遺伝性肺動脈高血圧症概説
(Heritable Pulmonary Arterial Hypertension Overview)

Gene Reviews著者: Eric D Austin, MD, MSCI, John A Phillips, III, MD, PhD, and James E Loyd, MD.
日本語訳者:吉村祐実(翻訳ボランティア)、隅田健太郎(札幌医科大学附属病院遺伝子診療科)

GeneReviews最終更新日: 2020.12.23.  日本語訳最終更新日:  2023.8.12.

原文: Heritable Pulmonary Arterial Hypertension Overview


要約


本概説の目的は,遺伝性肺動脈高血圧症(HPAH)の遺伝的原因および遺伝カウンセリング上の問題について,臨床医の意識を高めることである.
本概説の目標は,以下の通りである:

目標 1. HPAHの臨床的特徴を説明できる.

目標 2. HPAHの遺伝的原因を見直す.

目標 3. 発端者が有するHPAHの遺伝的原因を特定するための評価方法を提供する(可能な場合)

目標 4.HPAHの治療可能な症状を早期に発見するため,遺伝的リスクの評価とリスクのある血縁者のサーベイランスに情報を提供する.

目標 5. HPAHの管理についてレベルの高い見解を提供する.


1.遺伝性肺動脈高血圧症の臨床的特徴

遺伝性肺動脈高血圧症 (HPAH には,家族性PAHと孤発性PAHがある.家族性では家族の2人以上,孤発性では1名に既知のHPAH関連遺伝子の一つに病的バリアントが特定される.
注: 肺高血圧症(PH)は,原因を問わない肺の血圧上昇に対する一般的な呼称で,World Symposium of PH(WSPH)によって5つに分類されている.PAHはGroup 1に分類され,心疾患によるPH (Group 2),呼吸器疾患または低酸素血症によるPH (Group 3),慢性血栓塞栓症によるPH (Group 4),および PH (Group 5)に分類される代謝性疾患,サルコイドーシス,脾臓摘出,その他の様々な原因を除外して臨床診断が下される.

発端者においてHPAHの臨床的診断が確定するのは,以下のとおりである:

注: ACMGバリアント解釈ガイドラインに従い,「病的(Pathogenic)バリアント」および「おそらく病的(Likely Pathogenic)バリアント」は臨床的状況で同義語であり,診断上の指標となり,いずれも臨床上の意思決定に使用可能であると考えられることを意味している.本稿の「病的バリアント」は何らかの病的バリアントの可能性を含むと理解される.
臨床的症状

HPAHの臨床症状には,呼吸困難,倦怠感,胸痛,動悸,失神や浮腫がある.HPAH は年齢が極めて年少の小児や高齢者など年齢を問わず発症し,診断時の平均年齢は34.9歳±14.9歳である[Larkin et al 2012].
女性患者は男性患者より罹患率が2倍高いが,男性患者は女性患者より生存期間が短い[Kozu et al 2018].
臨床経過は多岐にわたるが,未治療の患者は徐々に悪化し,平均生存期間は診断後2.8年である.生存期間は患者によって大きく異なり,突然死から稀に数十年生存する人もいる.HPAH患者の妊娠中の生理学的ストレスは著しく,肺高血圧と右室機能不全による妊産婦死亡の割合は高い[Ballard et al 2021].

臨床検査

HPAHの症状は非特異的で緩徐に進行するため,罹患者はHPAHの初期症状を加齢,体調不良,あるいは肥満によるものと誤解することが多い.患者の一部には症状を報告せず,以下のような徴候(理学的検査における異常)があり,偶然にHPAHを疑うことがある

肺動脈高血圧症(PAH)を確認するための臨床検査

PAHが疑われる人に対するアプローチは複数の国際ガイドラインに綿密に記載されている[Galiè et al 2016]. 注: 一般的には,可能であれば精密検査は肺高血圧症の専門病院への紹介が推奨されている.
PAHに関する徴候や症状が臨床検査で認められたら,以下の評価が推奨される:

究極的には,PAHの診断は,安静時の心臓カテーテル検査によって正式に診断されるが,この検査はPAHが疑われる人すべてに推奨されている.

遺伝性肺動脈高血圧症(HPAH)の鑑別診断

肺高血圧症の原因は,PAH と比較すると心肺以外の原因の方が遥かに多い.重要なこととして,関連する肺動脈高血圧症(PH)の原因はPAHの確定診断を下す前に除外しなければならない.PHの他の原因には結合組織の疾患,肝硬変,HIV感染症,食欲抑制剤,以下の先天性/遺伝性疾患がある:


2. 遺伝性肺動脈高血圧症の遺伝的原因

これまで,10種類の遺伝子が遺伝性肺動脈高血圧症 (HPAH)の原因であることが知られているが,数年先には関連遺伝子がさらに発見されるであろう.ZhuらによりPAH Biobankに報告された、肺高血圧症世界シンポジウム (WSPH)グループ1 PAH(遺伝学的検査の前に「家族性」または「特発性」PAHと診断された患者1211名を含む)の患者2572例が有する各遺伝子における病的バリアントによって引き起こされたHPAHの割合を表 1 に列挙する.
注記すべきこととして:

