母性効果遺伝子関連多座位インプリンティング障害
(Maternal Effect Gene-Related Multilocus Imprinting Disturbances)

Zeynep Tümer, MD, PhD, DMSc,Thomas Eggermann, PhD,Saskia Maas, MD,Jet Bliek, PhD,andDeborah Mackay, PhD
日本語訳者:佐藤康守(たい矯正歯科)、櫻井晃洋(カレス記念病院ゲノム医療センター)

GeneReviews最終更新日: 2025.3.15.  日本語訳最終更新日:  2025.5.31.

原文: Maternal Effect Gene-Related Multilocus Imprinting Disturbances


要約


疾患の特徴

本概説の目的は以下の通りである。

  1. ゲノムインプリンティングの概念を簡単に述べること。
  2. 解明の進んでいる代表的インプリンティング疾患について、その概要を簡単に述べること。
  3. 母性効果遺伝子関連多座位インプリンティング障害(maternal effect gene-related multilocus imprinting disturbances;MEG-MLID)の原因となる遺伝子群について概説すること。
  4. MEG-MLIDの関与が疑われる家系について、その遺伝学的原因の特定に向けた評価戦略を提示すること。
  5. MEG-MLIDを有する罹患者の家族に対して行う遺伝カウンセリングについての情報を提供すること。

1.ゲノムインプリンティング

GeneReviewの目的とするところに従い、ここでは「男性」、「女性」という用語を、臨床の場で治療のあり方を決定づけるものとしての出生時における生物学的性別[Caugheyら2021]という狭義の意味で用いることとする。

インプリンティング

インプリンティングとは、遺伝子ないし遺伝子群が由来親特異的な発現を示すことをいう。

インプリント座位の中には、そこに含まれる遺伝子の数が1つだけというものもあれば、複数の遺伝子クラスターを包含するようなものもある[Monkら2019]。

注目すべきは、メチル化可変領域(differentially methylated region;DMR)のDNAメチル化の程度が、母親由来のインプリント領域と父親由来のインプリント領域とで大きく異なっていることである。

インプリンティング疾患

インプリンティング疾患というのは、インプリント遺伝子の片親性発現をかき乱すさまざまなタイプのジェネティックないしエピジェネティックな変化に起因して生じる疾患をいうが、これに関連するものとして13の座位が知られている[Eggermannら2023]。

これが多座位インプリンティング障害(MLID)と呼ばれる現象である。

そして、異質性の範囲は、インプリンティング疾患との関連が現時点で知られている座位だけでなく、現段階では臨床的関連が明らかになっていない座位にまで及ぶ。
MLIDの発生頻度の数字は、それぞれのインプリンティング疾患で異なる[Mackayら2024,Urakawaら2024]。

母性効果遺伝子

MLIDの一定割合は、罹患児の母親のもつ母性効果遺伝子(MEG)に生じた両アレル性病的バリアントに起因して生じる。
そうした母親は、見かけ上、非罹患者である。
こうした母親効果遺伝子は、卵母細胞で高度の発現を示し、卵母細胞・接合子・胚におけるインプリンティングの確立や維持に必要なものである。

GeneReviewでは、母親に生じ、子にMLIDを惹起するような病的MEGバリアントのみに焦点を絞ることとする。
・ふつう遺伝性疾患というと、症候に直接的につながるようなDNAの何らかの病的バリアント(病的一塩基バリアントあるいは病的コピー数バリアント)を罹患児が有しているといったことが多いわけであるが、MLIDの場合、罹患児の母親自身は、見かけ上、非罹患者で、そうした母親の有する両アレル性の病的DNAバリアントによって胚のインプリンティング異常が生じ、ひいては子が1つないしそれ以上のインプリンティング疾患をもつに至るというところに特徴がある。
罹患児はそれぞれ、母性効果遺伝子内に母親由来病的バリアントの1つを保有している。
そうしたバリアントは、それ自体が各種症候を生じさせるわけではないが、胚発生の時期に母親側がインプリンティング状態を適切な形で確立・維持できなかったことで子にインプリンティング異常が生じることとなり、これが原因となって一部の子に症候が現れることがある。


