大量出血に対する "fluid strategy"

(LiSA:メディカル・サイエンス・インターナショナル、1998年、Vol 5、No 12)
  1. 井上徹英:出血性ショック:麻酔科医は全体を見通す姿勢を崩さずに(p 1236-1242)

  2. 池田寿昭:出血性ショック:出血量とバイタルサインがカギ(p 1244-1247)

  3. 石原 晋:出血性ショック:止血と輸血だけではコントロールできない(p 1248-1253)

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3.出血性ショック:止血と輸血だけではコントロールできない

石原 晋、金子 高太郎
Shin ISHIHARA, Kotaro KANEKO

県立広島病院救命救急センター 麻酔集中治療科

(LiSA:メディカル・サイエンス・インターナショナル、5: 1248-1253, 1998)


目次


症例1

 56歳男性。交通外傷。来院時意識II-30(E1V2M6),血圧70/50mmHg,心拍数110bpm。右大腿骨開放骨折,骨盤骨折(恥骨・坐骨),右多発肋骨骨折(V-XI)あり血胸を伴う。頭部CTでは異常所見なく,初回の腹部超音波(US)でも腹腔内液体貯留を認めない。緊急血液検査 ・Hb値8.6g/dl,Ht値29%,血小板数11万/mm3。動脈血ガス(フェイスマスク酸素投与)はPaO295mmHg,PaCO233mmHg,pH7.29,BE -9.0であった。

[経過]右胸腔ドレーンを挿入すると血性排液700ml。手術室で大腿骨のデブリドマン,骨盤創外固定が予定された。

外傷患者管理

麻酔科医の基本的立場

 いうまでもなく,麻酔担当医の最重要責務は手術患者の安全の確保である。安全を確保するためには病態の把握が不可欠である。本症例は鈍的外傷であるから,鈍的外傷に特有の病態と治療戦略の組み立てに関する理解がなければ,病態を把握することも,引き続く安全の確保もおぼつかない。外傷患者の病態や治療戦略の理解のためには,麻酔科医が患者搬入の段階から外傷チームの一員として,初期治療に参加するシステムが必要である。

 さらに,外傷の救急初療においては核となるべきチームリーダー(外傷専門医,救急医)の存在が不可欠であるが,外傷専門医や救急専従医不在の施設においては,全身を診,臓器連関を理解する医師は麻酔科医しかいないのであるから,麻酔科医自らがチームリーダーの役割を分担し,麻酔管理はその業務の一部として行うのであるというスタンスが必要である。

病態把握と急変の予測

 本症例の紹介文の情報だけでは,病態の把握は困難である。受傷機転は単に交通外傷とある。歩行者か運転者か,乗用車か二輪車か,シートベルトは?など受傷時の状況はきわめて重要であるが,その情報がない。

 例えば,乗用車運転中の正面衝突であれば顔面頭部のフロントガラス外傷,胸部・上腹部のハンドル外傷,腹部のシートベルト外傷,下肢・骨盤のダッシュボード外傷などが主たる損傷である。このような情報が搬入時に聴取されていなければならない。

意識障害の原因

 「来院時の意識U-30(E1V2M6)」の原因は何だろう。瞳孔,神経学的所見の記載がない。頭部CTには異常所見なしであるから,頭部外傷があるとすれば脳振とう,びまん性軸索損傷,脳幹損傷のようなものであろう。

 頭部以外に意識障害の原因が考えられるだろうか。血圧70/50mmHg程度の出血性低血圧では,脳循環は保たれるから通常意識障害はきたさないが,auto-regulationを障害する基礎疾患があればきたし得る。泥酔,薬物濫用,運転中の脳梗塞などはチェックすべき重要項目である。

 本症例の場合,意識障害に対して早急に行わなければならない処置は特にない。しかし,以上のようなことを念頭に置いて以降の管理にあたる。

血性排液量からの判断

 「右多発肋骨骨折(V-XI),血胸があり,右胸腔ドレーンを挿入すると血性排液700ml」う〜ん,これは悩ましい。鈍的外傷時の血胸の85%は肋間動静脈や浅い肺裂傷によるもので,ドレナージだけで解決する。残る15%は3cm以上の深い肺裂傷や大血管の損傷で,自然止血は期待できないから緊急開胸が必要である。

