(情報開発研究所、東京、1985)
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−Earl W.Ferguson,M.D.,Ph.D.
第二次世界大戦以来の戦場における死亡率の著しい減少には多くの要 因があげられる.そのなかで最も重要な因子の一つは,そうした大災害 状況下でのショックの予防と治療のためにたえず血液が供給できること であった.しかし将来の戦闘では,規模の大きさや供給や救出路の制限 のために,戦場でのショックの治療を十分な血液の供給や他の救急用補 液の供給なしで行わねばならないかもしれない.同様に市民社会での予 期しえぬ集団災害では,十分な血液,補液は使用できないかもしれない.
大災害発生時に,そのとき利用できる限りの資材のみを使ってショッ クを治療することは,資材が足りないということばかりでなく,予期し えぬ,考えられない事故に直面する医師や医療要員の創造力や能力にも 重い負担をかける.
本稿では“The American College of Surgeon's Committee on Trauma in the Advanced Life Support Course”に基づいて基本的で簡 略化した出血性ショックの評価と取り扱い方の図式を紹介する.
出血性ショックや低容量性のショックは,集団災害の治療や計画を考 慮する際に,最大の問題である.ショックは致命的な緊急疾患の一つで あるばかりでなく,資材の制限にさらに負担をかける緊急事故の一つと なる.ショックはただちに治療されなければならず,治療の遅れは人命 の損失や重要臓器の永久的損傷を起こす.
出血性ショックもしくは低容量性ショックは,大災害時の最初の36時 間以内に起こる主要なショックの型であり,本稿は,この二つのショッ クに焦点を当てることにする.大災害の性質上,短時間に多数のショッ ク患者を管理する方法(ショックの集団管理)を個々のショック患者の場 合と同様にここで述べる.
はじめに
成人の循環血液量は体重の7%であるので,70kgの人には約5Lの血 液があることになる.以下の出血性ショックの分類は出血量の比(%)に 基づいているが,70kgの体重の人の出血の絶対量も示している.特に緊 急の状況下では,70kgの人の絶対出血量に基づくショックの分類を記憶 し,次いで患者の実際の体重について補正するほうがより簡単である. 簡略化するために三つに分類し,軽度,中等度,重度とする.
1)軽度の出血
a)定 義
b)徴候と症状
c)治 療
2)中等度の出血
a)定 義
b)徴候と症状
c)治 療
3)重度の出血
a)定 義
b)徴候と症状
c)治 療
4)出血性ショックの分類
表III-16に出血性ショックの分類の要点を示した.
表III-16 出血性ショックの分類の要点
徴候 | 軽 度 | 中等度 | 重度 |
失血量 | <20% | 20〜30% | >30% |
失血量(体重70kg) | <1L | 1〜1.5L | >1.5L |
精神状態 | 正常 | 不安 | 無気力 |
脈拍数 | <100 | >100 | >120 |
血 圧 | 正常 | 脈圧の狭小 | <収縮期圧90mmHg |
毛細血管テスト | 正常 | (+) | (+) |
呼 吸 | 正常 | >20 | >30 |
補 液 | 晶質液 | 晶質液 | 晶質液+血液 |
(Advanced Trauma Life
Support Course.Student Manual. Committee on Trauma,American College of Surgeons.1981より改変) |
1)一般的な原理
ショックの迅速な診断と同時に始まる大量の補液の開始と他の治療法, そしてショックに関与する原因の確定,除去,軽減を図ることが,ショ ック治療の成功の鍵である.出血は効果的に迅速に制御されるべきで, 最初は直接の圧迫で,次に圧迫帯と出血部位の結紮や修復による方法で 制御されねばならない.軍隊で使用されるショックパンツ(MAST)や空 気副子は,出血部位のタンポナーデに有効であろう.駆血帯は最後の手 段として使用されるべきである.
2)中心循環血液量と酸素運搬能の補正
3)組織の低酸素血症とアシドーシスの治療
適当な循環血液量と酸素運搬能の迅速な再確保が,組織灌流と好気性 代謝と組織のアシドーシス補正の重要なステップである.酸素の投与に よって吸気中の酸素含量を増やすことは有用なため,できるだけすみや かに酸素を投与するべきである.肺機能の低下していない患者に対して は,40%の酸素をベンチマスクを使って6〜8L/分の流量で投与できれば よりよい.気管内挿管と機械的人工呼吸は,換気の不十分な患者には迅 速に始めなければならない.
しかし血液の酸素運搬能を増加させて組織灌流を十分に回復すること のほうが,室内の空気で十分に呼吸している患者に酸素を投与すること よりもはるかに重要であることを銘記すべきである.