表 1.遺伝性肺動脈高血圧症(HPAH): 遺伝子と臨床的特徴の鑑別

遺伝子1 遺伝子2に病的バリアントを有する人の割合(%) 同一アレルの疾患 参照
ACVRL1 稀(16/2572) 遺伝性出血性毛細血管拡張症 Girerd et al [2010]
BMPR1B 稀(4/2572)
  • 生殖器の異常を伴う遠位中間肢軟骨形成異常(Acromesomelic chrondrodysplasia)(OMIM 609441
  • 短指症(OMIM 112600 & 616849
Chida et al [2012]
BMPR2 米国PAH BiobankのHPAH症例の75% 3 & PAH症例201/2572 Cogan et al [2006]
CAV1 稀 (10/2572)
  • 先天性全身性脂肪萎縮症 (OMIM 612526
  • Type 3 partial lipodystrophy(3型部分性脂肪萎縮症),先天性白内障,および神経変性症候群 (OMIM 606721
Austin et al [2012]
ENG 稀 (6/2572) 遺伝性出血性毛細血管拡張症 Girerd et al [2010]
KCNK3 稀 (3/2572) 該当なし Ma et al [2013]
KDR 稀 (4/2572) 該当なし Swietlik et al [2020]
SMAD9 稀 (13/2572) 該当なし Shintani et al [2009]
TBX4 稀 (23/2572) 無肢症,下肢・骨盤および肺低形成症候群)
 (OMIM 601360
Kerstjens-Frederikse et al [2013]
TET2 稀 (10/2572) 骨髄異形成症候群,体細胞性 (OMIM 614286 Potus et al [2020]

National Biological Sample and Data Repository for Pulmonary Arterial Hypertension (PAH Biobank) のデータに基づく[Zhu et al 2019]
注: 表 1 に記載の病的バリアントが原因のHPAHは常染色体顕性遺伝形式で遺伝する.

  1. 遺伝子はアルファベット順に記載
  2. 肺高血圧症(WSPH)世界シンポジウムの2572名のうち1名
  3. BMPR2遺伝子の発見以来,血縁者の2名以上がPAHであると確認された家族の約75%でBMPR2遺伝子における生殖細胞系の病的バリアントが特定されたことを多くの研究が継続的に示している.
  4. 完全心内膜床欠損(C型),心房中隔欠損症,動脈管開存,部分的肺動脈還流異常,および心室中隔欠損症を伴う大動脈肺動脈窓を有する患者6名についてRoberts et al [2004] は報告した.
  5. 後ろ向き研究を実施し,1986~2004年にフェンフルラミン誘発性PAHと診断された患者全員の記録を調査した. 曝露期間は6ヶ月,曝露から発症までの期間の中央値は4.5年であった.40名中9名(22.5%)がBMPR2遺伝子に 病的バリアントを有していると評価された.

 


3.発端者における遺伝性肺動脈高血圧症の遺伝的原因を特定するための評価方法

遺伝性肺動脈高血圧症(HPAH)の特異的な遺伝的原因の確定:

既往歴および身体所見.既往歴や理学所見にHPAHの様々な遺伝的原因を区別する特定の所見はないが,骨格の異常(膝蓋骨など),気管および/または気管支の憩室症(CTスキャンや気管支鏡でみとめられる),発達障害,および先天性心疾患はTBX4 症候群の示唆的所見となりうる.

家族歴.  HPAHの症状や関連する所見の既往を有する血縁者を中心に分子遺伝学的検査の結果を含む既往歴の調査,直接の質問を実施して3世代にわたる家族歴を調査する必要がある.

分子遺伝学的検査のアプローチには,表現型に応じて標的遺伝子の検査(マルチジーンパネル)と包括的ゲノム検査(エクソームシーケンシング)の組合せが含まれる.標的遺伝子検査では,臨床医がどの遺伝子が関与している可能性が高いかを判断する必要があるが,ゲノム検査ではその必要はない.

マルチジーンパネル   表1に記載されている遺伝子を含むマルチジーンパネルは,症状の遺伝的原因を特定できる可能性が高いが、基礎となる表現型を説明できない遺伝子に意義不明のバリアント及び病的バリアントが見つからないとも限らない.注: (1)パネルに含まれる遺伝子及び各遺伝子に使用される検査の診断感度は検査室によって異なり,経時的に変化する可能性がある. (2)マルチジーンパネルの一部はGeneReviewで議論されていない可能性がある.(3)検査室によっては,パネルのオプションとして,検査室がデザインしたカスタムパネルまたは臨床医が指定した遺伝子を含む表現型を重視したカスタムエクソーム解析またはその双方が含まれる場合がある.(4)パネルに使用される方法には,シークエンス解析,欠失/重複解析及び他の非配列ベースの検査またはそのいずれかが含まれる場合がある.
マルチジーンパネルの紹介については こちらをクリックすると表示される.遺伝子検査を発注する臨床医向けのより詳細な情報は,こちらを参照されたい.

