Gene Review著者: : AS Knisely, MD, Laura N Bull, PhD, Benjamin L Shneider, MD
日本語訳者: 和田宏来 (国際親善総合病院小児科/しんぜんクリニック小児科)
Gene Review 最終更新日: 2014.3.20. 日本語訳最終更新日: 2020.5.30.
疾患の特徴
ATP8B1欠損症は、個々の臨床所見や肝生検などの検査結果に基づき、軽症・中等症・重症に分類される。
重症型では、生後数か月以内に胆汁うっ滞による症状(掻痒感や黄疸)が認められる。(ビタミンK欠乏による)凝固障害、吸収障害、体重増加不良といった二次的な症状も生後3か月未満で出現することがある。外科的治療を行わない場合、通常は20代に至る前に肝硬変や末期肝不全への進行がみられ死亡する。
軽症型では、重篤な掻痒感や黄疸といった胆汁うっ滞の症状が間欠的に認められる。慢性肝障害は典型的には認めない。胆汁うっ滞のリスクとなる既知の誘因(薬物摂取・ホルモン環境の変化[避妊薬の使用によるものや妊娠によるものを含む]・悪性疾患の合併)によってのみ胆汁うっ滞が発作的に誘発される患者とは対照的に、軽症型のATP8B1欠損症患者では、一部または全ての発作的な胆汁うっ滞の誘因は異なるもの、もしくは未知のものである。
診断・検査
ATP8B1欠損症は、臨床所見や検査所見(しばしば肝生検所見が含まれる)によって疑われ、ATP8B1遺伝子両アレル変異の同定によって診断される。
臨床的マネジメント
症状の治療:
胆汁うっ滞による掻痒感に対する標準的な薬物療法(ウルソデオキシコール酸、コレスチラミン、リファンピンなど)は、一時的に効果を示すかもしれないが、重症型における長期的な効果は乏しい。重篤な胆汁うっ滞では、栄養療法や脂溶性ビタミンの補給は有用である。重症型では、部分的胆汁外瘻術(PEBD)によって掻痒感が軽減することがある。一部の患者では、肝線維化の進行を遅らせることや改善させることもある。そのほかの外科治療には、回腸空置術、部分的胆汁内瘻術、ボタン式の医療器具を用いた胆汁排泄路変向術などがある。肝病変に対するこれらの外科治療が奏功しない場合、もしくは重症患者において肝硬変が進行する場合、長期生存のためには肝移植を行う必要がある。しかし、肝移植後は特有の合併症が比較的よく認められる。
より軽症の患者には他にも治療の選択肢がある。経鼻胆管ドレナージや体外式肝補助療法のような姑息的治療などで、胆汁うっ滞の期間は短縮する可能性がある。
遺伝カウンセリング
ATP8B1欠損症は常染色体劣性遺伝性疾患である。患者の両親は概して病原性変異の絶対保因者である。ATP8B1欠損症患者の母親で、妊娠性肝内胆汁うっ滞(ICP)が認められたことが時折報告されている。受胎時に、発端者の同胞が罹患している確率は25%、無症候性保因者である確率は50%、罹患しておらず保因者でもない確率は25%である。家系内で病原性変異が判明している場合、疾病リスクがある家族に対する保因者診断および疾病リスクがある妊娠における出生前診断を行うことができる。
ATP8B1欠損症:含まれる表現型 |
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同義語および、もはや使用されない名称については「命名法」を参照。
ATP8B1欠損症は、個々の臨床所見や肝生検などの検査結果に基づき、軽症・中等症・重症に分類される。
(典型的には生後数か月以内から認められる)寛解しない胆汁うっ滞に伴い、黄疸・体重増加不良・(ビタミンK欠乏による凝固障害による)出血を認め、肝硬変や末期肝疾患へと進行した、もしくは未治療の場合進行すると思われる小児を診た場合、重症型ATP8B1欠損症を考慮すべきである。
間欠的な肝内胆汁うっ滞による症状を認める場合には軽症型ATP8B1欠損症を考慮すべきである。初回の胆汁うっ滞による症状は乳児期のいずれの時期にも認めうるが、発症が遅いほど重症ではない傾向にある。
軽症・中等症型ATP8B1欠損症では、胆汁うっ滞の初発年齢や持続期間、およびその間の無症状期間には大きな差がある。胆汁うっ滞による症状は、典型的には黄疸と掻痒感である。しかし、軽症の場合には掻痒感だけのこともある。
