多発性内分泌腫瘍症2型
(Multiple Endocrine Neoplasia Type 2)
[MEN2, MEN2 Syndrome. Includes: Familial Medullary Thyroid Carcinoma (FMTC), Multiple Endocrine Neoplasia Type 2A (MEN 2A, Sipple Syndrome), Multiple Endocrine Neoplasia Type 2B (MEN 2B, Mucosal Neuroma Syndrome)]
Gene Review著者:Jessica Moline, MS, CGC, Charis Eng, MD, PhD
日本語訳者:櫻井晃洋(信州大学医学部附属病院遺伝子診療部)
Gene Review 最終更新日: 2010.5.4. 日本語訳最終更新日:2010.6.1.
原文 MEN2
要約
疾患の特徴
多発性内分泌腫瘍症2型 (MEN2) はMEN2A,MEN2Bおよび家族性甲状腺髄様がん(familial medullary thyroid carcinoma; FMTC)の3病型に細分される.いずれの病型も甲状腺に髄様がんを生じる危険性を有している.MEN2AとMEN2Bでは褐色細胞腫の高いリスクも有し,MEN2Aでは副甲状腺の過形成あるいは腺腫を生じるリスクも有する.MEN2Bでみられる他の所見としては口唇や舌の粘膜神経腫,厚い口唇を伴う特徴的な顔貌,消化管の神経節腫,マルファン様体形などがある.甲状腺髄様癌はMEN2Bでは小児期,MEN2Aでは若年成人期,FMTCでは中年期に発生してくる.
診断・検査
RET遺伝子は本症との関連が知られている唯一の遺伝子である.遺伝学的検査によりMEN2AとMEN2Bでは98%以上,またFMTCでも約95%の家系で病的変異が確認される.
臨床的マネジメント
症候に対する治療:甲状腺髄 様癌に対する治療は甲状腺と所属リンパ節の摘除である.生化学検査や核医学検査で発見された褐色細胞腫に対しては副腎切除術を行う.副甲状腺機能亢進症に対しては単一腺もしくは複数腺の摘除が行なわれる.まれには副甲状腺ホルモン分泌を抑制する薬物治療が行われる場合もある.一次病変の予防:RET遺伝子変異陽性者に対する予防的甲状腺全摘術.二次病変の予防:MEN2A,2B患者では手術前には必ず適切な生化学検査によって褐色細胞腫の可能性を除外する.経過観察:甲状腺全摘術後は,たとえ発症前に手術を行なった場合であっても,残存腫瘍や再発を検出する目的で年1回の血中カルシトニン測定を行なう.甲状腺全摘術と副甲状腺自家移植を受けた患者は,副甲状腺機能低下症に対する経過観察を行なう.RET変異が同定された時に褐色細胞腫を発症していなかった患者では,年1回生化学スクリーニングを行う.回避すべき薬剤や環境:褐色細胞腫を有する患者では,ドパミンD2受容体阻害薬やβ遮断薬は副作用を生じるリスクが高い.リスクのある血縁者の検査:RET遺伝子変異が確定したら,リスクのある血縁者全員に検査を提供すべきである
遺伝カウンセリング
MEN2はいずれの病型も常染色体優性遺伝の形式をとる.発端者が新生突然変異による確率はMEN2Aでは5%あるいはそれ以下,MEN2Bでは約50%である.患者の子は50%の確率で変異遺伝子を受け継ぐ.出生前診断は技術的には可能である
診断
臨床診断
多発性内分泌腫瘍症2型(MEN2)には臨床型としてMEN2A,家族性甲状腺髄様癌(familial medullary thyroid carcinoma: FMTC), MEN2Bが含まれる.
MEN2Aは臨床的には甲状腺髄様がん,褐色細胞腫あるいは副甲状腺機能亢進症がひとりの患者もしくは近親者に認められた時に診断される.