すなわち,動脈血酸素分圧を60〜70mmHgから150mmHgに増加さ せることは,ヘモグロビンの酸素飽和度を90%から99%以上に増加さ せるかもしれない.しかし,血液の酸素含量を増加させるためには,輸 血によってヘマトクリット値を20%から40%に増加させる方がはるか に有効だからである.同様に,重炭酸塩(sodium bicarbonate)を重症の 代謝性アシドーシス(pH7.25以下)補正のために投与することは,価値が あるかもしれない.しかし酸素の投与によって組織の好気性代謝を回復 することのほうが,ショック回復の鍵となる.
4)薬 品
a)交感神経作用薬
b)血管拡張薬
C)副腎皮質ホルモン
MASTは,末梢の下肢,腹部の血液を中心に戻すために設計された空 気服である.それは血液量が適正に置換補正できないような重症ショッ クにおいて有用である.それは下肢の循環を減少させ,腹部に血液が貯 留するのを防ぐことによって生命維持に不可欠な臓器を灌流する必要血 液量をつくりだす.
1)適 応
(1)ショックにおいて,急速に循環血液量を補正できないとき
(2)下肢,腹部からの出血の制御と,下肢,骨盤の支持の,二つを目的として.
2)絶対的禁忌
肺浮腫には,MASTを絶対用いてはいけない.
3)応用と使用法
4)MAST
MASTはショック被災者の野外での管理に最適である.ショックの最 善の治療(循環血液量の補正)がただちに始められないときに価値がある. 最終治療が可能な場所へショック患者を搬送したり,状態の安定化を図 ることが可能である.
大災害におけるショック患者の集団的管理は,1人の患者における管理 とはまったく異なっている.もし,補液,血液,および訓練を受けた人員の十分な供給があり,患者が迅速に重症者管理設備へ移送されうるな らば,われわれがショックに対する最善の管理と考えているものとは異なっていない.しかし,資材の供給が不十分で,管理が野外に限定されたならば,患者の管理はまったく違ったものとなる.
限定された資材供給の状況下で,瀕死のショック患者に対する管理を適切なものにする方法は,資材のなかの何が,どの程度まで限定されて いるかにかかっている.すなわち,この管理方法は,次に述べる三つの 条件がどの程度得られるかによって異なってくる.第一は適切な補液と 資材があり.血液量の減少した患者に対して補正ができる場合.第二は 酸素運搬能が減少した患者に対してこれを補正する赤血球が十分である こと.第三は治療の開始に必要な訓練を受けた人員が十分にいることで ある.
1)補液の供給に制限のある場合
循環血流量が減少している患者の補正に,補液と輸液用具が制限されているときはどうするか.
補液による補正に制限がある場面に直面してショック患者の管理を行 うには,病態生理学的な管理を基本的管理に置き換えることが最善である.心,肺,脳を灌流するに十分な血液量を供給するために中心循環血 液量を確保することである.この基本問題の解決のうえに他の管理の問 題点が解決できる.
もし中心循環血液量が必要であるにもかかわらず,補液によって確保 できなければ,可能な他の方法を用いる.ただちに明らかな方法は,中 心静脈への静脈帰来を増し,中心循環血液量を増やす方法として,患者 をトレンデレンブルグ体位にすることである.それ以上出血させないこ と,そしてその他の全身的な対症療法などで,経静脈的な補液が不可能 な場合でも,中等度の出血(1〜0.5L)から回復させうる.こうした状態で は,患者の精神状態を安定させ,注意深く経口で水や残滓を含まない飲 料をとらせることは回復のための適切な手段である.
さらに重症のショック症例では,下肢や腹部に貯留する血液を減少さ せ,また下肢の灌流を減じ,このような短絡で,より多くの血流を脳や 他の重要な臓器に送るためにMASTが使われる.MASTの使用は,重 度のショック患者が最終治療を受けるまでの間を十分に生き延びさせら れよう.緊急下では,空気副子(エアシーネ)やエースラップがMASTの 代用として使えるかもしれない.経口投与は,こうした患者では内臓の 灌流が減少し,腸内の吸収が乏しいために,価値がないかもしれないし, また混濁した精神状態では誤嚥の可能性もあり危険である.
2)補液はあるが血液がない場合
軽度ないし中等度の出血には,これは問題とならない.しかし重度の 出血には,管理に支障をきたす.この際,基本的な病態生理学的な問題 は循環血液量の補正,組織灌流の補正のみならず,一度十分に補給され れば酸素の供給を可能とする赤血球の十分な補正である.もし血液銀行 からただちに入手できなければ,どこからか入手しなければならない. 最も明らかな確保場所は“動く血液銀行”,つまり健常人である.軍隊で は,誰もが入隊時に血液型を調べ記入したカードを認識票とともにもっ ている.緊急時には,同型血液や0型の供血者は簡単にわかることにな っている.市民のなかにもそうした可能性はあるが,血液型の同定はよ りむずかしい.
