのにも十分であろう。

 一次救命処置の指導から腹部圧迫法を除外することで、余録が得られる。一つ習得すべき事項を減らせば、それだけ長い間技術を覚えておけるようになるはずだからだ。


回復体位(Recovery Position)

 自発呼吸のある意識のない傷病者は、舌や粘液や吐物の吸入による気道閉塞の危機に瀕している。傷病者を側臥位にすれば、これらの問題を予防するのに役立つし、傷病者の口から液体を排出するのが容易になる。ここで取り上げる側臥位・昏睡体位・側位・回復体位(全て同義語)は、麻酔科領域では100年以上も前から推奨されている
32もので、今日でも臨床で標準的に行われている。それゆえに、応急手当の訓練の中でその体位が紹介されたのは最近50年以内である33というのは、驚かされる。おそらくさらに驚かされるのは、AHAガイドラインは1992年に至るまで回復体位には言及していなかった2ということである。

 傷病者の体位を決定する際には、ある程度の妥協が必要である。真横の体位を選択すれば、体位が安定せず、頸椎に過度の側屈を伴うため、結果的に口からの自然排液が少なくなってしまう。かと言って、うつぶせに近い体位では横隔膜が固定され、肺及び胸郭のコンプライアンスが減少し、低換気となってしまう34

 傷病者に(そのような体位のために)損傷を与える可能性もまたよく考えなければならない35。、ヨーロッパ蘇生会議(ERC)が推奨する回復体位をとると上肢の血流が障害される可能性がある、という最近の報告36,37がいくつかある。これは、腹側に置いた下になる腕と上側の腕とが交差するために、血管を、ひょっとすると神経を圧迫することになるためである。下側になる腕を背中に回したからといって、解決するわけではない。少なくとも理論的には、このような動作のために肩関節を損傷する可能性があるからだ。文献に基づく裏付けが不十分なので明確な結論を下すことはできないが、傷病者を側臥位にすることが良い結果をもたらす場合もあれば、悪い結果をもたらす場合もあるということがわかってきた。

 回復体位には様々な変種があり、どれが最適かについての主張は人によって異なる。BLS検討委員会ではどれか一つ、特定の体位を推奨する代わりに、意識がなく自発呼吸のある傷病者を扱うときに遵守すべき6つの基本方針について合意した。

1. 傷病者は出来るだけ真横に近い体位とし、体液が自然にドレナージされるよう 頭を低くすべきである。

2. 体位は安定していなければならない。

3. 呼吸を損なう胸への圧迫はどんなものでも避けなければならない。

4. 仰臥位から側臥位、あるいはその逆の体位変換は、頚椎損傷の可能性には特に配慮しつつ、スムーズにまた安全にできるようにすべきである。

5. 気道を観察しやすく、かつ気道に対する処置がしやすい体位とするべきである。

6. 体位そのものによって、傷病者に何らかの損傷を与えるようなことがあってはならない。


医療従事者(Healthcare Providers)

 医療従事者や救急隊員は、より広汎な蘇生技術を身につけるだろう。こうした人々が呼び出しを受けてその技術を利用する際には、より複雑な BLSガイドラインが必要となる。このような高度のガイドラインの必要性については、現在の勧告声明では触れていない。本勧告は主として一般人を対象としているからである。とはいえ、将来的に ILCORが発表する刊行物では、扱う予定がある。


自動式体外除細動器(Automated External Defibrillators)

 体外自動式除細動器(AED)の使用は、現在 BLSの範囲内であるとみなされている。それどころか、AEDの使用方法の習得は、CPRを行うために必要な技術を習得するより易しいかもしれない。大部分の研究者は、可能な限り広範囲に、これらの装置が配置されなければならないと考えている。過去5年にわたって、AEDの使用は救急隊員(EMT)、消防隊員、警官、航空関係者、病院職員、一般市民へと広げられてきた。一般市民も除細動を行うことが望ましいという AHAの声明は、このような除細動装置を最も広く実際に役立つように、全ての地域のあらゆる場所に配備するという方向に向かう学術的根拠となった。しかし、全世界での AEDの使用経験は不十分であり、現在の BLSの一連の蘇生処置の中に AEDの使用訓練を含むべきであるとするほど、AEDがあまねく普及しているわけではない。にも関わらず、多くの蘇生委員会が、より多くの生命を救うことを期待して、既に各 BLSプログラムに AED使用訓練を追加しつつあることには注目すべきである。

 早期の除細動を伴った早期の CPRは、心臓停止からの生存を高める非常に強力な組み合わせである。早期の除細動の BLSへの拡大は、未来も引き続き行われることが期待される。ILCOR構成組織の蘇生委員会は、ILCORの BLSの雛形をもとにそれぞれの地域固有の必要性に合った蘇生指針を作るとき、このことについて配慮されたい。 。


Appendix

ILCOR 一次救命処置検討委員会 (BLS Working Group)

Anthony J. Handley, MD, FRCP, Chair; Lance B. Becker, MD, Cochair; Mervyn Allen, MD, FRACA; Nisha C. Chandra, MD; Wolfgang F. Dick, MD; Ank van Drenth, MD; Ahamed Idris, MD; Efraim B. Kramer, MD; William H. Montgomery, MD.


References

(Click the author's name to read the abstract.)

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