FMTCは,歴史的には家系内に甲状腺髄様がんを有し,かつ褐色細胞腫や副甲状腺機能亢進症を伴わない患者が4人以上に認められる場合に診断されていた.FMTCも単一遺伝子(RET)変異によって生じる疾患でMEN2Aの亜型と考えられ,家系に4名未満の患者しかいないのは浸透率の問題と考えられる.
MEN2Bの臨床的診断は甲状腺髄様がんの他に口唇や舌の粘膜神経腫,有髄角膜神経線維,厚い口唇を伴う特徴的な顔貌,マルファン様体形を認めた場合になされる.
検査
甲状腺髄様がんとC細胞過形成
誘発試験では,血漿カルシトニン濃度をカルシウム静注前および静注2分,5分後に測定する.ペンタガストリンのような他の刺激薬も用いられるがこれはヨーロッパでは入手できるが米国では入手が難しい(訳注:日本ではもっぱらカルシウムのみが用いられている).刺激後のピーク値が100 pg/mLを超える場合は手術の適応である.
褐色細胞腫
褐色細胞腫の局在診断に関しては,[18F]DA-PETがもっともすぐれている.もし[18F]DA-PETが行えない場合は,生化学的あるいは画像診断で褐色細胞腫の診断がついている患者のさらなる精査のために123I-MIBGもしくは131I-MIBGシンチを行うべきである.
副甲状腺の異常
分子遺伝学的検査
遺伝子
RETは本症に関連していることが知られている唯一の遺伝子である.
臨床検査
注:連鎖解析の精度は(1)家系内罹患者のマーカーの情報量と(2)罹患者のMEN2という臨床診断の正確さに依存する.
MEN2A 約98%のMEN2A家系ではRET遺伝子のエクソン10または11に変異を有する.コドン634のシステイン残基の変異が約87%の家系に認められる.残りの家系の大部分はエクソン10,11に存在する他のシステイン残基であるコドン609,611,618,620に変異が認められる.他のまれな変異もいくつか単一家系で報告されている.
FMTC FMTC家系の約95%でRET遺伝子変異が認められる.これらの変異はコドン609,611,618,620,634のシステイン残基のいずれかに生じ,618,620,634の変異はそれぞれ全体の20%から30%を占める.エクソン13,14の変異も少数で認められる.他のエクソン5,8,10,11,13,16に生じた変異も少数の家系で同定されており,その中でもコドン768と804の変異はよくみられるものである.
MEN2B 約95%のMEN2B患者ではRET遺伝子のチロシンキナーゼドメインに位置するコドン918(エクソン16)に変異(M918T)を認める.M918T変異を認めない患者の一部ではエクソン15のコドン883にA883F変異が同定されている.最近一方のアレルにV804M変異を有し,他方のアレルでは805,806,あるいは904に変異を有する症例が報告されている.V804Mのヘテロ変異はFMTCの原因となるので,MEN2Bの臨床像を呈する患者でV804M変異が見つかることは驚くにはあたらない.しかし臨床医は他アレルの変異についても注意をはらわねばならない.これらをあわせるとMEN2B患者の98%以上でRET変異が同定されている.
表1に本症の分子遺伝学的検査をまとめた.
表1 MEN2で用いられる遺伝子検査
遺伝子 |
臨床型 |
検査法 |
検出される変異 |
変異検出率1 |
RET |
MEN 2A |
選択したエクソンのシークエンス解析 |
エクソン 10, 11, 13-16の塩基置換 |
98% |
コード領域のシークエンス解析 |
エクソンおよびスプライス境界の塩基置換 |
>98% |
||
FMTC |
選択したエクソンのシークエンス解析 |
エクソン 10, 11, 13-16の塩基置換 |
95% |
|
コード領域のシークエンス解析 |
エクソンおよびスプライス境界の塩基置換 |
|
||
MEN 2B |
Targeted mutation analysis |
p.M918T, p.A883F |
98% |
|
コード領域のシークエンス解析 |
エクソンおよびスプライス境界の塩基置換 |
>98% |
検査手順
発端者の確定診断.MTCと診断された,臨床的にMEN2と診断された,あるいはCCHと診断されたすべての患者はRET遺伝学的検査の適応である.検査手順は最近の米国甲状腺学会MTC臨床ガイドラインに記載されている.若年発症,明瞭なCCHおよび(または)多発性の病変は遺伝性疾患の存在を示唆する.