間欠的な肝内胆汁うっ滞を認める患者において、その”誘因”には、併存疾患、薬剤の摂取、ホルモン環境の変化(内因性もしくは外因性)などがある。腫瘍随伴症状としての胆汁うっ滞も考えねばならない。
そのほかの症状(倦怠感・腹部不快感・軟便)は特異的ではない。
ATP8B1欠損症の肝外症状には、難聴、膵炎、膵機能不全、腎結石、副甲状腺ホルモンへの抵抗性などがある。下痢を認めることがあるが、その要因は脂質の吸収不良だけではない。重症型ATP8B1欠損症患児は、典型的には胆汁うっ滞だけで説明がつかない体重増加不良や成長障害を認める。思春期発来が遅れることもある。
検査
ATP8B1欠損症で認められる検査所見
重症型ATP8B1欠損症で認められる血清検査。表1を参照。
軽症型ATP8B1欠損症で認められる血清検査。高ビリルビン血症であるにもかかわらずγ-GT活性は低い(表1を参照)。
表1 ATP8B1欠損症における臨床生化学検査結果
表現型 | 血清γ-GT活性 | 血清コレステロール濃度 | 血清総胆汁酸濃度 | 血清抱合型ビリルビン濃度 |
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重症型 | 低値~正常値1 | 低値~正常値1(HDL低値、酸化LDL高値、トリグリセリド高値)2 | 著しく上昇 | 初期には高値を認めるが軽快、末期肝疾患では上昇 |
軽症型 | 低値~正常値3 | 有症状期には通常低値~正常値4 | 有症状期には著しい上昇、無症状期では正常 | 無症状期は正常、有症状期では様々な程度の上昇 |
高速原子衝撃イオン化質量分析法(FAB-MAS)による尿検査 正常な胆汁酸成分の存在は、胆汁酸の合成や抱合は正常であることを示唆する。ATP8B1欠損症のFAB-MASでは、正常な胆汁酸成分の増加を認め、異常な胆汁酸成分の増加は認めない。
ガスクロマトグラフィー/高速原子衝撃イオン化質量分析法(FAB-MAS)による胆汁検査 ATP8B1欠損症ではジヒドロキシ胆汁酸(主にケノデオキシコール酸)の消失が認められる。
注:上記の胆汁や尿の検査を施行すべきであるが、もし可能であれば最終のウルソデオキシコール酸投与から2週間以上あけて行う(「臨床的マネジメント」を参照)。胆汁や尿検体において、この胆汁分泌を促進する外因性のジヒドロキシ胆汁酸の存在は、結果の解釈をさらに難しくする可能性がある。
汗中クロール 汗中の電解質濃度が上昇していることがある。
肝生検
発症時の重症型ATP8B1欠損症に特有の所見には、無菌性の毛細胆管内胆汁うっ滞やわずかな肝細胞内胆汁うっ滞がある。
胆汁うっ滞を認める時の軽症型ATP8B1欠損症の所見は、重症型の発症時に認める所見に似ている。
基礎研究段階だが、免疫組織化学的な解析が利用できることもある(「分子遺伝学」を参照)。
ATP8B1欠損症の診断的検査
ATP8B1遺伝子の両アレル変異の同定により、ATP8B1欠損症の診断が確定する(表2を参照)。
表2 ATP8B1欠損症で用いられる分子遺伝学的検査の要約
遺伝子1 | 検査方法 | 同定される変異2 | 検査方法によって同定される変異の頻度3 |
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ATP8B1 | シークエンス解析4 | シークエンス変異5 | 不明 |
欠失/重複解析6 | エクソンもしくは全遺伝子の欠失および重複 | 脚注を参照7 |
検査戦略
発端者におけるATP8B1欠損症の確定診断
注:ビリルビン値は胆汁うっ滞の正確なマーカーではない可能性がある。進行性家族性肝内胆汁うっ滞症(PFIC)の発症時に著しいアミノトランスフェラーゼ活性の上昇をみた場合には、ATP8B1欠損症よりもABCB11欠損症が示唆される。
注:同胞が確定診断を受けている場合、もしくは発端者が本疾患を比較的よく認める地域の出身である場合、肝生検は必要でないかもしれない。その場合は確定診断の方法としてジェノタイピングが必須である。
臨床像