ひどい集団災害の状況下で“動く血液銀行”が不十分な場合は,あまり 適当ではないが,赤血球の供給源は新鮮なあるいは保存された死体血で ある.ソ連の研究者は1930年代に,死の直後に血液は凝固し再び融解す ること,そして輸血に使用できることを発見している.死体血と正常人 血とは,赤血球の生存,代謝,酸素運搬能に関して,大略同等であるこ とも見出した.以前には,外傷で突然死亡した人は,緊急災害時には重 要な死体血液銀行であった.この事実は見逃すことはできないし,生命 を救うためには,この使用をためらってはいけない.死体をトレンデレ ンブルグ体位にすれば,血液は内頸静脈から簡単に採血できる.採血は 死後数時間内に行われるべきで,死体血は自己融解を防ぐために冷温保 存し,培養のための血液をとって調べておく.間質を除いたヘモグロビ ンや合成された酸素運搬物質が,赤血球が入手できない非常の際に,近 い将来使用できるようになるだろう.
3)訓練を積んだ人員が不足した場合
患者をトリアージ分類する際,訓練された人員が制限されたら,ショ ック患者のトリアージにおける第一優先権は何によって決まるか,これ がショック管理の現実的な問題となる.合併症のない出血性ショックで 出血がすぐに止められる者が第一優先権(緊急)にはいる.さらに,合併 症を有する出血例がこのカテゴリー(第一優先権)にはいるかどうかは, 状況にかかっている.一般的には,治療が遅れれば永久的な組織破壊(腎 不全)や死に至るので,ショック患者はこのカテゴリーにはいる.第一優 先権のなかには心肺蘇生のABCをいれるべきである.気道確保と呼吸の 確立は,循環状態や循環血液量の補正のまえになされるべきことである.
大災害が生じたあと,集団災害のショック治療計画には,すばやい思 考と迅速な行動が必要である.災害の性質は,今から起こりうる,ある いは起こってしまった,または起こりそうな被災者の数と性質に影響さ れる.しかし,低容量性ショックや出血性のショックが最もよく起こり, 対処すべき最大の問題となろう.それゆえ,次の問題にすみやかに答え られなければならない.
1)経静脈的補液
2)血 液
3)装備と資材
4)人 員
希望をいえば,迅速な把握によってショック治療のための不足資材を 見出し,不足資材に対する対処,そして是正の方向に注目すれば,この 間題の計画を早く公式化することが可能となる.
出血性ショックは,資材の少ない野外でも効果的に対処されうる.そ の鍵は,迅速な状況把握および実際の野外の状況に応じた一般的な生理 学的原則と常識とに基づき,同時に患者の需要に応じた適当な治療を行 うことである.支援の制限された野外において,全血がない状況下でも, MASTやMASTにかわるもの(空気副子,エースラップ)の使用によっ て軽度(1L以下)や中等度(1〜1.5L)の出血は管理されうる.重症者の治療 のための全血は,“動く血液銀行”や死体からでも採取できる.
ショックに対しては最小の装備で大災害の状況下でも対応できる.そ のためには基本的な生理学的な問題(不十分な中心循環血液量で決定的治療 が開始されるまでの間,十分な組織灌流を保つ)と変化する状況の要求 に従って問題の処理方法もかわるという意味で,最初の思考に広い柔軟 性をもたせることが必要である.
参考文敵
American College of Surgeons,Committee on Trauma:Advanced Trauma Life Support Course,1981.
Emminizer S et al.:Autotransfusion:Current Status.Heart Lung 10,1:83 -87,1981.
Hoffman JR:External counter pressure and the MAST suit:Current and future roles. Ann Emerg Med 9,8:419−421,1980
Houston MD:Diagnosis and treatment of shock.South Med J 73,4:477− 484,1980.
Jameson GA and Greenwalt TJ eds.:Blood Substitutes and Plasma Expanders.NewYork,Alan R.Liss,Inc,.1978.
Kevorkian J and Bylsma GW:Transfusion of postmortem human blood. Am J Chin Pathol 35,5:413−419,1961.
Mendelson JA:Choice of fluids for resuscitation in trauma.Milit Med 146: 677−681,1981.
Shamow WN:The transfusion of stored cadaver blood.Lancet II:306, 1937.
Yudin S:Blood for transfusion.JAMA 106:997,1936.
-訳 中村紘一郎
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