がんの在宅療養ガイド 研修会 沖縄 2016
【基調講演】「ご家族のための がん患者さんとご家族をつなぐ在宅療養ガイド」作成の経緯とこれからの展望
講演の様子
がんに関する情報を患者さん、ご家族に届ける
私はもともと内科医としてがんの患者さんの診断と治療、療養まで、長い期間おつきあいすることが多くありました。そうした中で、病気や治療、療養に関する情報が大切ではないかと考えたことから、患者さんやご家族、そして医療関係者向けの情報づくりに関わってきました。
日本では現在、年間36万人の方ががんで亡くなり、新しくがんと診断される方が85万人いらっしゃいます。2人に1人が生涯のうちにがんにかかる現代においては、がんにかかることは特別なことではない、むしろがんになることを前提とした社会づくりや仕組みづくりが求められているといえます。
このような状況から2006年に「がん対策基本法」が成立して、国のがん対策の方向性を決める施策である「がん対策推進基本計画」が2007年に策定されました。ここには、患者さんが必要な情報をまとめた「患者必携」をつくって、がん診療連携拠点病院など、がん診療を行っている医療機関に提供していくことが盛り込まれました。さらに、こうした情報をすべてのがん患者さんとご家族が入手できるようにすることが目標とされ、情報をきちんと届けて活用していただけるようになることが視野に入れられています。
情報の「場」をつくる
私はこのプロジェクトに関わり、患者さんが必要とする情報の要素を私なりに考え、病気あるいは治療についての情報を提供する冊子「患者必携 がんになったら手にとるガイド」、さらに患者さんが知りたいこと、わからないことを整理して医療者との対話に活用できる書き込み式の「わたしの療養手帳」をつくりました。これらは国立がん研究センター「がん情報サービス」のウェブサイトで公開されていますし、書店でも購入できます。
病気の知識については全国どこでも大きく変わりませんが、どこの窓口に相談して、どの病院にかかればいいのかといった情報はお住まいの地域ごとに異なります。そこで、地域の具体的な情報を盛り込んだ「地域の療養情報」の作成をご提案させていただきました。現在、全国で作成が進められています。ここ沖縄では「おきなわがんサポートハンドブック」として、改訂や更新を経て、県内の相談窓口や療養に役立つ情報がまとめられています。
総論的な情報に加えて、地域の具体的な情報が伝わることによって、がん医療や患者さんの支援に関わる方が出会う情報の「場」ができ、実際の療養支援が変わっていくことで、がんと向き合うための情報を充実させていくことができると考えています。こうした場が医療者や療養を支援する人たちとの対話のきっかけになると思います。情報がつくられ、いろいろなご意見が寄せられて更新、改訂されていく中で、より役立つ情報、活用しやすい情報になっていきます。こうした地域の情報や冊子は、各都道府県のサイトで掲載されて利用されています。
在宅療養を支える情報づくりと顔の見える連携づくり
地域におけるチーム医療やケアは、患者さんとご家族、多職種の方がともに歩んで療養を支えます。患者さんの個々の状態や地域の特性によって、チームのつくり方は変わってくると思います。地域の情報に関しては、その地域にどういった医療機関があり医療や介護の資源があるのか、さらに地域の歴史・風土・文化・死生観なども考えながら、情報をつくっていく必要があると考えています。患者さん、ご家族、地域のニーズをまとめて情報をつくっていくことから始まり、現場での支援、患者さんやご家族を支える仕組みづくりがサイクルとして回っていくようになって、役に立つ情報が育っていくのではないかと考えています。
がんと診断されたときの情報づくりの活動のさなか、「緩和ケアを含んだ在宅での療養を考えるときに役に立つ情報をつくってほしい」という声が多く寄せられました。そこで2012年以降、緩和ケアと療養支援に関する情報づくりのプロジェクトがはじまりました。2015年には「地域におけるがん患者の緩和ケアと在宅療養情報 普及と活用プロジェクト」のホームページを立ち上げ、「ご家族のための がん患者さんとご家族をつなぐ在宅療養ガイド」(2024年に新版を発行しました)の普及と活用に向けた取り組みを進めています。このガイドの内容はウェブサイトで全文ご覧いただけますし、今後、書籍として書店でも購入できるように準備を進めています。
このガイドをつくるにあたっては、ご家族・患者さん・ご遺族、現場の医療者、医療ソーシャルワーカー、ケアマネジャーなど療養支援に関わる方に、企画の段階からご意見を伺いました。試作段階で内容のチェックもしていただきました。患者さん、ご家族からは「読みやすさ」「親しみやすさ」「あまり怖くない書き方に」といったご意見もいただきました。
がんの在宅療養の情報を地域に届ける
情報は、それを必要としている方たちの手に届き活用されて、初めて生きた情報になります。その意味で、今後は「在宅療養ガイド」の普及に取り組んでいきたいと考えています。「地域におけるがん患者の緩和ケアと療養情報 普及と活用プロジェクト」のウェブサイトでは、「在宅療養ガイド」の内容だけでなく、作成に至った背景や、ご協力いただいた方々として、実際に療養や看取りを支えたご家族をはじめ、当事者の立場の方からからいただいたメッセージなどもご覧いただけるようになっています。
2015年11月に全国のがん診療連携拠点病院に「在宅療養ガイド」の見本をお送りし、内容や活用方法についてアンケート調査にご協力いただきました。その結果、「在宅療養ガイド」はご家族、医療介護福祉スタッフ、そしてご本人のいずれにとっても、おおむね「役に立つ」と評価をいただきました。加えたほうがよい情報としては、「在宅の導入時期から看取るまでの過程をわかりやすく示す」「在宅に必要な介護用具を具体的に紹介する」「在宅療養の継続が難しくなった場合の入院に関して記載する」「在宅療養を始めるにあたっての段取りを示す」といったご提案をいただいています。
普及のためのご意見やご提案として、「病院だけではなく、診療所や薬局、市区町村の窓口、図書館、在宅介護支援センターなどでも閲覧できるとよい」「さまざまな関係者が勉強会や研修会で理解を深める」などのアイデアもいただきました。このアンケート結果はウェブサイトでもご紹介しています。
住み慣れた地域で、その人らしい生活を維持しながら、身近な場所で過ごすための仕組みをつくりあげるとき、医療・看護・介護・福祉をはじめとするいろいろな職種の方たちが、患者さんやご家族の思いに寄り添って議論していくことが大切です。この研修会を一つのきっかけとして、沖縄県で在宅療養するがん患者さんとご家族を支える情報の共有と連携の必要性について、ご一緒に考えていきたいと思います。