GeneReviews著者: Alexandre Fabre, MD, PhD, Patrice Bourgeois, PhD, Charlene Chaix, Karine Bertaux, PhD, Olivier Goulet MD, PhD, and Catherine Badens, PhamD, PhD.
日本語訳者:和田宏来 (国際親善総合病院小児科/しんぜんクリニック小児科)
GeneReviews最終更新日: 2018.1.11. 日本語訳最終更新日: 2021.2.4
原文 Trichohepatoenteric Syndrome
疾患の特徴
毛髪-肝-腸症候群(THES)は一般に新生児期の腸疾患と考えられており、難治性の下痢(ほとんど全ての患児にみられる)、羊毛のような毛髪(全員にみられる)、胎児発育不全、顔面形態異常、低身長を特徴とする。そのほかの所見には、特徴の乏しい免疫不全症、反復性感染、皮膚異常、肝疾患などがある。軽度の知的障害(ID)も罹患者の約50%に認められる。稀な所見には先天性心疾患と血小板異常がある。現在まで52人の患者が報告されている。
診断・検査
THESは、発端者にTTC37遺伝子もしくはSKIV2L遺伝子の両アレル変異を認めた場合に診断される。
臨床的マネジメント
症状の治療:
最大限の体重増加や線形成長を促進するため、ほとんどの患児は初期に経静脈栄養(PN)を必要とする。可能であるなら、経口栄養(通常は消化態栄養剤)を経静脈栄養と組み合わせる。経静脈栄養を必要としないまれな例では、主にアミノ酸をベースとしたミルクを使用したと報告されている。感染症を減らすため、免疫グロブリン値が低い患者もしくは免疫グロブリンの機能異常を伴う患者では免疫グロブリンを補充してもよい。知的障害を有する患者への個別的な対応は、年齢に応じた認知機能や発語・言語の発達および心理社会的スキルの評価に基づいて行う。
経過観察:
経静脈栄養を受けていない小児:必要に応じて迅速な介入ができるように、小児専門栄養士による栄養状態の緊密なモニタリングを行う。下痢の炎症性腸疾患を示唆する変化、肝機能や肝臓のサイズ、血清免疫グロブリン濃度や機能、甲状腺機能低下症の兆候をみるためTSH値を1年に1回は評価する。知的障害の兆候をみるため、認知発達、発話能力、言語能力、心理社会的スキルを定期的に評価する。
リスクのある血縁者の評価:
早期の診断および治療によって罹病率および死亡率が減少するので、フローサイトメトリーによるCD40Lタンパク質発現定量、および家系内に疾患を引き起こす変異が知られている場合には、CD40LGの分子遺伝学的検査により、男性血縁者でリスクのある新生児を評価する。
遺伝カウンセリング
THESは常染色体劣性遺伝性疾患である。受胎時に、罹患者の同胞が罹患している確率は25%、無症候性キャリアである確率は50%、罹患しておらずキャリアでもない確率は25%である。家族の誰かでSKIV2L遺伝子変異もしくはTTC37遺伝子変異が同定されている場合、疾患リスクのある血縁者に対する保因者検査、リスク妊娠における出生前検査、および着床前診断を行うことが可能である。
現在まで、毛髪-肝-腸症候群(THES)の診断アルゴリズムで公表されているものはない。
示唆的な所見
THESは以下のような臨床所見を認める場合に疑うべきである。
*新生児期の難治性下痢と子宮内発育遅延の合併はTHESを示唆する。
診断の確定
THESの診断は、発端者でTTC37遺伝子もしくはSKIV2L遺伝子の両アレル病原性変異が同定された場合に確定する(表1を参照)。
行いうる分子遺伝学的検査の方法には、表現型に応じた遺伝子標的検査(連続的な単一遺伝子検査もしくは複数遺伝子パネル検査)と包括的ゲノム検査の組み合わせなどがある。
遺伝子標的検査を行うには臨床医はどの遺伝子に主座があるのか決める必要があるが、ゲノム検査ではその必要はない。THESの表現型は幅広いため、“示唆される所見”で記述した特有の所見を有する小児は遺伝子標的検査を用いて診断される傾向にある(オプション1を参照)。一方で、下痢、肝疾患、免疫不全を呈するその他多くの遺伝疾患と鑑別が難しい患者では、ゲノム検査を用いて診断される傾向にある(オプション2を参照)。
