DISASTER MEDICINE

Application for the Immediate Management and Triage of Civilian and Military Disaster Victims

Burcle FM Jr, Sanner PH and Wolcott BW

翻訳・青野 允、谷 壮吉、森 秀麿、中村紘一郎

(情報開発研究所、東京、1985)


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19.多発外傷

―Valeriy Moysaenko,M,D.


はじめに

 ベトナム,朝鮮戦争では,負傷者の迅速な救出を航空輸送によって可 能とした.受傷者はスタッフも設備も行き届いた病院へ,受傷後1時間 以内に到着した.この種の災害状況の治療理論は,ベトナム、朝鮮戦争 や市民災害の医学上の文献によく述べられている.本稿は,迅速な救出 が不可能な戦場や市民災害で遭遇する不利な条件下での多発外傷患者の 管理について述ベる.


A.状況

 ここで述ベられるプロトコールは最悪と考えられる場合のものである. 資材は36時間内の使用しかできないと仮定する.条件は以下のとおりで ある.

 (1)1人の内科医
 (2)外科医はいない
 (3)外科設備はない
 (4)資材供給に制限がある

 以上のような制限に対して要求されることは法外なことである.

 (1)多数の受傷者
 (2)多発外傷

 この状況下で明白ないくつかの結果は次のようである.

 (1)緊急手術を必要とする重症患者は見捨てられる.
 (2)通常以上の加療や資材を要する患者は見捨てられる.

 第一のケースでは,施設や専門知識が使えないためであり,第二のケ ースでは,もし資材や人員がこの種の救助に向けられれば,他のもっと 救命可能な患者が失われてしまうためである.当然これらの決定は合理 的な方法で行わねばならない.目標は可能な限り多くの患者を救うこと であり,少数の難治例を救うことではない.医師は現実的な状況のもと に機能すべきで,英雄的な感情にかられて行動すべきではない.


B.予測

はじめに

 前述したような状況は不条理のようにみえるかもしれない.しかしよ く考えてみると,そのような考え方こそ不適当なもので,無知の結果で あるといえる.

 表III-11は,こうした大災害状況では,外傷の63%が四肢にあること を示す.これらの外傷は管理も簡単である.

 表III-12は,表III-11とあわせてみると,四肢の外傷は頻発しても致命 的なことは少ないことを理論的に示してくれる.文献を精査すると,こ うした外傷による通常の死亡原因は出血であり,これは適当な圧迫で予 防できることがわかる.

1)頭部貫通創

 表III-12に示すとおり,最大の死因は頭部外傷であり,それは一般には 銃弾の貫通創である.非開放性の頭部外傷については,「25.神経学的外 傷」で述べる.

 表III-13は,病院に生きて到着した70症例の貫通創のうちの34症例(グ ループI)は,予後がよいことを示している.たとえば,36時間は援助が こないような状況のなかでも,これらの患者は適切な創の処置,補液と 抗生物質で治療されれば,最終治療を受けるべき病院に到着するまで36 時間以上を生き延びうる.最悪の場合,グループIIとIIIは死亡してしま う.頭部貫通創受傷者の死亡率は,病院へ生存してたどり着けば31〜52 %は減じてしまう.

 結論としては,適切な保存的療法で,頭部貫通創患者の50%が救命されることになる.

表III-11 7,869人の入院者(ベトナム)

部 位
頭頸部 12.0
胸 部  7.2
腹 部  7.1
上 肢  22.4
下 肢  40.6
その他  10.7
(側腹部,背部,殿部.性器,分類不明のもの)
(Heaton LD et al. :)
Military surgical practices of the United States
Army in Vietnam.1:1-59,Nov,1966)

表III-12 ベトナム戦争における戦死者
(1968年1月〜1968年6月)

受傷部位  %
頭部  39.3
胸部  37.3
腹部  9.0
頸部  7.3
下肢  5.7
上肢  1.7
(Maughon JS:An inquiry into the nature of
wounds resulting in killed in action in Vietnam.
Milit Med 13 5:8-13,1970)