包括的ゲノム検査では,臨床医がどの遺伝子が関与している可能性が高いかを判断する必要はない.エクソームシーケンスが一般的に使用されているが,ゲノムシーケンスも可能である.
包括的ゲノム検査の紹介はこちらをクリックすると表示される.ゲノム検査を発注する臨床医向けのより詳細な情報は,こちらを参照されたい.


4. リスクのある血縁者の遺伝的リスクの評価およびサーベイランス

「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝学的検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的、倫理的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」

遺伝性肺動脈高血圧症 (HPAH) に罹患している1親等の家族の遺伝状況を明らかにすることでHPAHの早期発見が可能になり,治療を早く始め,長期的転帰が良くなる可能性がある.本稿では,リスクのある血縁者に対するHPAHの遺伝的リスク評価とサーベイランスの基本的な見解を示す.特定の家族またはHPAHの遺伝的原因に固有の可能性がある問題は,包括的に対処されていない.

注: HPAHの遺伝学的特徴・推奨される経過観察の複雑度を考慮すると,医療提供者は,無症状のリスクのある血縁者を肺高血圧症の専門病院あるいは遺伝診療センター(心血管)や心臓/心肺の遺伝学に精通した遺伝カウンセラーへの紹介を検討する必要がある(NSGC – Find a Genetic Counselor or ABGC Find a Certified Genetic Counselor search toolsを参照).

遺伝形式

HPAHは常染色体顕性方式で遺伝する.

家族構成員のリスク

発端者の両親

HPAH患者の親のいずれかはHPAHに罹患している.

発端者の同胞 

発端者の同胞のリスクは,発端者の両親の遺伝的状況による:

発端者の子

HPAH関連の病的バリアントを有する人の子は50%の確率で病的バリアントを引き継ぐ.

他の家族構成員

 他の家族メンバーのリスクは発端者の両親の遺伝状況によって異なる可能性がある: 親のいずれかが病的バリアントを有する場合,両親の家族構成員は罹患リスクを有する.

リスクのある血縁者の臨床的サーベイランス

HPAHの特異的原因が特定されていない罹患者の無症状の家族.  WSPH,米国心臓病学会,および米国心臓学会は,HPAHの早期発見・早期治療のためにリスクのある血縁者に3~5年毎の心エコー検査による一連のスクリーニングを推奨している.

HPAH関連の遺伝子に既知の病的バリアントがあることが判明している罹患者の無症状の家族. 
罹患者において決定的な病的バリアントが特定されている場合,リスクのある血縁者の遺伝リスクを明らかにするため,分子遺伝学的検査を受けることができる.


5. 遺伝性肺動脈高血圧症のマネジメント

小児および成人に対するエビデンスに基づく治療アルゴリズムについては,Abman et al [2015] (full text) and Galiè et al [2016] (full text) をそれぞれ参照されたい.
肺動脈高血圧症(PAH)の診断および治療を専門とする「紹介センター(Referral center)」は全米で利用可能である (肺高血圧症関連ウェブサイトを参照).診断・治療が複雑で常に進化しているため,PAHが疑われる人は受診を推奨されている.

最近の20年間で前例のないPAH治療薬のFDA承認によって12種類の治療法が実施できるようになり,そのすべての治療法がある程度の有効性を示している.しかし,多くの制限が残っており,いずれも治癒がもたらされるものではなく,全患者に有効ではなく,原疾患(肺動脈の閉鎖)を停止または逆行させるものでもない.
承認された治療法のうち最も効果的であるのはプロスタサイクリンやプロスタノイドの持続静注/皮下投与であるが,長期的な中央静脈カテーテル使用に関連して生じる敗血症など多くの問題を伴う.また,患者が持続注入用のポンプを管理する必要とするため,投与が最も複雑になる.多くの場合,患者の希望によって投薬経路 (持続静注,皮下投与,エアロゾル,経口投与)が決まり,副作用によって個人的に許容可能な薬剤が異なる.
妊娠中のPAH患者に対する別の治療法はない;高リスク妊娠に対する産科的アプローチに加え,PAHの標準的ケアは依然として重要な要素である.

疾患進行および投薬調整のための継続的なモニタリングには複数の専門的な製薬企業や保険会社と一体となって情報交換する専門家による学際的なチームが必要になる.


更新履歴:

  1. Gene Reviews著者: Eric D Austin, MD, MSCI, John A Phillips, III, MD, PhD, and James E Loyd, MD.
    日本語訳者:吉村祐実(翻訳ボランティア)、隅田健太郎(札幌医科大学附属病院遺伝子診療科)
    GeneReviews最終更新日: 2020.12.23.  日本語訳最終更新日:  2023.8.12.[in present]

原文: Heritable Pulmonary Arterial Hypertension Overview

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