 ドレナージとともに800ml以上の血性排液があるときは後者と判断し,緊急開胸の適応とする施設が多い。700mlという数値は悩ましい。出血性ショックの原因が血胸ではないという確信があれば,とりあえずその後の排液量をモニターすることとしようか。この場合,いつでも開胸できる態勢を準備しておかなければならない。

血圧低下

 さて,血圧低下の原因は何だろう。出血は当然関与しているだろうが,ほかの原因も常時念頭になければならない。血胸・気胸や心嚢内出血による拘束性ショック(心拡張障害)ではないか,心臓損傷(弁損傷,心筋挫傷など)はないか,脊髄損傷はないか,これら3項目は出血とともに外傷患者の血圧低下の4大原因である。

出血源

 血圧低下の原因が出血だけだったとしよう。どこから出たのだろう。大腿骨開放骨折? ・現場は血の海だったか,救急隊は圧迫止血で搬送中の出血を制御できたか,搬入後はどうかなどの情報がほしい。骨盤骨折(恥骨・坐骨)? ・恥骨や坐骨の骨折は,openbook型でなければ出血量は知れている。血胸? ・700mlの出血ではショックにはならない。腹腔内出血? ・右多発肋骨骨折(V-X1)がある。これは大変あやしい。右の下部肋骨骨折では肝損傷を,左下部では脾損傷を疑うのは常識である。

 そもそもCT検査は行われたのだろうか。そのことの記載がない。重度の鈍的損傷であるから,バイタルサインさえ許せば頭部から骨盤までの全身CTを撮るべきである。全身造影CTを行えば,肝損傷などによる腹腔内出血,骨盤骨折に伴う大出血の診断は容易である。頭部しか撮影しなかったというなら,バイタルサインが許せばもう一度CT室へ行こう。CT室へ行くのが危険な状態であればICUへ搬入し,超音波検査をやり続けよう。

手術室でのデブリドマンと骨盤創外固定が予定された
かんべんしてください。この手術を今やってはいけません。

 本症例の現時点での最大の問題は出血性ショックで,出血源が判明していないことにある。今なすべきは,fluid resuscitationを施行しつつ出血源を見つけることである。ほかに出血源がなく骨盤骨折の出血が主なら,血管造影,塞栓術の適応である。open book型の骨折による出血ならCクランプ(ミニ知識1)の適応である。全身状態から考えて緊急手術の適応ではない。後述のように超音波で腹腔内出血が明らかになってきたのであれば,その処置を最優先としなければならない。

さらに33.5℃に体温低下,腹部超音波で液体貯留所見
手術遂行の判断は? とにかく復温を!

 外傷性出血性ショックでは体温の保持がきわめて重要である。34℃以下に低下すれば,出血傾向のため救命が非常に困難となる1)

 われわれは救急外来の天井に赤外線ストーブを設置し,すべての輸液輸血を加温して投与,開胸・開腹手術では加温マット,温風ブランケットを使用するなどして,極力体温低下防止に努めている。輸血の加温装置としてはレベル1社のシステム1000TM を用いている(本号表3広告参照)。本装置は500ml/minの急速輸血を行っても体温を低下させない強力な加温器である(図1,2)。

 本症例では33.5℃まで体温が低下しているから,開腹の術前状態としては大変危険な状態にある。あらゆる手段を用いて開腹までに復温を図り,術中はそれを維持しなければならない。

開腹術の適応

 さて,腹部外傷における緊急開腹の適応は,「腹腔内出血による出血性ショック」と「管腔臓器損傷による腹膜炎」である。われわれは,自然滴下ではなくポンピングによる輸液輸血を強いられる状態を出血性ショックと定義し,緊急開腹の絶対適応としている。本症例がこのような病態を呈しているのであれば,直ちに開腹しなければならない。ただし,復温が得られていないのであれば,術式は damage control(ミニ知識2)にとどめなければならない。

