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こだまの世界

2000年4月下旬号

われわれは、たんに「ふつうでなく、めだつ」というただそれだけの理由で、 本来は無関係かもしれない出来事を原因とみなしてしまう可能性が高い(…)。 たとえば、あるアメリカの超一流の科学者が実は日本食が大好きで、 毎日必ず豆腐を食べていることがテレビに取り上げられたとしよう。 それを見た人は、豆腐という食物の中に人間の知能を高める何かがあると思い込み、 早速豆腐を買いに走るかもしれない。いかにもありそうな話だろう。 しかし、仮に日本人の一流の科学者が毎日豆腐を食べていることがわかったとしても、 それを聞いた日本人は豆腐が彼の優れた頭脳の原因だとはあまり考えないだろう。

(E.B.ゼックミスタ/J.E.ジョンソン、『入門篇 クリティカルシンキング』、 宮元博章他訳、北大路書房、1996年、37頁)


4月下旬の見出し一覧


何か一言


21/Apr/2000 (Friday/vendredi/Freitag)

今日のニュース

昨日、古本屋で買った本。
モーニングも買いました。
3コマ目の科哲の授業に出ました。
実体的空間が存在するというニュートンの主張に対する マッハの批判の部分です。彼の批判は、
(1)実証主義的批判 (「他に何もない空間にある二つの重りとヒモ」 に関するニュートンの思考実験は無駄無駄無駄ァ)
(2)観察的事実 (地球の慣性周期と天体周期が一致する→恒星系は慣性系である)
(3)慣性力の別の説明 (慣性力は実体的空間に対する物体の相対運動から生じるのではなく、 恒星系に対する相対運動から生じる)
という3つの部分から成っています。 「はるかかなたにある恒星との関係によって生じる力」 がどのようなものなのかを説明するのは難しいですが、 アインシュタインが一般相対性理論において この問題に取り組んでいるようです。
日記の整理をしました。
4月中旬はそれほど忙しくなかったですが、 授業が始まりました。

何か一言


22/Apr/2000 (Saturday/samedi/Sonnabend)

今日のニュース

rsyncとcronの勉強中です。
ファイルがいろいろなサーバにあると管理が大変です。
某所で古本を買いました。
105円均一でした。

何か一言


23/Apr/2000 (Sunday/dimanche/Sonntag)

今日のニュース

某教授のエッセイを掲載しました。
ここです。
半日寝てました。
油断しました。
アコモデーション(住まい)の書類を書きました。
ロンドンにいる間にどの寮に入るのかについての書類です。 けっこう学生がやかましい寮が多いそうなので、 大学院生専用が望ましいのですが、当たるかどうかわかりません。 LANのある寮になるといいのですが…。

何か一言


24/Apr/2000 (Monday/lundi/Montag)

今日のニュース

文閲でEthicsを借り出しました。
KantianのKorsgaardの新著に関するシンポジウムの内容が 掲載されているものと、 Elijah Millgramの`Mill's Proof of the Princple of Utility' が掲載されているもの(Vol. 110, No. 2)を借りました。
某教授の倫理学概論に出ました。
アリストテレスの類比(アナロギア)論についてです。 配分においてa:b=c:dが成立するのが正義だ、という話です。 つまり、ジャイアン:のび太=オレのものとオマエのもの:ゼロ、 は正義なのですっ。

何か一言


25/Apr/2000 (Tuesday/mardi/Dienstag)

今日のニュース

3コマ目の科哲の授業に出ました。
因果論の論点についてです。
4コマ目の第二演習に出ました。
ハーサニの「不偏な観察者」とロールズの「原初状態」の比較でした。
倫理学史読書会をしました。
英国倫理学史における自由意志論の取り扱いについて。 シジウィックの要約能力には頭が下がります。
昨日、某君から売ってもらった本。
田中美知太郎責任編集、『プロティノス・ポルピュリオス・プロクロス』、 中央公論社、1980円、700円

何か一言


26/Apr/2000 (Wednesday/mercredi/Mittwoch)