注:家族歴がないことや遺伝性疾患を疑わせる臨床所見がないことをもってRET遺伝子解析を省略してはならない.
リスクのある血縁者の発症前診断.検査のためには家系内の病的変異が事前に同定されている必要がある.
出生前および着床前診断.検査のためには家系内の病的変異が事前に同定されている必要がある(訳注:日本では行われていない).
遺伝子レベルでの関連疾患
RET変異は以下の病変に関連している.
臨床像
自然経過
MEN2で認められる病変は甲状腺髄様がんならびにその前病変であるC細胞過形成,褐色細胞腫,そして副甲状腺過形成または腺腫である.MEN2のMTCは散発性MTCよりも若年で発症し,CCHをしばしばともない,また多発性,両側性である.臨床症状としては頚部痛,頚部腫瘤,高カルシトニン血症による下痢がある.所属リンパ節(副甲状腺,傍機関,頚静脈輪,上縦隔)や肝などへの転移はよくみられ,しばしば触知可能な甲状腺腫瘤や下痢を伴う患者に認められる.
褐色細胞腫が転移することはほとんどないが,重篤な高血圧や麻酔に誘発される高血圧発作は致命的となりうる.
副甲状腺病変は良性の副甲状腺腺腫から,高カルシウム血症や腎結石を伴う臨床的に明らかな副甲状腺機能亢進症までさまざまである.
MEN2はMEN2A,FMTC,MEN2Bの3つの病型に分類される(表2).3病型のいずれも甲状腺髄様がんを発症する可能性が高い.MEN2AとMEN2Bでは褐色細胞腫のリスクも高く,MEN2Aでは副甲状腺機能の過形成あるいは腺腫を生じるリスクも有する.患者や家族の病型分類は予後評価や治療方針決定に有用である.
表2 MEN2 病型ごとの各病変発症率
病型 |
甲状腺髄様がん |
褐色細胞腫 |
副甲状腺病変 |
MEN2A |
95% |
50% |
20−30% |
FMTC |
100% |
0% |
0% |
MEN2B |
100% |
50% |
まれ |
MEN2A MEN2AはMEN2全体の70−80%を占める.RET遺伝子検査が利用可能になって以来,MEN2A患者の95%が甲状腺髄様癌を発症し,約50%が褐色細胞腫を,20−30%が副甲状腺機能亢進症を発症することが明らかになった.
甲状腺髄様がんは通常MEN2Aで最初に発症する病変である.発端者の典型例では,頚部腫瘤や頚部痛が35歳以前に出現する.70%近くの患者はすでに頚部リンパ節転移をきたしている.下痢はもっとも高頻度にみられる全身症状であるが,血漿カルシトニンレベルが10ng/mLを超える患者に出現し,予後不良であることを示唆する.RET変異を有し予防的甲状腺全摘術を受けなかった患者では35歳までにMTCの生化学的所見が陽性となっている.
褐色細胞腫は通常甲状腺髄様癌よりもあともしくは同時に発症するが,MEN2A患者の13-27%では初発症状となる.散発例と比較して,MEN2A患者の褐色細胞腫は若年で診断され,臨床症状はより軽度で,両側性であることが多い.悪性化は約4%におこる.一部のMEN2A患者では褐色細胞腫が初発病変となるため,褐色細胞腫が発見された場合はMEN2Aに関するさらなる精査が必要である.
MEN2Aの副甲状腺機能亢進症は通常軽症で,単一腺の船種から顕著な過形成までさまざまである.多くの副甲状腺機能亢進症は無症状であるが,高カルシウム尿症と腎結石を生じることもある.副甲状腺機能亢進症は通常MTCの診断から長い時間を経過してから診断される.発症時平均年齢は38歳である.