ATP8B1欠損症の表現型スペクトラムは、個々の臨床所見や肝生検などの検査結果に基づき、重症から中等症、軽症に至るまで幅広い。
重症型ATP8B1欠損症は乳児期の間欠的な胆汁うっ滞より始まり、肝硬変や肝不全に進行し死へと至る。軽症型ATP8B1欠損症は、当初は肝線維化を伴わない間欠的な症候性の胆汁うっ滞症と考えられていた。しかし、臨床的に軽症型と診断された患者の一部は、生検で肝線維化を認めている。さらに、ATP8B1欠損症患者の一部では、臨床所見は経過とともに軽症(発作的な胆汁うっ滞)から重症(持続的な胆汁うっ滞)へと移行しうる。
肝外症状 一部のATP8B1欠損症患者(重症型もしくは軽症型)では以下が認められる。
重症型ATP8B1欠損症
重症型ATP8B1欠損症は、生後数か月以内の胆汁うっ滞(掻痒感および黄疸発作)を特徴とする。凝固障害(ビタミンK欠乏による)、吸収障害、体重増加不良のような二次合併症は生後3か月以前に認める可能性がある。
栄養不良は成長遅延に影響を及ぼす。しかし、対称的な成長障害や思春期遅発症はARP8B1欠損症固有の症状である可能性がある。
外科的治療(「臨床的マネジメント」を参照)が行われない場合、20歳代に入る前に肝硬変および末期肝不全への進行が認められ死亡する。重症型ATP8B1欠損症では、典型的には1歳までに発症し、10歳までには肝硬変に進行するが、家族内でさえ個人差は大きい。
発症年齢や症状のタイプには個人差がある。典型的には生後1年以内に重篤な掻痒感で発症し、黄疸は伴うことも伴わないこともある。乳児では、痒みに応じて掻破することができるかどうかに左右されるため、掻痒感の発症時期を正確に示すことは難しい。一部の乳児では、掻痒感の初発症状が易刺激性のこともある。なかには、典型的な肝疾患の特徴もなく掻痒感が続くため、長期にわたって慢性皮膚疾患の治療を受けていることがある。
患児は初期に重篤な胆汁うっ滞のエピソードを経験し、その後は無症状期が続くことがあるが、胆汁うっ滞は次第に絶え間なく続くようになる。掻痒感は典型的には重篤で持続性である。掻痒感は高ビリルビン血症の程度からすると不釣り合いなほど重篤であるが、血清胆汁酸濃度上昇とは比例する。門脈圧亢進症の合併症によるものを含む(それだけとは限らない)慢性肝疾患の典型的な特徴を認めるようになることがある。
成長遅延は小児期早期に明らかとなる。これは胆汁うっ滞の栄養学的な合併症によることがあり、典型的には身長とは不釣り合いな体重の減少を認める。あるいは、体の異常を反映して対称的な発育不良を認めることがある。
肝硬変およびそれに付随する肝不全や死亡といった合併症は、典型的には部分的胆汁瘻/肝移植のような外科的治療を行わない場合に認められる(「臨床的マネジメント」を参照)。
栄養不足による合併症、とくにビタミンK欠乏による出血によって重症化や死亡に至ることがある。脂溶性ビタミン(A, D, E, K)欠乏症のモニタリングや治療は必須である(「臨床的マネジメント」を参照)。
遷延する脂溶性ビタミンの吸収障害によって、打撲傷や出血を認めやすくなり(ビタミンK欠乏による)、くる病(ビタミンD欠乏による)、神経学的異常(ビタミンE欠乏による)を認めることがある。(凝固因子の欠乏や血小板減少による)鼻出血も起こることがある。絶え間ない掻破による著しい皮膚擦過傷がしばしば認められる。
遺伝学的には未確定の進行性家族性肝内胆汁うっ滞症(PFIC)患者で、粗雑で太くて短い手や指を認めることが報告されている。この特徴は、遺伝学的に確定した重症型ATP8B1欠損症患児でも爪ジストロフィーとして報告されている。
ATP8B1遺伝子は広範囲の組織で発現しているため、ATP8B1欠損症では全身に症状を認めうる。ほとんどの患者において、肝合併症の主因は重症型ATP8B1欠損症である。一部の患者では膵臓や腸管の機能異常も認めることがある。これらは同所性肝移植(LTX)後に、二次性の下痢、膵炎、持続する成長遅延として目立つようになる。ATP8B1欠損症において、腸細胞微絨毛膜の組織異常が報告されており、下痢の原因となることが示唆されている。
移植後の脂肪変性も認めることがあり、肝硬変へと進行しうる。
