こだまの(新)世界 / 文学のお話

ロバート・A・ハインライン『人形使い』


原題は Robert A. Heinlein, The Puppet Masters, (1951) で、早川の初版は1976年。これも『夏への扉』同様、SFマガジンの初代編集長、 福島正実訳。

ちなみに、ぼくの持っている文庫のカバーの裏には、3級らと撮った(撮ら された)初めてのプリクラなるものが貼ってある。

内容

・時代は2007年、場所はワシントンD.C.を中心としたアメリカ全土。

・主人公はCIAにも知られていない大統領直属の情報機関の一員(本名はエ リフ)。彼の皮膚下には個人通信器が埋められており、名前はボスのオールド マン(訳せば「おやじ」)によって、顔は変装部によって絶えず変えられる。

・オールドマンとサム(エリフの仮名)ともう一人の機関員、傾国の美女メ アリ(本名はアリュケーア)は、アイオワ州に着陸した国籍不明の宇宙船を調査 しに行き、すでにその周辺一帯が人間に寄生する地球外生物によって乗っ取ら れていることを知る。

・彼らタイタン生物--土星の第六衛星タイタンからやってきた--は、人間 や人間以外の動物に寄生し、宿主(ホスト)の意志の自由を奪い、宿主を意のま まに--宿主の知性だけではなく、記憶や感情までを自由自在に--操る。しかも、 タイタン生物は宿主の知識をそのまま引き継ぎ(しかも彼らは仲間に接触する ことで自分の宿主の知識を伝達する)、宿主に外見上はほとんど以前と変わら ぬ行動をさせ、秘密理に侵略行動を展開するため、アメリカ中の都市が脅威的 なスピードで彼らによって支配されて行く。

・オールドマンはワシントンに戻ると大統領に国家非常事態宣言を発令す ることを提案し、宇宙船が着陸した一帯を直ちに封鎖するように勧めるが、大 統領は彼の話をすぐには信じず、大統領が自身でタイタン生物を見てようやく 彼の話を信じたときには、--事態はおそるべき様相を呈していた。

・大統領が議会の決議を受け全権を掌握すると、直ちにタイタン生物に対 する一連の大作戦が立てられた。いまやアメリカ全土の約3分の1の地域がタイ タン生物の実質上の支配下にあり、ソ連や他の国々も彼らの侵略を受けていた のだっ。果して人類はおそるべきエイリアンに打ち勝つことができるのかっ。

感想

・軽快かつ爽快なタイムトラベル物SFの『夏への 扉』とは打って変わって、--しかし非常にアメリカ的、朝鮮戦争の起こり 愛国主義が高揚したアメリカ的--シリアスな侵略物SF。(ただし、こちらの作 品の方が『夏への扉』が出るより6年早く出ている)

・侵略してくる敵との闘争や恋愛を通じて主人公が父を乗り越えて成長す る、という展開は非常に古典的だが、名作が往々にしてそうであるように、こ の作品も古典的展開ながらも巧みな筆致で一気に読ませる力がある。さっすが ハインライン。

・とはいえ、たしかに自由意志の問題、魔女狩りの問題など、それなりに 考えさせられる部分もあるにせよ、ウィンダムの『 トリフィド時代』がイギリス的かつ思索的なのに比べて、この作品はあく までアメリカ・ハリウッド的=娯楽的である。

・ところで、この作品は58年に『脳を喰う怪物』という名でTV映画化され ているそうだが、『インディペンデンス・デイ』が好きな人はこの作品を大変 気に入るであろう。あの映画が嫌いだった人も、この作品をある程度は楽しめ るのではないだろうか。しかし、いわゆるタカ派が嫌いな人やアメリカの愛国 主義が嫌いな人はこの本に触れるべきではない。


名セリフ

オールドマン「その国のコミュニケーション・システムを抑えたものは、 国全体が抑えられるのだ」(p. 149)

オールドマン「生きのびるタイプのやつは必ず帰ってくる」(p. 169)

マッキルヴェーン博士「人類中心主義的、地球中心主義的、太陽系中心主 義的偏見です--あまりに偏狭な考えですよ」(p. 200)

オールドマン「わしは勘というものを、現在自分が持っていながら気づい ていないデータを基に、潜在意識レヴェルで自動的に推理した結果だと思って いる」(p. 290)

オールドマン「わしは運は信じない。運とは、天才の業績を説明するため に二流の連中の与えた名称なのだ」(p. 309)

メアリ「だってあなたは訊かなかったもの」(p. 316)


メモ

・ハインラインの作品は第二次世界大戦前を第一期、戦後60年代初めまで を第二期、それ以降を第三期と分けることができるようだ。彼は第二期にこの 作品以外には『地球の緑の丘』、『太陽系帝国の危機』(ヒューゴー賞)、『夏 への扉』、『宇宙の戦士』(ヒューゴー賞)などを発表している。

(ところで、彼が四度もヒューゴー賞(世界SF大会に参加したSFファンの投 票によって決められる)を獲得したのに、一度もネビュラ賞(アメリカSF作家協 会の会員の投票によって決められる)を獲得したことがないのは彼の評価を象 徴的に示しているのではないだろうか)

12/05/97-12/06/97

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Satoshi Kodama
kodama@socio.kyoto-u.ac.jp
Last modified on 12/07/97
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