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がん医療フォーラム 香川 2018 がんになっても幸せに暮らそう~ちゃんと決めまい自分のこと~
【第2部 フォーラム】がんになっても幸せに暮らすための準備
家に居る、地域で暮らすという選択

三宅 敬二郎さん(在宅診療敬二郎クリニック 院長)
三宅 敬二郎さん写真
三宅 敬二郎さん

在宅診療で患者さんとご家族を支える

クリニック名にあるとおり、在宅診療を行っています。ご自宅や施設、地域で暮らしたいという患者さんを支援しています。もともと外科医でしたが、ある脳血管障害をお持ちの患者さんが、「家に帰りたい」ということでお家に帰りました。看護師、理学療法士、ご家族と一緒に患者さんを支えて、3年ほど家で過ごしていらっしゃいました。その後がん・神経難病などの患者さんも「家で過ごしたい」という方が多くいらっしゃったことから開業に踏み切り、現在は在宅診療に特化しています。香川県では在宅を専門にしているクリニックは現時点では1つしかありません。

これまでもお話がありましたが、がんの治療は手術、抗がん剤治療、放射線治療の3大治療、緩和ケアも初期から並列して行われる治療です。免疫チェックポイント阻害薬をきっかけに免疫療法も注目されています。ただ、それ以外の治療で、根拠のない治療法を自費や民間療法として、行っているところもあります。これには注意しなければいけません。

病初期からの緩和ケアが必要

かつては、緩和ケアは「がんの治療ができなくなったときに行われるもの」と考えられていました。そうではなくて、現在はがんの治療の初期から、がんによるつらい症状をとるように、治療と並行して行われます。そして、患者さんが亡くなったあとも「グリーフケア」といって、遺された遺族へのケアも重視されています。「自宅で過ごしたい、地域で暮らしたい」という方を支援し、遺族のケアを行っています。緩和ケア病棟はがん患者さんとAIDS(後天性免疫不全症候群)の方しか利用できませんが、どんな病気の方でもつらい症状はあります。

ある40歳代の膵臓がんの患者さんは、がんだけではなくバージャー病という血管の難病もあり、義足を使っていました。義足を使って通院していたのですが、通院ができなくなりました。そんなときに初めて私に連絡がありました。訪れると「もう楽になりたい」というメモが置いてありました。こんなことがないように、緩和ケアは病気の初期から最後まで途切れることなく提供されなければなりません。

病院やクリニックでは患者さんの生命兆候(バイタルサイン)として血圧や脈を測ったりします。実はバイタルサインには痛みや苦悩も含まれます。こうしたことも解決していかなければいけません。私は、患者さんが亡くなったあとにご遺族にお手紙を書くのですが、あるご遺族から返事をいただきました。主治医の医師から「緩和ケア」に行くように言われましたというのが、緩和ケアが「棺桶屋」に聞こえて、いやな思いをしましたが、在宅で過ごすようになって、在宅の先生にお会いするのを楽しみに生活されていたそうです。

本人に加えて家族も、体だけでなく心もケアしていくこと

国立がんセンターの元総長の垣添忠生先生は、ご自宅で奥さまを看取ったご経験から、全国を行脚して、在宅医療の普及や、遺された遺族へのグリーフケアの大切さを伝えていらっしゃいますが、残念ながらグリーフケアはまだ十分普及していませんし診療報酬上でも認められていません。

当院では、まず生きているときに、体だけでなく心もケアすること、本人だけでなく家族もケアすることがグリーフケアの第一歩と思い実践しています。その他、亡くなったあとにご自宅に伺ったり、お手紙を出したりしています。そして当院が地域にあることがグリーフケアだと考えています。巡回するクリニックの車を見て声を掛けてくれたり、数年たって遺族が訪れてくれたりすることもあります。亡くなった後も、その方が通っていたデイサービスに遺族の方が訪れて、在りし日の頃のお話をすることもあります。

講演の様子写真
講演の様子

最後の時間をどう迎えるか

シシリー・ソンダースという「現代ホスピスの母」と呼ばれているイギリスの女医さんがいらっしゃいます。彼女が言った言葉に、「人がいかに死ぬか、ということは、遺される家族の記憶の中にとどまり続ける。最後の数時間に起こったことが、遺される家族の癒やしにも、悲嘆の回復の妨げにもなる」とあります。

最期を迎えるのは悲しいことですが、そのときにどのように迎えるか、ということがとても大切なことなのです。

若くして乳がんで亡くなった著名人の方がいらっしゃいました。お家に帰って、1か月過ごして家族に看取られました。息を引き取るときに、ご主人に「愛してる」という言葉を掛けたそうです。亡くなったのは残念なことですが、心の中でこの言葉は残り、癒やしにもなっていると思います。

緩和ケアを必要な時期に、安心できる場所で

「緩和ケア」というと、「緩和ケア病棟」をイメージするかもしれませんが、緩和ケア病床はそれほど多くはありません。緩和ケアが当たり前の治療やケアでなければならないと思います。すべての医療関係者ができ、専門的な医療やケアとつながりながら、必要な時期に提供できることが重要です。終末期の緩和ケアとして最終段階が近づいたときに、在宅か入院か、入院の場合には個室かどうかを選びます。たとえ在宅にいってもずっと在宅だけ、というわけではありません。必要があれば入院し、入院の必要がなくなればまた在宅へ、というように。ホスピスに入っても家に帰れるのであれば在宅へ、こういったことが大切だと思います。がんの患者さんの次に老衰の方も在宅で多く看取ります。老衰の方の多くは、いろいろなことがだんだんとできなくなっていき、枯れていくように亡くなっていきます。というお話をします。病気ではない、天寿を全うされた、とお話しし死因は老衰で、とご説明するとほとんどのご家族は納得されます。当院での自宅看取り率は約90%であり、ほとんどの方が最期まで住み慣れた地域で生活できているといえます。