2.多座位インプリンティング障害が生じる各種インプリンティング疾患の概説

多座位インプリンティング障害(MLID)と診断されるきっかけとして最も多いのは、子が最初の症候として新生児一過性糖尿病(transientneonataldiabetes mellitus;TNDM)に一致した症候を呈する場合である。
また、これより少ないものの、子が最初にBeckwith-Wiedemannスペクトラム(Beckwith-Wiedemann spectrum;BWSp)、偽性副甲状腺機能低下症(pseudohypoparathyroidism;PHP)、Silver-Russell症候群(Silver-Russell syndrome;SRS)の症候を呈するような例もみられる。
これら以外のインプリンティング疾患を思わせる症候がMLIDの最初の症候であるようなことは少ないようである。

それは、MLIDがあることで、古典的インプリンティング疾患の臨床症候の現れ方や進み方が変化する場合があるからである[Mackayら2024]。

しかし一方、罹患者によっては、複数のインプリンティング疾患の臨床症候を呈する例、複数のインプリンティング疾患が混ざり合ったような症候を呈する例、古典的インプリンティング疾患のいずれとも一致しない症候を呈する例もみられる。

第1節で述べたように、インプリンティング疾患の背景にある分子遺伝学的変化には幾種類かのものが可能性として考えられるが、MLIDについて言うと、その原因はそのほとんどがメチル化の喪失(LOM)である。
今のところ、タンパク質コード領域の一塩基バリアント(例えばBWSpで言うとCDKN1Cの病的バリアント)に起因するもの、タンパク質コード領域の病的コピー数バリアント(例えばBWSpで言うと11p15.5の重複)に起因するもの、調節領域の病的コピー数バリアントに起因するもの等のインプリンティング疾患は報告されておらず、片親性ダイソミー(UPD)を同時に有する例がごく稀にみられる程度である。
鏡-緒方症候群、あるいはH19/IGF2 :遺伝子間(intergenic;IG)メチル化可変領域(DMR)に起因して生じるBWSpをはじめとするメチル化獲得型(GOM)のインプリンティング疾患は、今のところ報告されていない[Biloら2023]。

表1は、これまでにMLIDが検出されているインプリンティング疾患、各インプリンティング疾患の染色体上の座位、母性効果遺伝子(MEG)関連MLIDがインプリンティング障害の原因であるときに影響を受けるDMR、当該のインプリンティング疾患で現れる臨床症候(こうしたものはMLIDにより変化したり、当該インプリンティング疾患の古典的症候とは異なるものになったりする可能性があることに注意)、当該インプリンティング疾患でMLIDが報告される頻度、pathogenicないしlikely pathogenicのバリアントが同定される母性効果遺伝子をまとめたものである。
インプリンティング疾患を引き起こす分子メカニズムには複数のもの(エピ変異,欠失,片親性ダイソミー,遺伝子の病的バリアント)があるが、どの疾患の場合も、MLIDを引き起こすのは特定のエピ変異のみであることから、エピ変異がみられる場合は、MLIDの可能性がないか、さらなる評価を迅速に行う必要がある。

表1 MEG-MLIDが確認されているインプリンティング疾患

インプリンティング疾患 染色体上の座位 DMRエピ変異1 当該インプリンティング疾患の古典的臨床症候 MLIDの頻度2 MLIDの原因遺伝子3
Beckwith-Wiedemannスペクトラム(BWSp) 11p15.5 KCNQ1OT1 :TSS DMR LOM4
  • 巨舌
  • 臍帯ヘルニア
  • 分節型過成長
  • 高インスリン症
  • 多巣性ないし両側性Wilms腫瘍,あるいは腎芽細胞腫症5
25%6 NLRP2
NLRP5
NLRP7
PADI6
GNAS不活性化疾患,特に偽性副甲状腺機能低下症1B型 20q13 すべてのGNAS DMRに生じるインプリンティング異常
  • PTH(症例によってはTSHも含めた)抵抗性
  • 短指趾をはじめとするAlbright遺伝性骨異栄養症の軽度の症候7
12.6%6 報告なし。
Silver-Russell症候群(SRS) 11p15.5 H19/IGR2 :遺伝子間DMR LOM8
  • 出生時における在胎不当過小9と相対的大頭症
  • 出生後発育不全
  • 目立つ前額部
  • 身体の非対称
  • 摂食障害と低いボディマス指数10
7%-10%6 NLRP2
NLRP5
NLRP7
PADI6
Temple症候群11 14q32 MEG3/LDK1 : 遺伝子間DMR LOM12
  • 子宮内発育不全
  • 筋緊張低下
  • 乳児期における摂食障害
  • 体幹型肥満
  • 思春期早発症
  • 脊柱側彎
  • 小さい手足
1症例のみ 報告なし。
新生児一過性糖尿病(TNDM) 6q24 PLAGL1 :TSS DMR LOM
  • 新生児一過性糖尿病
  • 重度の子宮内発育不全
60%13 NLRP2 14,15

