(日臨麻会誌 18: 342-348, 1998)
目 次
I.はじめに
II.まず DC よりはじめよ
III.DC の躊躇をなくす AED
IV.CPP = dBP - dCVP
V.A、Bは必要か
VI.Gasing
VII.Fickの回転寿司
VIII.酸素と蘇生
IX.炭酸ガスと蘇生
X.まとめ:至適蘇生手順は?
文献
I. はじめに
II. まずDCより始めよ
シアトルの成功は、早期 DC 治療の有用性を臨床的に証明している。一方、日本においても救命士により病院到着前の DC 治療が開始されたが、救命率に著明な改善はみられていない。日本で指摘される問題として、現場での DC 治療を心電図伝送等により医師の判断を仰いだ後に行っているため、この過程で時間を要し、期を失する場合が多いということがある。日本の現状と、シアトルの成功から明らかなように、DC 治療は、心停止直後においては極めて有効であるが、その効果は時間とともに急激に低下してしまうことになる。
DC 治療の成否は何に左右されるのであろうか? 心停止を心電図上から分類すると次の3つに分けられる。1. 心室細動 (Vf): 個々の心筋には活動性を保っているものもあるが心筋の電気的興奮がまちまちで統合されていない状態。2. 興奮収縮解離 (EMD): 電気的には興奮が見られるが収縮が起こらない状態。3. 心静止: 収縮力も電気的活動も停止した状態。DC 治療は、活発な Vf 状態にのみ有効な治療である。活動性を保った心筋が十分あれば、DC 後心臓は蘇生するが、これが少ないと DC によって逆に EMD や心静止となり心蘇生は失敗する。心停止後時間経過と伴に、個々の心筋では虚血が進行し活動性が低下していく。この様な心臓では、A、B・C等の治療による心筋再酸素化が DC に先だって必要になる。このことからわかる通り狭義の心蘇生治療は、Vf に対して DC 治療を成功させることにあり、後に検討する他の治療は、全て虚血心筋を酸素化して DC を成功させる「下ごしらえ」にすぎないことになる。
III. DCの躊躇をなくす AED
緊迫した状況の中で DC 治療を確実に行うために自動体外式除細動器(AED: Automatic External Defibrillator)が注目されている。AED は、心電図を自動解析し DC 治療の適否を自動判断して手技者を指導するもので、わが国においても救急救命士が使用している。現在 AHAを中心に、さらに診断能力と安全性を高めて、一般市民にも使用できる機種 (Heartstream 社製 Fore Runner、Physiocontrol 社製Lifepak 500など)が開発されている8)。数時間のトレーニングで市民にも AED の使用を許可し、AED をイベントホールなど多くの人が集まる公共の場所に配備して、速やかに DC 治療を行う取り組みが進行している。これら市民用 AEDは、DC 治療に不慣れな医療従事者が躊躇なく適切な DC 治療を行う上でも極めて有用な器具と考えられ、一部(Physiocontrol社製など)は、日本での販売も検討されている。
図1 経時的蘇生優先順位の変化
閉胸式心マッサージの効果を高めるとされている補助治療は、全て CPP の上昇を期待していると考えられる。エピネフリンは、主にそのα作用により CPPを増加させる12), 13)。前胸部圧迫に続いて「能動的除圧」を行うことで機械的に拡張期の動静脈圧較差を増大させる方法として、吸盤によって胸骨を直接引き上げる Active compression - decompression 法 (AMBU社CardiopumpTM)14), 15)。てこによって胸骨引き上げと腹部圧迫を同時に行う Phased chest and abdoinal compression - decompression 法 (Datascope 社 LifestikTM)16)などが提案されている。より侵襲的な補助として、「上行大動脈でバルーンを膨らませる方法」では、ブタの実験において生理循環に匹敵する CPPを生じ無治療心停止 7分後でも 100%の蘇生率が確認されている17)。
この様に、CPPは、心マッサージの効果を評価する最良の指標と考えられる。高い CPP を維持するには、補液とα刺激薬による治療に加え、使用可能な補助手段を積極的に導入することが肝要である。蘇生治療を観血的に動脈・中心静脈圧モニター下に行なえる場合には、CPP を確認することで治療判断がより容易になると考えられる。