軽症型ATP8B1欠損症
軽症型ATP8B1欠損症は、肝外胆管の閉塞を伴わない間欠的な胆汁うっ滞・重篤な掻痒・黄疸のエピソードを特徴とする。エピソードは数週間から数か月続くことがある。無症状期は数か月から数年に及ぶ可能性がある。リスクとなることが知られている特定の誘因(薬物曝露、ホルモン環境の変化[避妊薬の影響や妊娠など]、悪性疾患の併存など)によって胆汁うっ滞が起こる患者とは対照的に、軽症型ATP8B1欠損症では、一部もしくは全ての発作的な胆汁うっ滞の誘因は異なるか未知のものである。本当に軽症であるならば、慢性的な肝障害には至らない。しかし一部のATP8B1欠損症患者では初期には軽症であっても、臨床的に経過観察するうちに、または肝生検で線維化を認め、中等症が示唆されることがある。
浸透率
重症型ATP8B1欠損症の原因となる病原性変異の浸透率はおそらく100%であるが、同じ病原性変異を有する同胞間で表現度の差異を認めることがある。通常は軽症エピソードを呈するATP8B1欠損症の原因となるATP8B1遺伝子変異は、軽症型でさえ発症している年齢に達しても胆汁うっ滞を認めない患者に時折認めうる。これは、そのような病原性変異は不完全浸透の可能性があることを示唆している。
遺伝子型と表現型の相関関係
病原性変異が判明している場合、常にではないが、しばしば疾患の重症度は予測できる。予期していたとおりに、ATP8B1の構造および/もしくは機能を重度に阻害する傾向にある病原性変異(ノンセンス変異やフレームシフト変異、巨大欠失など)は重症患者により多く認められる。
ミスセンス変異はATP8B1の構造/機能にあまり影響を与えない可能性があるが、軽症患者でよく多く認められる。p.Ile661Thr病原性変異は欧州の軽症者によく認められるが、時に非浸透のようである。しかし、重症患者でも時に複合ヘテロ接合体を認めることがある。
同一のATP8B1遺伝子変異を有する家族では、臨床的な重症度が常に同程度であるとは限らない。さらに、臨床的な重症度は経過とともに変わりうる。小児期に軽症型と診断されても成人期には重症型に進行することがある。
命名法
このGeneReviewで記述した病態に対する命名法は一貫していない。疾患機序に対する理解が進むにつれ、表現型の特徴によるもの(PFIC1およびBRIC1という病名)から疾患遺伝子座の遺伝学的マッピングによるもの(同じくPFIC1およびBRIC1)、そして疾患遺伝子の同定と疾患重症度は連続的であることの認識によるもの(重症型/軽症型ATP8B1欠損症という病名)へと変化した。
このレビューでは、われわれは以下の用語を使用した
アーミッシュ系で認められた重症型ATP8B1欠損症は、最初に報告されたPFIC患者の一族に因んでバイラー(Byler)病と呼ばれていた。
イヌイットで認められた重症型ATP8B1欠損症は、グリーンランド小児胆汁うっ滞症もしくはグリーンランド家族性胆汁うっ滞症と呼ばれていた。
有病率
ATP8B1欠損症の有病率は不明である。稀であると考えられているが、誤診もしくは不正確な診断のため有病率は過小評価されている可能性がある。
アーミッシュ系の小児でバイラー病として初めて報告された[Claytonら, 1969年]。現在では、全ての人種と多くの民族で患者が報告されている。限られた民族(アーミッシュやイヌイットなど)を除けば、ATP8B1欠損症のリスクが高い特定の民族は知られていないが、ある変異アレルは特定の民族でより多く認められる。
病原性変異p.Asp554Asnの保因者頻度が極めて高いようであるグリーンランドのイヌイットを除いて、ATP8B1欠損症の保因者頻度は不明である。集団研究により、この疾患アレルの頻度はグリーンランドの地域によって異なることが示唆されている。変異アレルの頻度はルーチンのスクリーニングを必要とするのに十分なほど高く、イトコルトルミットでは0.16, クウムミットでは0.23で、双方とも東グリーンランドにある。
妊娠性肝内胆汁うっ滞症(ICP)を呈した、ATP8B1欠損症と関連するATP8B1遺伝子変異ヘテロ接合体の絶対保因者が報告されている。