オプション1
表現型や検査所見よりTHESを疑う場合に、行うことのできる分子遺伝学検査の方法には、連続的単一遺伝子検査もしくは複数遺伝子パネルの利用などがある。
オプション2
表現型が下痢、肝疾患、免疫不全症を特徴とする他の多くの遺伝疾患と鑑別できない場合、包括的ゲノム検査(どの遺伝子におそらく変異があるのか臨床医は決める必要がない)が最も良いオプションとなる。エクソームシークエンシングが最もよく用いられる。ゲノムシークエングも可能であるが、臨床施設ではまだ容易に利用できない。
包括的ゲノム検査の導入に関してはこちらをクリック。ゲノム検査を依頼する臨床医のためのさらに詳細な情報についてはこちらを参照のこと。
表1 THESで用いられる分子遺伝学的検査
遺伝子1 | 遺伝子変異によるTHESの割合 | 方法によって同定される病原性変異2の割合 | |
---|---|---|---|
シークエンス解析3 | 遺伝子標的欠失/重複解析4 | ||
SKIV2L | 16/525 (31%) |
現在までの全ての変異 | 不明、現在まで報告されていない |
TTC37 | 36/526 (69%) |
現在までの全ての変異 | 不明、現在まで報告されていない |
臨床記述
毛髪-肝-腸症候群(THES)は新生児期の腸疾患と考えられている。THESは難治性の下痢(ほとんど全ての患児にみられる)、羊毛のような毛髪(全員にみられるが、幼少期もしくは文化的に髪を結っている場合ははっきりしないことがある)、胎児発育不全(IUGR)、顔面形態異常、低身長を特徴とする。そのほかの所見に、特徴の乏しい免疫不全症(ときにマクロファージ活性化症候群を伴う)、反復性感染、皮膚異常、肝疾患がある。軽度の知的障害(ID)も患児の約50%に認められる。稀な所見には先天性心疾患と血小板異常がある。現在まで52名の患者が報告されている(表1を参照)。
難治性下痢は通常生後初日より認められるが、ときに1歳近くまで遅れることがある。下痢は腸管安静(すなわち経静脈栄養)でも改善しない。便性は水様である。まれに血便が認められる。下痢により吸収不良や発育不良を呈し、典型的には経静脈栄養を必要とする(「臨床的マネジメント」を参照)。現在のところ、下痢は生涯続くようである。
ごく稀に、いわゆる超早期発症炎症性腸疾患(VEOIBD)に類似した病像を呈しうる。
免疫不全症が主要な臨床所見で、特徴的な下痢を呈さなかった唯一の小児例が報告されている[Riderら 2015]。
羊毛のような、脆い毛髪 患者41名の毛髪に関する詳細は以下のとおり。羊毛のような毛髪(n=22)、色素の乏しい/明るい毛髪(n=18)、容易に抜去される/脆い毛髪(n=19)、
整えることができない/梳かすことのできない毛髪(n=15)。
成長障害
現在まで成人THES患者について詳述されたものはないが、知ることのできる年長患者3人の身長は以下の通りである。
免疫不全症 患児は感染症を反復する。ウイルス感染症(RSウイルス、EBウイルス)や細菌感染症が報告されている。
THES患者15名のうち9名で一過性の血球貪食症候群/マクロファージ活性化症候群が認められた。しかし、診断もしくは治療について特異的なデータはない。
感染症は死亡患者21名のうち7名で関与が認められた。
肝疾患は患者の約半数に認められ、ほとんどは肝硬変や肝線維化である。死因が記載された患者17名のうち7名で、肝疾患(ほとんどは肝不全もしくは肝硬変)の関与が認められた。1名は肝芽腫を呈した。病理では鉄過剰や時にヘモクロマトーシスが認められた。ある症例では、経過とともにヘモクロマトーシスの改善がみられた。
軽度の知的障害が約半数の患者で報告されているが、特徴的ではない。
脳MRIは、施行された場合正常のようである。