表III-13 第三次野戦病院における頭部貫通創受傷者70人の神経学的状態
(サイゴン,ベトナム,1966年11月)

グループ  症例数  手術患者  死亡(%)
I.意識状態:鮮明
〜中等度障害
(不全麻痺.半盲)
34  34  0
II.意識混濁:重度 18  18  22
III.致死的,昏睡状態:
両瞳孔散大,固定:
遅い不規則または努力性呼吸
18  0  100
(Heaton LD et al.:Military surgical practices
of the United States Army in Vietnam.
Curr Probl Surg 1:1-59,1966)

 a)頭部外傷管理に対する助言

 (1)安定した頭部外傷者は,救出を遅らせることができる.
 (2)神経学的欠損が進行しつつある患者は,治療のために優先して救出する.
 (3)開放創は.滅菌生理食塩水で静かに繰り返し洗浄し,滅菌ガーゼで覆う.

2)胸部

 表III-12に示したごとく,第二の致命的外傷として胸部外傷がある.何 がその特徴だろうか?
 それは通常,致死的であり, 創自体よりも以下に述べる心肺機能へ及ぼす影響によっている.

 (1)気道閉塞
 (2)緊張性気胸
 (3)動揺胸壁
 (4)開放性気胸
 (5)血胸
 (6)心タンポナーデ

 気道閉塞は,頭部後屈,下顎挙上,上気道の吸引,手指による汚物除 去,輪状甲状膜切開術などで改善するかもしれない.(2)〜(5)の問題は胸 腔内カテーテル留置で,(6)の問題は心嚢穿刺で改善するであろう.

 保存的治療は,胸腔内カテーテルの挿入,空気の加湿,気道内分泌物 の吸引除去,死腔を減じるための気管切開,ショック改善のための補液, 創のデブリドマン,ガーゼ処置である.

 最重症患者は病院に生存してたどり着けない.表III-14は.救命可能な 胸部外傷受傷者を示す.

3)腹部外傷

 第三の重要な致死的外傷は腹部外傷である.重症例(大血管や実質臓器 の破壊)は,生存して病院に着くことはまれである.もし生存していて最終治療を試みても,24時間以内に死亡することがしばしばである.こう した重症例の率は表III-15に示したように少ない.

表III-14 第二移動部隊外科病院における救命可能な胸部受傷
(ベトナム,1966年10月1日−1967年7月31日)

症例数  受傷の種類
165  全胸部受傷者数
107  胸壁傷害
48  保存的治療をした貫通創
10  開胸を必要とする貫通創
(Heaton LD et al.: Military surgical practices
of the United States Army in Vjetnam. Curr Probl
Surg 1:1-59.1966.& Feltis JM : Surgical
experience in combat zone.
Am J Surg 119:275-278.1970)

表III-15 ベトナム戦争の戦傷者の病院内死亡率
(1965年10月〜1966年6月30日)

全腹部受傷者  556人
24時間内死亡者  24人(5%)
(Heaton LD et al.: Military surgical
practices of the United States Army
in Vietnam. Curr Probl Surg
 1:1-59,1966)

 ほとんどの貫通創は,小腸,結腸,胃などの管腔臓器を穿孔せしめ, 腹膜の汚染を起こす.この種の創のみではただちに致死的ではないので, これらの受傷者は緊急救命上は問題ではない.確立した外科治療が6時 間以内に行われれば死亡率は減少する.受傷後12時間以上も手術が遅れ れば死亡率は改善しない.しかし,胃腸管損傷があっても,一般状態が 安定した患者では,6時間後に手術してもまだ60%が救命される.1−3)

 以上のことはすなわち,次のことを意味する.

 (1)6時間内に確立した治療が行われれば,患者はほとんど完全に回復 するであろう.
 (2)12時間以上の遅れで,なおかつ根本的治療がされないなら,この被 災者は救助の意味がないい.