MEN2A家系の一部では皮膚にかゆみを伴う苔癬アミロイドーシス(pruritic cutaneous lichen amyloidosis)を生じる.この病変は上背部にみられ,甲状腺髄様がんより先に発症することもある.
FMTC FMTCはMEN2全体の10−20%を占める.この病型では甲状腺髄様癌だけが唯一の臨床症状である.FMTCにおけるMTC発症年齢は遅く,浸透率もMEN2AやMEN2Bより低い.褐色細胞腫のリスクを看過しないために,FMTCと診断するにあたっては厳格な診断基準を適用すべきである.過去にはFMTC家系と診断するにはRET変異陽性者が10人以上おり,そのうちの複数は50歳以上で,かつ全員が褐色細胞腫や副甲状腺機能亢進症がないことを示す必要があると考える研究者もあった.
近年は,FMTCは別個の疾患ではなく,褐色細胞腫や副甲状腺機能亢進症の浸透率が低いMEN2Aの亜型と考えられている.
MEN2B MEN2BはMEN2全体の約5%を占める.MEN2Bは悪性度の高い甲状腺髄様がんの早期の発症が特徴的である.早期(1歳以前)に甲状腺切除術を受けないMEN2B患者では早い時期に転移性甲状腺髄様がんを生じる可能性が高い.早期の甲状腺切除術を含む治療介入が行われる以前はMEN2B患者の平均死亡年齢は21歳であった.
褐色細胞腫は約50%の患者に生じ,これらのうち約半数は多発性で時に両側性である.褐色細胞腫が診断されていない患者はしばしば周術期の心血管発作で死亡する.
MEN2Bでは副甲状腺病変は発症しない.
MEN2Bは舌の前背部,口蓋あるいは咽頭の粘膜神経腫や特徴的な顔貌から乳幼児期にも診断されうる.口唇は徐々に厚ぼったくなり,粘膜下結節が口唇辺縁に認められることもある.眼瞼の神経腫は上眼瞼辺縁の肥厚と反転を引き起こす.角膜神経の肥厚がスリットランプによる検査で認められることがある.
約40%の患者は腸管にびまん性の神経節腫症を生じ,これにより腹部膨満,巨大結腸,便秘,あるいは下痢をきたす.19名のMEN2B患者を対象とした調査では,84%が乳幼児期にはじまる消化管症状を経験していた.
約75%の患者はマルファン様体形を示し,しばしば亀背や側彎,ゆるい関節,皮下脂肪の減少を認める.近位筋の萎縮や筋力低下が見られることもある.遺伝子型と臨床型の関連
エクソン10のコドン609,618,620のシステイン残基の変異はMEN2A,FMTC,HSCR1と関連している.これらコドンにおける変異はMEN2A家系の約10%,FMTC家系の50%以上に認められ,変異RETはトランスフォーミング活性が低い.コドン634の変異は褐色細胞腫と副甲状腺機能亢進症の発症率が高い.コドン634変異のうちではCys634Arg変異が特に副甲状腺機能亢進症との関連が強いことが報告されているが,これは他の報告では確認されていない.いくつかの変異,たとえばコドン618や620の変異では軽症の臨床像を示す.
RET遺伝子コドン918変異はMEN2Bとのみ関連している.しかしこのコドンの体細胞変異はMTCの家族歴がない患者でしばしば認められ,特にRETの多型のc.2439C>Tあるいはp.S836Sを有する患者では高頻度にみられる.
コドン768,804,891の変異は当初MTCとのみ関連していると考えられていたが,その後これらの変異を有するMEN2A家系が見つかっている.
コドン790と804の変異が甲状腺髄様がんだけでなく甲状腺乳頭がんの発症とも関連しているかもしれないとする報告がある.イタリアの大家系の調査では精査を行えたV804M変異陽性者のうち40%が髄様がんと乳頭がんを合併していた.
米国甲状腺学会ガイドライン作業部会は,RET変異を悪性度の高いMTCの発症リスクに基づいて分類した.
