環境因子について

ICFの新大陸

ICIDH改定において最もホットな議論があったのは、障害に対する環境の影響についてでした。しかし、いざICFが出版されると、多くの人の関心は、ICIDHの発展版、つまり、障害分類としての完成度が大きく向上した点に集まり、環境因子は最も完成度が低くえたいの知れない「暗黒大陸」のようになっています。でも、本当は、ICFの環境因子こそ、人と環境の相互作用による健康観を科学的に扱い、また、サービス、制度や政策立案において人権の観点を踏まえるという、「新大陸」への強力なツールとなるべきものだと思うのですが・・・。

ICFの次期改定に向けて、環境因子については、ゼロから作り直すぐらいの覚悟で、より具体的な検討を一歩一歩進めていく必要を感じています。

1つの環境因子は、実行状況と能力に複雑に作用する

寝たきり予防を考えれば明らかなように、安易に車椅子を高齢者に勧めると一時的に「移動」のパフォーマンスは向上しても、長期的には活動能力が低下し、寝たきりの原因にすらなる可能性がでてきます。また、健康増進分野で最近話題となっていることで、安易に街中のバリアフリー化を進めると一般人の体力が低下する可能性があるということもあります。しかし、だからといって、一概に、高齢者にはなるべく車椅子を使わせず活動能力を向上させる訓練を重視すべきであるとか、街中のバリアフリー化を制限するというのも一面的な考えだと思います。

長期入院の精神障害者や施設在住の障害者等の「施設症」に対する解決としては、脱施設で地域生活を可能にするという「パフォーマンス支援」をまず行うことで結果的に様々な社会生活能力や認知能力の改善が期待できるという証拠が積み重ねられています。就業支援においても、施設内で訓練するよりも、まず仕事に就けてから支援する方がはるかに効果的であることが示されています。高齢での脳卒中の後、復職支援を中心に行うことで、意欲を引き出し、職場復帰が可能となり、結果として寝たきり予防は軽くクリアできるということもあります。しかし、一方、無理な就労は全てをだいなしにするという側面も当然あります。

このように、人の生活機能と環境との複雑な相互作用については、今後、実証的な検討が必要だと思っています。

環境因子には、個人を変える諸支援も含まれている

環境因子を使うときに混乱しやすいのが、個人の能力開発と環境整備の優先順位の決定に関わる「医学モデル」と「社会モデル」の対立の問題との混同です。環境因子を重視するからといって「社会モデル」ということはなく、環境因子には様々な医療的、教育的な支援が含まれていることから、既に、「医学モデル」と「社会モデル」が統合されているのです。個人の能力開発サービスは「環境因子」として把握され、個人の能力開発を重視している点では「医学モデル」ですが、一方「社会モデル」ではその能力開発サービスの質や量を問題とするというわけです。

現在の環境因子分類では支援の機能が表現できない

支援は当然環境因子として表現できなくてはいけないはずですが、現在の環境因子分類では、それがうまくできません。それは、現在の環境因子分類では「家族」「支援サービス」といった支援の主体だけが分類されていて、「家族による生活支援」「家族による交通支援」「生活支援の専門サービス」などの機能面が表現できないからです。例えば、職場での「マンツーマン支援」の有無は障害者の職場適応に非常に影響する環境因子ですが、実際にそれを行う主体は「職場の同僚」「職場の上司」「専門的支援者」「専門サービス」等様々です。現在の環境因子分類では、あまり本質的でない主体側の分類はできても、より本質的な機能面側の分類ができないのです。

心身機能・構造に、構造と機能の区別があるように、環境因子にも主体と機能の区別をつけて、組み合わせて使うとよいのではないかと考え、現在、障害者職業総合センターの青林氏が中心となって試案を開発中です。


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Yuichiro Haruna
yharuna-tky@umin.ac.jp