 腹部外傷は,保存的治療として,補液,抗生物質投与,呼吸器系の管 理,胃腸管の減圧,フオーリーカテーテル挿入で対処される.創は開放 して,清潔にしておく.

4)頸部貫通創

 頸部外傷は表III-12によれば,致命的外傷の7%を占める.高速度銃弾 による創がこの部位に起こると,呼吸障害(気管損傷)や大出血(頸動脈や 外頸静脈の損傷)のために即死する.もし,そのような外傷患者が第一次 救急医療施設へ運ばれ,かつ気管切開で呼吸の管理が得られたり,圧迫 や結紮で止血ができたならば,生存の可能性がある.

5)四肢の血管損傷

 四肢の血管損傷は,生死にかかわる状況に至らない.出血は圧迫や結紮 で容易に止められよう.ここで大事なことは,四肢を救えるか否かで ある.四肢への重要血管が損傷され,10時間以上も外科的治療を受けら れなければ,主要血管の結紮によって症例の約50%は肢を失うことに なる.4). 血管再建は6〜12時間以内にのみ可能で,単一の血管損傷の際に は,肢の回復の可能性は満足すべきものがある.結論として,次のこと があげられる.

 (1)6〜12時間以内の血管損傷は,救出の優先権がある.

 (2)12時間以上たった血管損傷は,血管再建の最終治療をする優先権が 少し低い.

まとめ

 ベトナム戦争からの情報に基づけば,致命的な損傷は,限られた資材 や人員をもってしてもすみやかに容易に救済される.人命は最高の治療 が受けられるまでの間に,保存的療法で救うことができる.また,ほと んどの場合,これらの外傷は最終的な治療を受けるまでの治療の遅れに も耐えうる.多発外傷において,保存的療法も適応とならない損傷が併 発した場合は,極端な重症者や死者についてと同様,トリアージと救出 優先権の決定は,必要ではなくなる.


C.参加する内科医の機能

1)計 画

 時には内科医が,事故の進行によっては大災害時に要員として含まれ ることが予測される.たとえば,竜巻,洪水のような自然災害にさらさ れる地域で開業するかもしれない.長期の集団災害治療のための準備は 次のものを含む.

 a)災害の種類を知ること
 これが準備の内容を決定する.たとえば,化学兵器による戦争では汚 染防止装備を必要とする.竜巻のあとでは,飛散した破片による多くの 貫通創が予測される.
 b)必要な装備を手近にもっていること
 (1)血圧測定用具
 (2)輸液と点滴用具
 (3)薬品(モルヒネ,リドカイン,抗生物質,利尿薬,ステロイドなど)
 (4)気管内チューブ,鼻咽頭,口咽頭用エアウェイ
 (5)胸腔用チューブ,吸引びん,一方向弁
 (6)輪状甲状膜切開用トレー,胸腔用チューブ,デブリドマンのための 外科セット
 (7)ガーゼ,包帯
 (8)モニタ,心電計,中心静脈圧測定用セット(もし可能なら) (9)頸部固定カラー,背部固定板,直達牽引装置
 (10)喉頭鏡(バッグ,弁,マスク)
 (11)人工呼吸器,酸素ガス
 (12)経鼻胃管,導尿用のフォーリーカテーテル

 c)個々人が集団災害の管理法について訓練を積んでおくこと

 d)組織化のまえに決定しておくべきこと
しばしば患者到着の直前になって組織をつくることがあるが,その際 には次のことを決めておく.
 (1)各人のそれぞれの業務の確認
 (2)トリアージの場所や個々の治療部門に必要な資材を配備すること

 


D.多発外傷における人員の組織化

 トリアージの原則は,「4.トリアージ」で述べた.トリアージの目的 は,致命的な損傷を知り,患者を救命し.一般状態を安定させ,処置す ることにより人命を救うことにある.このトリアージがうまく行われな ければ,救助の遅滞が生じ,患者は死亡する.