分類は(1)臨床像の予測,(2)年齢に応じて(a)予防的甲状腺全摘術を行う年齢,(b)褐色細胞腫や副甲状腺に対するスクリーニングの開始時期の決定に用いられる.
表3 遺伝子型に基づく悪性MTCのリスク
ATAによるリスクレベル1 |
変異2, 3 |
レベルD |
p.A883F |
レベルC |
p.C634R/G/F/S/W/Y |
レベルB |
p.C609F/R/G/S/Y |
レベルA |
p.R321G |
浸透率
甲状腺髄様癌,褐色細胞腫,副甲状腺機能亢進症の浸透率はMEN2の亜型によって異なる(表2参照).
促進現象
MEN2では促進現象はみられない.
病名
MEN2Bは以前Wagenmann-Froboese症候群ともよばれていた.
頻度
MEN2の罹病率は35,000人に1人と推測されている.鑑別診断
家族歴のない甲状腺髄様がん 甲状腺髄様がんは毎年米国で新たに診断される甲状腺がんの約10%を占める.甲状腺髄様がんの25-30%はRET遺伝子変異が原因となっている単発性で発症年齢が高く,C細胞過形成を欠くという特徴がある.
最大の問題はMEN2患者とこうした散発性の患者を鑑別することである.特に多発性甲状腺髄様がんを有し家族歴がない例で問題となる.
C細胞過形成 一般人口の約5%ではカルシトニン刺激試験が陽性を示すようなC細胞過形成が存在する.血中カルシトニン濃度は慢性腎不全,敗血症,肺や消化管の神経内分泌腫瘍,高ガストリン血症,肥満細胞症,自己免疫性甲状腺疾患,偽性副甲状腺機能低下症1A型でも上昇する.
褐色細胞腫 褐色細胞腫が遺伝性のものである可能性は,多発性および両側性のものでは84%,18歳以下の発症では59%と計算されている.明らかに散発性と思われる患者の約25%は実際にはRET,VHL,SDHD,SDHBの4種の遺伝子のいずれかに変異を有している.Pacekらは遺伝性褐色細胞腫と散発性褐色細胞腫の生化学的特徴を比較している.
MEN2Aは単一の医療機関で治療を受けた遺伝性褐色細胞腫の12%を占め,そのうち27%は初発症状が褐色細胞腫であった.
RET遺伝子の上流に低浸透率褐色細胞腫感受性領域が存在している可能性がある.
一部の明らかに常染色体優性遺伝性の褐色細胞腫を有する家系ではVHL遺伝子変異を認めるが他の病変を発症していない.Neumannらは家族歴のない褐色細胞腫患者の約11%でVHL遺伝子変異を認めた.
どの遺伝子を優先的に検索すべきかについてのアルゴリズムがErlicらによって示されている.
褐色細胞腫は多発性神経線維腫症1型(NF1)でも認められる.
多発性内分泌腫瘍症1型(MEN1) この常染色体優性遺伝性疾患は遺伝学的にも臨床的にもMEN2とは別個のものであるが,病名が似ているためにしばしば混乱を招いている.MEN1はMEN1遺伝子変異が原因である.MEN1は下垂体腺腫,膵島腫瘍,副甲状腺過形成もしくは腺腫の三大病変によって特徴づけられる.副腎皮質腫瘍,カルチノイド腫瘍や脂肪腫もみられる.
臨床的マネジメント
最初の診断に続く評価
MEN2患者の病態を把握するために,診断の項で述べたような生化学検査,画像検査,遺伝学的検査が推奨される
症候に対する治療
甲状腺髄様癌(MTC)
MTCの標準的治療は甲状腺全摘とリンパ節隔清である.注:MTCの治療においては化学療法や放射線療法は外科治療に比べて効果は低い.
甲状腺全摘術を受けたすべての患者は甲状腺ホルモン補充療法を受ける必要がある.
手術時に明らかな副甲状腺機能亢進症がない限りは,副甲状腺の自家移植は通常行われない.