今日のニュース

ちょっと引用
デカルトの調べものをしていて、 野田又夫先生のおもしろい文章に出会いました。
Stanfordの哲学事典にはRusselやSalmonのcausationに関する見解が 説明されています。
ここです。
天気速報
雨です。朝から。
3コマ目の某教授の応用倫理学の授業に出ました。
「環境倫理学入門」でした。 先生の基本的主張をごくおおざっぱにまとめると、人口増加、資源の枯渇、 廃棄物の処理方法などの環境問題は、 現行の民主主義的な意思決定方法や自由主義的な他者危害原則では 解決が困難なので、 環境問題を解決するための思考の枠組を作る必要がある、 ということになると思います。
ところで、授業中に 「こだま君、アローの定理を説明してください。 え、君、博士課程のくせに、アローの定理も説明できないの?」 とハズカシメを受けたので(ウラミハラサデオクベキカ)、 アローの定理の項目を 用語集に追加しました。

ちょっと引用

昔、京都大学の哲学教室へ一人の憂鬱で生意気な青年が入ってきた。 しかし、先生が偉かったので、 その青年はともかく三年間は先生のいうとおりの本を読んで、 まあ勉強する気になった。 読んだ本はカントからヘーゲルまでのドイツ観念論者の著作でした。 哲学の本というものはわからないのがあたりまえで、 少少でもわかればよいのだ、というようなことで、 大きな本をむやみに読もうとした。 するとだんだんわかってきたことは、 哲学の本は大きな本ほどわかりやすいということです。 なにしろカントのあとのフィヒテその他に著しいことですが、 大学の講義録が全集にはいっている。 へたの長談議みたいなものもはいっているので初学者にも与しやすい。

ところがこういう哲学者の本とともに、 学校ではデカルトやライプニッツの本を読んでもらったわけですが、 このほうはまったく勝手がちがう。 これら十七世紀の哲学者は大学の先生ではない。 長い思案の結果を短い論文に明晰なことばで綴っている。 ひょっとするとこのほうが偉いのかもしれんという気がした。 けれども、その自分は、人生はデカルトやライプニッツの割り切ったよりも はるかに複雑怪奇なものであると感じていて、 まあひととおりの挨拶しかできなかったのです。
(野田又夫責任編集、『世界の名著 デカルト』、中央公論社、1967年、69頁)


何か一言


27/Apr/2000 (Thursday/jeudi/Donnerstag)

今日のニュース

昨日はよく寝てました。
あるいは、よく寝れないから長いあいだ寝てたのかもしれません。
3コマ目の科哲の授業に出ました。
「確率を入れると演繹的な因果性の推論が可能になる」 というマッキーの議論は誤っている、という話でした。 要復習。
某先生に夕食をごちそうになりました。
飲み代は某初任給から出ているそうです。 ありがとうございます。

何か一言


28/Apr/2000 (Friday/vendredi/Freitag)

今日のニュース

ベンタムの死刑論の翻訳を 始めました。
5月末の第二演習の発表で、 ミルとベンタムの死刑論の(おそらくは方法論的な) 比較をやろうと考えています。 「早く最後まで訳せ」という人が多ければその分訳すのが早くなるかも しれません。 誤訳、わかりにくい訳があればメイルしてください。
科哲の授業に出ました。
新ニュートン時空の話でした。要復習。
アコモデーションの書類をUCLに送りました。
BMOR読書会をしました。
バトラーの続きです。

何か一言


29/Apr/2000 (Saturday/samedi/Sonnabend)

