第134回
2018年6月13日

《特別寄稿》
「死因不明社会2018」(講談社文庫)刊行によせて。

医師・作家
海堂尊先生

Ai学会の会員のみなさま、ご無沙汰しております。海堂尊です。かつてAi学会事務局を担当していましたが、Ai学会理事を辞任し学会運営から身を引いてから五年が経ちました。

2003年7月12日、第0回Ai研究会設立準備総会に14名が参加し、その協議を基に2004年1月24日に第1回Ai学会総会を開催、87名の参加者を得て船出してから、早いもので14年が経ちました。

今や会員数は1314名、立派な学術学会になったものです。

今回、ひょんなことからブルーバックス「死因不明社会」復刻版の「死因不明社会2018」を講談社文庫から刊行しました。そのあたりの事情は本書をお読みいただけばわかるので、ここでは割愛します。親本は2007年刊なので、2007年から2018年5月までの11年間を総括し、新章として120頁ほど加筆しました。

日本一引き際のいい作家として名を馳せる私(自称)は放言三部作「ゴーゴーAi」(講談社)「ほんとうの診断学」(新潮選書)「いまさらながら無頼派宣言。」(宝島社)であらゆる批判を言い尽くしました。なので2007年から2014年まではすぐ振り返れたのですが2015年以降の状況はよくわかりませんでした。そこでAi学会古参理事の高野英行会長、山本正二理事、塩谷清司理事のお三方の協力を得て膨大な資料を頂戴し、更に旧ブルーバックス版の際にアカデミズム領域の総括でご協力いたいだいた塩谷清司先生に2008年から2018年までの学術領域の総括を丸投げ、もとい、執筆分担をお願いしたところご快諾いただきました。

こうしてタイトルに恥じない本を書き上げることができました。

旧版「死因不明社会」部分が220頁、加筆した新章が120頁と、ほぼ新作同様の読み心地の作品になりました。2007年時点で未完結だったことが決着し、ミステリーに喩えると旧ブルーバックス版「死因不明社会」は問題提示篇、新文庫版「死因不明社会2018」は解決篇、といった感じです。

現在TBS日曜劇場「ブラックペアン」が絶賛放映中で、「ブラックペアン1988」「ブレイズメス1990」「スリジエセンター1991」の黒本三部作に出演者が勢揃いした豪華な帯が巻かれて書店の店頭で展開しています。負けじと「死因不明社会2018」も「小児死亡事例に対する死亡時画像診断モデル事業症例研究会」検討会で一堂に会した「Aiの七人の侍」に帯に並んでもらいました。今村聡・日本医師会副会長、山本正二・Ai情報センター代表理事、高野英行・Ai学会会長、塩谷清司・Ai学会理事、熊本でのAi先駆者、川口英敏・川口病院院長、小熊栄二・埼玉県立小児医療センター副病院長、そして私の七名です(敬称略)。

人選に異論もあるでしょうが、その時にその場にいたのも運の尽き、もとい、天運ということでご寛恕願います。

上記のように本書は学術領域も充実しており(その部分は私の担当でないので思い切り自慢できる)、Ai学会の会員の方たちにも有用です。それ以上にこの書籍は相当数の一般市民が購読しますので、市民のAiに対する基礎知識にもなります。専門家であるAi学会会員の諸先生方もご精読いただかないと、ある部分では市民の方が専門家よりも詳しいという倒錯した状態になりかねません。加えてここ5年で社会的に起こったことを俯瞰するような類書は他になく、ご一読の価値はあると自負しております。

今回はAi学会の理事のお三方のご協力のおかげで執筆できましたので、印税の一部をAi学会に寄付させていただくことにしました。Ai学会の会員諸氏には、ふるさと納税の景品に本書がついてくるようなものだとお考えいただけると幸いです。更に一読して良書だと思えば、もう一冊購入して周囲の方にお勧めください(笑)。

1000字提言なのに書籍の宣伝ばかりではないか、と思われるかもしれませんが、そうしたご批判は、本書を読めば雲散霧消すると思いますので、是非ご一読を。

最後にAi学会会員のみなさんにひと言。

Ai学会は今や社会の一部を担っている組織になったと言えます。そう考えた時、創設者のひとりとしていくつか問題点を指摘したいと思います。

① メーリングリストを活用せよ。
私が事務局を運営していた時はしばしばその時の問題を提起し、非常にしばしば、今でいう「炎上」状態になりました。あれは物議を醸したものの、その議論の中には斬新な意見も散見され、新しい学術領域の創発には有意義だったと思います。当時、事務局を運営していた私が目指したのは、フラットな議論の場の創出でした。現在のメーリングリストが単なる学会のお知らせメールになってしまっているのは残念です。