褐色細胞腫
生化学検査や核医学画像検査で診断された褐色細胞腫に対しては副腎摘除術が行われる.これにはビデオガイド下内視鏡手術が行われる場合もある.歴史的には,一部の専門家が一方の褐色細胞腫の手術時に,反対側も10年以内に褐色細胞腫を発症する可能性が高いという理由で両側の副腎摘除を勧めた時期もある.しかし,副腎不全のリスクやアジソン病発症のリスクがあるので,今日大多数の専門家は片側性の腫瘍に対しては片側のみの手術,さらにすでに片側副腎を切除した患者や両側副腎摘除を行う患者に対しては注意深い経過観察を行いながらの副腎皮質温存手術を勧めている.
副腎摘除術前の高血圧治療にはα/β遮断薬が用いられる.
副甲状腺機能亢進症
甲状腺全摘術の時に診断された場合には腫大した副甲状腺の合併切除,副甲状腺亜全摘,あるいは前腕への自家移植を伴う副甲状腺全摘術が行われる.しかしMEN2A患者の大部分では,副甲状腺機能亢進症は甲状腺全摘術から何年も経過してから診断される.
すでに甲状腺全摘術が行われた後に副甲状腺機能亢進症が診断された場合は,腫大した副甲状腺の切除と前腕への自家移植を行うべきである.
手術リスクが高い患者,余命が長くないと予測される患者,あるいは単回もしくは複数回の手術ののちも副甲状腺が持続する患者では,副甲状腺機能亢進症に対する薬物治療が考慮されうる.
一次病変の予防
予防的甲状腺全摘術 予防的甲状腺全摘術はRET変異が同定された人に対する第一の予防手段である.
予防的甲状腺全摘術はすべての年齢層において安全な方法である.しかしながら,手術の時期については議論がある.米国甲状腺学会診療指針作業部会のコンセンサス声明によれば,予防的甲状腺全摘術の施行時期はRET変異の位置(コドン)にもとづいて推奨される(表4 遺伝子型臨床型相関).この指針はさらに多くのデータが蓄積されることで修正されていく.
表4. 遺伝子型に基づく悪性甲状腺髄様癌のリスクと推奨する治療介入時期
ATA リスクレベル |
変異 1, 2 |
予防的甲状腺全摘術施行時期 |
褐色細胞腫スクリーニング開始年齢 |
副甲状腺スクリーニング開始年齢 |
Level D |
p.A883F |
生後1年以内,なるべく早く |
8歳 |
該当せず |
Level C |
p.C634R/G/F/S/W/Y |
5歳以前 |
8歳 |
8歳 |
Level B |
p.C609F/R/G/S/Y |
5歳以前が原則,クライテリアを満たす時は遅らせることも可能3 |
630変異は8歳,その他の変異は20歳 |
630変異は8歳,その他の変異は20歳 |
Level A |
p.R321G |
クライテリアを満たす時は5歳以降に遅らせることが可能 3 |
20歳 |
20歳 |
米国甲状腺学会診療指針作業部会のデータを改変
C細胞過形成に対する甲状腺全摘術 浸潤性甲状腺髄様癌に進展する前の手術では,甲状腺全摘のみを行い周辺リンパ節を保存することができる.
甲状腺全摘術を受けていないRET変異陽性者 毎年生化学的スクリーニングを行い,もし結果が異常となったら直ちに甲状腺全摘術を施行する.
毎年の血中カルシトニンスクリーニング スクリーニングは以下の年齢から開始する.
3歳未満,特に6か月未満の小児ではカルシトニン測定結果の解釈には注意を要する.
予防的甲状腺全摘術は診断が確定していない人に対しては通常勧められない.
二次病変の予防
MEN2AあるいはMEN2Bの患者においてあらゆる手術の前には,適切な生化学スクリーニングによって機能性褐色細胞腫の存在を否定する必要がある.病原性変異を認めるリスク家系の前向き調査では,8%に甲状腺髄様癌と同時に褐色細胞腫が見つかった.
