Gene Review著者:Dru F Leistritz, MS, Nancy Hanson, MS, George M Martin, MD, Junko Oshima, MD, PhD
日本語訳者:岡本 尚(名古屋市立大学大学院細胞分子生物学分野教授)
Gene Review 最終更新日: 2007.3.8. 日本語訳最終更新日: 2011.5.17.
疾患の特徴
ワーナー(Werner)症候群では通常の老化やがん素因に関連する様々な症候を持つことが特徴である。ワーナー症候群の症例は発育は10歳まではほぼ正常である。最初に表われる徴候は、通常なら10代の初期に起こる急激な生育がないことである。初期の症候は通常では20代に出現するが、それは毛髪の脱毛や白髪化、嗄声、強皮症様の皮膚変化、およびこれらに次いで30代に起こる両眼の白内障、2型糖尿病、性腺機能低下症、皮膚の潰瘍、骨粗鬆症などである。また、最も高頻度に起こる死因は心筋梗塞や悪性腫瘍であり、これらはしばしば48歳前後に起こる。
診断・検査
臨床診断基準(以下に述べる)が提唱されている。WRN遺伝子の変異のみがワーナー症候群に関連して知られている。WRN遺伝子変異はおよそ患者の90%に見出される。WRN遺伝子変異の有無を調べる遺伝子検査は現在はまだ研究目的でのみ実施されている。
治療:皮膚の潰瘍に対する手術療法;2型糖尿病の治療(ピオグリタゾンが有効);脂質異常があればコレステロール低下剤の投与;特別な手技による白内障手術;通常行われる方法での悪性腫瘍の治療。2次的な合併症の予防:禁煙;定期的な運動;動脈硬化の危険性を下げるための体重管理;注意深い皮膚の管理特に皮膚への創傷を回避すること。
監視:少なくとも年に一回の2型糖尿病の有無の検査;毎年の血清脂質検査;少なくとも年一回のワーナー症候群に高頻度に起こる悪性腫瘍の診察と検査;年一回の白内障の有無の検査;狭心症の有無の確認。
遺伝カウンセリング
ワーナー症候群は常染色体性劣性に遺伝する。受精時に兄弟姉妹のそれぞれは25%の確率で遺伝を受け継ぎ、50%は無症候キャリアーとなり、残りの25%は全く冒されないかキャリアーにもならない。もしも兄弟姉妹のひとりが冒されていなかったら、本人がキャリアーである確率は2/3である。WRN遺伝子変異に関する出生前診断の依頼を検査会社で受けていることもある。
臨床診断
以下の臨床診断基準が提唱されている.
国際ワーナー症候群患者レジストリーでは遺伝子検査による確認がなされない例に対してこれらの徴候を “definite”,“probable”,あるいは“possible”と診断する基準に用いている.特にまだ多くの症状が出現していない若い患者についてワーナー症候群の疑いが持たれた場合などでは,いずれの診断基準も不完全である.
確実(definite)例:すべての主徴候と副徴候のいずれか2つを満たす
疑い(probable)例:主徴候の最初の3つとその他のいずれか2つを満たす
可能性(possible)例:白内障または皮膚変化とその他のいずれか4つを満たす
除外診断:思春期以前の徴候や症状の出現(低身長は除く.思春期以前の成長パターンに関するデータが不完全のため)
Gotoは以下の5つの基準のうち4つを満たす場合に,臨床的にワーナー症候群と診断することを提唱した.
検査
分子遺伝学的検査
遺伝子 WRNはワーナー症候群との関連が明らかになっている唯一の遺伝子である.
他の遺伝子座位 他の遺伝子座位は知られていないが,WRNと相互作用を有する蛋白をコードする遺伝子変異が同様の表現型を引き起こす可能性はある.
分子遺伝学的検査:研究レベル
シークエンス解析 WRN遺伝子のコード領域のシークエンス分析は約90%の患者で両アレルの変異を検出できる.白人では特に頻度の高い変異は知られていない.変異は比較的大きいイントロンや通常解析されない調節領域に生じていることもある.
ウエスタンブロッティング シークエンス解析による変異の同定のあと,変異が蛋白に及ぼす影響についてウエスタンブロッティングによる検討が行われる.患者の多くでは,WRN遺伝子変異による蛋白はウエスタンブロッティングや免疫ブロット法では検出されない(少数例では途中で途切れた蛋白が検出される).
表1 ワーナー症候群で用いられる分子遺伝学的検査
検査法 | 検出される変異 | 変異検出率 |
---|---|---|
シークエンス解析 | WRN変異 | ~90% |
遺伝学的に関連する疾患
ワーナー症候群はWRN遺伝子変異に関連する唯一の疾患である.Bloom症候群やRothmund-Thomson症候群は類似の,しかし異なるヘリケース遺伝子の変異によって生じる.
自然経過
ワーナー症候群は臨床的には臨床的に正常の加齢とがん易罹患性を伴い,早老徴候によって特徴付けられる疾患である.ワーナー症候群患者は10歳までの発達は正常に経過する.最初の症状はしばしば後になって気づかれるが,10歳台前半の成長の加速がみられないことである.