DMR=メチル化可変領域,インプリンティングセンター(IC)とも呼ばれる;GOM=メチル化の獲得;LOM=メチル化の喪失;MEG=母性効果遺伝子;MLID=多座位インプリンティング障害;PTH=副甲状腺ホルモン;TSH=甲状腺刺激ホルモン;TSS=転写開始点メチル化可変領域
Elbrachtら[2020],Eggermannら[2022],Eggermannら[2023]より引用。

  1. Monkら[2019]の命名法
  2. 当該インプリンティング疾患罹患者のうち、原因となった分子遺伝学的異常の如何を問わず、MLIDの結果としてインプリンティング疾患を有するに至った例の頻度。
  3. 罹患児の母親は、これらの遺伝子の原因バリアントを両アレル性に有する。
    罹患児自身もこれらの遺伝子の1つについて、病的バリアントのヘテロ接合保因者であることが考えられるが、罹患児に現れる症候はあくまでインプリンティング異常に起因するものであって、これらの遺伝子の病的バリアントに起因するものではない。
  4. MLIDの検出されたBWSp罹患者にみられる分子遺伝学的異常としては、これが唯一のものである。
    BWSpを引き起こすこれ以外の疾患メカニズムについては、「Beckwith-Wiedemann症候群」のGeneReview、あるいはBrioudeら[2018]を参照のこと。
  5. Brioudeら[2018]
  6. Elbrachtら[2020],Eggermannら[2022],Eggermannら[2023]
  7. Mantovaniら[2017]
  8. MLIDの検出された11p15.5の分子遺伝学的異常としては、これが唯一のものである。 SRSを引き起こすこれ以外の疾患メカニズムについては、「Silver-Russell症候群」のGeneReview、あるいはWakelingら[2017]を参照のこと。
  9. 在胎不当過小の影響は、体重・身長のいずれかあるいは両方に現れる。
  10. Wakelingら[2017]
  11. 臨床症候がBWSpやSRSと重なる場合あり。
  12. MLIDの検出されたTemple症候群罹患者にみられる分子遺伝学的異常としては、これが唯一のものである。 Temple症候群を引き起こすこれ以外の疾患メカニズムについては、Eggermannら[2023]を参照のこと。
  13. Dochertyら[2013]
  14. 1例で、母親にNLRP2の両アレル性病的バリアントが同定されている。
  15. MLIDをもつTNDM罹患者の中に、ZFP57の両アレル性病的バリアントを有する例が一部みられる。
    ただ、これはMEGではない。
    さらに、この遺伝子に両アレル性病的バリアントを認めたのは、あくまで罹患者本人であって、罹患者の母親ではない。

3.母性効果遺伝子関連多座位インプリンティング障害の当該遺伝子

表2は、母親が表中の遺伝子に両アレル性病的バリアントを有していたと報告のあった例、その生殖所見、家系内の罹患者に認められたインプリンティング疾患をまとめたものである[Eggermannら2022]。

注:中には、母親が、下記の遺伝子の病的バリアントと未だ特定に至っていない第二の病的バリアントとの複合ヘテロ接合体であることが判明しているような例もある。
こうしたヘテロ接合性バリアントが臨床所見に実際に関与しているかどうか、さらに特定すべき遺伝学的要因・環境的要因が残っているかどうかといった点を確定する上では、さらなる研究が必要である。
こうした理由から、そのような例は表2には含めていない。