褐色細胞腫が同定された場合には,手術中のカテコラミンクライシスを避けるため,甲状腺手術より先に副腎摘除術を施行する.
定期観察
甲状腺髄様癌 甲状腺全摘術と頚部リンパ節隔清を受けた患者の約50%は再発をきたしている.さらにRET変異を有し,血中カルシトニンが正常な人から摘出した甲状腺においても髄様癌が認められている.したがって,たとえ甲状腺全摘術が生化学的な異常を確認する以前に行われたとしても,残存あるいは再発性髄様癌のモニタリングを継続していくことが必要である.
予防的甲状腺全摘後のスクリーニングとしては年1回のカルシトニン測定を行う.残存病変がある場合にはより頻繁の定期検査が勧められる.
副甲状腺機能低下症 甲状腺全摘術と副甲状腺自家移植術を受けた全員は副甲状腺機能低下症になる可能性について定期検査を要する.
褐色細胞腫 褐色細胞腫の最初のスクリーニングで陰性だった患者に対しては,年1回の生化学スクリーニングが勧められ,もし結果に異常がみられた場合はMRIまたはCT検査を追加する.MEN2の女性は予定する妊娠の前に,また予定しない妊娠にいたった場合には極力早期に褐色細胞腫のスクリーニングを行う.他のスクリーニング法,たとえばシンチグラフィーやPETも一部の患者には有用かもしれない.
副甲状腺腺腫または過形成 副甲状腺全摘術と自家移植を受けていない患者に対しては,年1回の生化学スクリーニングが推奨される.
回避すべき薬物/環境
ドパミンD2受容体拮抗薬(メトクロプラミドやヴェラリプリド)やβアドレナリン受容体拮抗薬(β遮断薬)は褐色細胞腫を有する患者で高率に有害反応を引き起こす.モノアミンオキシダーゼ阻害薬や交感刺激薬(エフェドリン),一部のペプチドや糖質ステロイドも有害反応を起こしうる.一方,三環系抗うつ薬の有害作用は一定していない.
リスクのある血縁者の検査
RET遺伝子変異を有する人の同定
すべての型のMEN2罹患者に対して,また家系内の変異が同定された場合にはリスクのあるすべての血縁者に対してRET遺伝学的検査が提供されるべきである.米国臨床がん学会(ASCO)はMEN2をグループ1,すなわち遺伝学的検査がリスクのある血縁者に対する標準的医療とみなされる遺伝性腫瘍症候群に分類している.
MEN2A
甲状腺髄様癌は小児期の発症が知られているので,リスクのある小児に対しては5歳までにRET遺伝学的検査を提供すべきである.生後12か月で甲状腺髄様癌が発症したMEN2Aの例があるという事実は,可能であればより早い時期に検査を行うべきであることを示唆している.
FMTC
遺伝学的検査に対する推奨はMEN2Aと同様である.
MEN2B
リスクのある小児に対しては生後なるべく早い時期にRET遺伝学的検査を提供すべきである.家族歴のないMEN2B罹患児では,臨床的に本症が疑われた時点で早急に遺伝学的検査を施行する.
研究中の治療法
RET(DeltaTK)と名付けられた,優性阻害効果を有する短縮型の変異RETは培養髄様癌細胞のアポトーシスを誘導し,トランスジェニックマウスでの実験では,腫瘍容積を縮小させた.
Santoroらはチロシンキナーゼ阻害薬の甲状腺髄様癌治療薬としての可能性についてレビューしている.変異RETを有する培養細胞の実験では,新規2-インドリノンRetチロシンキナーゼ阻害薬の治療薬としての可能性が示された.他にはPP2とゲニステインがヒト甲状腺髄様癌細胞株の増殖を抑制した.
ヴァンデタニブなどのチロシンキナーゼ阻害薬の臨床試験が現在進行中である.第II相試験では,ヴァンデタニブ投与を受けた遺伝性甲状腺髄様癌患者の50%(15/30)で部分的反応あるいは安定化が得られた.チロシンキナーゼ阻害薬は切除不能な,局所進展をきたした転移性甲状腺髄様癌の治療薬として期待がもたれる.