図2 心蘇生の方程式
そのほか、gasping には、上咽頭の神経筋興奮と開口・頭部後屈運動を引き起こし上気道を開放する Aの作用25), 26), 27)
や、特に新生児において無呼吸心停止状態から gasping を引き金に自己心拍が再開する「auto-resuscitation」28)が知られ、胸腔内陰圧化に伴う静脈還流の増加を含めて Cに対しても有益な反射であると考えられている。また gaspingは、無治療心停止状態で約 1分後から 5-10分後にかけて観察されると考えられ、発症が目撃されていない症例の心停止時間予測にも用いることが可能である。臨床的にも、gaspingが観察された心停止患者では予後良好であることが報告されている29) 。
図3 心停止中のgaspingによる換気量
VO2を一定に保つために、Hb、SaO2、COの低下に対して SvO2 は代償的に低下する。この関係を直感的に理解するために、図5
多少横道にそれたが以上のような理由で、蘇生中の酸素・炭酸ガスは動脈側以上に静脈・組織側において大きく変化する。その際、動脈血ガスを測定する意味としては、酸素供給を評価する上では有用であるが、炭酸ガス代謝に関しては産成される組織レベルの変化が評価出来ないために、あまり良い指標とはいえない。次に、酸素・炭酸ガスが蘇生に及ぼす影響を検討する。
図4 蘇生中の部位別酸素・炭酸ガス分圧
図5 Fickの回転寿司
PAO2 = PIO2 - PACO2/R (PAO2: 肺胞酸素分圧、PIO2:吸入酸素分圧、PACO2:肺胞炭酸ガス分圧、R:呼吸商)
この状態において酸素分圧を高く保つには、吸入酸素分圧を上昇させる必要がある。このために酸素投与は、高炭酸ガス状態下の蘇生においてより有効性が高いと考えられる。 ラットを用いたCのみの蘇生でも、簡単なフードを通して顔に酸素を投与するだけて蘇生率は著名に改善した21)。動脈血の酸素化は、蘇生成功にきわめて重要であり、A、Bを行わない(行えない)場合でも、口・鼻への酸素投与は動脈血酸素化を促すうえで有用になる。
このような組織高炭酸ガス状態の成因としては、蘇生中の低灌流・組織低酸素状態に伴う「嫌気的炭酸ガス産成」がある36)。嫌気的状態にある細胞内では、乳酸産成がすすむ。乳酸は強酸のため解離して水素イオンと乳酸イオンに別れるが、イオンは細胞膜透過性が制限されるため多くは細胞内で緩衝されると考えられる。細胞内で重炭酸による水素イオンの緩衝が起こると、同量の炭酸ガスと水が産成され、炭酸ガスは拡散により細胞膜を自由に通過して広がり組織・静脈系の炭酸ガス分圧を上昇させる。
人工呼吸を行わない蘇生時にみられる動脈側炭酸ガスの 10-40 mmHg程度 の上昇は、300 mmHgを超えて上昇した細胞内炭酸ガスの運び出しにおいては、ほとんど影響がなかったと考えられる。蘇生中動脈血炭酸ガスは低いにこしたことはないが、80 mmHg 程度までの上昇は蘇生予後からみるとそれ自体 permissive - hypercapnea の範囲と考えられる。
医療従事者の蘇生手順としては、心停止直後の DC 治療は極めて効果的であるため、滞りなく実施することが求められる。ただちに DC 治療が行えない場合には「Cより始めよ」と言えるし、その際にも上気道への酸素投与は考慮すべきである。C のみの蘇生が 10分を超える状況に関しては知見が少ないため、気管内挿管を用いた A、Bを開始すべきであるが、その際も Cの中断を最少に止めることが重要である。
今後、初期蘇生手順の見直しは、今回紹介した新知見を基に検討されると思われる。
IV. CPP = dBP - dCVP
CPP = dBP (拡張期血圧) - dCVP (拡張期中心静脈圧)
となる。閉胸式心マッサージ中においても、この関係が成立し、拡張期(除圧時)にのみ冠血流を生じる。前胸部圧迫時、胸腔内圧の増加が動静脈圧を同時に上昇させるために冠血流は生じない。除圧時に動静脈圧較差が生じ冠血流が得られる10), 11)。停止心臓を酸素化し再起動させるために必要な CPP は、ヒトでは 12-14 mmHg 以上と言われている。V. A、Bは必要か?
VI. Gasping
VII. Fickの回転寿司
Normal: 生理的状態、CPR: 人工呼吸を行う従来法による蘇生中
VIII. 酸素と蘇生
IX. 炭酸ガスと蘇生
X. まとめ: 至適蘇生手順は?
文献