Gene Reviews著者: Anna-Kaisa Anttonen, MD, PhD.
日本語訳者:吉村祐実(翻訳ボランティア)、隅田健太郎(札幌医科大学附属病院遺伝子診療科)
GeneReviews最終更新日: 2019.1.10. 日本語訳最終更新日: 2023.8.12.
原文: Marinesco-Sjögren Syndrome
疾患の特徴
マリネスコ・シェーグレン症候群 (MSS) は,小脳萎縮,構音障害,眼振,早発性(必ずしも先天性ではない)白内障,筋障害,筋力低下,筋緊張低下を伴う小脳性運動失調症を特徴とする.その他の特徴には,精神運動遅延,高ゴナドトロピン性性腺機能低下症,低身長,および様々な骨格異常が含まれることがある.MSSの子は通常,乳児期初期に筋緊張低下を示す.遠位および近位の筋力低下は,生後10歳までに認められる.その後,体幹性運動失調,運動障害,眼振,構音障害の小脳所見が明らかになる.運動機能は,数年間で徐々に悪化し,その後,予測不可能な年齢・重症度で安定する.白内障は急速に発症する可能性があり,通常,生後10 歳までに水晶体の摘出が必要になる.成人罹患者の多くは重度の障害を有するが,MSS罹患者の寿命は健常人の寿命と変わらないと考えられる.診断・検査
診断は,典型的な臨床所見および/または分子遺伝学的検査で同定されたSIL1の両アレル病原性バリアントを有する個人に確定診断される.筋生検における電子顕微鏡による超微細構造の変化は,MSSに特異的であると考えられている.臨床的マネジメント
症状に対する治療:サーベランス :
小児神経科医または神経内科医,リハビリテーション医および/または理学療法士による定期的なフォローアップ.乳児期からの定期的な眼科検査.
遺伝カウンセリング
マリネスコ・シェーグレン症候群 (MSS) は,常染色体潜性遺伝形式で遺伝する.患児の両親は絶対的ヘテロ接合体であるため,病的バリアントを持っている.患者の各同胞は,受胎時に,25%の確率で罹患し,50%の確率で無症候性の保因者となり,25%の確率で罹患せず保因者でもない.家族内の病的バリアントが判明している場合は,リスクのある近親者の保因者検査,出生前・着床前の遺伝子検査が可能である.本疾患を示唆する所見
以下の臨床的所見が認められる場合,マリネスコ・シェーグレン症候群 (MSS) を疑うべきである:確定診断
MSS の診断は,典型的な臨床所見,および/または分子遺伝学的検査で SIL1の両アレルに病的バリアントが同定された発端者で確立される (表 1 を参照).筋生検における電子顕微鏡による超微細構造の変化は,MSS に特異的であると考えられている.Option 1
表現型の所見および検査所見によってMSSの診断が示唆される場合,分子遺伝学的検査に単一遺伝子検査やマルチジーンパネルの使用が含まれる.Option 2
患者の表現型が非典型的な特徴であるためMSSの診断が考慮されない場合,包括的ゲノム検査(どの遺伝子が関連している可能性があるかを医師が判断する必要がない)が最良の選択肢である.エクソーム解析は最も一般的に使用されるゲノム検査方法である;ゲノムシークエンシングもまた利用可能である.表 1.マリネスコ・シェーグレン症候群で使用される分子遺伝学的検査
遺伝子 | 方法 | 検査によって検出される病的バリアント2を有する発端者の割合 |
---|---|---|
SIL1 | シークエンス解析 3 | ~50%-60% 4 |
標的遺伝子-欠失/重複解析5 | 不明 6 | |
不明 7 | 該当なし |
臨床像
マリネスコ・シェーグレン症候群 (MSS) の患児は合併症を伴わない妊娠で生まれる.神経筋関連.
通常,乳児期早期に筋緊張低下が現れる.生後10年間に遠位および近位の筋力低下がみとめられる.罹患者の多くは補助なしで歩行することができない.後に,体幹運動失調,拮抗運動反復障害,眼振,および構音障害の小脳の症状が出現する.運動機能は数年間で進行性に悪化し,その後安定するが,安定時の年齢や疾患重症度は予測不可能である.眼科学的症状.
両側性白内障は必ずしも先天性ではなく,急速に進行する.白内障発症の平均年齢は罹患者から成る2グループで研究されているが,約3.5歳である. 白内障は典型的に生後10年以内に水晶体の除去を必要とする.斜視はMSS患者の半数以上で報告されている. 非典型的所見. 視神経萎縮や末梢神経障害など非典型的な所見について報告されているが,これらがMSSの稀な症状であるか,別の疾患の特徴であるかは不明である. 発達. しばしば遅延する. 知的能力は正常~重度の知的障害と様々である. 内分泌学的所見. 高ゴナドトロピン性性腺機能低下症 ,および思春期の遅滞はよく見られる所見である.ただし,生殖器奇形との関連については報告されていない.成長.