種々の疾患に対する臨床試験の情報がClinicalTrials.govを参照のこと.
その他
遺伝クリニックでは遺伝の専門家により,患者や家族に対して疾患の自然歴,治療,遺伝様式,他の家族のリスク,入手可能なリソースなどについて情報が提供される.遺伝カウンセリング
「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝子検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」
遺伝形式
MEN2はいずれの病型も常染色体優性遺伝の形式をとる.
患者家族のリスク
発端者の両親
MEN2A患者の親が罹患している確率は病型によって異なる.
発端者の同胞
発端者の子
他の家族
他の家族のリスクは患者の親の遺伝的背景に依存する.もし親に遺伝子変異が認められた場合は,その親の家族もリスクを有していることになる.
遺伝カウンセリングに関連した問題.
早期発見,早期診断を目的とした血縁者の検査については「臨床的マネジメント」の「リスクのある血縁者の検査」の項を参照のこと.
リスクのある人の検査 リスクのある家族に対する分子遺伝学的検査を考慮するのが適切である.家族に対する分子遺伝学的検査は家系内で病的変異が同定されたのちに可能となる.もし病的変異が同定されない場合でも,家系内の異なる世代に患者が複数いれば,連鎖解析を考慮することができる.リスクのある人を早期に確定することは臨床的マネジメント上重要なので,無症状の小児に対する検査も有用である.リスクのある小児とその両親に対し,検査前に遺伝カウンセリングと情報提供(教育)を行うことが適切である.
遺伝学的がんリスク評価とカウンセリング がんリスク評価の過程でリスクのある個人を確定すること(分子遺伝学的検査を用いるか否かにかかわらず)の医学的,心理社会的,倫理的影響については,Elements of Cancer Genetics Risk Assessment and Counseling (part of PDQ, National Cancer Institute)を参照のこと.
明らかな新規突然変異を認める家系について 常染色体優性遺伝性疾患の発端者の両親が変異を有しておらず,罹患もしていない場合には,新生突然変異の可能性が高い.しかし,父親(または母親)が異なる場合や明らかにされていない養子縁組など,非医学的理由による可能性もある.
家族計画
DNAバンキング DNAバンキングは(主として白血球から調整した)DNAを将来の使用のために保存しておくものである.検査技術や遺伝子,変異,疾患に対する概念が将来さらに進歩するかもしれないので,罹患者に対してはDNA保存について検討の機会が与えられるべきである.
出生前診断
リスクのある妊娠において出生前診断は技術的には可能である.DNAは胎生15−18週に採取した羊水中細胞や10−12週*に採取した絨毛から調製する.出生前診断を行う以前に,罹患している家族において病因となる遺伝子変異が同定されている必要がある.
注:胎生週数は最終月経の開始日あるいは超音波検査による測定に基づいて計算される.
MEN2のように知的障害を伴わず,治療法も存在する疾患に対して出生前診断を求められることは通常ない.特に遺伝子検査が早期診断よりも中絶を目的として考慮される場合は,医療関係者と家族の間では出生前診断に対する見解の相違が生じるかもしれない.多くの医療機関では最終的には両親の意思を尊重するとしているが,この問題については注意深い検討が求められる.
着床前診断 家系内の病的変異が明らかになっていれば,着床前診断は技術的には可能である.
訳注:わが国ではMEN2は出生前診断の対象となる疾患とは考えられておらず,実際にこうした診断も行われない.
関連情報
MEN情報サイト
MEN患者・家族会「むくろじの会」
http://men-net.org
2003. 8. 1 初掲 櫻井晃洋(信州大学医学部社会予防医学講座)
2005.10.26. 更新 櫻井晃洋(信州大学医学部社会予防医学講座)
2010.6.1 更新 櫻井晃洋(信州大学医学部附属病院遺伝子診療部)
原文 MEN2