皮膚異常 もっともよく認められるのはカフェオレ斑で、四肢に好発する。後年に、乾燥および/もしくはゴムのような皮膚(rubbery skin)を認めうる。
先天性心疾患はほとんど認めないが、様々なものがある。心疾患もしくは大動脈疾患を伴った患者12名の内訳は、心室中隔(n=2)、心房中隔欠損症(n=2)、ファロー四徴症(n=1)のほか、他奇形を伴う/伴わない大動脈二尖弁、大動脈疾患、大動脈洞の軽度拡張であった。
血小板は拡大しているが機能障害はない。
顔面形態異常は軽度かつ非特異的で、ほぼ全ての患者で認められる。主な所見(粗な顔貌、広い前額、幅広い鼻根、眼間開離)は経過とともに明らかになることがある。
少数の患者で認められた所見で、THESの表現型スペクトラムの一部となりうるもの、もしくは無関係の所見であるものを以下に示す。
以下は1名ずつ。
**訳者注:原文では“Perthe syndrome”となっているが引用文献に基づきペルテス病とした。
遺伝子による表現型の違い
現在のデータでは、SKIV2L遺伝子もしくはTTC37遺伝子いずれかの両アレル病原性変異を有する患者を臨床的に区別することはできないことが示されている。
遺伝子型と表現型の相関
ほとんどの病原性変異は非公開であるため、遺伝子型と表現型の相関を調べるのは難しい。
注目すべきことに、TTC37遺伝子の再発性変異を有する患者5名と他のTTC37遺伝子変異を有する患者の表現型は区別することができなかった。
頻度
THESは稀である。現在まで約50名の患者が報告されている。
FabreとBadensによるフランスのコホートに基づく最良の推定頻度は、100万出生に1人である。
罹患者は世界中で報告されている。
全ての常染色体劣性遺伝性疾患と同じように、頻度は近親婚を行う集団で高い可能性がある。
このGeneReviewで述べられている以外に、SKIV2L遺伝子もしくはTTC37遺伝子の変異と関連する表現型は知られていない。
表2*** 毛髪-肝-腸症候群の鑑別診断で考慮すべき難治性下痢を呈する単一遺伝子疾患
疾患 | 遺伝子 | 遺伝形式 | 鑑別疾患の臨床的特徴 |
---|---|---|---|
先天性タフティング腸疾患(OMIM 613217) | EPCAM | 常染色体劣性 | 特異的な腸管病理所見(タフト) |
IPEX症候群 | FOXP3 | X連鎖性 | 制御性T細胞の減少 |
消化管異常および免疫不全症候群(OMIM 243150) | TTC7A | 常染色体劣性 | 十二指腸閉鎖 |
症候性タフティング腸疾患(OMIM 270420) | SPINT2 | 常染色体劣性 | 特異的な腸管病理所見(タフト) |
OMIMでこの表現型に関連する遺伝子を閲覧するには、下痢、先天性:OMIM表現型シリーズを参照。
***訳者注:原文では“Table3”となっているが、“Table2”に該当するものがないため“表2”とした。
初期診断に続く評価
毛髪-肝-腸症候群(THES)であると診断された患者において、疾患の広がりやニーズを把握するため以下の評価が推奨される。
病変に対する治療
特異的な治療法は存在しない。治療のゴールは、最大限の体重増加や線形成長を促進し、感染症を減らし、知的障害に対する患者固有のマネジメントを提供することである。
体重増加 ほとんどの小児は、最初に診断を受けた時、適切な体重増加や成長のキャッチアップを達成するため経静脈栄養を必要とする。経静脈栄養は通常必要であるが、(可能であれば)経口栄養、典型的には消化態栄養剤と組み合わせる。経静脈栄養は長期にわたるが、約30-50%の患者で不要となる。可能な範囲で(経管栄養よりも)経口摂取を促進することは将来の摂食障害予防に役立つはずである。
現在まで、経静脈栄養が不要であった9名の患者が報告されている。9名のうち3名は、食事はアミノ酸乳であった。体重増加が十分であったか、成長のキャッチアップが達成されたかどうかは明らかでない。
発症早期の症状が炎症性腸疾患の症状であった場合、感染症を除外すべきで、ステロイド、アザチオプリン、抗TNF抗体による標準治療を考慮する。しかし、この炎症性腸疾患の標準治療では一過性の改善に終わる、もしくは改善がみられない可能性がある。