② ホームページ上で、Aiに関する学術情報を集積をすべし。
学術アーカイブが足りません。何かあった場合、AiのことならAi学会ホームページを見ればいい、というくらいの社会的信頼を得れば、Ai学会は一層発展するでしょう。
少なくともAiを実施している施設を各都道府県ごとにリストにし、随時更新していく頁は作るべきです。理事の諸先生にはその都度提言していますが、なかなか実行されません。

③ 理事はAi普及運動を先導せよ。
現行理事の方には肩書きだけでAi推進活動をされていない方が散見されます。そうした方々の存在は組織を不活化します。理事であればAiの広報活動に邁進していただきたい。特に対談などされる際はAiという用語を用い、意義をアピールしてください。それができないなら後進に道を譲るべきです。Ai学会理事の肩書きはお飾りであってはなりません。

④ 二〇一四年創設の「日本法医画像研究会」との協調開催を目指せ。
現在は共催はできていませんが、この点に関しAi学会に責はありません。
「死因不明社会2018」でも指摘した通り、法医分野の「死後CT」には社会的に重大な疑義があり、今や「死因不明社会」の発生母地にすらなっているようにすら見えます。そんな現状下で、グローバルスタンダードが推奨される社会では、そんな「学術的分派活動」は百害あって一利なしです。法医学者の分派活動は、以前Ai学会を主導していた私に対する個人的な反発が主でしたが、私が完全に学会活動からリタイアした今、もはや根拠はありません。
2004年Ai学会を創設した時、私は二名の法医学教室の教授に参加を要請し、理事になっていただきました。でもそうした法医学の先生方はその後、Aiという用語に反発しつつ、法医学部門の繁栄ばかりを優先させました。私はAi概念提唱者として、Aiが最も社会貢献できる形を模索しました。当時、私は病理医でしたので放射線科医や放射線技師がAiを主導すべきという主張は私の利になりませんし、五年前にAi学会から身を引いて医療現場からも遠ざかったため、以後もAi推進活動で個人的な利益を得たことはありません。
一方、法医学会上層部の諸先生方はAiを現場で実施し、実利を得ています。しかも実施したAi情報をしばしば遺族にすら隠し、社会に公表しない方達が大勢います。
そこで重篤な読影ミスが起こった実例もあります。でもそれは外部から監査できない。
死因を闇に閉ざしたままにしうる仕組み、それが法医学分野で展開している「死後CT」の現状なのです。そのような方たちが相手では、心優しいAi学会理事の面々では太刀打ちできないとは思いますが、諦めずに働きかけて、共催の道を模索し続けてください。
法医学者の学術的分派活動を考える時、思い出すことがあります。
Ai学会の柱石のおひとり、塩谷清司先生と初めてお会いした時のことです。当時、Aiの概念を提唱した私の周辺では、多くの賛同者がAi学会を立ち上げるべし、と声を上げていましたが、私は重粒子医科学センター病院以外でも実施されている施設がなければ学会は立ち上げないと明言していました。そんな中、筑波メディカルセンター病院でPMCTが1985年から15年以上も継続して実施されている、という情報を得たため、即座にアポを取り病院まで訪問しました。初対面の私が滔々と語るAi話を聞き終えた塩谷先生は、即座に「PMCTは概念的にAiにインクルードされますから、Aiという用語で統一しましょう」と同意してくれました。それがAi学会の創設に結びついたのです。
この時、塩谷先生がPMCTという用語に少しでも固執していたら、そしてそれは学術業績から見れば当然でもあったのですが、そうしたら今日のAi学会の興隆はなく、Aiの社会導入も遙かに遅れていたでしょう。
分派活動は市民社会の利になりません。今、法医学者諸氏の度量が問われています。「日本法医画像研究会」を主宰される方たちも過去の遺恨は水に流し、新たな学術領域の形成に力を合わせていただければ、と願います。

新刊の宣伝だけでさらりと引き揚げるつもりだったのですが、つい筆が暴走してしまいました。まあ、三つ子の魂百まで、というヤツでしょう。
新しい時代を、Ai学会会員諸氏が作り上げていって下さることを祈念します。

2018年6月11日    海堂尊