心肺蘇生法2000年の論点を拾う

大津市民病院救急集中治療部 福井道彦

LiSA 7: 566-572, 2000


目 次

 はじめに
 Yes-No勧告の終焉
 成人の一次救命処置
 広がる AED: しかし日本では・・
 心停止治療における昇圧薬: その評価は?
 心臓マッサージ補助手技
 Show our data!
 参考文献


はじめに

 AHA Guidelines 2000は、CPRに関する国際勧告を目指し、各国から有識者をダラスに集め検討が進められた。残念ながら、現時点において会議資料は、多くの未発表データが検討対象とされたため、非公開になっている。活発な議論の内容を検証することは、結果としてまとめられるGuidelinesを理解する上で極めて有用といえる。

 本稿では、個人的に注目してきた「ABCに代わる蘇生開始手順」と「一般市民用自動除細動器(automatic external defibrillator: AED)」の扱い1), 2), 3), 4)などから論点を選び、日本から会議に参加された越智、畑中両氏に検討経過を確認した。

Yes-No勧告の終焉

 AHAでの議論を理解する上で重要な点は、本号に紹介されているEvidence Based Medicine (EBM)に準拠した方法論を理解することであろう。

 方法論上、最大の特徴の一つが、絶対的な『Yes-No』形式の勧告が終わりを告げ、論拠となる知見を研究方法からLevel of Evidence(Level)で格付し、各治療に関する最終的な推奨もClass of Recommendation(推奨度)で段階評価していることである。

 例えば、「狭心症患者に対する救急隊による病院前12誘導心電図解析プログラムの実施は、推奨度 I。Level:1が5件、3が5件、4が2件、7が7件」といった勧告が続く。

 AHAは、CPRに関する膨大な問題を抽出し、個々の事項別に検討委員会を組織し、必要な知見を集め、そのLevelを評価し、それらを参考に推奨度を検討している。出される勧告は、柔軟性に富み、推奨度が決定された背景から、将来、必要となるエビデンスが何かも理解できる。

 ここでは、新たなAHA勧告はどうなるのかに止まらず、議論から見えてくる「今、何が問題なのか」を確認していきたい。

成人の一次救命処置

 近年、ABCの手技の中では心臓マッサージ(CC)が最も重要であり、動物実験的には、CCのみ行うCPRでも従来法と同等の予後が得られることが示されている1-4)。この新知見は、「CPRはABCから始める」と信じてきた臨床現場に衝撃を与えた。

 当初、その発端となった「口対口呼吸に伴う感染の不安」の指摘を、アメリカの重鎮が「口対口呼吸神経症」と非難したり、日本の学会でも「CCの臨床報告を行うこと自体、倫理的に問題がある」1)などの発言も出て、その動揺はかなりのものであった。この問題に対する今回のAHAの評価は、おおむね肯定的であったといえる。

 一般市民による口腔内異物除去に関しても、実施に確実性を欠き時間を要するなどの理由から見直されている。異物除去の問題に限らず、一般市民による一次救命処置では、「単純化」を図って行くことが重視されている。「どんなCPR法でも何もしないより予後は良好」との考えが、多くの一般市民による手技を単純化する上での正当化として用いられている。

ABCかCCか

 「現時点において、一次救命手順としてのABCは変更すべきでない。しかし、口対口呼吸を行い辛い者は、直ちにCCを開始すべきである。近年の知見によると、成人の心停止に対するCCの予後は、CPRを行わないより明らかに良好であるといえる(推奨度 IIA)」

 背景となるエビデンスとして、次の4点があげられている。1)口対口呼吸が、感染の恐れから実施されにくい状況がある。2)CCによる心拍出量は正常の25%であり、適切な換気血流比を維持する上で、必要な換気は少なくてすむ。3)動物実験において、独立した著名な3施設から、CPR開始 6 - 12分の間、人工呼吸は必須ではないという同様の報告がなされた。4)ベルギーの脳蘇生グループが、CCに加えて、人工呼吸を行うか否かに、蘇生予後は影響されないことを示した。

