科学研究費補助金の実績報告書

最初に書いた研究計画調書はここにあります。


平成11年度

研究実績の概要

今年度は、 ジェレミー・ベンタムの徳に関する見解および自然権論批判を中心に研究し、 その成果を論文として発表した。 今年度の補助金は、 主に上記の研究を遂行するための文献の購入費に当てられた。

1. ベンタムの徳に関する見解についての論文は 『実践哲学研究』第22号に掲載された。 この発表および論文では、 これまであまり研究されることのなかった ベンタムの『義務論』(Deontology)を主なテキストとして用いて、 まず(1)ベンタムの功利主義思想における徳の位置付けを簡潔に説明し、 次に(2)とりわけ、倫理学では古くから問題になる徳と幸福の関係について 彼がどのような見解を抱いていたかを詳しく検討した。 なお、この研究を遂行するにあたって、 補助金を用いて英国倫理思想に関する文献(辞書類を含む)を多数購入した。

2. ベンタムの自然権論批判に関しては、 「ベンタムの自然権論批判--法実証主義者としてのベンタム--」 という題名の論文を現在執筆中である。 この論文では、 ベンタムの法実証主義者としての側面に焦点を合わせ、 彼の自然権論批判がもっとも凝縮した形で示されている 『無政府主義的誤謬』(Anarchical Fallacies) という著作を中心に彼の議論を検討し、 以下の結論を得ている。 「ベンタムにおける法実証主義の根底にあるのは、 『権利』や『できる』などの法の言語によって 道徳の議論を表現することに対する批判である。 このような言語的な混同が生じると、 政府や法の道徳性を評価する合理的な議論が不可能になり、 また、法を批判し改善していく試みも困難になる。 彼は自然権論に不可避的に伴うこれらの困難を見抜き、 こうした困難を逃れることができる規範的理論を求めて、 功利主義を構築することに向かったと言える」。 なお、この研究を遂行するにあたっては、 補助金を用いて法実証主義および自然権論(権利論)に関する文献を多数購入した。


キーワード

  1. ジェレミー・ベンタム (ベンサム)
  2. 功利主義
  3. 『義務論』(Deontology)
  4. 徳と幸福
  5. 『無政府主義的誤謬』(Anarchical Fallacies)
  6. 自然権論批判
  7. 法実証主義

研究発表

雑誌論文

図書

なし。


平成12年度

研究実績の概要

今年度は、昨年度に引き続きジェレミー・ベンタムの功利主義・自由主義思想 を中心とした道徳・法・政治哲学を研究し、その基礎研究をもとに、主に生命 倫理学の分野において論文を発表した。今年度の補助金は、主に上記の研究を 遂行するための文献の購入費に当てられた。

1. 生命倫理学の分野における研究として、(1)「有効なすべり坂論法とは何 か?」(2)「判断能力に関する最近の研究動向――リスク相関的な判断能力基 準をめぐるBioethics誌上の論争について――」(3)「ボクシン グ存廃論」を論文として発表した。(1)では、生命倫理学の議論において多用 されるすべり坂論法(たとえば、羊のクローンを認めたら、いずれ人間のクロー ンも認められることになるので、羊のクローンを認めるべきではないという論 法)についての分析を加え、どのような条件のもとであればこの論法が有効で あるのかを詳しく検討した。(2)では、インフォームド・コンセントの前提と なる判断能力の有無の基準について、最近の研究動向を紹介すると同時に、今 後の課題となる問題点を指摘した。(3)では、パターナリズムの一例としてし ばしば問題になるボクシング存廃論について、「当事者同士の同意があるなら ば、ボクシングのようにお互いに危害を与えあう行為であっても、法によって 禁止すべきではない」という自由主義的な主張の是非について検討した。なお、 これらの論文を執筆するにあたって、補助金を用いて生命倫理学および自由主 義の基礎文献を多数購入した。

2. ベンタムの功利主義思想に関しては、彼の思想の集大成である『憲法典』 (Constitutional Code)を中心に、彼の民主主義論、憲法論を研 究中であり、近く口頭発表および論文の形で公表する予定である。圧政を防ぐ 手段としての世論および普通選挙を強調した彼の民主主義論を研究することは、 現代の民主主義が抱える問題を考察する上で重要な示唆を与えるだけでなく、 彼の功利主義を理解する上でも多くの洞察を提供すると思われる。なお、この 研究を遂行するにあたっては、補助金を用いて法・政治哲学に関する文献(辞 書類も含む) を多数購入した。


キーワード

  1. ジェレミー・ベンタム
  2. 功利主義
  3. 自由主義
  4. 生命倫理学
  5. すべり坂論法
  6. 判断能力
  7. 『憲法典』(Constitutional Code)
  8. 民主主義

研究発表

雑誌論文

図書

なし。


平成13年度

研究実績の概要

今年度は、昨年度に引き続きジェレミー・ベンタムの功利主義・法実証主義思 想を中心とした道徳・法・政治哲学を研究し、それを論文として発表するとと もに、生命倫理学や環境倫理学の分野においても論文を発表した。今年度の補 助金は、主に上記の研究を遂行するための文献の購入費に当てられた。

1. ベンタムの功利主義・法実証主義思想に関しては、「ベンタムの自然権論 批判」を論文として発表した。この論文は、自然権や道徳的権利についてのベ ンタムの批判を今日の動物権利論を例にとって分析するものであり、「道徳の 言語と法の言語の混同を避けるべきだ」とするベンタムの主張が今日的な意義 を持っていることがこの分析を通じて示されている。なお、この論文を執筆す るにあたっては、補助金を用いて法・政治哲学に関する文献を多数購入した。

