守田 央1)、円山啓司2)、越智元郎3)、畑中哲生4)、小田 貢5)、生垣 正6)、若林 正7)
目 次
はじめに
著者らは先に、わが国の心肺蘇生法の国際標準との比較という観点から、主に成人を念頭に置いて国際蘇生法連絡委員会(International Liaison Committee on Resuscitation:以下ILCOR)や アメリカ心臓学会(American Heart Association:以下AHA)の心肺蘇生法ガイドラインを紹介した1)。本稿においては小児に対する心肺蘇生法(新生児を除く)に的をしぼり、現時点における世界標準とも言える「心肺蘇生法に関するILCOR勧告(ILCOR Advisory Statements)」2)を紹介するとともに、小児の心肺蘇生法の指導上の問題点について言及したい。
心肺蘇生法の啓発活動を実施する消防機関などは、小児に接する機会の多い市民に対し積極的に働きかけ、小児の心肺蘇生法に的を絞った救命講習を行うことが求められる。また、心肺蘇生法の指導にあたる救急隊員などは、小児の心肺蘇生法を習熟し、受講者が引きつけられるような指導技術を検討し、広く最新の知識を求めなければならない。しかも、その心肺蘇生法の知識は十分な科学的根拠に裏付けされ、できるだけ世界各国の関係者の間で共有できるものでなければならない。
平成10年の厚生省の人口動態統計によると、全死亡者数は936,480人で、そのうち0〜9歳の死亡者数は7,033人(約0.75%)であった。主な死因(表1)では、不慮の事故が1〜14歳の死因の第1位で、0歳児では第4位であった。乳幼児突然死症候群が0歳児の死因の第3位であった。また、0歳児の死因の2位が呼吸器障害で、1〜9歳の死因の4位が肺炎であった。そして心疾患によるものが1〜4歳児の5位、10〜14歳児の4位であった。このように小児心肺停止は成人に較べその発生率は低く、その死因の多くは呼吸器系障害によるものである。
1992年に世界共通の心肺蘇生法ガイドラインを策定することを目的に、AHAを中心としてILCORが組織され、1997年に現在の世界標準とも言えるILCOR勧告が発表された7)。1999年7月には日本心肺蘇生法協議会(Japan Resuscitation Council;JRC)が結成され、2000年にはILCORの構成メンバーとしてその名を連ねることとなった9)。
筆者らが所属する日本救急医療情報研究会では、それまでほとんど知られていなかった心肺蘇生法に関するILCOR勧告を国内で普及させたいと考え、電子メールの同報機能を利用した一種のフォーラムである「救急医療メーリングリスト(eml)」10)において翻訳版を作成し、AHAおよびILCORの了解のもとに、インターネットのホームページ上で公開している7)。
AHAは2000年秋に新しい心肺蘇生法ガイドライン(以下AHA2000と表記)を発表する予定であるが9)、それは、いくつかの変更点はあるもののILCOR勧告声明を踏襲したものになるだろう。そして、2000年秋以降、我が国の心肺蘇生法の指針はAHA2000を基にして、JRCを中心とした論議が開始されるであろう。
1.年齢区分
心肺蘇生法の実施基準となる年齢はどのように区分されているのか。一般に新生児は28日まで、乳児は1歳未満である。小児は1〜8歳とされている3), 5)。8歳以上は成人と同じ方法で実施する。しかし実際には、これらの年齢区分は患児の体格や救助者の体格や体力によりかなり左右される。
2.いつ通報するのか