 「現時点において」と明示することで、勧告は、CCが更に認知されるためには、研究Levelの高い新知見蓄積の必要性を示している。EBM準拠のルールとして、動物実験の知見(Level 6)は分離して扱い、臨床的エビデンスと合わせ評価するとの確認があり、本勧告をきっかけに、臨床的エビデンスが追加されていくことを期待したい。いずれにしても、「CPRとはABCである」という臨床的 paradigmを転換させるのに十分な勧告内容と思われる。

異物除去: 市民は知らなくてよい?

 「意識消失した成人への異物除去の手順は、一般市民に教育すべきではない。有効なCCの継続、気道開放、そして人工呼吸を試みる事に重点がおかれるべきである(推奨度 IIB、安全で有用な代案)*1

注1.現時点で明らかになっているエビデンスだけでは、依然として「医療従事者などは、異物除去法を学ぶ必要がある」ことが付記されている。

 この論拠は、以下の3点にまとめられる。1)アメリカでの溺死は、冠動脈疾患死の約1/100と低い。2)気道異物除去法は、一般市民が学ぶには複雑で時間を要する。3)CPRではCCの優先性がより高いと考えられる。

 異物除去に関する検討の中でもCCに言及されている。非目撃心停止症例において、適切なCCが行われた方が、適切な換気(のみ)が行われるより救命され易いことと、従来の異物除去法に匹敵する胸腔内圧上昇が、CCにより得られるとの報告が増えて来ていることが述べられている。少なくとも、AHAの検討において、CCは、異物除去に対して、CPR実施を容易にする上からも、市民へのCPR教育を単純化する上からも優先されるとの合意がなされた形といえる。

 しかし、一般市民が行う異物除去は、小児のCPRでは依然として無視し切れない状況といえる(*メモ)。今後とも、簡便で効果の高い手技を研究していくことが、重要であるといえよう。

メモ.小児の一次救命処置 "何もしないことより何かをすることが大切"


 「小児の心停止において、一般市民は、直ちにCCと人工呼吸を行わ
なければならない。もし、その市民が、口対口呼吸またはCCを行いづ
らい場合、CCまたは口対口呼吸のみを行うことは、CPRが(何も)行わ
れないよりも良い(推奨度 IIb、Level: 5, 6)」

 小児の心停止では、その原因として窒息・低酸素の背景を考慮する必
要がある。さらに、臨床的・実験的知見のいずれからも、窒息を原因と
する脈を触知しない状態(心停止)では人工呼吸を、心室細動(VF)で
はCCを優先することが良いといえる。しかし、一般市民による実施を
前提とした現時点の勧告は、上記のようになったと思われる。一方、ニ
次救命処置に関しては、次の通りである。

 「新生児・小児の二次救命に当たる者は誰でも、バックマスクを有効
に用いる初期換気補助法を習熟しなければならない(推奨度 IIa、Level
1-2)」

 小児の CPRを検討する上での問題として、エビデンスが質・量ともに
不足していることが挙げられる。疫学上も、小児では、救命例の多くが、
救急隊到着前に心拍が再開するために、心停止症例の統計から漏れ落ち
ている可能性が高い。その他の小児 CPRに関する検討においても、推奨
度に関して判定保留と IIb を多くみる。勧告内容への賛否は別として、
Level と質の高いエビデンスの蓄積が、小児 CPRの発展に最も重要であ
ることが示されたといえよう。



広がる AED: しかし日本では・・

 1988年に、シアトルから出された早期除細動治療の目覚しい効果は、CPR治療における病院前除細動治の重要性を認識させ、日本での救命士による除細動治療実施に弾みをつけることになった。

