(あふぁーまてぃう゛あくしょん affirmative action)
社会改革によって人種差別や男女差別が廃止され、 たとえば入学試験や就職試験の場面において 人々が平等に扱われるようになっても、 これまでの不平等な扱いが原因(たとえば、不十分な教育や貧困)で、 差別を受けていた人々はけっきょく公平な競争に参加しているとは 言えない場合がある。
アファーマティヴ・アクション(積極的差別是正措置)とは、 このような事態を改善するための方法の一つである。 どうするかというと、 たとえば大学試験において一定数の女性をかならず合格させるというように、 これまで差別待遇を受けていた人々を逆に優遇することにより、 今後の競争がより公平になることを目指す。
[英国ではpositive discriminationと呼ばれる。 日本では「ポジティヴ・アクション」という和製英語も使われているようだ] [06/Jul/2001追記: ポジティヴ・アクションは和製英語ではなく、 英語でも使われる表現のようだ]
アファーマティヴ・アクションは、いわば、 「差別をなくすための差別」と言える。 たとえば「選挙の立候補者は、どの政党も男女同数にしなければならない」 (あるいは「女性7割、男性3割」)という法律を作った場合、 男性は「それは逆差別(reverse discrimination)だ」と言うかもしれない。 しかし、 かりにもしそのような措置を取らないでいたら 政治家の9割が男性になってしまうとすると、 若い女性は政治家になろうという気をそがれてしまうだろう。 そこで、アファーマティヴ・アクションは、 今後の不平等をなくすための一種の必要悪として存在するわけである。
[追記: アファーマティヴ・アクションの主な論拠は、 (1)機会の平等、(2)社会的効用(女医は女性をよく理解し、 黒人弁護士は黒人をよく理解するといったように、 特定の社会集団にとって適当な人材を用意できる)、 (3)過去の差別にたいする補償、 (4)象徴的な意味 (マイノリティが排除されない社会であることを アファーマティヴ・アクションを実行することによって宣言する)、 (5)模範的意味 (これまでマイノリティに閉ざされていた職業にマイノリティの場所を確保する ことにより、後続の人々に見本(role model)を示す)など (Wolff 1996, 208-9)]
アファーマティヴ・アクションに対する反論の一つに、 この方法では差別はなくならない、というものがある。 というのは、たとえばアファーマティヴ・アクションによって 女性の雇用を助長した場合、同僚の男性は、 「女性は実力でなくって、優遇措置で入社した」と考え、 本当に実力で入社した女性も軽んじて見るかもしれない。 また、女性(とくに才能のある女性)もこのような措置を 女性を低く見るものとして考えるかもしれない。
上の反論は、次のようにも言える。 アファーマティヴ・アクションは、人を個人としてではなく、 「黒人」や「女性」というグループの一員として扱うことになるが、 このような見方はまさに黒人や女性を差別する人々の見方であり、 アファーマティヴ・アクションはかえって差別を助長する側面がある。
18/May/2001