男女比は1:1であると考えられている。本症候群の国際登録機関によれば、女性の方がやや多く報告されているが、これは確認の際のバイアスによるものと考えられている。すなわち、女性患者の方が男性より多く医療機関を受診し、女性の方が若い世代に容姿をより気にする頻度が高いからであろう。
典型例では症状は20歳台に始まる.最初の所見としては脱毛や白髪化,禿頭,嗄声,強皮症様の皮膚変化などで,その後30歳台には白内障,2型糖尿病,性腺機能低下症,皮膚潰瘍や骨粗鬆症が現れる.3つの研究によれば診断時の平均年齢は38歳である.鳥様と表現される特徴的な顔貌は20歳代から30歳代に明らかとなってくる.
患者はさまざまな形の動脈硬化所見を呈するが,最も重大なものは冠動脈硬化である.これはがんとともにもっとも多い死因である心筋梗塞の原因となり,典型例では48歳頃に生じる.こうした徴候や症状の経時的出現順序は,WRN遺伝子変異の違いに関係なくすべてのワーナー症候群患者で似ている.
ワーナー症候群患者のがんの多様性は通常とは異なっており,肉腫やまれな型のがんが多い.日本人患者で最も高頻度に見られるのは軟部組織肉腫,骨肉腫,黒色腫,甲状腺がんである.末端性黒子性黒色腫(足と鼻粘膜によく見られる)は一般人口集団と比較して特に多い.
骨粗鬆症は長管骨が主に侵されるという点で独特である.元来の老化では、とりわけ女性では、好んで椎体骨が侵される。レントゲン所見では、指の末端関節における特徴的な骨吸収病変が認められる.足首の関節周囲(アキレス腱、内果、外果)の深い慢性的な潰瘍はことに特徴的である.
脳が侵されるかどうかについては議論がある.患者は動脈硬化に起因する中枢神経症状を呈するかもしれないが,特別アルツハイマー型の痴呆を生じやすいということはない.認知能力の変化は通常認められない.患者の一部ではMRI上広範は脳の変化が認められるので,この問題についてはさらなる研究が必要である.
妊孕性:妊孕性は性成熟後まもなくから低下する.これは精巣の萎縮や,おそらく原始卵胞消失の加速によるものと考えられるが,まだ知見は散発的にしか得られていない.反復性流産や早期閉経はよく見られるが,正常な妊娠も報告されている.父親となった患者もあるが,多くは若年のうちである.
遺伝子型と臨床型の関連
こうした所見が出現する時間的な順序はすべての患者でおおよそ共通しており、WRN遺伝子変異の種類に依存しない。
がんが生じる細胞種はWRN遺伝子変異のタイプによって異なる.日本人患者では,(甲状腺)乳頭がんとN末端変異の関連が認められ,一方濾胞がんはC末端変異の場合により高頻度に認められる.この知見は当初の仮説,すなわちすべてのWRN遺伝子変異はWRN蛋白の核移行シグナルを失わせ,したがってヌル変異と同等であるという考えに明らかに相反する.さらなる研究によって遺伝子型と臨床型の関連が明らかとなるかもしれない.
病名
ワーナー症候群の別名は”Progeria of the adult”であり、Hutchinson-Gilford型早老症(こちらは小児期に起こることからProgeria of childhoodとも呼ばれる)と区別される。
頻度
ワーナー症候群の頻度は人口集団における近親婚の頻度によって異なる.日本人における罹病率はヘテロ接合体の頻度に基づいて1/20,000から1/40,000と算定される.
米国における罹病率は不明であるが,おそらく1/200,000程度と考えられる.
本稿で扱われる疾患に対する遺伝学的検査の実施可能性に関する最新情報は,GeneTests Laboratory Directoryを参照のこと.―編集者注.
鑑別診断は主症状と発症年齢が重要である.
以下の疾患はワーナー症候群で見られるのと同じ徴候を2つ以上呈するが,小児期発症であることや他の徴候の存在から診断に困難をきたすものではない.
初診時の評価
臨床症状に対する治療
二次的病変の予防
経過観察
回避すべき薬物や環境
リスクのある血縁者への検査
患者の同胞も罹患している可能性があり,検査を希望するかもしれない.無症状と判定可能な年齢に達している同胞は研究プロトコールにのっとって検査を受けることができる.
研究中の治療法
さまざまな疾患の臨床研究については http://clinicaltrials.gov/ を参照のこと.
「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝子検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」
遺伝形式
ワーナー症候群は常染色体劣性の形式をとって遺伝する.
患者家族のリスク
発端者の両親
発端者の同胞
発端者の子 ワーナー症候群患者の子は変異WRN遺伝子のヘテロ接合体となる.米国では罹病率が非常に低いため近親婚がない場合にはワーナー症候群のリスクは無視できる.日本ではヘテロ接合体の頻度が1/150と高いので,子は1/500以下の確率でワーナー症候群に罹患する.
他の家族 患者の両親の同胞は50%の確率で保因者である.
保因者診断
分子遺伝学的手法による保因者診断は臨床的には行われていない.
遺伝カウンセリングに関連した問題
家族計画 遺伝学的なリスク評価は妊娠前に行うのが望ましい.
DNAバンク
DNAバンクは主に白血球から調製したDNAを将来利用することを想定して保存しておくものである.検査技術や遺伝子,変異,あるいは疾患に対するわれわれの理解が将来さらに進歩すると考えられるので,DNA保存が考慮される.DNAバンクは特に分子遺伝学的検査が研究ベースでしか行われていないような状況では重要である.
出生前診断
ワーナー症候群の出生前診断を提供している検査機関はない.しかしながら,原因となる変異がすでに明らかになっている家族に対しては出生前検査が提供可能かもしれない.