 例えば,開腹所見が複雑な肝損傷だったとしよう。33.5℃の体温下に修復手術を敢行すれば,台上死となることは明らかである。開腹後すばやく肝臓周囲にガーゼパッキングを行い,速やかに閉腹しなければならない。

麻酔の選択と導入の実際

 導入に先立ち,観血的動脈圧モニターを開始する。出血性ショックを呈する患者の緊急開腹手術の麻酔法は,ケタミン(ケタラールR)またはフェンタニルによる鎮痛と,ベクロニウムによる筋弛緩が基本である。必要に応じて少量のミダゾラムで鎮静してもよい。本症例では脳損傷が完全には否定できないので,ケタミンは避けたほうがよいかもしれない。

 硬膜外麻酔は,ショックでなくても重度外傷の受傷後48時間以内は行わない。なぜなら,脊椎損傷があり,刺入体位としたとたんに麻痺が出現するかもしれない。出血傾向の出現により硬膜外血腫をきたすかもしれない。ショックであれば何をか言わんや。

 外傷患者はすべて超フルストマックである。覚醒挿管または急速導入を行う。本症例では脳損傷の可能性を否定できないのだから,覚醒挿管はやめたほうがよい。

麻酔導入後,60/40mmHgまで血圧低下 処置は?

導入直後の突然の血圧低下の場合

 麻酔導入,陽圧呼吸開始と同時に血圧が低下する理由は何か。麻酔薬の過量はなかったものとしよう。血圧上昇によって,鎮静化していた出血が活動性になるようなへたくそな導入はしなかったとしよう。導入前にPaCO2 の上昇はなかったから,急激な換気の適正化も原因ではない。疼痛や恐怖による交感神経緊張の解除であれば,昇圧薬や輸液に反応するだろう。鈍的外傷例における陽圧呼吸開始直後の突然の血圧低下は,緊張性気胸と考えてまず間違いない。

 本症例では右血胸があったのだから,右気胸の合併は当然考えられる。血胸のため背側に挿入されたドレーンでは,通常腹側に存在する気胸を解消できないことが多い。また,右血胸だからといって右にとらわれてはいけない。左右とも聴診打診してみよう。開腹後であれば患側の横隔膜の突出で容易に診断できる。診断したら直ちにドレナージを行う。

腹部緊満を伴って次第に増悪する低血圧

 腹腔内の出血量が急速に増加しているのである。一刻も早く開腹止血を図らなければならない。ただし,この場合いきなり開腹すると,腹圧によるタンポナーデ効果によってかろうじて保たれていた心臓の前負荷・後負荷が失われ,心停止に至る危険がある。開腹に先立って胸部下行大動脈の血流を遮断しなければならない。

 左開胸下に遮断する方法もあるが,さらに体温が低下する可能性が大きいため,本症例ではバルーンカテーテルによる遮断が得策だろう(コメント)。

Hb5.0g/dlに低下,同型血供給は800mlのみ,どうするか?

 体温低下が持続しているのであれば,手術は damage controlにとどめて閉腹する。全身状態が改善しており,手術を続行するのであれば O型血液を準備するが,これを使うのはあくまでも最後の手段である。酢酸リンゲル液,新鮮凍結血漿(FFP),アルブミン製剤などで循環血液量を維持する。

 エホバの証人患者での挑戦などの経験の集積から,循環血液量,末梢循環,体温,酸塩基などが良好に維持されていれば,血液希釈だけで心停止に至ることは意外に少ないことが知られるようになった9)。むしろ,輸血だけで出血性ショックを管理できると考えるほうが大きな間違いである。全身管理上最も重要なことは,volume adjustと体温維持である。

 volume adjustができていないのに,昇圧薬の持続注入で血圧を維持しようと考えてはならない。

出血傾向と血小板数減少(3.5万/mm3)への対処

 出血傾向,アシドーシス(pH7.2以下),体温低下(34℃以下)を外傷性出血性ショックの deadly triad(ミニ知識3)という。きわめて死亡率の高い危険な状態である。パッキングなどの最低限のdamage controlを行ったのち,直ちに閉腹し deadly triadからの回復を図る。

 出血傾向の原因は体温低下,アシドーシス,凝固因子の希釈,DICなどである。したがって,あらゆる手段を講じて速やかな体温回復(前述のシステム1000が最強),アシドーシスの補正,末梢循環の改善,血小板の補充,メシル酸ガベキサートの持続注入,ヘマトクリットや電解質の適正化を図る。

 deadly triadが解消され全身状態が改善したら,速やかに再開腹手術を行う。

術中,尿量が0の場合は?