MSS患者の多くは低身長である. 小頭症が時折報告されている.骨格の所見.
様々な程度の側弯症がみられることが多い.通常,骨格のX線所見は側弯症,中手首,中足骨,指骨の短縮; 外反股,および鳩胸である.骨格所見の重症度は全身症状の重症度と関連があると思われる.寿命.
成人患者の多くは重度の障害を有するが,寿命はほとんど正常であると思われる.遺伝型-表現型相関
これまでに遺伝型と表現型の相関について報告されていない.知的障害およびミオパチーおよび筋障害の重症度はフィンランド人のMSS患者の間で大きく異なることに注意すべきである.彼らはすべて同じSIL1病的バリアントのホモ接合体患者である.
命名
過去に用いられていたマリネスコ・シェーグレン症候群の名称:
有病率
有病率は不明である.保因者となる比率は,世界では1:700であるのに対し,フィンランドでは1:96である[Lek et al 2016].表 2.マリネスコ・シェーグレン症候群 (MSS)の鑑別診断において検討すべき疾患
鑑別診断 | 遺伝子 | MOI | 鑑別疾患の臨床的特徴 |
|
---|---|---|---|---|
MSSとの重複 | MSSと鑑別 | |||
先天性白内障, 顔異形,および神経障害症候群 (CCFDN) 1 | CTDP1 | AR |
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GBA2-関連マリネスコ・シェーグレン症候群様疾患2 | GBA2 | AR |
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VLDLR -関連小脳低形成 | VLDLR | AR |
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脳アミロイド血管症, ITM2B-関連, 2 (OMIM 117300) | ITM2B | AD |
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白内障および知的障害を伴う筋ジストロフィー (OMIM 617404) |
INPP5K | AR |
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ミトコンドリア病 (ミトコンドリア異常症概説を参照) |
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AD = 常染色体顕性; AR = 常染色体潜性; CNS = 中枢神経系; ID = 知的障害; MOI = 遺伝形式
最初の診断に続いて行う評価
マリネスコ・シェーグレン症候群 (MSS)と診断された人の疾患の程度とニーズを確立するために以下の評価が推奨される.
症状の治療
筋肉の症状の治療は対症療法となる.患者は通常,小児神経科医または神経内科医およびリハビリテーション専門医および/または理学療法士の診察を受ける.
発達遅延および知的障害は個人のニーズに応じた教育プログラムで管理する.
白内障は生後10年間に外科的切除を実施する.
高ゴナドトロピン性性腺機能低下症(すなわち,原発性性腺機能不全)は,思春期が始まると予測される時期にホルモン代替療法で治療する.この治療は骨粗しょう症の予防に役立つ.
サーベイランス
以下は妥当である:
リスクのある親族への評価
遺伝カウンセリングとして扱われるリスクのある親族への検査に関する問題は「遺伝カウンセリング」の項を参照のこと.
研究中の治療法
種々の疾患に対する臨床試験については,ClinicalTrials.gov(米国)およびEU Clinical Trials Register(EU)を参照のこと.
注:本症の臨床試験が行われていない可能性がある.
「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝学的検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的、倫理的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」
遺伝形式
マリネスコ・シェーグレン症候群 (MSS) は常染色体潜性形式で遺伝する.
家族構成員のリスク
発端者の両親
発端者の同胞
発端者の子
患者の生殖上のパートナーがMSSに罹患しておらず,保因者でもない場合,子は SIL1病的バリアントの絶対的ヘテロ接合体(保因者)である.
他の家族構成員
発端者の同胞は50%の確率でSIL1病的バリアントの保因者である.
保因者診断
リスクを有する血縁者に対して保因者の検査を行うためには,家系内に存在するSIL1の病的バリアントを事前に同定しておくことが必要となる.
関連する遺伝カウンセリング上の諸事項
家族計画
DNAバンキング. 遺伝子や疾患の機序,アレルバリアント, 疾患についての検査手法や遺伝子,病原の機序の理解が将来向上する可能性があるため, 分子診断が確定していない(病原の機序が不明な)患者のDNAを保管することは考慮すべきである.
出生前診断と着床前診断
家系内でSIL1病的バリアントが同定されていれば,出生前診断や着床前遺伝子診断を行うことができる.
医療の専門家間や家族内においても,出生前診断に対する考え方の相違が存在しうる.多くの専門機関は出生前診断については夫婦の自己決定の問題だと考えているが,この問題については議論することが適切である.
Gene Reviews著者: Anna-Kaisa Anttonen, MD, PhD.
日本語訳者:吉村祐実(翻訳ボランティア)、隅田健太郎(札幌医科大学附属病院遺伝子診療科)
GeneReviews最終更新日: 2019.1.10. 日本語訳最終更新日: 2023.8.12..[in present]