◎成長ホルモン(GH)産生下垂体腺腫とは
下垂体腺腫とは,ホルモンの中枢である下垂体に発生した腫瘍です.下垂体は鼻の付け根の奥のトルコ鞍という頭蓋骨のポケットのようなところにあります.この病気の原因は不明ですが,子孫に遺伝する病気ではありません.ホルモンの中枢に発生する腫瘍であるため,この病気では腫瘍が下垂体特有の成長ホルモン(GH)を過剰に分泌することが特徴です.腫瘍が,成長ホルモンを大量に作るため,鼻や唇,あごや手指など四肢末端が肥大する(先端巨大症とよばれます)病気です.成長ホルモンの全身的な作用で,高血圧,糖尿病,貧血,悪性腫瘍などを合併します.また,先端巨大症の症状には気づかす,非機能性の下垂体腺腫と同様に,腫瘍増大により視力障害が出現して発見される患者さんもおられます.
◎治療法
腫瘍をすべて摘出すれば完治し,ホルモン機能が正常化します.したがって,手術の目的は,腫瘍の全摘出であります.腫瘍が大きく,視力障害の改善のために手術を行う場合は,かならずしも全摘出を目的としないこともあります.
かつては,腫瘍が大きい場合は,開頭術が行われていましたが,最近では,特に下垂体腫瘍を専門にする脳外科医の間では,より低侵襲な経鼻的手術が第1選択の手術法となっています.もし,主治医の先生に開頭術を勧められた場合は,主治医の先生のとよく相談されるか,下垂体腫瘍を専門にしている施設でのセカンドオピニオンをお勧めします.
経鼻手術と言いましても,鼻の穴から腫瘍を摘出する方法と上くちびるの裏を2-3cmぐらい切って鼻腔から腫瘍を摘出する方法があり,最近では鼻の穴から摘出する方法が主流です.通常の腫瘍では,ホルモン正常化率は60-80%と言われていますが,腫瘍が大きかったり,海綿静脈洞に浸潤している場合は,手術による正常化は期待できないと報告されています.ただ,残存する腫瘍を小さくすればすればするほど,術後の薬剤治療の効果が高くなるため,可能な限り腫瘍を摘出するのが標準的な治療です.
では海綿静脈洞内に腫瘍がある場合や腫瘍が安全に摘出できない場合は,サンドスタチンなどの薬物療法が次の治療になります.安価で内服可能なパーロデルから使用しますが,効果のある患者さんはまれです.次に,サンドスタチンの治療を薦めますが,治療費が高額です.また,サンドスタチンのホルモン正常化率は60%程度ですので,サンドスタチンが効果ない場合は,さらに高額のソマバートを使用します.この薬剤は,成長ホルモン受容体の拮抗薬であるため,腫瘍の抑制や成長ホルモンの分泌低下はありませんが,成長ホルモンがうまく働かなくなり,先端巨大症の症状改善が期待できます.約95%に効果があると言われています.現在,この病気は国の難病指定となっておりますので,患者さんの自己負担額は軽減されております.ただ,一生この治療を継続することは,大きな負担になるため,ガンマナイフ治療などの定位放射線治療を併用するのが一般的です.
◎その他の治療法
1.開頭法による腫瘍摘出術.
視神経や内頸動脈などの重要な脳神経や血管を直接確認しながら手術を進めることができます.巨大な腫瘍や経鼻経蝶形骨洞近接法で充分な視神経の減圧ができなっかった場合などには,有効な方法です.
問題点:
- 下垂体腫瘍がトルコ鞍というポケット状の部位に存在する場合,この方法では腫瘍を全て摘出することは困難です.
- 腫瘍が脳の深部にあるため,手術中に脳の圧迫が必要です.多くの場合は問題になりませんが,まれに,この圧迫により脳障害を来すこともあります.
- 頭皮に傷が残ります.
2.薬物(パーロデル,サンドスタチン,ソマバート)による治療.
脳腫瘍が手術をしないで,薬を飲むだけで縮小したら理想的な治療法といえます.成長ホルモン産成腫瘍の20%には,パーロデルの内服が有効な場合があります.また,サンドスタチンの注射では,約60%に効果があると報告されています.最近,ソマバート(ペグビソマント)という新薬が承認され,95%以上の治療効果があると言われています. ただし,これらの薬物治療には次の問題点があります.
問題点:
- サンドスタチンやソマバートは極めて高価な薬剤で,一生涯治療を継続するとなると,治療費が問題になります.また,注射しなければならないことも患者さんの負担になります.
- 薬剤によりホルモン正常化や腫瘍縮小を認めても,投薬中止により腫瘍が再び増大するため,長期間の投薬が必要になります.
- 経過中に薬剤に対して抵抗性となり,ホルモン異常が再発する場合があります.
- ソマバートでは,腫瘍の増大など長期治療にともなう問題点が危惧されています.
3.ガンマナイフ(特殊な放射線治療装置)による治療.
ガンマナイフによる治療の有効性は確認されています.ただしガンマナイフ治療には次の問題点があります.
問題点:
- ガンマナイフ治療後,効果がでるまで1年以上の時間経過が必要と考えられています.また,ホルモンが正常化する率は60%程度と考えられています.
- 腫瘍の周囲の脳神経や脳下垂体に放射線障害が発生し,視力障害や複視,下垂体ホルモンの機能低下を合併する可能性があります.
- 視神経に接している場合や2.5cm以上の大きな腫瘍では適応とはなりません.