2. 生命倫理学・環境倫理学の分野における研究としては、(1)「英国のシャム 双生児裁判」(2)「ダイアン・プリティ裁判: 積極的安楽死を求める英国のMND 患者」(3)「ベン・A・ミンティア――プラグマティストに内在的価値を?」を 論文として発表した。(1)では、英国で先年起きたシャム双生児の分離手術の 是非をめぐる裁判過程を検討し、そこで問題になった倫理的問題――とりわけ 親の代理同意の限界とその根拠、および生命の神聖さと生命の質の対立の問 題――を深く掘り下げて論じた。また(2)では、英国で昨年から大きな論争を 起こしているMND(運動ニューロン病)患者の安楽死裁判の経過を簡潔に紹介し、 そこに含まれている生命権の解釈の問題を指摘した。最後に(3)では、従来水 と油とされている環境プラグマティズムの立場と内在的価値の立場の調停を試 みる論文を紹介し、功利主義と権利論という対立軸が環境倫理学においても存 在することを指摘した。なお、これらの論文を執筆するにあたって、補助金を 用いて生命倫理学と環境倫理学の文献を多数購入した。


キーワード

  1. ジェレミー・ベンタム
  2. 功利主義
  3. 法実証主義
  4. 生命倫理学
  5. 環境倫理学
  6. 動物権利論
  7. 生命の神聖さ
  8. 自然の内在的価値

研究発表

雑誌論文

図書

なし。


平成14年度

研究実績の概要

今年度は、ジェレミー・ベンタムの功利主義に基づく政治思想を中心に研究し、 それを論文として発表するとともに、生命倫理学の分野においても論文を発表 した。今年度の補助金は、主に上記の研究を遂行するための文献の購入費に当 てられた。

1. ベンタムの政治思想に関しては、「功利主義による寛容の基礎づけ――ベ ンタムの同性愛寛容論を手がかりにして」という論文を発表した(校正中)。こ れは、功利主義がしばしば「多数者(世論)の専制」を許す政治理論だという批 判に応えて、ベンタムが功利主義を基礎にした同性愛の寛容論を展開しており、 その中でミルの他者危害原則にあたるものを使用していたことを指摘するもの である。なお、この論文を執筆するにあたっては、補助金を用いて法・政治哲 学に関する文献を多数購入した。

2. ベンタムの功利主義・自由主義思想の応用として、生命倫理学の分野で、 (1)「ボクシング存廃論の再検討――ボクシングと自由主義の限界」(校正中)、 (2)「倫理学的視点から見た性教育の問題点」、(3)「ピーター・シンガー 「Ms Bとダイアン・プリティ: コメント」、ジョン・キーオン「Ms Bの事件: 自殺のすべり坂か?」」の三つを論文として発表した((2)および(3)はインター ネット上で閲覧可能。近日中に資料集として発行予定)。(1)はプロボクシング を廃止すべきかどうかという議論を素材にして、個人が自己決定できる範囲を 検討するものである。(2)は最近の性教育に関する問題を取り上げて、情報が 行為に与える影響と帰結について考察したものである。(3)は英国の安楽死事 件をめぐる功利主義的立場と義務論的立場の対立を紹介したものであり、これ をもとに日本生命倫理学会で発表を行なった。なお、これらの論文を執筆する にあたって、補助金を用いて生命倫理学の文献を多数購入した。


キーワード

  1. ジェレミー・ベンタム
  2. 功利主義
  3. 自由主義
  4. 寛容論
  5. 多数者の専制
  6. ボクシング存廃論
  7. 性教育
  8. 安楽死

研究発表

雑誌論文

図書

なし。


平成15年度

研究実績の概要

今年度は、ジェレミー・ベンタムの功利主義に基づく政治思想を中心に研究し、 それを口頭で発表したものをベースにした論文を現在校正中である (『公共性の哲学を学ぶ人のために』に収録)。また、 功利主義的立場から生命倫理における臓器移植の問題について 学会発表を行ない、発表に基づいた論文を現在執筆中である。

1. ベンタムの政治思想に関しては、口頭発表に基づき、 「何のための政治参加か--19世紀英国の政治哲学に即して--」 という論文を現在校正中である。 これは、ベンタムやジェームズ・ミル、 ジョン・ステュアート・ミルの政治思想をもとにして、 デモクラシーにおける二つの政治観(経済学的な理解と、 参加や討議を通じた公共心の育成を強調する理解)を対比的に描き出し、 政治参加における公共精神の役割を検討するものである。

2. ベンタムの功利主義思想の応用として、生命倫理学の分野で、 「慢性的な臓器不足問題についてのささやかな提案」という 口頭発表を学会で行なった。これは、 富の再配分の問題に関するベンタムの議論を参考にして、 現在見直しが喫緊の課題となっている脳死・臓器移植法に関する 提案を行なうものである。 とくに、今日の英米圏で問題になっている限定的市場化や 臓器提供の義務化の議論を検討し、 提供臓器の慢性的不足を解決するために提案されている 臓器移植に関する推定同意制、報償制度、市場化、義務化の持つ 倫理的問題について、比較検討を行なった。 現在、この発表に基づいた論文を執筆中である。


キーワード

  1. ジェレミー・ベンタム
  2. 功利主義
  3. 公共精神
  4. 医療資源の配分
  5. 臓器移植

研究発表

雑誌論文

なし。

図書


KODAMA Satoshi <kodama@ethics.bun.kyoto-u.ac.jp>
Last modified: Tue Mar 9 23:05:52 JST 2004