心不全の重症化予防

電気刺激療法の実行可能性

心大血管外科手術後は末梢骨格筋の筋力が低下する。この末梢骨格筋の筋力低下は、これまで手術後の臥床に伴う筋蛋白分解が原因とみられてきた。しかし、手術後の筋蛋白分解の要因は臥床のみでない。我々は心臓外科手術後患者の手術直後の炎症性サイトカイン(インターロイキン-6)が、手術翌日の呼吸筋力低下量と正に相関することを報告した3)。また、我々は末梢骨格筋の筋蛋白分解の指標である尿中3-メチルヒスチジン(3-MeHis)の手術後5日間の累積値が手術直後のインターロイキン-6と正に相関し、さらに手術後の筋力低下量と正に相関することを報告した2)。これは心臓外科手術後の筋力低下には、臥床に加え手術直後の炎症性サイトカイン産生による筋蛋白分解が関与することを示している。したがって、手術後の筋力低下を予防するためには手術直後という極めて早期に起こる筋蛋白分解を如何に抑制するかが重要と思われる。

手術後の筋蛋白分解を予防するためのリハビリテーション方策は、筋収縮の促進である。しかし、心大血管外科手術直後は十分な筋収縮を随意的に行うことは困難である。そこで我々は術直後からの他動的に筋収縮を促進できる電気刺激療法を介入方策として適用することを発案した。

本研究では、心大血管外科術後患者を対象として手術後翌日より電気刺激介入を行い、実行可能性と手術後筋蛋白分解に対する抑制効果を検討する。筋蛋白分解の指標には尿中3-MeHisを用い、電気刺激は本研究室で開発した刺激様式を用いる。

関連文献

  1. Iwatsu K, et al. Feasibility of neuromuscular electrical stimulation immediately after cardiovascular surgery, Archives of Physical Medicine and Rehabilitation, 2015; 96:63-68.
  2. Iida Y, et al. Postoperative muscle proteolysis affects systemic muscle weakness in patients undergoing cardiac surgery, International Journal of Cardiology, 2014; 172:595-597.
  3. Iida Y, et al. Body mass index is negatively correlated with respiratory muscle weakness and interleukin-6 production after coronary artery bypass grafting, Journal of Critical Care, 2010; 25: 172.e1–172.e8.

研究助成

術後早期の筋蛋白崩壊

心臓血管外科術後早期は、呼吸筋や四肢の骨格筋などに筋力低下を呈し、術後合併症の発生や日常生活活動ならびに健康関連QOLの低下に関係する。術後筋力低下は一般に術侵襲による疼痛や術後安静臥床による廃用症候群が原因として考えられているが、術後早期は侵襲により炎症性の異化反応が惹起されることから、異化亢進に対する全身性の代謝性反応も大きく影響する。我々は以前に術後筋力低下の量が、術直後の炎症性サイトカインであるinterleukin-6 (IL-6) 産生量と正に相関することを報告した2)。この結果から心臓外科術後の筋力低下は、術後異化作用による筋タンパク崩壊と密接に関連することが考えられる。そこで我々は、実際に術後の筋タンパク崩壊がどの程度発生したか、また異化作用因子や筋力低下の程度とどのような関連があるのか、尿中3-methylhistidine (3-MH) を用いて検討を行った。術後1日目から5日目まで24時間畜尿による尿中の3MHを測定し、体格による筋量補正のためcreatinine(Cr)で除した尿中3MH/Crを筋タンパク崩壊の指標とした。その結果、3MH/Crは術後徐々に上昇し、4日目にピークアウトを認めた。術後5日間の累積値は術直後IL-6産生量、ならびに術後の握力や膝伸展筋力の筋力低下量と正の相関関係を示した1)。これらの結果より、術後筋力低下の程度は異化作用による筋タンパク崩壊に影響を受けることが示された。また3-MHは術後3日目から有意に上昇を認め、したがって術後筋タンパク崩壊に対抗する介入策は術後2日間に講じることが重要であると思われる。今後の研究では、心臓外科術後の累積3MH/Creの上昇にどのような予測因子が関係するのか検討していく予定である。