 循環血液量が追いつかないかぎり,尿量は得られない。逆に利尿薬なしで1ml/kg/hr以上の尿量が得られるようであれば,循環血液量は保たれている。無尿がある程度長時間続くと,腎機能が低下する。腎機能が低下しているのに尿流出を目標に急速輸液輸血を行うと,肺水腫をきたすことになる。

 術野での出血が制御され,心拍や血圧が安定してきたのに尿流出がみられないときは,まず術者に膀胱の張り具合をチェックしてもらう。膀胱内に尿があれば,導尿ラインをチェックする。続いて,中心静脈圧(CVP),肺動脈楔入圧(PAWP)や心エコーで前負荷が十分か否か,過剰になっていないかをチェックする。

 心臓の充満が十分ないし過剰で,血圧も保たれているのであればフロセミドを静注する。最初1A,15分待って2Aと,15分ごとに倍量投与しながら1〜2時間観察する。これで尿流出がなければ速やかに持続血液濾過(CHF)を開始する。腎前性腎不全であるから可逆性であることが多い。自尿が得られるまでCHFを続ける。腎機能回復までに何日もかかるときは,全身状態の改善を待ってCHFからHD(血液透析)に移行する*1

突然の血圧低下、何を考えてどう対処する?

術野で出血が増大していない場合

 頭蓋内出血,心タンポナーデ,大動脈破裂,緊張性気胸,進行性縦隔気腫(気管・気管支損傷),胸腔ドレーンの閉塞,左血胸,骨盤骨折の出血,脂肪塞栓…。鈍的多発外傷では「何でもあり!」である。術野で出血増加がなく,術者も下大静脈を抑えるなどの悪事を働いていないとなれば,覆い布に隠されたどこかに原因がある。

 通常の麻酔管理の話はさておき,本症例に限定して対処を考えよう。危険かつ対処可能なことからチェックしていく。頭蓋内出血は閉腹するまで対処できないから無視する。呼吸音の左右差,酸素飽和度低下,横隔膜の腹腔内せり出しなどで緊張性気胸を,心エコーで心嚢内出血を再確認し,あれば直ちにドレナージ。経食道心エコー(TEE)で胸部大動脈を観察し,破裂があれば胸骨横断切開での修復が必要。

 気管支鏡で気管支の損傷を確認。あればダブルルーメンチューブに入れ替えて左右肺を分離し,非損傷側だけの換気とする。骨盤骨折部から後腹膜腔や周囲軟部組織への大量出血が確認されれば,術野において内腸骨動脈を確保遮断してもらう。胸腔内出血以外には考えられず,胸腔,心嚢のドレナージで解消できなくて,わけのわからないうちに心停止が逼迫したときは胸部外科医を呼び出し,胸骨横断切開下に心大血管を展開する。

術野で出血が増大している場合

 一般に,出血が制御できていないのに急速輸血・輸液を行うのは,ザルのなかに水を入れるようなものだが,近年,fluid resuscitationを急速にすればするほどザルの目が粗くなることが知られるようになった。出血が制御できるまでは,正常血圧を目標とした攻撃的fluid resuscitationは行わないというのが最近の考え方である。

 術野での出血は制御できそうか,手術の手を休めることはできそうか,ここは一気に手術を進めるべきかなどを判断し,術者とコンタクトをとって,術野での戦略に合わせたボリューム負荷を行う。

 循環血液量不足による血圧低下に,エピネフリンやノルエピネフリンの持続注入で対処してはならない。末梢血管の収縮からdeadlytriadへの道を突き進むことになるからである。心停止が逼迫したときは冠血流確保の目的で使用せざるを得ないが,この場合,ワンショット静注で用いる。少量のドパミン(3〜5mg/kg/min)持続注入は,ショック時の血流のcentralizationを解消し,腎血流や腸管血流を維持する効果があるから,これは好ましい。ただし,循環血液量不足による低血圧の改善をドパミンに頼ってはならない。


文 献

  1. Cosgriff N, Moor E, Sauaia A, et al.: Predicting life threatning coagulopathy in the massively transfused trauma patient. Hypothermia and acidosis es revisited, J Trauma Inj Infand Crit Care 1997; 42: 857-62.