成長 成長ホルモンは効果を示さないことが経験されている。
感染症 免疫グロブリン値が低い患者に免疫グロブリンを補充すると感染率は低下するようである。
注目すべきことに、造血幹細胞移植(HSCT)は現在まで2回報告されているが良い結果は得られていない。1名は感染症により亡くなり、もう1名は僅かな改善を認めただけであった。
知的障害対しては年齢相応の認知発達、言語発達、心理社会的スキルを評価し、その結果をもって個別的な支援を行う。
歯の形態異常 歯は発語や栄養、自尊心、そして幸福感を育むのに必要であるため、小児における歯列異常の評価は特に重要である。(米国)国立外胚葉異形成症財団のウェブサイトではさらなる資料や情報を閲覧できる。
毛髪の変化 脆い毛髪や脱毛は、患者やその家族にとって予期されるよりも大きな精神的打撃を与えうる。カウンセリングが助けになるかもしれない。また、Locks of Loveやその他の組織を通じてかつらを入手できる。一部の保険は脱毛症を認める成長期の小児に対して1年に2つのかつらを提供している。装具の処方は、保険による償還の対象となることもあればならないこともある。
経過観察
コンセンサスの得られたガイドラインは存在しないが、以下のような経過観察が推奨される。
リスクのある血縁者の評価
遺伝カウンセリングとして扱われるリスクのある血縁者への検査に関する問題は「遺伝カウンセリング」の項を参照のこと。
研究中の治療法
広範囲にわたる疾患や病態に関する臨床試験の情報は、米国ではClinicalTrials.govを、欧州ではEUClinical Trials Registerを参照のこと。注:この疾患については臨床試験が行われていない可能性がある。
「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝学的検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的、倫理的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」
遺伝形式
THESは常染色体劣性遺伝形式で遺伝する。
家族構成員のリスク
発端者の両親
発端者の同胞
発端者の子
その他の家族
発端者の両親の同胞がSKIV2L遺伝子変異もしくはTTC37遺伝子変異のキャリアであるリスクは50%である。
保因者診断
リスクのある血縁者に対して保因者診断を行うためには、予め家族内のSKIV2L遺伝子変異もしくはTTC37遺伝子変異を同定する必要がある。
遺伝カウンセリングに関連した問題
家族計画
DNAバンキングは(主に白血球から調整した)DNAを将来利用することを想定して保存しておくものである。検査技術や、遺伝子、アレル変異、疾患に対するわれわれの理解が将来さらに進歩すると考えられるので、罹患者のDNA保存を考慮すべきである。
出生前検査および着床前診断
家族内でSKIV2L遺伝子変異もしくはTTC37遺伝子変異が同定された場合、リスク妊娠の出生前検査や着床前診断を行うことが可能である。
医療従事者や家族の間でも出生前検査に関して視点の違いが存在する可能性がある。ほとんどの施設は出生前診断を行うかは個人の決定によると考えるだろうが、これらの問題に関する話し合いが役に立つ可能性がある。
GeneReviews著者: Alexandre Fabre, MD, PhD, Patrice Bourgeois, PhD, Charlene Chaix, Karine Bertaux, PhD, Olivier Goulet MD, PhD, and Catherine Badens, PhamD, PhD.
日本語訳者:和田宏来 (国際親善総合病院小児科/しんぜんクリニック小児科)
GeneReviews最終更新日: 2018.1.11. 日本語訳最終更新日: 2021.2.4[ in present]