東京大学 医学部・大学院医学系研究科 衛生学教室
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研究内容

研究内容について

この分野ではがんを中心とした保健衛生上の課題に対し、ゲノム科学・情報科学の視点から適切に予防・治療等で介入するポイントを探索する研究を行っています。 がんや炎症・免疫疾患など多種の細胞によって構成される複雑系について、ゲノムレベルで多量のデータ計測を行うことによりその動態を明らかにし、介入可能な予防・治療ターゲットやバイオマーカーになりうる特異的現象の探索と疾患における意義について解析を行っています。 また多量・多次元のゲノム配列・画像等の生物情報のなかから次元圧縮・可視化等により本質的な情報を抽出し人が解釈するための人工知能を含めたバイオインフォマティックスの技術開発にも取り組んでいます。

免疫レパトア解析による個人の内的・外的免疫環境のプロファイル

ヒトリンパ球の抗原受容体遺伝子は体細胞組み換えによって多くの膨大な多様性を獲得します。 リンパ球集団の抗原受容体の全体を免疫レパトアと言いますが、次世代シーケンサー等のゲノム解析技術の進展によって個人の免疫レパトアのプロファイルが可能となってきました。 免疫レパトアはその個人がこれまで経験してきた病原体・食物などの外的要因、自己抗原やがん抗原などの内的要因による免疫履歴を表現すると考えられます。 我々は免疫レパトアの解析により個人の現在の疾病状態だけでなく過去の疾病や生活習慣といった保健衛生上重要な情報を抽出する手法の開発に取り組んでいます。 特に胃がんや胃粘膜組織を用いた免疫レパトア研究では、がんゲノム解析や微生物叢解析と統合することによりがん抗原やピロリ菌に対する免疫履歴の全体像を明らかにし、がんの予防や治療に役立つ情報を機械学習・ディープラーニングといった情報解析技術を用いて解析しています。またこの免疫レパトアデータから抗体を合成してがんの治療・予防につなげる試みも行っています。

 

がんゲノム解析による発がん要因や介入ポイントの探索

ヒトの臨床がん組織を用いて次世代シーケンサーを用いたがんゲノムの包括的理解に取り組んでいます。 がんゲノムの包括的シーケンシングによって直接の治療標的となるドライバー遺伝子だけでなく、個人の発がんの素因となる遺伝的背景や、変異シグネチャー解析による発がん要因となる環境因子など多くの情報が得られます。 これらの情報を包括的に捉え日本で保健衛生上重要ながんに関して適切な予防・治療に関する介入ポイントを探る試みをバイオインフォマティックスと実験的検証を併せることによって行っています。 スキルス胃癌のがんゲノムシーケンシングではRHOAドライバー遺伝子変異を同定し、また通常の胃癌と比較して変異シグネチャーが異なることを示すことにより発がんに至る要因が異なることを示しました。 現在はがん組織を構成するがん細胞・免疫細胞・血管間質細胞等の全体をシングルセル解析等のゲノミクス的視点で包括的に捉え、より高い次元での発がん・進展の要因や介入ポイントの探索に取り組んでいます。

病理組織画像解析による医療均てん化への貢献

膨大な生物情報の次元を圧縮して抽象化した本質的な情報を取り出すことは、多くの生物医学情報が溢れる社会では極めて重要な技術となりつつあります。 我々はがんの病理組織画像から、ニューラルネットワークを用いたディープラーニングの技術を用いてがんの本質的な情報を取り出し、これまで問題となってきた病理診断の均質化や地域均てん化に役立つツールの開発に取り組んでいます。 ディープラーニングのアプリケーション技術開発にも取り組み、独自性の高い解析技術で国際病理画像コンペでも実績を残してきました(Camelyon17)。 現在は病理組織画像情報とがんゲノム情報の統合的解析により、中小規模の医療機関でも可能なルーチンの検査から、拠点病院クラスでのがんゲノム医療に滞りなくつながるコンテンツの開発を行っています。 また、多数の症例の病理組織像を構造化してデータベース化し診断不明症例の類似組織画像検索を行うシステムの開発や、病理組織画像中の様々な細胞を網羅的に検出する技術の開発なども行っています。