 遅滞の原因としては,以下に述べるものが考えられる.

 (1)遅い反応
 (2)貧弱な組織
 (3)貧弱な臨床上の洞察力(損傷の緊急性の分類を理解しない)
 (4)貧弱な蘇生技術
 (5)根拠のない仮定

 (a)"誰か"が"最優先"の地域に運び込まれたばかりの患者を見つけ,蘇生法を施すだろう
 (b)"最優先"地域で"誰か"が適正な蘇生技術を有しているだろう
 (c)X線部門の"誰か"が適当にモニタし,患者を扱うだろう
 (d)患者票に"誰か"が正しい診断と治療を書き込むだろう

 責任者は定期的に組織の機能と人員の能力を調べ,すべてがうまく動 いているかをチェックする必要がある.実際の場面では,上記のような 仮定が生じないように,各人の義務を決めておかねばならない.


E.多発外傷における搬送優先順位の決定

 もし患者が6〜12時間以内に最終の治療を受けられるならば,その患 者は搬送優先権をもつ.もし12時間以上経過していたならば,救急手術 の意味は減じる,ことに血管や腹部の外傷ではそうである.

 救助の決定,すなわち第一の優先権は以下のとおりである.

 (1)頭部外傷において神経学的欠損が進行しているもの
 (2)受傷後6〜12時間以内の腹部外傷
 (3)出血の続いている胸郭損傷,重大な進行性の肺不全,心タンポナーデ
 (4)受傷後6〜12時間以内の血管損傷を伴う四肢の損傷

 上記のグループは早期に決定的治療の恩恵を受けうる.上記の時間以 上経たグループは,外科手術によって劇的には回復しない.それゆえ, 彼らは安定した損傷と同等の優先権のクラスにいれられ,トリアージ医 師は搬送に際して,最終加療に至るまでの判断を行う必要がある.

 上記のすべてが完了したら,人員は,創のデブリドマンや包帯や他の 医療に関することに向けられる.


おわりに

 1人の多発外傷患者を加療することは,設備のよい外傷センターにおい てさえ複雑である.そうした患者の多くを限られた人員と資材を用いて, 大災害の場で,しかも外科施設のないところで管理することは,きつい ストレスの多い仕事である.しかし状況はかえられない.ここに紹介し たデータに基づいて,致命的な外傷が,胸腔チューブ,補液,創洗浄, デブリドマンなどの保存的治療方法でしばしば救えることを理解できる だろう.一度状態が安定すれば,患者は最終治療を受けるまでの遅滞に も耐えうる.最初のトリアージでは,最初の短時間の観察のなかで何を 医師が把握するかが重要である.多発外傷では,創のうちで最も重傷の ものがトリアージと救出の優先順位を決定する.今までの人為災害,自 然災害から得られたデータを復習することは,搬送の優先権の決定に役 立つであろう.

 引用文献

 1)Bowers WF and Hughes CW:Surgical Philosophy in Mass Casualty Management.Springfield,Illinois,Charles C.Thomas Publishers, 1960.

 2)Howard IM and DeBakey ME:Cost of delayed medical care.

 Milit Med 118:343−357,1956.

 3)JB Lippincott and Co.Pub.:Handling of abdominal wounds under mass casualty conditions.Surg Forum VIII:168−172,1956.

 4)DeBakey ME Simeone FA:Battle injuries of the arteries in World War II:An analysis of 2471 cases.Ann Surg 123:534−579,1946.

 参考文献

 Oglesby JE:Twenty−two months of war surgery.Arch Surg1O2:607−613, 1971.

 Jones EL et al.:Early management of battle casualties in Vietnam.Arch Surg97:1−15,1968.

 U.S.Government Printing Office:Emergency War Surgery.First United States Revision of the Emergency War Surgery NATO handbook. Washington, D.C.,1975.

 -訳 中村紘一郎


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