ACP(事前指示)の大切さ

ACPについて、心臓マッサージや人工呼吸などの蘇生措置をしない(DNAR)、最終段階に近いときの医療行為として輸液や透析などを行わないことに加えて、「どこで暮らしたいか」「どう過ごしたいか」「何が大切なのか」ということなのです。独居の患者さんで、家のネコとどうしても最後まで一緒に暮らしたいという方がいらっしゃいましたが、その望みは叶いました。こうしたことを話し合っていくのがACPですし、自分だけで決めるのではなく、家族も含めていろいろな方と決めていくプロセスが大切です。

大切なのは、死ぬことばかりを考えるのではなく、残された人生をどのように暮らすか、ということを考えることがACP、自分の生き方を考えるということだと思います。

厚生労働省でも「終末期医療」という言葉から「人生の最終段階における医療」と位置づけています。自分の生き方を考えていきましょうという考え方が広がっています。「エンディングノート」として、自分のこれからの人生の過ごし方を書きとめたり、自治体でノートをつくったりするなど、関心を持つ人が増えています。

筋ジストロフィーという難病を抱えた独居の患者さんは、自分で動くことが食べることができず胃ろうで栄養を補給し、呼吸もできないので人工呼吸器を付けています。彼を支えるのは在宅医、訪問看護師のほか、理学療法士、歯科医、介護士、薬剤師、ケアマネジャー、訪問入浴介助など多職種です。来てもらうだけでなく病院や施設に出向いてサービスを受けます。「街全体が病院」と言って良いでしょう。自分が住み慣れた地域、自身のベッドにいながら、患者さんだけでなく家族も24時間365日支えるのが在宅医療だと思います。

子どもにがんのことを伝える

若いがん患者さんを診ることも珍しくありません。その時に、ご家族の一員のお子さんに病状や今後のことについてお話しすることもあります。

ご本人の告知という問題だけでなく、どのようにお子さんにお伝えするかということが問題になることがあります。例えばこんなふうにお話ししています。胃がんの末期のお母さんをもつ、4歳の男の子でした。

  • 人間が小さい細胞の集まりでつくられていること
  • がんが体のなかでふえてきて、痛いこと、やせてきていること、食べられなくなっていること、弱ってきていること
  • でもママの体の中には正義の味方がいて、がんと戦っているということ
  • どうしてがんができたかは、わからない。きみのせいではないということ、うつらないこと
  • 勝つかもしれないし、負けるかもしれない。勝つようにお祈りしてあげてね。ママが好きなことをしてあげてね
  • 戦っているママは疲れたり、ぐったりするかもしれない。そんなときは触ったり、撫でてあげたりしてね
  • きみは一人じゃない、パパもきょうだいもみんないるということ
  • ママが病気に勝ったら、またあそべるよ、一緒に外にいける
  • でも、もし負けたときは、ママとお別れで、ママは天国に行くんだ。お空からきみを見守ってくれるよ

このお話をしてしばらく経って、お母さんは亡くなりました。男の子は、私に「ママは天国に行ったんだね」と言ってくれました。

在宅に向けた話し合いの時期

在宅で亡くなることはまだまだ一般的ではないかもしれません。退院前に病院でカンファレンスをして、在宅での医療やケアについて話し合いをします。診察や訪問日数は少なくても自宅で安心してグッスリ休んでいると、たとえ亡くなるまでの期間が短くても家族の方も喜んでいらっしゃいます。

しかし、病院に入院している方が、在宅の準備をしていても、間に合わなくて亡くなってしまうことがあります。

「いつ意思決定をすればよいか」ということがありますが、病気にはいろいろな経過があります。がんという病気は、最期が近い時期まで、比較的元気に過ごしていらっしゃる方も多いので、急に具合が悪くなるといろいろなことを話し合って決めていくこと、ACPができなくなります。ですので、早めにやることが大切です。"Hope for best, prepare for worst(最善を祈りつつ、最悪のことにも備える)"という考え方が大事です。サプライズクエスチョンといって、「この方が1年以内に亡くなるとしたら、驚きますか?」という質問に「驚かない」という場合には、ACPを考えたほうがよいと思います。

人が亡くなるときには、病気だけではなく、災害もあれば、事故も天災もあるかもしれません。ですから、病気や障害がなくても時にはACPのことを考えてみられるとよいと思います。

最期が近い時期を、住み慣れたところで、いつでも、いろんな病態に対応してくれて、外来と同じように在宅でも診てくれる、敷居が低い、最期まで診てくれるというのがよい在宅医の条件だと思います。

在宅での安心感と信頼関係

ある肺がん末期の男性の患者さん、最期まで住み慣れた家で暮らしたいとおっしゃっていました。

  • それまで病気の苦しさから「早く死にたい」と思っていたが、在宅で医療を受けるようになってからは「生きる勇気ができた」と言えるようになった
  • その後、奥さんに見守られながら、自宅で安らかに旅立っていった

患者さん、家族との密接な関係のもとで信頼と安心が生まれるのが在宅医療です。 開業以来、市民の皆さまに送り続けた「お家に帰ろう、を応援します」というメッセージを達成するためにこれからも在宅医療に取り組んでいきます。

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掲載日:2018年5月28日
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