表2 MEG-MLID:遺伝子、ならびに子に現れる表現型

遺伝子1 その遺伝子に母性の両アレル性病的バリアントを有していた家系の数 子に認めたインプリンティング疾患,ならびに生殖所見 OMIM
KHDC3L 1 胞状奇胎 611687
NLRP2 3
  • 報告された子は全例がBWSp
  • 卵母細胞/接合子/胚の成熟停止に起因する母性の不妊
  • 流産
609364
NLRP5 7
  • 子の大半はBWSp
  • 1人がBWSp、1人がSRSであった1家系あり
  • 古典的インプリンティング疾患のいずれの特異的症候とも異なる2
  • 卵母細胞/接合子/胚の成熟停止に起因する母性の不妊
  • 流産
620333
NLRP7 2
  • 報告のあった子は2例ともBWSp
  • 胞状奇胎
  • 流産
231090
PADI6 7
  • 子の大半はBWSp
  • SRSが2例あり
  • 卵母細胞/接合子/胚の成熟停止に起因する母性の不妊
  • 流産
617234

SRS=Silver-Russell症候群;BWSp=Beckwith-Wiedemannスペクトラム
Eggermannら[2022]より引用。

  1. 遺伝子の掲載はアルファベット順
  2. 子に臨床症候が現れることはあるが、古典的インプリンティング疾患のいずれの特異的症候とも異なることがある。

4.家系内に存在する母性効果遺伝子関連多座位インプリンティング障害の遺伝学的原因特定に向けた評価戦略

遺伝学で用いられる用語、「分子的発端者」というのは、この場合、病的バリアントを有しつつも、インプリンティング疾患の臨床症候という点で言うと自身は無症状の母親のことである。
一方、こうしたインプリンティング疾患に関しバリアントの臨床的影響が現れるのは子のほうで、こちらは「臨床的発端者」と呼ばれる(図1参照)。

図1 母性発現遺伝子(MEG)の病的バリアントに起因して生じる多座位インプリンティング障害(MLID)の継承様相

分子的発端者」は、MEGに両アレル性病的バリアントを有する無症候の女性(Ⅱ;2)である。
「臨床的発端者」のほうは、MEGの病的バリアントに関してヘテロ接合体ではあるが、インプリンティング疾患の罹患者である(Ⅲ;3ならびにⅢ;4)。
MEG-MLIDについて言うと、分子的発端者は例外なく女性である。
臨床的発端者の生殖上の転帰については、知見が不足している現状であるが、臨床的発端者はヘテロ接合の保因者であり、遺伝学的にみると、理論上はインプリンティング疾患に罹患していないヘテロ接合の同胞と同じ生殖上の転帰をとるものと目される。
Ⅲ;2は、流産で奇胎妊娠であったことを示している。
wt=野生型アレル;pv=病的バリアント

MLIDの遺伝学的原因の究明については、次のことが言える。

病歴

母性効果遺伝子(MEG)に両アレル性の病的バリアントを有する母親から生まれる子は、1つのインプリンティング疾患を有する可能性、多座位インプリンティング障害(MLID)(すなわち、2つ以上のインプリンティング疾患の臨床症候を呈したり、2つ以上のインプリンティング疾患が混ざり合ったような臨床症候を呈したり、古典的インプリンティング疾患のいずれとも一致しない症候を呈したりといった状態)を有する可能性、健康状態に問題がない可能性などがある。
また同時に、そうした母親は、妊娠喪失、胞状奇胎、表面上の不妊といった生殖上の困難を経験するようなことも考えられる。

2人以上の子についてMLIDが判明した場合は、母親のMEGに両アレル性の病的バリアントの存在が強く示唆される。
生殖上の課題(不妊の問題・反復性流産・妊娠を達成する上で生殖補助医療[assisted reproductive technology;ART]を要する状態)を抱える家系において、表1に挙げた1つ以上のインプリンティング疾患の症候を呈する子が出生した場合、臨床医は速やかにMLIDに関する診断を検討する必要がある(ARTとインプリンティング疾患との関連に関する全般的説明については、Mackayら[2024]を参照されたい)。

身体の診査

身体の診査にあたっては、表1に挙げたインプリンティング疾患それぞれの古典的症候を見つけ出すことだけに捕らわれることなく、非典型的な臨床症候も頭に入れながらこれを行う必要がある[Mackayら2024]。
MEGに両アレル性病的バリアントを有する母親から生まれる子は、ある1つのインプリンティング疾患の古典的症候を示すということももちろんあるが、異なる複数のインプリンティング疾患の特徴的症候が1人の人の中に混在するようなこともあり、そうした場合はMLIDの疑いが強まることになる。