関連文献

  1. Iida Y, et al. Postoperative muscle proteolysis affects systemic muscle weakness in patients undergoing cardiac surgery, International Journal of Cardiology, 2014; 172:595-597.
  2. Iida Y, et al. Body mass index is negatively correlated with respiratory muscle weakness and interleukin-6 production after coronary artery bypass grafting, Journal of Critical Care, 2010; 25: 172.e1–172.e8.

研究助成

下腿筋ポンプ能と下腿周囲径との関連

最高酸素摂取量(PeakVO2)が指標とされる低運動耐容能は、慢性心不全(CHF)患者の予後予測因子であり、CHF患者のリハビリテーション介入の重要な効果指標となっている。PeakVO2はFickの理論式(PeakVO2=一回拍出量×心拍数×動静脈酸素較差)の右辺の3因子により規定されるが、心疾患患者においては心機能障害による運動時一回拍出量ならびに心拍数の上昇不良が問題となる。運動時一回拍出量は、左室収縮能が低下する心疾患患者では、前負荷の増大が運動耐容能維持により重要になると考えられる。立位姿勢における前負荷(静脈還流量)には下腿筋ポンプが最も大きく関与する。下腿筋ポンプは下腿に貯留した静脈血を末梢骨格筋の収縮による物理的圧迫で心臓に灌流させる骨格筋作用であり、リハビリテーション介入の効果機序としても想定される。

下腿筋ポンプ能の指標には、下腿駆出分画(下腿EF)が用いられてきた。しかしながら、下腿筋ポンプ能を前負荷(静脈還流量)の因子と捉えて検討した報告はない。我々はこれまで、地域在住高齢者と若年者を対象に下腿EFと運動中の最大一回拍出量を反映する指標である最大酸素脈(Peak O2 pulse)が関連することを報告し、CHF患者では下腿筋ポンプ能の指標として下腿周囲径を用いて、Peak O2 pulseと下腿周囲径には良好な関連があることを報告した。

PTMaTCH(慢性心不全の運動と生活機能)

Preventive effect of exercise for management of daily functioning in patients with chronic heart failure (PTMaTCH) は慢性心不全患者を対象とし退院後の生活機能とその関連因子について前向きに調査することを目的としたコホート研究である。
PTMaTCHは全国24施設の循環器医ならびに理学療法士にて構成された多施設共同研究プロジェクトであり、名古屋大学山田研究室はその事務局本部としての役割を担った。

2008年に開始されたPTMaTCHは1年間の症例登録期間中に254名の対象者が得られ、その後2年間の追跡調査が遂行された。現在は慢性心不全の生活機能に関していくつかの成果を得ている。

研究助成

1.慢性心不全患者の退院後の機能的制限は心不全再入院を予測する

機能的制限は一般的に“日常生活における困難感”として表され、慢性心不全においては病態を特徴付ける状態の一つである。これまでの報告より心不全の機能的制限と予後との関連は示唆されていたものの、機能的制限が予後を予測するかどうかはわかっていなかった。本研究ではPMADL-8を用いて評価した機能的制限が心不全再入院を予測することが明らかとなった(図1)。本結果により機能的制限の評価が退院後の心不全疾病管理に有用となることが示された。

図1. 機能的制限の有無で分けた生存曲線

関連文献

  1. Yamada S, et al. Functional limitations predict the risk of rehospitalization among patients with chronic heart failure, Circulation Journal, 2012; 76:1654-1661.