 米国では、更に一般市民が使用することを前提としたAEDが開発され、約2年前から各州単位で使用が許可され始めている。現在、空港など公共の場所を中心に、急激な速さで大量のAEDが配備されつつある。しかし、本邦におけるAEDに対する認識は、依然として低く、数機種(Physiocontrol社製 LIFEPAK 500、Survivalink社製 First Saveなど)が臨床使用可能であるにも関わらず、法制上の違いなどもあって整備は全く進んでいない(図1)。

 筆者は、除細動治療を心蘇生の根幹をなす治療ととらえ、これらAEDの取り組みを紹介してきた1), 3), 4)。AHAの会議に先駆けて開催されたILCORの勧告においても、早期除細動の促進に関する話題は独立した章を設けて強調されている。

 今回、AHAは、CPRにおけるAEDの位置付けに関して、やや厳密で辛口な評価を行っているが、AEDを、冷静な評価の中で適切に育てて行こうとする意図が感じられる。本勧告が、日本にAEDを根付かせるきっかけになることを願っている(コラム1)。

 

図1.わが国で使用可能な AED
 米国では、空港など公共の場所を中心に、大量の AEDが配備されつつあるが、わが国では整備は全く進んでいない。
 上2枚: Survivalink社製 FirstSave(ヘルツ社扱い)
 下―写真準備中: Medtronic Physio - Control社製 Life-Pak 500(日本GEマルケット扱い)


一般市民によるAED使用:成人患者に対して
*2

 「1) 3分以内の早期除細動の実施(推奨度 I)。2) CPR義務を負う医療関係者は、除細動を行うことに関して、訓練し、器具を装備し、実施することが許されなければならない(推奨度 IIA)。3) 一般市民による除細動の実施が適切と考えられるのは、 5年以内に1回はAEDを使用する可能性があり、救急隊などに連絡後、5分以内の除細動通電が不確実な場合である(推奨度 IIB)」。

 背景となるエビデンスとして、時間経過と伴に除細動の可能性が低下することから、早期除細動の有用性は正当化できるとしている。更に、1999年に出されたAHA勧告で、AEDは早期除細動実施に最も有望な方法であり、一般市民にも使用可能であるとされたこと、1997年のILCOR勧告で(訓練された)初動者による除細動の実施が明記されたことなどがあげられている。

 しかし、今回示された推奨度は、アメリカでの華々しい AEDの展開を考えるとかなり抑制された印象を与える。その理由として、無作為臨床研究が無いことが述べられ、「更に推奨度を高くするには、研究 Levelの高い知見が必要」と明記している。今回、AHAは「国際勧告」を銘打っており、先に行われた ILCORの検討で、アメリカと他の国では、AED事情に温度差が大きかったため、「国際水準まで落した」勧告になったようにも感じる。

注2.「8歳以上の小児への AED 使用は推奨度 IIb、8歳未満への使用は推奨度判定保留」。さらなる新データ蓄積の必要性と、(小児に合った)低出力に調整できるように除細動器の仕様変更が必要であると訴えている。

Biphasic波形*3の除細動

 「Biphasic波形による出力 200J以下の除細動は、安全で、従来の高出力DCを用いた場合と同等か、それ以上の効果がある(推奨度 IIA、Level 1-5)。」

 エビデンスとしては、1999に報告された多施設の無作為臨床研究の結果が良好であったことが、高く評価されている。その他、報告されている文献は、全て肯定的であったと述べている。

 これだけのエビデンスはそろっているが、更に、この新技術に関する検討課題を明記している。最適の波形は、矩形か鋸状か…? それは、除細動成否に関係するのか? 第1‐第2のパルス幅は? Biphasicでも 200Jを超える出力が必要な患者はないのか? などなどである。

 一般市民が用いるAEDにおいて、低出力で効果を発揮できれば、手技の安全性は高まり、装置の小型軽量化を図ることができる。「同条件であれば、BiphasicによりDCに優る除細動率が得られる」との合意はあったが、だから「Biphasicは低出力で良い」という部分は、議論の分かれるところであった4)。