救助者が一人しかいないときに、意識のない傷病者に遭遇した場合、いつ通報するのがよいのか。先にも述べたが、小児の場合、心停止の主原因は呼吸障害によるものである。したがってAHA1992では、小児の傷病者に対し救助者が一人きりであった場合は、大声で助けを求めた後、患児のそばを離れて救急通報に行く前に、1分間の心肺蘇生法を行うことを強調している。しかし、救命講習で心停止の原因による手順の違いまでに言及することは、受講者の混乱を招き、また、長期間の記憶を期待できない。従って、年齢により手順を変えることは、ILCORの心肺蘇生法手順の簡潔化という目的に反しているともいえる。また、早期の通報は、電話による心肺蘇生法の口頭指導を受けることができるという利点もある。ILCORの中でも、理想的には心停止の原因によって心肺蘇生法の手順は決定されるべきであるが、心停止の原因により手順を変えることは実践的ではないとしている。ただし、何度も救命講習を受講している者などには、救急通報前の1分間の心肺蘇生法について指導することも考慮すべきであろう。また意外にも、年齢により手順の違いがあることを知らない心肺蘇生法の指導者は少なくない。年齢による手順の違いを実際に指導するか否かは別として、指導者としてはしっかりと知っておくべきである。
3.気道確保
小児の舌は口腔・咽頭と比べると比較的大きく、意識障害により容易に気道を閉塞させる4)。従って小児の気道確保は極めて重要である。ILCORでも、従来どおり、頭部後屈あご先挙上法または下顎挙上法を推奨している。また、口腔内観察は、気道内異物が強く疑われる場合は優先されるが、盲目的な異物除去や口腔内異物が疑われない場合は口腔内をみても効果的でないとしている。なぜなら、気道の完全閉塞を引き起こしている異物は一瞥するだけでは普通見えないし、取り除く試みが逆に気管内へ押し込んでしまう可能性があるからである。
4.人工呼吸
年齢により様々な体型がある小児に対し、適切な換気量を数値的に表すことは困難である2)。そのため人工呼吸の呼気吹き込み量は患児の胸が上がる程度となっている。
成人の吹き呼み時間は1.5〜2.0秒であるのに対し、小児では1.0〜1.5秒である3)。乳幼児の気道は狭いので、性急な吹き込みや、過量の吹き込みは胃膨満の原因となるため、食道を開かない圧力で、ゆっくりと適量を吹き込むことが重要である。
乳児(1歳未満)への人工呼吸の方法は、従来、口対口鼻人工呼吸が推奨されていた。しかし、救助者と患児の体格によっては口対口鼻人工呼吸が困難な場合もある。母親が1歳未満の乳児に人工呼吸をする際、口対口鼻人工呼吸が可能なのは 7.8%であり、口対鼻人工呼吸が可能であったのは80.4%であったとの報告11)や、乳児は鼻呼吸が中心であることなどから、乳児には口対鼻人工呼吸を推奨している報告もある12)。ILCORにおいても口対鼻人工呼吸は推奨されている。
人工呼吸の回数は、乳児、小児とも毎分20回(3秒に1回)である3), 7)。
AHA1992では、最初の呼気吹き込み回数を2回としていた。しかし、ILCORでは2回の有効な呼気吹き込みができるまで最大5回まで実施するとしている。小児では呼吸器障害が心停止の原因として多いことや、無呼吸や徐脈の小児には酸素化が重要であることなどを考慮すると妥当であろう。
5.脈拍の確認
従来、脈拍の確認は、乳児(1歳未満)では上腕動脈を、小児(1歳以上)では頸動脈で行うことになっていた。しかし、一般市民が小児の脈拍があるかどうか確認することは非常に難しく、小児の心肺蘇生中に脈拍を確認することの必要性が疑問視されている2), 3)。事実、成人の場合であるが、頸動脈の脈拍の有無を確認するためには5〜10秒よりもはるかに長い時間を要し、95%の正確度に達するには30秒以上かかると指摘されている2)。ILCORでは、成人においても、頸動脈の触知を重要視していない。10秒以内に、頸動脈の触知を含む、嚥下運動や呼吸動作などの「循環の徴候を探すこと」となっている。通常、自発呼吸がない場合には、有効な心拍数と1回心拍出量が保たれていないので、脈拍の確認にこだわることなく心臓マッサージが必要となる3)。
6.心臓マッサージ