今日のニュース

アメリカンパイを訳してみました。
訳してみると、アメリカ50年代から60年代の文化を背景にした 奥の深い歌詞であることがわかりました。 次のサイトなどを参照のこと。 Americanpie2000.com, Don McLean's American Pie., Understanding the lyrics of American Pie, American Pie -- Don McLean
相関の錯覚
実際にはない関係があるように見えること。「たとえば、 暴力犯罪と少数者集団(アメリカにおける有色人種や、 日本における在日外国人など)は結びつけられがちで、 彼らは実際以上に暴力犯罪を犯すと思われてしまうことが知られている。 このような過大評価は、 二つのめだつ特徴や出来事が同時に起きる時になされやすいのである」
(E.B.ゼックミスタ/J.E.ジョンソン、 『入門篇 クリティカルシンキング』、 宮元博章他訳、北大路書房、1996年、103頁)
自己奉仕バイアス
自分の行動を解釈するとき、 自分自身を好ましく考えるような方向にこじつけること。 「実際、人は何事につけ自分が「平均以下」 であるとはめったに考えないものだ。 もちろん、統計上は平均以上と平均以下の人数は ほぼ同じぐらいになるはずなので、これは非合理なわけである。 たとえば、アメリカの高校生が進学適性検査の願書に記入した 約一万人のデータでは、自分のリーダーシップ能力について、 約70%の者が「平均以上」と答えているのに対し、 「平均以下」と答えている者はわずか2%にすぎない。 社交性にいたっては、自分を「平均以下」 とみなしている者はほとんど皆無であるのに対し、 自分が「上位1%」に入ると思っている者がなぜか25%もいるのである」 (同上、126-7頁)
自己欺瞞
人々が知らず知らずのうちに自分に都合の良いように 物事を歪めて解釈すること。よく見られるのは以下の例。(同上、128頁)
  1. 他の人もたいてい自分と同じ意見をもっているものと考える。
  2. 自分がおかした非倫理的な行為は他の人も同じようにおかしているもの と考える。
  3. 自分が大けがや大病をしたり、 災難に遭ったりする可能性をあまり考えない。
  4. 自分のした「良い行ない」が、実際には平凡なことだったりするのだが、 これを過大に自己評価する。
  5. 自分の判断や意見(信念)を正しいものと思いこむ。
編集後記

アメリカンパイ

ずいぶん昔の話になるけれど
ぼくは今でも覚えてる
音楽がぼくを陽気にしてくれたあの頃を
「うまくいったら」とぼくは思っていた
「ぼくもみんなを踊らせることができるだろう
みんなをちょっとのあいだ幸せにすることも」

だけど2月がぼくを震えさせた
ぼくが配達していた新聞のせいさ
郵便受けに悪い知らせを配ってまわった
ぼくはもう動けなかった

泣いたかどうかは思い出せない
未亡人になった彼の花嫁の話を読んだときに
だけど胸の奥に何かが刻みこまれたんだ
音楽が死んだ日に

だから、
さよならミス・アメリカンパイ
シボレーであぜ道まで行ったけど あぜはもう乾いてた
連中はウイスキーを飲んで歌っている
「まさかこんなことになるなんて
こんなことになるなんて」

愛の書を記したのは君かい?
神さまを信じるかい
聖書にそう書いてあったら?

ロックンロールを信じるかい?
音楽は君の魂を救うだろうか?
ゆっくり踊る仕方を教えてくれるかい?

ぼくは君があいつとできてることを知ってるよ
君とあいつが体育館で踊ってるのを見たんだ
二人は靴をけって脱いでたね
リズムアンドブルーズの意味がよくわかったよ

ぼくは孤独な十代の若造だった
ピンクのカーネーションと小型トラックを持ってた
だけど自分がついてないことがわかったよ
音楽が死んだ日に

ぼくは歌いだした、
さよならミス・アメリカンパイ
シボレーであぜ道まで行ったけど あぜはもう乾いてた
連中はウイスキーを飲んで歌っている
「まさかこんなことになるなんて
こんなことになるなんて」

ぼくらだけになってもう十年になる
転がる石にもたっぷり苔がついた
だけど昔はこうじゃなかった
道化師が王と女王のために歌っていたころは
彼がジェームズ・ディーンから借りたコートを着て
君やぼくの気持ちを代弁していたころは

ほら、王がうつむいているあいだに
道化師はイバラの王冠を盗んでしまった
法廷は休廷になり
判決は下されなかった

レノンがマルクスの本を読んでいるあいだに
4人組は広場で練習していた
そして暗闇で哀歌を歌った
音楽が死んだ日に

ぼくらは歌った、
さよならミス・アメリカンパイ
シボレーであぜ道まで行ったけど あぜはもう乾いてた
連中はウイスキーを飲んで歌っている
「まさかこんなことになるなんて
こんなことになるなんて」

夏の炎天下のヘルタースケルター
鳥たちは核シェルターを背負って飛び去った
8マイル上空からまっすぐ落ちてきた
一匹は芝生に降りてつかまった

プレイヤーたちはフォワードパスをしようとした
道化師はギプスをはめてサイドラインの外にいた
ハーフタイムには香水の甘い香り
軍曹たちが行進曲を演奏してるあいだ
ぼくらは立ち上がって踊ろうとした
だけどその機会はなかった

プレイヤーたちが競技場を占拠しようとしたけれど
楽隊は降伏しようとしなかった
何が明らかにされたか覚えているかい
音楽が死んだ日に?