  2. Ganz R, Krushell RJ, Jakob RP, et al.: The anti-shock pelvic clamp. Clin Orthop 1991; 267: 106-16.

  3. 川井 真, 大泉 旭, 原 義明ほか:重度骨盤骨折における C-clamp治療の意義.日外傷会誌 1998; 12: 17-22.

  4. Gentilello LG, Cobean RA, Offner PJ, et al.: Continuous arteriovenous rewarming. Rapid reversal of hypothermia in critically ill patients. J Trauma 1992; 32: 316-27.

  5. Rotondo MF, Schwab CW, Mc Gonigal MD, et al. Damage control - An approach for improved survival in exsanguinating penetraiting abdominal injury. J Trauma 1993; 35: 375.

  6. Sankaran S, Lucas C, Walt A: Thoracic aortic clamping for prophylaxis against sudden cardiac arrest during laparotomy for acute massive hemoperitoneum. J Trauma 1975; 15: 290-6.

  7. Edwards WS, Salter PP, Carnaggio VA: Intra luminal aortic occlusion as a possible mechanism for controlling massive intra-abdominal hemorrhage. Surg Forum 1953; 4: 496-9.

  8. 石原 晋, 金子高太郎:鈍的腹部外傷の出血制御を目的とした専用大動脈遮断カテーテルの臨床応用.日外傷会誌 1998; 12: 11-6

  9. Gubler JS, Gentilello LM, Hassantash A, et al.: The impact of hypothermia on dilutional coagulopathy. J Trauma 1994; 36: 847-51.

  10. Felliciano DV: Abdominal trauma In Schwartz SI, Elis H. Maingot's abdominal operations 9thed Connecticut Appleton & Lange 1989, 457.

  11. 葛西 猛, 木庭雄至, 亀井陽一ほか:重症型肝損傷におけるdeadly triadの再検討.日外傷会誌 1998 ; 12: 149S


ミニ知識*1 Cクランプ

 Ganzらの報告した2)クランプは,太いピンを左右腸骨に刺入し,それらを蝶番のついた C型アームで固定するものである。構造上救急外来で素早く装着(平均約4分)でき,骨盤環を仮整復固定することにより骨盤動揺性を減少させる。通常,経皮的動脈塞栓術(TAE)では制御困難な,骨折部や静脈叢からの出血を減少させることができる。また重症多発外傷患者で,ほかの致命的病態の診断や治療の妨げにならないという利点がある。

 適応の基準は,出血性ショックを呈し輸液に反応しない骨盤骨折で,蘇生時期における一時的な方法として使用し,あとで創外固定や骨盤内固定への変更追加手術を行う3)

▲図1 輸血・輸液加温装置システム1000TM(レベル1社)

 システムは輸血・輸液バッグの加圧装置,アルミ製の熱交換器,温湯を外筒に流す二腔回路と警報装置からなる。500ml/minの急速輸液・輸血が可能で,この速度でも回路先端部の輸液温度は37℃に保たれる。脱血した血液を本装置に通し,戻し輸血することで強力に core warmingすることも可能である。出血性ショックのみならず偶発低体温症の治療に用いた報告もある4)

ミニ知識*2 damage control

 太平洋戦争では,航空母艦(空母)戦力,制空権が戦場を支配した。しかし空母は広い飛行甲板が目標になりやすく,被弾するとその機能を失う。また,積載する航空機燃料や魚雷・爆弾などの危険物の誘爆が被害を大きくする。現場での消火作業や応急修理により被弾による損傷を最小限にくい止め,空母機能の温存と艦体の損失を避けることが重要とされ,米海軍はこれを“damage control”と呼称した。