2.抑うつを有する慢性心不全患者は退院後の機能的制限が遷延する

抑うつは慢性心不全患者の約30%に合併し、予後不良や再入院に対する独立した危険因子とされる。さらに抑うつは生命予後のみならず臨床症状の悪化や日常生活自立度低下につながることから機能的制限の悪化と関連すると考えられるものの、それらの関連を検討した報告は無かった。本研究は慢性心不全患者において抑うつが退院後の機能的制限の遷延と関連することを明らかにした(表1)。本結果より抑うつを改善させることは退院後の回復期における機能的制限の改善につながることを示唆した。

表1.機能的制限の遷延に対するロジスティック回帰分析

関連文献

  1. Shimizu Y, et al. The effects of depression on the course of functional limitations in patients with chronic heart failure, Journal of Cardiac Failure, 2011;17:503-510.

3.慢性心不全患者の退院後抑うつ発生因子は心筋梗塞の既往、社会参加制限、ソーシャルサポートに対する満足感の欠如であった

慢性心不全は抑うつの合併率が高く、抑うつの合併は予後不良となることが報告されている。退院後の新規抑うつ発生を予測することは心不全疾病管理に有用と考えられるものの報告は無かった。本研究では慢性心不全患者において退院1年後の新規抑うつ発生は心筋梗塞の既往、社会参加制限、ソーシャルサポートに対する満足感の欠如が予測因子となることが明らかとなった(図2)。本研究によりこれら3つの因子を考慮することで抑うつ発生リスクの高い心不全患者に対するより良い疾病管理が退院後早期に実施できる可能性が示唆された。

図2.各リスク因子に対する退院1年後の新規抑うつ発生率

関連文献

  1. Shimizu Y, et al. Risk factors for onset of depression after heart failure hospitalization, Journal of Cardiology, 2014; 64:37-42.
  2. Suzuki M, et al. Development of the participation scale for patients with congestive heart failure, American Journal of Physical Medicine & Rehabilitation , 2012; 91:501-510.

先行調査:慢性心不全患者の退院後の機能的制限は心不全再入院を予測する

本調査実施前に、外来通院中の安定している慢性心不全患者125例を対象に、本研究室で開発したCHF特異的な日常生活の機能制限の指標であるPMADL-82)と、慢性心不全の予後因子として報告されている心機能評価指標との関連を検討した。結果、PMADL-8は強力な予後予測因子であるPeakVO2と強い負の相関が認められた(図)。本検討よりPMADL-8は心不全患者の病態指標としての妥当性が認められた。

図:PMADL-8とPeakVO2との相関

関連文献

  1. Kono Y, et al. Predictive value of functional limitation for disease severity in patients with mild chronic heart failure, Journal of Cardiology, 2012; 60:411-415.
  2. Shimizu Y, et al. Development of the Performance Measure for Activities of Daily Living - 8 for Patients with Congestive Heart Failure: A Preliminary Study, Gerontology, 2010; 56:459-466.

心不全の重症化予防

心臓外科手術後の骨格筋タンパク分解の予測因子

心臓外科術後は炎症性の異化反応が惹起されることから、術後筋力低下は侵襲由来の代謝性反応が大きく影響する。我々は以前、術後筋力低下が術直後の炎症性サイトカインと関連することを報告した(J Crit Care 2010)。そこで実際に術後の筋蛋白分解がどの程度発生し、また炎症性サイトカインや筋力低下とどのように関連するのか検討した。心臓外科術後患者41名を対象に、術後1日目から5日目まで24時間畜尿による尿中3-methylhistidine (3-MH)を測定した。その結果、3-MHは術後徐々に上昇し、4日目にピークアウトを認めた。術後5日間の累積値は術直後IL-6産生量、ならびに術後の握力や膝伸展筋力の筋力低下量と正の相関関係を示した。これらの結果より、術後筋力低下の程度は異化作用による筋蛋白崩壊に影響を受けることが示された。

関連文献

  1. Iida Y, et al. Predictors of surgery-induced muscle proteolysis in patients undergoing cardiac surgery, J Cardiol. 2016; 68:536-541.