家族歴

女性血縁者について、不妊・複数の流産・胞状奇胎・1つ以上のインプリンティング疾患の症候を有する子・別々のインプリンティング疾患をもつ子が複数いるといったことに特に注意を払って質問しつつ、3世代にわたって家族歴(家系図)をとる必要がある(図1参照)。
直接診査あるいは医療記録の調査で得られた関連所見(分子遺伝学的検査の結果も含む)の文書化が推奨される。

ゲノム検査/遺伝学的検査

インプリンティング疾患を認める発端者に対して行う分子遺伝学的検査

何らかのインプリンティング疾患を認める発端者については、臨床的にどのインプリンティング疾患が疑われるかにより、分子遺伝学的検査の内容が変わってくる。

Beckwith-Wiedemann症候群、GNAS不活性化疾患、Silver-Russell症候群、新生児一過性糖尿病に対する遺伝学的検査の戦略については、それぞれの疾患を扱ったGeneReviewですでに概略が述べられている(新生児一過性糖尿病については「6q24関連新生児一過性糖尿病」のGeneReviewを参照)。
こうした具体的疾患を念頭においた検査が最初のステップになるが、検査は、複数の分子的サブタイプを識別するものとする必要がある。
現時点でMEG-MLIDとの関連が判明しているのは、それぞれのインプリンティング疾患の中の特定の分子的サブタイプのみである(表1参照)[Mackayら2024]。

注:子の表現型を見る限り古典的インプリンティング疾患の疑いが薄いような場合であっても、病歴や家族歴の特徴からMEG-MLIDが示唆されるといったことがありうる。
そうした場合は、母親に対するMEGの両アレル性病的バリアントに関する検査が検討対象になりうる[Mackayら2024]。

MEG-MLIDが疑われる臨床的発端者に対して行う分子遺伝学的検査

MEG-MLIDの同定には、DNAメチル化の変化を明らかにできる手法が必要となり、これはDNAの配列バリアントを評価するだけでは明らかにならない。

MEG-MLIDが疑われる臨床的発端者の母親(分子的発端者)に対して行う分子遺伝学的検査

MEG-MLIDの臨床的発端者の母親(分子的発端者)や、これを示唆する家族歴の所見(流産,胞状奇胎)を有する女性に対する分子診断は、表2に挙げた遺伝子の1つに両アレル性の病的バリアント(pathogenicとlikely pathogenicの両方を含む)が同定されることをもって確定する。

注:(1)遺伝学的検査に関しては、臨床的罹患者である子(すなわち臨床的発端者;図1,Ⅲ;3ならびにⅢ;4)の母親が分子的発端者である。
(2)アメリカ臨床遺伝ゲノム学会(ACMG)/分子病理学会(AMP)のバリアントの解釈に関するガイドラインによると、「pathogenicのバリアント」と「likely pathogenicのバリアント」とは臨床の場では同義であり、ともに診断に供しうるものであると同時に、臨床的な意思決定に使用しうるものとされている[Richardsら2015]。
GeneReviewで「病的バリアント」と言うとき、それはlikely pathogenicのバリアントまでを包含するものと理解されたい。
(3)表2に挙げた遺伝子の1つに両アレル性の意義不明バリアントが同定された場合(あるいは、既知の病的バリアント1つと意義不明のバリアント1つが同定された場合)、それは本疾患の診断を確定するものでも否定するものでもない。

分子遺伝学的検査に向けたアプローチとしては、遺伝子標的型検査(マルチ遺伝子パネル)と網羅的ゲノム検査(エクソームシークエンシング,ゲノムシークエンシング)を、臨床的発端者の表現型や家族歴の所見に従って組み合わせるやり方が考えられる。
遺伝子標的型検査の場合は、臨床医の側で関与が疑われる遺伝子の目星をつけておく必要があるが、ゲノム検査の場合、その必要はない。

注:(1)パネルに含められる遺伝子の内容、ならびに個々の遺伝子について行う検査の診断上の感度については、検査機関によってばらつきがみられ、また、経時的に変更されていく可能性がある。
(2)マルチ遺伝子パネルによっては、今このGeneReviewで取り上げている状況と無関係な遺伝子が含まれることがある。
(3)検査機関によっては、パネルの内容が、その機関の定めた定型のパネルであったり、表現型ごとに定めたものの中で臨床医の指定した遺伝子を含む定型のエクソーム解析であったりすることがある。
(4)ある1つのパネルに対して適用される手法には、配列解析、欠失/重複解析、ないしその他の非配列ベースの検査などがある。

