原題は Robert A. Heinlein, JOB: A Comedy of Justice (1984) で、早川の初版は1986年(斎藤伯好訳、ハードカバー)。翻訳は読みやすい。
わたしはアレックス・ハーゲンシャイマー、プロテスタントの敬虔なる牧師である。 そう、ポリネシアで火渡りの儀式を行なう前は。 "信仰さえあれば、誰にでもできる"と口ばしったばかりに、 二十五フィートもの長さの火床を歩く羽目になったのだ。 なんとか歩きおおせたものの、熱と煙は耐えがたく、 不覚にもわたしは昏倒してしまった。 そして、目覚めると世界は一変していた! 名前はアレック・グレアムに、 乗船していた〈コンゲ・クヌート〉号も機船から汽船に変わっている。 唯一の心のささえは、 前の世界には存在していなかった客室係の愛らしいマルガレーテだけだ。 妻ある身でありながら、わたしは彼女と恋におちた。 だが、初めて愛を交わした夜、 〈コンゲ・クヌート〉号は氷山にぶつかり、 わたしたちは裸のまま海に転落。 二人を救助したのは、なんとメキシコ王国沿岸警備隊-- またも世界が変わっていたのだ。 しかも、次元転換はこれが最後ではなかった……。
謹厳実直なプロテスタントの牧師が、 ヌード・スイミングもいとわぬデンマーク生まれの美女を連れ、 アメリカ各地を遍歴しながら送る、 次元転換また転換の狂躁たる冒険の日々-- 巨匠ハインラインが自由闊達な筆致で描きあげ、 全米で大絶賛を博したSF最新巨篇!
(カバーから引用)
確かにおもしろい。二日ほどで一気に読んでしまった。 聖書やキリスト教や北欧神話の勉強にもなるので、 娯楽小説を読むついでにキリスト教文化を理解したいという人におすすめ。
しかし、あまり知的興奮はない。 あくまで娯楽小説という感じが強い。 これは『夏への扉』でも感じた事。 だがその一方で、 『メトセラの子ら』や『宇宙の孤児』のように、 非常に知的興奮を覚えるものもある。 ハインラインはSF読者向けのものと 一般大衆向けのものを書き分けているのだろうか?
また、ヒロインの性格も『人形使い』と同じで、 男性が理想とする淑女の典型という感じでもの足りない。 ハインラインはあまり女性が出ないものの方が良いのかもしれない。 (ま、読んでない作品の方がまだ圧倒的に多いので、 わかったような口を利かない方が良いのだろうが)
といろいろけちをつけたが、おもしろいのは確かなので、 ひまな一日をつぶすのにはもってこいの小説だろう。 多少勉強にもなるし。 77才のおじいちゃんが書いたものにしてはすごいと言える。
アレック・グレアム: 「この世に"はず"というものはないのさ。 哲学の真髄は、先入観で宇宙を一つの形に押し込めるのを避け、 あるがままの宇宙を受け入れることなんだ」(92頁)
スティーヴ: 「"人物を見込んで貸す"ってやつだ。 金の貸し甲斐のある相手だよ、あんたは。 いつか--今年じゅうにでも、 二十年先でもかまわないが、 将来あんたが文無しで腹ペコの若いカップルに出くわしたら、 そのときは今のおれと同じ条件で二人に晩飯をおごってやってくれ。 そうすりゃ、おれに借りを返したことになる。 そして、その二人がまたいつか同じことをすれば、 あんたに借りを返したことになる。いいね?」(180頁)
ジェリー(サタン): 「議長閣下、人間のやることはほとんど馬鹿げたことばかりです。 ただし人間には、愛する者のため、信じることのためなら、 雄々しく耐え、勇敢に死ぬ能力があります。 その信仰が正しいものでなく、その愛情が適切なものでなくとも、 その勇敢さと雄々しさは評価すべきです。 これらは人間独自の特質であり、 人類の創造主からもたらされたものではありません。 創造主みずからには、そのような特質はないのですから-- これはわたしがよく知ってます、自分の兄のことですからね…… そして、そのような特質はこのわたしにもありません」(373頁)
05/18/98-05/19/98
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