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ガリレイ359年間の破門と科学・技術 神戸常盤大学 保健科学部 医療検査学科 酒井健雄

1992年10月のこと。新聞にローマ法王ヨハネパウロU世が「ガリレオ・ガリレイの破門を解く」という簡単な記事が掲載された。「一体何のこと・・?」とタイムマシンで時代を遡るような感覚を持ち、詳しく読むと1633年の宗教裁判で、ガリレオがコペルニクスの地動説を支持したため359年間ローマ教会から破門されたままだったが、この度、破門が解かれたという記事であった。
二十世紀末に「破門を解く」といっても、1633年といえば日本では関ヶ原の合戦から33年後鎖国令が出された年にあたる。長崎でキリスト教への弾圧が強まり「踏み絵」など、今から思えばお伽噺のような感がある時代だが、この時代から約360年間キリスト教では地動説は「認められていなかった」ということだ。この記事を読んで「なんと悠長な話だ」と思うとともに宗教の頑迷固陋さに驚いた。この間、宗教改革や科学革命そして産業革命と「科学・技術」の発展著しく、地動説を裏付ける事実は幾らでもあったろうに。「今更カビくさい事をいうとるなー」というのが正直な感想だった。
それから十数年の時が経ち。21世紀に入った頃から「教会は単にキリスト教の教義に反するだけの理由で地動説を否定したのだろうか?」「もっと深い意味があるのではないか?」という思いが湧いてきた。地動説を認めることは「教会の権威が失われ、代わって科学が権威化する事」だけが問題だったのだろうか?。
破門されていた359年という年月に、むしろ「科学・技術が権威化することによる弊害に警鐘を鳴らしたのではないか」と考えるように至った。また、中世ヨーロッパにはキリスト教という一つの物差しが厳然と存在したことに歴史の深遠さを感じる。

翻って日本での科学・技術に対する態度は、その利便性を積極的に受け入れ容認する傾向が強いように思う。TV番組でも科学的な説明をされたら「信じる」という風潮があるようだ。まさに「科学信仰」といっても間違いでない様相を呈している。
しかし、西欧には自然哲学〜科学に至るまで「疑う」という一貫した姿勢で対峙してきた歴史があるが、わが国では科学や技術を無批判に受け入れてきた結果、薬害や公害など社会問題化した例を多く経験している。しかしその教訓はなかなか活かされていない。
この背景には、西欧のように科学に対峙するキリスト教という構図が無く、丸山真男著「日本の思想」より引用すれば、『自己を歴史的に位置づけるような中核あるいは座標軸に当たる思想的伝統はわが国には形成されなかった』ということなのであろう。
似たようなことは今日我々が日本古来の伝統と信じているものでも、明治維新以後に為政者により恣意的に伝統的とされたものもあり、あたかも何百年も昔からの伝統であり座標軸であるかのように錯覚している事例もある。
座標軸を持たないまでも、最近では科学・技術万能主義の弊害が目立つようになり「限りなき進歩の果てに何があるのか?」「進歩主義は矛盾を大きくするだけではないのか?」と疑問を感じている方も多いのではないだろうか。
2002年5月仙台市で開催された第51回日本医学検査学会特別講演で哲学者の梅原猛氏が以下のような話をされた。梅原氏は1990〜1992年にかけて政府の諮問機関「脳死臨調」の委員をされていた。これは臓器移植に対応するために「脳死」の定義のついて検討し、臓器移植法案の下敷きを作るのが目的である。梅原氏は脳死での臓器移植には反対の立場であったが、他の委員は賛成でその多くは「技術的に可能なことはすればよい」との立場であったという。しかし、本音は「新技術を試したい」という立場からの賛成であった。というような内容の講演であった。
私がまだ高校生であった1968年(昭和43年)臓器移植では鮮明な記憶がある。この年の8月札幌医大・胸部外科の和田寿郎教授により日本初の心臓移植手術が行われセンセーショナルな大ニュースとなった。しかし次第に事件性を帯びてきて、溺死でドナーとなった青年は心臓摘出時点でまだ生きていたのではないか。との疑惑が出て大変な問題となり、以来臓器移植はタブー視され日本の臓器移植は大きく遅れたという事件があった。

科学・技術は夢や希望を描いてくれるが、「利便性」や「可能だから」という観点からのみ無批判に受容することは、長期的にみればいろんな事件や問題を派生する。
新技術を絶賛するだけでなく、斜に構えてマイナス面も覗き見る「批判力」が必要であろう。
ガリレイの破門は進歩と調和を考える上で示唆に富んだ事件であると思う。

文献:「ガリレイの生涯」ベルトルト・ブレヒト著 岩淵達治訳 岩波文庫
日本の思想」丸山真男著 岩波新書

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