 今回の検討でも、BiphasicのDCに対する優位性は認めながらも、Biphasicを用いた除細動法を更に最適化することを求めている。従来からの議論を更に加熱させながら、除細動治療は、DCから Biphasicへと移行していくものと考える。

注3.Biphasic通電は、従来の DC(Monophasic)通電より除細動率が高いとされている4)。Biphasic 波形を用いた AED(Heaert Stream 社製 Fore Runner)では、低出力でも同等の除細動率が得られるとの判断から、出力を 150 J に固定して通電を繰り返す方式が採用されている。

AED か CPRか?*4

 「病院前 VF 治療において、除細動を優先させるべきか、先に CPR を行うべきかに関する、無作為臨床研究が行われるべきである(推奨度 IIB)。」

 実験的エビデンスとしては、ブタにおいて、7.5分経過したVFでは、除細動をいきなり行うより、エピネフリンとCPRを先に行う方が、有意に自己心拍再開し易かったことがあげられている。臨床上のエビデンスとして、近年、シアトルの初動者によるAED使用手順を、90秒間の CPRを先行させるように改定したところ、救命率が、24%から30%へと有意に増加したことをあげている。これらを基に、更に Levelの高い新知見の必要性が謳われた。

 この議論は、「VF患者に対しては、可及的速やかに除細動を行うべき」とした現行の勧告を見直す作業である。現行の勧告の基となったのがシアトルの救急システムであり、シアトルの大御所 Cobbが、本パネルの座長を務めている。更に、最近のシアトルでの AED使用手順見直しをきっかけとして、初期 CPRにおける AEDの至適位置付けを検討する必要性が示された形である。

注4.この問題は、一次救命処置のパネルで検討された。


心停止治療における昇圧薬

 エピネフリンとバゾプレッシンが検討されている。CPR時に使用する昇圧薬を評価するには、自己心拍再開効果と社会復帰効果が重要な指標となる。

 昇圧薬の自己心拍再開効果は、冠血管灌流圧(拡張期における血圧と中心静脈圧の差)の増加程度で判断することができる1), 2), 3), 4)。自己心拍再開から更に社会復帰を得る上で、考慮すべき因子には、蘇生後心筋障害、神経学的障害などがあげられる。特に、高用量のエピネフリンは、自己心拍再開率は増加するが、社会復帰率を改善せず、薬剤による心筋障害の存在が指摘されている4)

 一方、バゾプレッシンは、心停止状態においても主に皮膚・筋・脂肪など非主用臓器への血流を減少させ、著明な冠血管灌流圧の増加をもたらすことが知られ、近年、エピネフリンに代わる蘇生薬剤として注目されている4)。バゾプレッシンに関する主導的研究者である Lindner(ドイツ)らも、会議に加わり検討が行われている。策定のルールに明記されたエビデンス収集法の一つ「著者から話しを聞く」が、適応されたパネルになっている。

エピネフリンの場合は

 「心停止に対する高用量エピネフリン静注は、冠血管灌流圧を増加させ自己心拍を再開させるであろうが、蘇生後心筋障害を悪化させうる。高用量エピネフリンは、長期生存、神経学的予後を改善しないばかりか、明らかに悪化させる。したがって、高用量エピネフリンを画一的に推奨することはできない。心停止において1mgのエピネフリンが無効なとき、高用量エピネフリンを使用することには、賛否対立するエビデンスが存在する(推奨度判定保留)」

 「エピネフリン1mg静注が無効の場合、高用量を用いるか」に絞った検討が行われているが、議論は困難を極め、ついに合意に至らなかったようである。

 推奨度に関して判定保留が出されるほとんどの場合が、エビデンス不足であり、今後必要な研究を明らかにして締めているのに対し、エピネフリンの問題では、質・量・レベルともに充分なエビデンスが存在するように思える。今回の状況は、その治療目的を、自己心拍再開におくのか、社会復帰におくのかで対立する結論が導かれるエピネフリンの特殊性が浮かび上がった形であろう。そう考えると、高用量エピネフリンの是非を、『心停止一般』に対して勧告することは、将来的にも困難と思われる。