ILCORでは、脈拍を触れない場合や、高度の徐脈の場合を心臓マッサージの対象としている。乳児では1回心拍出量の増加を多くは望めないために、心拍数の上昇で心拍出量を補っている6)。すなわち、乳児期の心拍出量は心拍数に大きく依存していることになる。そのため、高度の徐脈は心臓マッサージの適応となる7)。
著しい徐脈とはいくつなのか。AHA1992とILCORでは人工呼吸の後、脈拍を確認し脈が触れないときや脈拍数が毎分60回以下のとき、末梢循環不全の兆候があるときには心臓マッサージを開始するとしている。
さて、心臓マッサージの対象として著しい徐脈の場合があることを、救命講習の受講者に指導する必要があるのか。先に述べたように、一般市民にとって脈拍の触知は非常に困難であり、高度の除脈ではさらに困難であることが想像できる。従って、あえて徐脈の場合を指導する必要はなく、意識と呼吸がなく、脈拍や生命徴候が無い場合を心臓マッサージの適応と考えるのがよいと思われる。
ILCORでの圧迫部位は、乳児では乳頭ラインの1横指下、小児では剣状突起を避けた胸骨の下半分である。小児及び成人の圧迫部位については平易な表現に変わっている。圧迫方法については、従来どおり乳児では指2〜3本、小児では片手で圧迫する。圧迫の深さは、従来のセンチメートルやインチではなく、おおむね胸部の1/3の深さという表現に変わっている。これは覚え易さと患児個々の体格の違いを考慮した結果であろう。圧迫のペースは成人から小児までおおよそ毎分100回のペースである。
7.心臓マッサージと人工呼吸の比
小児の安静時呼吸回数は1歳までは毎分30〜40回、2〜5歳では毎分25〜30回、5〜12歳では毎分20〜25回である6)。成人と比べるとかなり早い。しかも、小児の心停止の最も多い原因は呼吸障害であることを考慮すると人工呼吸が極めて重要である。したがって、心臓マッサージと人工呼吸の比に関してはILCORでも変わりがなく、乳児・小児では5:1である。
8.気道異物の除去
気道異物、特に完全気道閉塞の除去方法には、背部叩打法、腹部圧迫法(ハイムリック法)、胸部圧迫法(心臓マッサージと同様の方法)がある。
AHA1992では、乳児には背部叩打法と胸部圧迫法の繰り返しを、小児以上には腹部圧迫法を推奨している。さらに腹部圧迫法を意識の有無に分けて、その手順が示されているのは興味深い。
ILCORでは、胃内容物の気管内吸引や腹部内臓の損傷という危険性を考慮し、一次救命処置の処置の順序から腹部圧迫法が除かれている。人工呼吸が上手くいかない場合、AHA1992では腹部圧迫法へと進むが、ILCORでは心臓マッサージでも異物除去の効果があるため、あえて異物除去のプロトコールへと進めていない。
上記3つの異物除去法のうちどれが勝かは言えないが、腹部圧迫法は乳児には推奨されていない。また、背部叩打法は年長児に頭部を胸部より下げることが必要なため、物理的に困難であるとしている。
また、ILCORでは気道閉塞の事例が少なく必要性が稀であるとしている。そのためか、気道閉塞の瞬間を目撃された場合の除去方法が示されていない。しかし、我が国では現実に、餅やアメ、おもちゃなどの気道異物事例に遭遇しており、BLSのうち気道異物の除去は重要な手技であることに間違いない。背部叩打法や胸部圧迫法、掃除機による吸引法などの気道異物の除去に関する我が国独自の研究が今後必要である。
救急隊員は個々人の資質を向上させ知識に裏打ちされた指導を救命講習受講者に行うために、AHA1992や現在の世界標準であるILCORを熟読し、現在の指針の根拠を再確認し指針における問題点や改善点などを検証することが必要である。
ILCORの中にも、いつ助けを呼ぶのか、最初の人工呼吸の回数、口対鼻人工呼吸、気道異物の除去方法、心臓マッサージの開始時期などについてまだ未確定の部分がある。これらがAHA2000でどのように記載されるのかその発表が待ち遠しい。
最後に、ILCORでの年齢別蘇生法一覧表(日本救急医療情報研究会の翻訳による)を表2に示す。
