書誌学的情報: The Best of Philip K. Dick, edited by John Brunner
1977.
ハヤカワ文庫の初版は1991年で、浅倉久志・他訳となっている。
とくに読みにくい訳はなかったように思う。
火星人との戦争で人類はかつての豊かな生活を奪われた。
地下シェルターに暮らすカリフォルニア地区の住民に残された楽しみといえば、
パーキー・パットという女の子の人形と古き良き時代の町の模型を使う
シミュレーション・ゲームだけ。
そんなある日、オークランド地区ではパットよりずっと成熟した女性人形を
使っているという噂が……表題作ほか、処女短篇「ウーブ身重く横たわる」
など鬼才ディックの傑作短篇10篇を収録
(裏表紙から引用)
上に引用したように、この本は10篇からなる短篇集。 どれもそれなりにおもしろいが、 中でもすばらしいと思ったのは、「変種第二号」、「にせもの」、「植民地」 の3篇。
「変種第二号」は、米国がソ連をやっつけるために開発した殺人機械が、 オートメーションの工場で人間の手を借りずに自己改良を繰り返し、 ついには人間と見分けのつかない姿のロボットとなって米国人をも殺戮する、 という物語。 おもしろいのは、逃げまわっている人間のうちに、 殺人ロボットが混っている、という筋書き。 結末は途中で見えてくるものの、 それでも「してやられた」と感じさせる展開である。
「にせもの」は、外宇宙から来たスパイだと疑われた主人公が、 それを否認する手立てを見つけられず、逃げまわるという物語。
「植民地」は、一見理想郷に見えた惑星に、 実はあらゆる無機物の擬態を行なうことができる原始的生物が住んでいて、 調査隊の一行は身の回りの道具類に化けた生物に殺される危険に陥る、 という物語。
これらはどれも、日頃Aであると思っていたものがAでなくなったために、 世界が一変して非現実的になる、という恐怖を巧みに描いている作品である。 「変種第二号」では、人間そっくりのロボットが登場したため、 自分以外は、だれが本当の人間なのかがわからなくなる。 また、「にせもの」では、 自分そっくりのロボットが地球に侵入したという情報が入ったため、 自分が自分であることを証明する手段がなくなる。 そして、「植民地」では、身の回りの道具類にそっくり化ける生物が登場したため、 どれが本物の道具で、どれが化物かわからなくなる。
考えてみれば、 『電気羊』も 『流れよわが涙』 も多かれ少なかれこのような手法が用いられており、 この「アイデンティティ喪失の恐怖」というのは、 ディックの十八番のようだ。
彼の長編、 たとえば『流れよわが涙』や『高い城の男』 などがなんとなく全体のまとまりが悪いのに比べ、 短篇は(当然だろうが)オチがきちんとついていて読後感が良い。 ディックに入門したい人にお勧め。特に「変種第二号」は必読。
ボブ「なにかを売りつける方法は買手の心に不安を植えつけることだ、 それが売る側の常道だ。不安感を植えつける--いやな臭いがしますねとか、 おかしな感じですね、とか言ってな」(401-2頁)
01/16/99-02/07/99
B