ぼくらは歌い出した、
さよならミス・アメリカンパイ
シボレーであぜ道まで行ったけど あぜはもう乾いてた
連中はウイスキーを飲んで歌っている
「まさかこんなことになるなんて
こんなことになるなんて」

ぼくらはみんな一つの場所にいた
宇宙の迷い子の世代
一からやりなおす時間は残されていない
だから、ジャック、さっさとやるんだ
ジャックフラッシュはろうそく立てに座った
悪魔の友だちは炎だけだから

ステージ上の彼を見ていたら
ぼくの両手は怒りのこぶしをつくっていた
地獄で生まれた天使は
魔王の力からは自由になれない

炎が夜空高くに舞い上がり
いけにえの儀式を照らしたとき
魔王が喜び笑っていた
音楽が死んだ日に

彼は歌っていた、
さよならミス・アメリカンパイ
シボレーであぜ道まで行ったけど あぜはもう乾いてた
連中はウイスキーを飲んで歌っている
「まさかこんなことになるなんて
こんなことになるなんて」

ぼくはブルーズを歌う女の子に会った
「なにかいいことあるかい」と訊いたけど
彼女は微笑んで去っていった

ぼくは聖なる店に行った
何年も前によく音楽を聴いていた場所に
だけどそこの店員は音楽はもうかけないと言った

路上では子供が泣き叫んでいた
恋人は悲しみ詩人は夢を見ていた
だけど言葉は一つも語られない
教会の鐘はすべて壊れていた

ぼくがいちばん尊敬してたのは
父と子と聖霊の三人
彼らは海岸行きの最後の列車に乗った
音楽が死んだ日に

彼らは歌っていた、
さよならミス・アメリカンパイ
シボレーであぜ道まで行ったけど あぜはもう乾いてた
連中はウイスキーを飲んで歌っている
「まさかこんなことになるなんて
こんなことになるなんて」

Written by Don McLean


編集後記

「アメリカンパイ」という歌は、 1959年にバディ・ホリー他2名のロックンロール歌手が飛行機事故で死んだこと (この日は「音楽の死んだ日」と呼ばれる)がライトモチーフになっていて、 その後の60年代のロックシーンが変化ないし退廃していく様子が描かれています。 ドン・マクリーンのオリジナル曲が1972年に全米第一位になっており、 最近マドンナがカバーを発表してよくかかっています。 (マドンナのバージョンは歌詞がだいぶ省略されています)

話はまったく変わりますが、小さいころ、「サイコキネシス」は 「サイコ(精神)」と「キネシス(運動)」という二語による複合語ではなく、 なんとなくですが、「サイコキ」と「ネシス」 の二語による複合語だと思っていました。 もちろん、当時は「サイコキ」の意味も「ネシス」の意味もわかりませんでしたが。

また、ジャンプに掲載されていたなんかのマンガのせいだと思いますが、 「月面宙返り」のことは外国語で「ムーンサルト」 というのだと思っていました。 これは、漢字の「月面宙返」の部分に「ムーンサルト」とルビが振ってあったため、 きっと漢字の部分を「ムーンサルト」と呼び、 「り」にはルビが振ってないからそのまま読んで「ムーンサルト」 と呼ぶべきなんだろうと子供心に思ったからです。ジャンプ万歳。


何か一言


30/Apr/2000 (Sunday/dimanche/Sonntag)

今日のニュース

明日から古本市です。
朝から行くつもりです。

何か一言

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KODAMA Satoshi <kodama@ethics.bun.kyoto-u.ac.jp>
Last modified: Sat May 13 03:28:12 2000