バゾプレッシンの場合は

 「バゾプレッシンは、心停止治療においてエピネフリンの代用薬または併用薬となりうる(推奨度 IIB)。バゾプレッシンは、成人難治性VFショックの治療において、エピネフリンに代わる昇圧薬として考慮されるべきである(推奨度 IIB)。現時点において、乳児・小児に対する効果と安全性を評価する適切なデータは無い(判定保留)」

 Level 2-6の報告により、エピネフリンと同等かそれ以上の、心停止治療におけるバゾプレッシンの血行動態改善・自己心拍再開効果が証明されている。しかし、未発表の大規模試験では、生存率、神経学的予後を改善しなかったとのデータも確認されている。

 新参入薬であるバゾプレッシンの評価は、(高容量)エピネフリンに対する優位性の確認が基本となる。高容量エピネフリンに長期生存効果が望めない中で、検討会は、長期予後に関する比較研究(現時点で出版された知見は皆無)の必要性を指摘すると同時に、元来3-5%といわれている蘇生後生存率に関して有意差を出す研究の困難さも認めている。

 バゾプレッシンの薬理作用を考えると、V1レセプターを介するため、βレセプターを刺激せず、重要臓器に血流を配分すると考えられる。難知性VFなどでは、心の被刺激性を高めるエピネフリンより臨床的に有利であると考えられ、現時点では、この点のみで推奨度評価が行われたと思われる。

 また、蘇生後管理のパネル*5でも、自己心拍再開後の低血圧に対する使用が検討され、以下の評価が出されている。「蘇生後の血管拡張性ショックが『従来の』昇圧薬に抵抗性の場合、バゾプレッシンの持続注入は有用であろう。しかし、(その論拠は)非蘇生研究で示されているに過ぎない(推奨度 IIB)」

 注5.高用量ドパミンの否定:このパネルでは、自己心拍再開後低血圧に対するドパミンの単独高用量(> 10μg/kg/min)使用が検討され、腹腔臓器灌流が障害されるとの知見を論拠として、不適切治療(推奨度 III、有害)とされた。蘇生後の血管拡張性低血圧には、従来のノルアドレナリン治療に加えてバソプレシン治療が研究されていくことになる。


心臓マッサージ補助手技

 胸部圧迫法の効果を増強する手技の有用性が検討されている。

 血行動態的には、心停止治療における胸部圧迫の効果は、『除圧時』の冠血管灌流圧の大小で評価できる。つまり、胸部を押している間ではなく、離している間に、どれだけの血液が心臓を灌流し、どれだけの血液が心臓に充満するかが重要になる1), 2), 3), 4)。ここで扱われている手技の多くは、除圧期に、ただ待つだけではなく積極的に補助することを目指している。これら手技は、近年最も活発に検討が進んでいる領域といえ1), 2), 3)、実験段階のものから臨床評価が進んでいるものまで多岐にわたっている。

 全体的な AHA の評価としては、高い推奨を行うには、生存率などを指標に大規模な知見を蓄積することが必須との判断が伺える。そこで、Interposed Abdominal Compression (IAC) CPR が条件付で推奨度 IIA とされた以外は、全て IIB の評価であった。以下に取り上げた以外、Lifestik3)、Impedance Threshold Valve、体外循環なども IIB の評価を受けている。

IAC-CPR

 「(正しく)実施可能な場合に(限り)、標準CPRに代わる手技として、または、病院内心停止に対する治療選択として容認できる(推奨度 病院内では IIA、病院外では IIB)」

 胸部圧迫の間に腹部圧迫を加えることで、従来法の約2倍の血流を生じることが知られ、大規模な研究も行われている。しかし、生存率改善に関する研究が小規模であること、腹部圧迫による合併症が報告されていること、習熟を要し一般市民には実施困難なことなどから、条件付の勧告となった。

