普遍論争

(ふへんろんそう the problem of universals)


普遍[イデア、物の本質]は、 個々の物(個物)と離れて実在するのか、 という中世スコラ学において議論された とんでもない論争のことを指す。

個物しか存在しないと多くの人が考えている今日からすると、 この議論はちょっと理解しにくいと思うが、 プラトンなんかは、 「個物よりイデアの方がよっぽど実在している」と考えた。 すなわち、個々の事物のモデルであるイデアの方が、 不完全なコピー(あるいは影)である個々の事物よりも、 よっぽど完全な存在である、と考えた。

中世でこのイデアないし普遍の存在論的地位 [つまり、実在するのかどうか]が大問題になったのは、 この問題に対する答が神学的に重要だったからである。 たとえば、オッカムは、もし神の精神のなかに普遍が存在し、 神がその普遍に基づいて個物を想像するのだとすると、 神は普遍によって束縛されていることになり、 これは神の全能性に反する、とか論じた。 また、三位一体説にも関係するらしいが、 この点については勉強不足なのでまた今度。

とにかく、個々の人間や個々の机に対しては、 「人間一般」とか「机一般」という 普遍的なもの(=人間、机の本質)が考えられるわけだが、 これが実際にどこかに存在するという立場が実在論。 一方、こういったものは実在せず、存在するのは個物だけだ、 と論じたのが唯名論。 この議論は手を変え品を変えして、 近代哲学においても登場することになる。 (11/17/99)


KODAMA Satoshi <kodama@ethics.bun.kyoto-u.ac.jp>
Last modified: Fri Jan 28 06:24:36 JST 2000