ダブル・スタンダード

(だぶるすたんだーど double standard)


複数の人・集団に対して不当な区別を立て、 異なる基準を適用すること。二重基準、二重標準。 代表的な例は男女に異なる性道徳を適用すること (たとえば、男性の婚前交渉は非難されないが、 女性の場合は非難されるなど)。 「それはダブル・スタンダードだ」というのは通常、人を非難するのに使われる。

法と同様、道徳においても「同様の事例は同様に扱え(Treat like cases alike)」 という原則は基礎的な原理として考えられている。すなわち、 合理的な根拠がないかぎり、 二つの事例を異なる仕方で扱うことは不道徳だと考えられる。

たとえば、トマス・ハーディの『テス』において、 新郎のエンジェルが新婦のテスに結婚前の性交渉について語ったあとで、 テスが過去の性交渉について語ったとたん、 激怒して結婚の破局を宣言する。 この場合、エンジェルは「男性の婚前交渉は許されるが、 女性の婚前交渉は許されない」あるいは 「自分の誤ちは許されるが、他人の同様な誤ちは許されない」 というような基準を用いていると思われる。

しかし、男女平等が浸透している今日においては、 エンジェルのような「男性の婚前交渉は許されるが、 女性の婚前交渉は許されない」 という考えは根拠のない男性の身勝手な基準だと考えられる。 また、「自分の誤ちは許されるが、他人の同様な誤ちは許されない」 というのが正当化されないのは、このような基準が普遍化しえないことから 当然のものとみなされる。
(普遍化については指令主義を参照せよ)

その一方、同様の事例を同様に扱わないのが不正であるのと同様、 異なる事例を同様に扱うのも不正だと考えられる。 たとえば、男女平等を主張して女性に出産休暇を与えない会社や、 学生に学生割引を与えない映画館や古本屋や、 貧乏人からも金持ちからも同じだけ税金を取る制度である消費税などは、 まことにけしからん。なんとかしてくれ。

とはいえ、何が「不当な区別」なのかは難しい問題であり、 たとえば金持ちの学生に学生割引を与えるのは不当な優遇ではないのか、とか、 ある集団を別の集団よりも優遇するアファーマティヴ・アクションは 人を個人的能力ではなく特定の集団に属することによって 区別する不当な政策ではないのか、などの問題がある。

まとめると、 ダブル・スタンダードとは「不当な区別」によってある個人や集団を 別の個人や集団よりも優遇することであるが、 何が「不当な区別」になるかは通常、議論の対象になる。

21/Aug/2001


他のダブルスタンダードの例としては、 英米諸国の中東政策の批判において用いられるものがある。 この批判によれば、英米諸国は中東のテロ活動について非難し、 クウェイトを侵略したイラクに対してはいまだに空爆を行なっているが、 パレスティナに対するイスラエルの「テロ活動」については非難するどころか、 経済的・軍事的に支援さえしているとされる。 このダブルスタンダードが中東諸国では非常に不人気であることは言うまでもない。

01/Nov/2001追記


KODAMA Satoshi <kodama@ethics.bun.kyoto-u.ac.jp>
Last modified: Fri Jan 28 03:43:18 JST 2000