 しかし、特別な用具を必要とせず、大きな効果が期待できることは確認され、習熟した手技者による実施が勧められている。

Active Compression-Decompression CPR

 推奨度 IIB。吸盤で、胸部圧迫後の除圧時に胸郭を持ち上げ、胸腔内陰圧化を図る。簡便な構造のため同装置(Ambu社製Cardiopump)は、日本を含めて使用が広がっている。

 生存率改善に関する研究では、Paris から出された一つの報告だけが有意な結果であり、その他は有意差を出せていない状況である。

Vest-CPR

 推奨度 IIB。『鉄の肺』様の硬性 Vestを装着し、胸郭全体に陽圧・陰圧を加える。装置が巨大で、強力な駆動装置を要する。小規模臨床試験で、有意な生存率改善を示したが、大規模試験は、予算不足で中座している。装置の使用に習熟した手技者という条件付の評価になっている。

ピストン式 CPR

 推奨度 IIB。用手的胸部圧迫をピストンに行わせる Thumperは、最も古い補助装置の一つである。一部、用手法に勝るとの報告もあるが小規模研究であり評価されていない。明らかに手技者を楽にする装置と位置付けられている。

開胸心マッサージ

 推奨度 IIB。1992年のガイドラインで、「開胸心マッサージは人為的に循環を維持する補助法ではなく、正常に近い心・脳への灌流を維持する特別な手技」と勧告されて以来、研究 Level の高い新知見に欠ける。自己心拍再開など短期効果はあるが、長期生存に関する検討がない。

 そこで、「推奨度を判定保留とすべき」とか、「前ガイドラインは時代遅れ」、「胸部外傷の場合などに推奨されているが支持するエビデンスが無い」等の意見が出たことを示しながらも、前ガイドラインから大きな変更は無かった。Grandfathered Recommendations の一つといえよう。


Show our data!

 AHAの議論から、恣意的に幾つかの話題に絞って検討した。扱った項目は、ダラスの会議における「一次救命処置」、「心停止治療薬」、「心臓救急における電気的治療」、「循環補助法と新たな CPR 手技」などのパネルに当たり、極めて限定された部分に過ぎない。会議の全体は、これらの他に多数のパネルが設定さ れ、同じルールと論法で個別の問題が評価されている。

 本稿は、個々人が注目している CPR の問題に関して、AHA での評価を読み取る一助とすることを目指した。AHA は、「正答が何か」ではなく、「正答にどこまで近付いているか」を示そうとしているといえる。これを読む読み手側も、「AHA 曰く…」風の教条主義的詳細分析ではなく、そこの記載を利用して今の位置を確認し、将来を方向付けるために利用することが求められていると思う。

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 今後検討されていく日本版ガイドラインは、Guidelines 2000が示す EBM に基づいた「今どこにいるのか」に関する情報と整合性を保ちつつ、合意形成していくことが求められよう。更に、今回の AHA 勧告は、そこに示された問題点を探求する起点として位置付けられる。多くのパネルで、推奨度が判定保留とされたり、新知見の必要性が明示され、議論は未来に向かって開かれたままになっている。本勧告が、「Show me your data」との呼びかけに、日本から新知見で応える活動が活発化するきっかけになることを期待したい。


文献

1.福井道彦:蘇生の優先順位はABCでよいのか?:CPR開始手順の最適化に向けて.LiSA 1996; 3: 338-41.

2. 福井道彦、重見研司、唐万春ほか:圧すだけの蘇生−人工呼吸を行わない救急蘇生法の可能性− 麻酔 1997; 46: 314-20.

3. 福井道彦:初期心肺蘇生手順再考:Cより始めよ! Cのみ行え?.日臨麻会誌 1998; 18: 342-8.

4. 福井道彦:心蘇生成功に必要な3要素-ABCに代わる Paradigmを求めて-. 日臨麻会誌 2000; 20: 21-9.


LiSA特集:心肺蘇生法2000年の潮流