PFICと診断されていなかった家系において、妊娠性肝内胆汁うっ滞症を呈した女性のごく一部でATP8B1遺伝子変異が同定されている。しかし、現在までのデータによると、ほとんどの妊娠性肝内胆汁うっ滞症例はATP8B1遺伝子と関連しないことが示唆されている。ATP8B1遺伝子変異のヘテロ接合体は一過性の新生児胆汁うっ滞症の増加を認める可能性があることが症例報告で示されている。
ATP8B1欠損症が疑われる場合に最も鑑別すべき疾患は、典型的には血清γ-GTが低値もしくは正常であるその他の胆汁うっ滞性肝疾患である。血清γ-GTが上昇している胆汁うっ滞症の鑑別疾患は頻度も多く範囲も広いが、血清γ-GTが低値/正常のためこのグループの疾患は鑑別できる。血清γGT高値のPFICと診断される例もあるが、その中の一部でABCB4遺伝子(MDR3をコードする)変異が同定されている。血清γ-GT活性の上昇によって、この小児胆汁うっ滞症の病型とATP8B1欠損症を概ね鑑別できる。
血清γGT活性低値/正常の胆汁うっ滞性肝疾患には以下のようなものがある。
ABCB11欠損症 ABCB11遺伝子は胆汁酸塩排出ポンプ(BSEP)としても知られるABCB11をコードする。重症のABCB11欠損症はPFIC2型(PFIC2)、軽症のABCB11欠損症はBRIC2型(BRIC2)とも呼ばれている。ABCB11欠損症の臨床的な特徴の大部分はATP8B1欠損症に類似する。鑑別診断の助けとなるような相違点については以下に述べる。
ABCB11遺伝子の変異は、肝細胞内の胆汁うっ滞および毛細胆管管腔内の胆汁酸塩の欠乏をきたしうる。毛細胆管壁から胆汁へのγ-GTの溶出には、胆汁酸塩の界面活性作用を必要とする。毛細胆管内に胆汁酸塩が欠乏すると、損傷を受けた肝細胞から血漿へと漏出する胆汁に溶出したγ-GTは認めない。よってABCB11欠損症では血清γGT活性は上昇しない。
疾患早期には、ABCB11欠損症の病理組織学的所見はATP8B1欠損症とは異なる。前者では、肝細胞内にうっ滞した胆汁酸塩が肝細胞内構造を損壊し、肝組織の病理組織学的検査で肝細胞の腫大、巨細胞性変化、壊死を認める。この肝実質の傷害に、中等度の炎症、様々な程度の線維化や血清トランスアミナーゼ活性の上昇が伴う。胆汁色素の集積が肝細胞だけでなく毛細胆管管腔に認められる。毛細胆管胆汁の超微細構造の研究では、粗い顆粒は認められていない。免疫組織化学的検査では、γ-GTのような外酵素が毛細胆管壁に沿って発現している一方で、ABCB11の発現はしばしば不完全である。(ATP8B1欠損症では、通常ACBC11は毛細胆管に沿って発現している。)
重症の場合、発症時の血液検査結果の一部はATP8B1欠損症とABCB11欠損症で異なる。例えば、ABCB11欠損症の患児では、より強い炎症を示唆する病理組織学的所見と一致して発症時の血清トランスアミナーゼ活性は高値を示す。発症時に、重症型ATP8B1欠損症では一般的に血清アルカリホスファターゼ活性がより高く、重症型ABCB11欠損症では血清アルブミン、胆汁酸、αフェトプロテイン濃度がより高い傾向にある。汗試験の結果は(発症時もしくはその後に)ABCB11欠損症よりもATP8B1欠損症で異常を示す傾向にある。
ABCB11/BSEPの機能が正常でない場合、肝外の胆汁(胆嚢もしくはファーター乳頭から採取した)では胆汁酸塩が欠乏している。従って、そのような胆汁における一次胆汁酸の欠乏はATP8B1欠損症もしくはABCB11欠損症のいずれかを示唆しうる。
ABCB11は肝細胞の胆管側膜にのみ発現している。よって、ABCB11遺伝子の変異は肝細胞内のみに一次的な影響を及ぼす。この肝細胞傷害を伴う影響は胆汁うっ滞へとつながる。掻痒感や吸収不良といった胆汁うっ滞の二次的な影響はATP8B1欠損症と類似する。しかし、肝細胞にのみ発現している遺伝子の変異による疾患で予期されるように、ABCB11欠損症の一次症状は肝臓に限られ、肝外症状はATP8B1欠損症よりも乏しい。例えば、胆石は重症型ATP8B1欠損症患児より重症型ABCB11欠損症患児により多く認められ、ATP8B1欠損症患児はより難聴・膵疾患・下痢・くる病、成長障害を呈する傾向にあるようである。ATP8B1欠損症とは対照的に、ABCB11欠損症では肝移植後の下痢や膵炎、同種移植片の脂肪変性は報告されていない。