 1942年5月の珊瑚海海戦は,史上初の空母機動部隊同士の対戦となった。米空母レキシントンはdamage controlの不備でガソリンタンクから漏れた気化ガスに引火,爆沈した。この教訓を踏まえ,同年6月のミッドウェー海戦では赤城以下の日本空母4隻を沈め,開戦以来の制空権の劣勢を一挙に挽回し,以後の空母戦を有利に戦える立場を確保した。同海戦の米国の勝利は,情報戦の優劣に加えて,前月の珊瑚海海戦で被弾した空母ヨークタウンを,本土に回航させることなく3日間で応急修理し,使用できるようにしたdamage controlの成功も一因とされる。

 転じて1993年,Rotondoら5)により重症外傷に対する治療戦略として紹介された。重症(腹部)外傷では,手術に長時間を要すると,deadly triad(ミニ知識3)に至り患者が死亡するので,手術目的はとりあえずの止血による生命維持を第一義にし,機能修復は二期的手術に託すという考え方である。例えば,重度複雑肝損傷などにおいて,開腹下に肝周囲にガーゼパッキングのみ行い,そのまま閉腹するなどの対処をさす。現在では,患者が本来有する自己修復力を重視し,侵襲は必要最小限にとどめようという考え方(minimal invasive treatment)として,各領域に拡大解釈されつつある。

図2 外傷性出血性ショックの開腹術中直腸温変化

 箱ヒゲ図 ―従来の保温法(n=17)
 折れ線―システム1000使用(n=4)

 出血性ショックを理由に緊急開腹手術を行った自験外傷患者21例において,術中の体温変化を検討した。従来の保温法を行った群17例(箱ヒゲ図)では,手術室入室後30分,60分,90分の時点で有意な体温低下がみられた。システム1000を使用した4例の体温はすべて速やかに回復した。

コメント―大動脈遮断

 出血性ショックと腹部緊満を伴う鈍的腹部外傷では,迅速な開腹止血操作を行うことが急務である。しかしながら,いきなり開腹すると,緊満した腹壁によるタンポナーデ効果が失われ,極端な血圧低下から心停止に至る危険がある。そこで,開腹に先立って左開胸下に6),あるいは経皮経動脈的にバルーンカテーテルを挿入し7),胸部下行大動脈の血流を遮断する必要がある。

 文献的にはフォガティTM8 22Frカテーテルをこの目的に使用した報告が多いが,このカテーテルではシャフトの剛性が低いので,血圧が回復するとカテーテルが押し戻される。また,臓器阻血時間を短縮するためには inflate-deflateの反復や半遮断という操作が不可欠であるが,このような操作の実施も困難である。

 このため筆者らは,シャフト剛性の高い,ハイコンプライアンス・バルーンを有する,この目的専用のカテーテル(下図)を試作した8)。現在までに21例に臨床応用し,良好な成績を得ている。

ミニ知識*3 deadlytriad

 重症腹部外傷,なかでも日本外傷学会肝損傷分類IIIb型や,これに肝静脈損傷,肝後面下大静脈損傷を伴うなどの重症型肝損傷では,一期的に根治手術を行うと,術前からの出血性ショックや術中の大量出血,低体温により,臓器の代謝不全が生じ,ある一定の蘇生限界点 point of no returnを超えると患者は死亡する10)。患者を救命するためには,この点に至る前に速やかに手術をdamagecontrolceliotomyに変更し終了しなければならない。34℃の低体温,pH7.2のアシドーシス,凝固障害(術野の出血傾向)をdeadly triadと呼び,この蘇生限界点に近づいたことを示す予兆としている。

 また,葛西らは11)は1998年,IIIb型肝損傷の自験42例の50%予測死亡率から深部体温34℃,BE-13mmol/l,プロトロンビン時間(PT)13秒を deadly triadとして,より明確に提唱した。さらに早期に手術終息に向かうことで患者の予後を向上させる必要から,25%死亡率を予測する基準をよしとする説もある。

*1 このまま慢性透析患者になってしまうことも,まれにはある。


■救急・災害医療ホームページ/ □全国救急医療関係者のペ−ジ