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エクソームシークエンシングが最も広く用いられているが、ゲノムシークエンシングを用いることも可能である。

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遺伝カウンセリング

「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝学的検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的、倫理的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」

分子的発端者の血縁者の有するリスク

遺伝学的用語で言うと、母性効果遺伝子関連多座位インプリンティング障害(MEG-MLID)を有する家系の分子的発端者とは、MEG(表2を参照)に両アレル性の病的バリアントを有する母親(図1,Ⅱ;2を参照)のことをいう。
母親のもつ病的バリアントが及ぼす臨床的影響(インプリンティング疾患に至るという意味での臨床的影響)の範囲は子に限られ、そうした子には、「臨床的発端者」(図1,Ⅲ;3とⅢ;4を参照)として1つないしそれ以上のインプリンティング疾患でみられる症候が出現することになる。

分子的発端者の女性自身にインプリンティング疾患の症候が現れることはない。
しかし、MEG-MLIDに一致した生殖歴(例えば、妊娠喪失,奇胎妊娠,見かけ上の不妊症)があったり、インプリンティング疾患の症候を有する(複数の)子を生んだりといったことが考えられる[Mackayら2024]。
こうした妊娠・出産に至るリスクは、データセットの数が不足していることから、今のところ正確なところまではわかっていないものの、一般集団のリスクに比べると高くなる模様である。

発端者の両親

分子的発端者(母親)の両親は、MEGの病的バリアントに関しヘテロ接合体であると目される。

発端者の同胞 

分子的発端者の両親がともに母性効果遺伝子の1つの病的バリアントに関しヘテロ接合体であったと仮定すると、以下のようになる。

注:分子的発端者の女性同胞自身は、インプリンティング疾患の症候をもつことに関し特段のリスク上昇はない。
ただ、先に挙げたような生殖上のリスクは厳然として存在する。

発端者の子

MEGの1つについて両アレル性の病的バリアントを有する女性には、以下のような可能性がある。

関連する遺伝カウンセリング上の諸事項

臨床的発端者の子がインプリンティング疾患の症候を有することになるリスクは低いものと目されるが、MLID罹患者の生殖上の転帰に関する知見は十分でないことから、一般集団の有するリスクと同じレベルであると断言することまではできない。

DNAバンキング

検査の手法であるとか、遺伝子・病原メカニズム・疾患等に対するわれわれの理解は、将来、より進歩していくことが予想される。
そのため、遺伝学的原因の特定されていないMLID罹患児、ならびにその両親のDNAについては、保存しておくことを検討すべきである。
詳しくは、Huangら[2022]を参照されたい。

出生前検査ならびに着床前遺伝学的検査

出生前検査の利用に関しては、医療者間でも、また家族内でも、さまざまな見方がある。
現在、多くの医療関係者は、出生前検査を個人の決断に委ねられるべきものと考えているようであるが、こうした問題に関しては、もう少し議論を深める必要があろう。

MEG遺伝子の1つに両アレル性の病的バリアントを有する女性の子について、出生前検査が有用となる可能性は低い。
今のところ、多座位のメチル化変化を検出できる信頼に足る出生前検査は存在しないからである。
Beckwith-Wiedemannスペクトラム、あるいはSilver-Russell症候群に対する出生前検査については、それぞれのGeneReviewsを参照されたい。
胞状奇胎については、超音波画像で有無の確認が可能である。
母親で同定されたバリアントに関し、出生前のシークエンシングを行うことは妥当ではない。
それは、子は単にヘテロ接合の保因者になるに過ぎないからである。

着床前の診断検査が可能な状況にはなっていない。


更新履歴:

  1. Zeynep Tümer, MD, PhD, DMSc,Thomas Eggermann, PhD,Saskia Maas, MD,Jet Bliek, PhD,andDeborah Mackay, PhD
    日本語訳者:佐藤康守(たい矯正歯科)、櫻井晃洋(カレス記念病院ゲノム医療センター)
    GeneReviews最終更新日: 2022.6.30.  日本語訳最終更新日:  2023.1.16.[in present]

原文: Maternal Effect Gene-Related Multilocus Imprinting Disturbances

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