ABCB11欠損症は小児期に肝胆道系の悪性腫瘍(肝細胞癌および胆管癌)を合併する。ABCB11欠損症を背景とした膵腺癌の単一症例がある。悪性腫瘍はATP8B1欠損症の特徴として報告されていない。
肝移植を受けるABCB11欠損症患者の一部はABCB11抗体を認めるようになる。抗体を認めるようになる移植患者の比率は不明である。そのような患者の一部では、抗体がABCB11機能を阻害し、胆汁うっ滞を呈する。そのような患者の比率もまた不明である。ATP8B1欠損症患者で、肝移植後のATP8B1に対する抗体の出現によって起こる疾患は報告されていない。
γ-GT低値PFIC/BRICの座位異質性 γ-GT低値PFIC/BRICに対する更なる疾患遺伝子座の存在を示唆するエビデンスがある。PFIC/BRICを示唆する臨床的および病理組織学的所見に基づいて診断された患者の一部は、ATP8B1遺伝子またはABCB11遺伝子のいずれとも関連を示さない。これらの遺伝子のシークエンシングを受けた他の患者でも病原性変異は同定されていない。高胆汁酸血症と関わりのあるTJP2遺伝子の変異がγ-GT低値PFICの一部で認められている。
胆汁酸合成障害 コレステロールからコール酸およびケノデオキシコール酸(主なヒト胆汁酸)の合成は、細胞質、ミトコンドリア、ペルオキシソームなど幾つかの段階を経る。従って、個々の経路の酵素をコードする単一遺伝子の変異により疾患が起こることがある。胆汁酸の前駆物質はABCB11の基質として働かない傾向にあり、そのため肝細胞の細胞質に蓄積し傷害を起こす。続いて胆汁うっ滞をきたす。胆汁中に一次胆汁酸を認めない(ABCB11欠損症を参照)場合は血清γ-GT活性は上昇しないが、そのような患者の肝臓では毛細胆管壁に沿ってγ-GTはよく発現している。胆汁酸抱合の疾患については、家族性高胆汁酸血症を参照。
家族性高胆汁酸血症(FHC)は変動するがしばしば極めて高値を示す血清胆汁酸濃度を特徴とする。罹患者はしばしば掻痒感や脂溶性ビタミンの吸収障害、発育不良を呈する。ほとんどは黄疸を認めない。病原性変異として、TJP2, BAAT, SLC27A5, EPHX1の4つの遺伝子が同定されている。BAATとSLC27A5は胆汁酸抱合に関わる酵素をコードする。胆汁酸抱合障害は、高速原子衝撃イオン化質量分析法(FAB-MAS)による尿検査によって検出できる。抱合を受けていない胆汁酸はABCB11の基質として働かないが、抱合胆汁酸より容易に細胞膜を通過することができる。そのため、BAAT欠損症やSLC27A5欠損症では血清γ-GTは上昇しないが、これは毛細胆管胆汁に界面活性作用がないことに起因するようである。TJP2はタイトジャンクションの骨格タンパクであり、報告されている病原性変異は、胆汁酸に関するタイトジャンクションの透過性を亢進すると提唱されている。EPHX1は肝細胞が血漿から胆汁酸を取り込むことに関わっている。
スミス・レムリ・オピッツ症候群(SLOS)は、胆汁酸前駆物質の合成減少により、二次的にγ-GT低値の胆汁うっ滞をきたしうる。SLOSは血清デヒドロコレステロール濃度およびコレステロール濃度の測定により生化学的に診断できる。
胆汁酸産生の非特異的な障害 成人期と同様に、乳児期の急性肝不全はγ-GT低値の胆汁うっ滞症を合併することがあり、胆汁酸産生の非特異的な障害による。それは、主に胆汁酸合成障害や胆汁酸の界面活性作用の障害による。そのため、胆汁と接触した細胞膜表面からγ-GTが溶出しにくくなり、血漿に逆流できない。現在、遺伝学的に報告されたATP8B1欠損症/ABCB11欠損症で急性および重症新生児肝疾患は症状として知られていない。吸収不良に合併したビタミンKを補因子として必要とする蛋白質の合成障害は、肝細胞の喪失、およびアルブミン・トランスフェリンといったより広範囲の蛋白質の合成障害を鑑別しないといけない。