2)ILCOR Advisory Statements:Advisory Statements of the International Liaison Committee on Resuscitation;
http://www.americanheart.org/Scientific/statements/1997/049703.html
3)古賀俊彦、福山尚哉(監訳):基礎的救命法.第1版.株式会社マルコ出版部,福岡,1997.pp6-1-17
4)古賀俊彦、福山尚哉(監訳):高度循環救命法.第1版.株式会社マルコ出版部,福岡,1997.pp
5)杉山 貢、森村 尚登:小児のCPA.救急医学 1999;12(13)通巻276号:1833-9
6)田中哲郎、羽鳥文麿、鈴木康之、他:小児の心肺蘇生マニュアル,日本小児医事出版社,東京,1998,
7)ILCOR Advisory Statments(救急医療情報研究会による和訳);
http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/99/ilcor.html
8)American Heart Association:Guidelines for cardiopulmonary resuscitation and emergency cardiac care.1992;JAMA 268:2171-2302
9)越智元郎、畑中哲生、生垣 正、他:CPAとプレホスピタルケア-心肺蘇生法の普及-.救急医学 1999;12(13)通巻276号:1883-7
10)越智元郎、冨岡譲二、伊藤成治ほか:インターネットによる救急災害医療情報の伝達.ICUとCCU 2000; 24: 91-96.
11)円山啓司 他:1歳未満の小児での口・口鼻人工呼吸は可能か.第24回日本救急医学会総会、1996年・抄録
http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/98/i425sids.html
12)円山啓司:乳児の人工呼吸法. 小児科診療 2000;63:395-399
小児の救命講習
小児のCPAの特徴
ILCORとAHAガイドライン
ILCORとAHAの小児の心肺蘇生法
おわりに
参考文献
●はじめに
●小児の救命講習
●小児のCPAの特徴
年齢層 第1位 第2位 第3位 第4位 第5位 0歳 先天奇形等 呼吸障害等 SIDS 不慮の事故 出血性障害等 1〜4歳 不慮の事故 先天奇形等 悪性新生物 肺炎 心疾患 5〜9歳 不慮の事故 悪性新生物 先天奇形等 肺炎 その他の新生物 10〜14歳 不慮の事故 悪性新生物 自殺 心疾患 先天奇形等
成人の心肺停止は心原性による心停止が多いが、小児では、呼吸停止に引き続き心停止に至ることが多い3), 4), 5), 6), 7)。小児の心停止は、呼吸機能の悪化やショックが進行した場合の終末像であることが多く、典型例では徐脈が進行し、PEA(pulseless electrical activity、電導収縮解離と同義)や心静止(asystole)へと至る2)。また、心室頻拍や心室細動の発生率は15%またはそれ以下と報告されている。小児が、心停止に至る前の、呼吸停止の状態で発見され治療されたならば、生存率は60〜70%であるのに対し、心停止で来院した場合の生存率は10%であるとの報告がある4)。従って、小児の救命には早期除細動よりも、早期の気道確保や人工呼吸が重要である。●ILCORとAHAガイドライン
●ILCORとAHAの小児の心肺蘇生法
●おわりに
参考文献
1)守田 央、越智元郎、畑中哲生 他:世界標準の心肺蘇生法の紹介-国際蘇生法連絡委員会(ILCOR)-について.プレホスピタル・ケア 2000;第13巻第2号(通巻36号):54-60