心臓外科術後早期の機械換気補助による歩行中の呼吸困難感の軽減効果

労作時呼吸困難感は、心大血管外科術後(術後)の離床促進を制限する要因の一つである。一方で、機械的換気補助(VA)は心不全患者の呼吸筋仕事量を軽減し、換気効率や運動能力を改善させる。本研究では、術後早期のVAが効果的である症例の特徴を明らかにし、VAの効果を明らかにすることとした。術後初回歩行時にVA(Pressure support;3cmH2O)の有無(VA無;session A, VA有:session B)それぞれの歩行をランダムに順序を決定し歩行実施。session Bの呼吸困難感がsession Aよりも1以上低下し呼吸困難感が改善したものを“responders”、低下しなかったものを“non-responders”とした。解析対象となった56例の内18例(32%)が respondersであった。X-p scoreでは、respondersの肺うっ血scoreがnon-respondersと比較し有意に高かった。

関連文献

  1. Kamisaka K, et al. Mechanical ventilatory assist may reduce dyspnea during walking especially in patients with impaired cardiopulmonary function early after cardiovascular surgery, J Cardiol. 2016; 67:560-6.

心臓外科術後の神経筋電気刺激療法による骨格筋タンパク分解の抑制効果

心臓血管外科手術後は、手術侵襲に伴う筋タンパク異化の亢進により、骨格筋量が減少し身体機能が低下する。この筋タンパク異化の抑制方策が開発されれば、心臓血管外科手術後における身体機能障害の発生を予防できる可能性がある。我々は術後筋タンパク異化の抑制方策として神経筋電気刺激(NMES)を用いることを考案し、筋タンパク異化の指標である尿中3-メチルヒスチジン(3-MH)をアウトカムとした非ランダム化比較試験を実施した。その結果、手術翌日から離床介入に加えてNMESを実施した群の方が、離床介入のみを実施した群と比較して、術後の3-MHの上昇が有意に抑制され、術後の筋力低下度も少なかった。本研究によりNMESが心臓血管外科手術後の筋タンパク異化を抑制し筋力低下を軽減する可能性が示された。

関連文献

  1. Iwatsu K, et al. Neuromuscular electrical stimulation may attenuate muscle proteolysis after cardiovascular surgery: A preliminary study, J Thorac Cardiovasc Surg. 2017 ;153:373-379

心不全患者の退院遅延因子を探索する症例蓄積研究

心不全入院患者数は今後増加し続けると予想されており、入院日数の短縮は急性期医療の課題であるが、長期入院の関連因子は不明である。そこで、心不全患者における入院期間の関連因子を調査した。愛知厚生連海南病院に2013年4月から2014年12月までに入院した心不全患者144名(78.6±10.2歳、男性86名)を対象とし、入院時の病態因子、治療経過に関する因子、入院7日目の身体機能、精神・認知機能、社会的因子を調査・測定した。入院日数14日以上をアウトカムとしたロジスティック回帰分析の結果、入院日数14日以上は利尿薬静注日数、歩行速度低値、握力低値と独立して関連した。入院期において病態管理のみならず身体機能の管理の重要性が示唆された。

慢性心不全患者地域連携システム構築に向けた調査研究

本邦では外来通院が難しい高齢心不全患者が増加しており、在宅を中心とした地域連携システムの構築が急務である。しかし、その中核を担う在宅サービスを通じた心不全疾病管理の実状は不明である。そこで本研究では、名古屋市内の在宅医療・介護従事者を対象に在宅心不全管理の実態を調査した。名古屋市内の全ての訪問看護・介護ステーション1030施設に対し、郵送法によるアンケート調査を行った。263施設より回答を得た。在宅心不全管理の主な障壁は「中核病院からの情報提供」、「疾病管理に関する理解・知識」と回答した施設が最も多かった。都市部における在宅心不全管理において、訪問従事者は医療機関との緊密な情報連携の必要性を認識しているものの、その具体的方法論が構築できておらず、今後の対策が課題となった。