関節拘縮・腎機能障害・胆汁うっ滞(ARC)症候群はファンコニ型のアミノ酸尿症、前角細胞の変性(すなわち下位運動ニューロン)γ-GT上昇を伴わない抱合型高ビリルビン血症、魚鱗癬を特徴とする常染色体劣性遺伝性疾患である。ARC症候群患者でVPS33遺伝子およびVIPAR遺伝子の病原性変異が同定されている。一般的に、肝外症状は本疾患を強く示唆する。VPS33遺伝子およびVIPAR遺伝子によってコードされる蛋白は、γ-GTやABCB11を含む様々な化学種の毛細胆管膜への輸送を補助する。ARC症候群では胆汁うっ滞があるにもかかわらずγ-GT活性は上昇しないが、おそらく多因子による。
微絨毛封入体病(MVID) MYO5B遺伝子の病原性変異によってとくに腸管上皮細胞の管腔側膜が障害され、細胞内輸送障害の原因となる。MVID患者において、通常の微絨毛に囲われた封入体を肝細胞の胆管側細胞質内には認めない。しかし、毛細胆管に沿ったγ-GTの発現は低く、肝細胞胆管側膜の組成や分布数の異常が示唆される。MVIDで胆汁うっ滞を最もよく惹起するのは経静脈栄養であるが、小腸移植後にも起こることがある。どちらの場合も毛細胆管膜の組成異常によって胆汁うっ滞が起こりやすくなるが、γ-GT発現の欠如を反映してγ-GTは上昇しない。
薬剤誘発性胆汁うっ滞症および妊娠性肝内胆汁うっ滞症(ICP) 薬剤(避妊薬を含む)への曝露でATP8B1欠損症と同様の胆汁うっ滞症状を呈することがある。一般的に胆汁うっ滞は原因薬剤を中止すると消退する。同様に、一部の妊婦では、ホルモン環境の変化および/もしくは妊娠による生理的な需要増加によって妊娠性肝内胆汁うっ滞症(ICP)が認められるが、典型的には第3三半期に症状が出現し分娩後に軽快する。ICPの特徴は、掻痒感や血清胆汁酸値上昇を認める胆汁うっ滞で、ときに黄疸を伴う。ICPは胎児合併症のリスクを増大させる。ICP患者は概ね妊娠中に症状は無く、慢性肝障害も認められない。ATP8B1遺伝子変異による薬剤誘発性胆汁うっ滞症の罹患頻度は不明である。
悪性疾患 稀に悪性疾患でATP8B1欠損症のような胆汁うっ滞症状を認めることがある(腫瘍随伴性胆汁うっ滞症)。このことは、乳児期を過ぎて初めて出現した肝内胆汁うっ滞を評価する際に心に留めておくべきである。ATP8B1遺伝子変異に関連する腫瘍随伴性胆汁うっ滞症の症例はまだ報告されていない。
初期診断につづく評価
ATP8B1欠損症と診断された患者において、肝胆道疾患の広がりやニーズを把握するため、筆者らは以下を推奨する。
症候の治療
薬物療法
重症型ATP8B1欠損症 症状の緩和および肝障害の進行阻止/回復のためさまざまな薬物療法が試みられてきたが、ほとんど効果を認めていない。胆汁うっ滞による掻痒感に対する標準的な治療(フェノバルビタールやウルソデオキシコール酸[UDCA]のような利胆剤、コレスチラミン、リファンピン、抗ヒスタミン薬、カルバマゼピン、B領域紫外線[UV-B]療法、血漿交換など)は長期的な効果に乏しい。また、これらの治療が末期肝疾患への進行を阻止するというデータは無い。
軽症型ATP8B1欠損症 リファンピシン、UDCA、胆汁酸結合性樹脂などの薬剤が幾らか効果を示すことがある。
栄養療法および補給
重症型ATP8B1欠損症
その他のアプローチ
軽症型ATP8B1欠損症 経鼻胆道ドレナージや体外式肝補助療法といったさらなる姑息的治療によって、胆汁うっ滞の軽快が早まる可能性がある。注:これらの報告の一部は(遺伝学的診断ではない)臨床診断のBRIC患者を含むため、ATP8B1遺伝子変異の結果なのか、もしくは他の遺伝子変異の結果なのかは不明である。
胆汁酸の腸肝循環の遮断 重症型ATP8B1欠損症における肝障害は肝臓内における胆汁酸の蓄積による結果と考えられているため、外科的な胆汁酸の腸肝循環の遮断が治療として行われてきた。そのような外科手術によって掻痒感を軽減でき、一部の患者では肝線維化の進行を遅らせ、また回復させることさえある。
重症型で成功が報告されている外科的なアプローチには、以下のようなものがある。
注:重症型ATP8B1欠損症でどの外科的手技が最も有用であるかは不明であるが、PEBDが最もよく施行される。これらの治療報告の対象となったPFIC患者のほとんどは遺伝学的な検討がなされておらず、治療に対する反応性の違いがどの遺伝子が変異しているかによるのか、もしくは異なる病原性変異の機能障害の程度によるのかについては評価されていない。
肝移植 非代償性肝硬変に進行した重症型ATP8B1欠損症患者は、長期生存のためには肝移植を必要とすることがある。外科的な腸肝循環の遮断に反応しない患者もまた肝移植の候補となる可能性がある。
一部の重症型ATP8B1欠損症患者では、肝移植は根治療法となる。しかし、その他の患者では肝移植後にも脂肪便を伴わない二次的な下痢が持続する、もしくは悪化する。下痢が重篤になり、輸液を必要とすることがある。胆汁酸キレート剤は、移植片によって産生された胆汁の自己腸管への曝露を減らし、肝移植後の下痢を軽減させる可能性がある。一部の患者ではクロニジンが下痢を軽減する。
体の成長障害が起きる可能性があり、肝移植で軽快しないことがある。
肝移植が成功した場合でも、膵炎や脂肪性肝炎は起こりうる。脂肪性肝炎は進行性で肝硬変に至ることもある。PEBDによって移植片由来の胆汁流が自己腸管(機能的に障害されたATP8B1を発現している)に達しない場合、脂肪変性や下痢は軽快することがある。
肝外症状 感音性難聴を呈する患者は補聴器が必要なことがある。
一次症状の予防
重症型ATP8B1欠損症 重症型ATP8B1欠損症患者では、肝移植を考慮すべき肝硬変が存在しない限り、外科的な腸肝循環の遮断を主な治療とするべきである。
軽症型ATP8B1欠損症 症状が間欠的な軽症型ATPB1欠損症患者に対する肝移植を正当化することは難しい。軽症型ATP8B1欠損症患者に対する外科的な腸肝循環の遮断の役割は明らかではない。
二次合併症の予防
ATP8B1欠損症の胆汁うっ滞に対する治療において、脂溶性ビタミンの補給は重要である。脂溶性ビタミンの吸収不良を緩和するため、ビタミンの補給が必要である。新生児期ではビタミンKの投与が非常に重要である。成長障害の予防および/もしくは治療において、中鎖トリグリセリドをベースとしたミルクも有用なことがある。
サーベイランス
脂溶性ビタミンの定期的なモニタリングが推奨される。
聴力障害の症状がない患者では、5年おきの聴力スクリーニング検査が推奨される。
ATP8B1欠損症において、肝胆道系悪性疾患をモニタリングする必要性は示されていない。
避けるべき物質/環境
ATP8B1欠損症では感音性難聴の疾患感受性があるため、アミノグリコシド系抗菌薬もしくはその他潜在的に耳毒性のある薬剤の使用については異論があるかもしれない。
リスクのある血縁者の評価
遺伝カウンセリングとして扱われるリスクのある血縁者への検査に関する問題は「遺伝カウンセリング」の項を参照のこと。
研究中の治療法
蛋白質構造の修飾作用をもつ4-フェニル酪酸は、in vitroでATP8B1の発現/機能を改善した。臨床への応用はまだ研究段階である。
さまざまな疾患や病態に対する幅広い臨床試験に関する情報は、米国ではClinicalTrials.govを
欧州ではwww,ClinicalTraialsRegister.euを参照のこと。
遺伝カウンセリング
「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝子検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」
遺伝形式
ATP8B1欠損症は常染色体劣性遺伝形式で遺伝する。
患者家族のリスク
発端者の両親
発端者の同胞
発端者の子
保因者(ヘテロ接合体)の家族
家族内で病原性変異が判明している場合、疾病リスクがある家族に保因者検査を行うことができる。
遺伝カウンセリングに関連した問題
家族計画
DNAバンクは(主に白血球から調整した)DNAを将来利用することを想定して保存しておくものである。検査技術や遺伝子・アレル変異・疾患に対するわれわれの理解が将来さらに進歩すると考えられるので、罹患者のDNA保存を考慮すべきである。
出生前診断
家族内で病原性変異が判明している場合、疾病リスクがある妊娠の出生前検査や着床前診断を行うことができる。