ナースのためのコンピュ−タ通信講座 |
(エマージェンシー・ナーシング 10: (2) 173-183, 1997)
目 次
災害医療とコンピュータ通信
愛媛大学救急医学 越智元郎プロローグ
「先生、今お忙しくないですか? こんど、陽子さんが災害対策連絡会議の病棟代表になったんです。わたしも災害について少し勉強しておきたいので…。」
「愛さん、ちょうど今インターネットの仕事をしているので、ホームページを見ながらお話をしましょうよ。陽子さんもご一緒にどうぞ。」
愛さんと先輩の陽子さんが早速、医局にやってきました。
「お二人ともいらっしゃい。以前は資料集めの秘訣といったら詳しい人に聞くのが一番だったけど、今はインターネットもとてもいい相談役だよね。」
「先生のお話やエマージェンシー・ナーシングの特集のおかげで、コンピュータ通信で楽しく学ぶっていうことがとてもよくわかりました。」
「それは嬉しいお言葉だなあ。」
「先生、知ってますよ。ネットスケープ2) だったらブックマークに好きなページを入れておくんでしょ?」
「私もうひとつ知ってますよ。自分のホームページのリンク集に入れておくといいわ。」
「陽子さんのきれいなホームページは、よく見せていただいてますよ。おっしゃったように、ホームページって他の人に見てもらうためだけでなくて、自分の知識の整理にも役立つんだ。その意味で、自分自身のためのリンク集って重要だね。」
「先生、私も救急のホームページをいくつか見てきたんですけど、救急医療の関係者ってすごく団結が固いですね。」
「あれえ、そういう感想はじめて聞くんだけどどうして?」
「だって救急医療のホームページって色々あるんだけど、お互いリンクを張り合っているし、少しずつ違う視点からページを作っている感じ。それに病院関係者だけでなくて、救急隊員や日本赤十字社の方など、いろいろな背景の人たちと助け合って情報発信してるって感じがする。」
「愛さん、すごく暖かい見方をしてくれていて嬉しいな。僕もそうだけど、救急医療の関係者でコンピュータ通信に親しんでいる人はほとんど、 "救急医療メーリングリスト(eml) "や "救急の部屋"3) のメンバーで、通信を通じて毎日、お互いの意見や情報を交換しあっているからじゃないかなあ。」
「先生、 emlでは災害の話も出るんですか?」
「勿論。災害ボランティアの方が過去の災害の詳しいレポートを毎月紹介してくれるし、病院の災害対策や災害時の通信のことなどでも、賑やかな意見交換があってすごくためになったなあ。」
「先生の口癖の "楽しみながら学ぶ"ってわけね。」
「それとね、災害医学の誰でもお名前を知っている専門家の先生や、防衛庁の研究者の方や中毒の専門家、赤十字のボランティア、
NGOの活動家の方などが、気軽に意見を聞かせてくれるんだ。救急隊員や看護婦さんもどんどん発言されるし。」
「先生、おっしゃりたいことがわかりました。災害になる前から、職種を超えた全国レベルの交流が必要ってことでしょう?。」
「ああ、これも僕の口癖なの? あれ、話がホームページのことからよそへ行ったね。僕がお勧めしたいホームページの一つは愛媛大学の 『災害・救急医療ホームページ(http://apollo.m.ehime-u.ac.jp/GHDNet/jp/)』 だね。」
「私も知ってる。ここに行くと、救急医療関係のホームページへつながるリンクがいっぱいあるんです。」
「担当者はさっき出てきたemlの言い出しっぺなんだけと、日本救急医学会や日本中毒情報センターのホームページも担当しているんだよ。 "エマージェンシー・ナーシング" は日本救急看護学会の準機関誌なんだけど、この雑誌の記事紹介なども "救急・災害医療ホームページ" に載っているよ。」
「先生、こういうホームページの維持は手間がかかるんでしょ?」
「うん。でも、災害や救急医療の分野での情報伝達は、救急医学教室の研究や教育のテーマとしてとても重要だと思うな。まだ手をつけている施設は少ないけど、やりがいのある仕事なんだ。」
「先生、災害医療の勉強をするにはまず "災害・救急医療ホームページ"を覗いてみたらって言われましたね。でも、載っている災害関係の資料などが、半年とか1年遅れで古いことがあるんです。」
「やあ、陽子さんはコンピュータ通信の速報性の恩恵に十分にあずかっていますね。反対に、ホームページやパソコン通信の掲示板は蓄積型の情報だから、一回入れた情報はずっと残すことができるよね。だから新聞やテレビ・ラジオと違って、じっくり考えるための情報収集には向いていると思うな。」
「先生のお考えはよくわかりますよ。他の人のホームページに載っていない、新しい大事な情報は自分のホームページに載せて発信しなさいっていうことでしょう?」
「そう。こういう災害についての情報を掲載したからリンクを張ってって連絡して上げたら、とっても喜ばれるよ。」
「"Ask what you can do for your country"のインターネット版ね。」
「あれれ、愛さん。ケネデイのファンなの?」
「映画のJFKをきっかけに本を読んだんです。でもコンピュータ通信に関しては、受動的な情報の受け手になるな、発信し参加しようというのは先生の口癖ですよ。」
「ケネデイで思い出したけど、僕が小学生のとき世界で初めての衛星テレビ放送があって、その時流れた映像がケネデイ暗殺のニュースだったんだ。衛星通信というのは災害時の重要な通信手段だから、あとでこの話をしようね。」
「先生の寄り道話、面白くて大好きなんだけど、1番の用事を忘れることがあるのが欠点よね。」
「そうそう、今日は災害準備のための資料を探すんだったんだよね。」
「先生、私もう見つけてきたんですけど、災害・救急医療ホームページの中に災害医療文献集というコーナーがあって、文献のリストが出てますね。」
「そう。それから文献リストの所に "要約"とか "全文"と書いたリンクがあるでしょう? これは愛媛大学の学生さんが、この論文を読んで作った勉強会の資料を、要約として掲載してるんだ。著者に連絡を取って、全文を掲載させてもらっているのもあるね。」
「こういうページってすごく助かる。プリントアウトしたらすぐ簡単な資料集が作れるし。図書館にゆく前にこのホームページを調べておくといいと思う。」
「でも、もっと役に立つのは地域の災害協定やマニュアルなどの、今全国で作られつつある災害関連の資料なんだ。」
「そのコーナーも見たけど、東北救急医学会の災害協定しか載ってなかったわ。」
「これはね、自治体などでインターネットに接続できている所は少ないし、資料をホームページに載せさせて下さいって頼んでも、なかなか許可して貰えないらしいんだ。本当は自治体などの防災担当者がワープロ入力済みの資料を提供してくれたら、ホームページ掲載はすぐにでもできるんだけど。」
「全国の災害対策の資料をホームページで閲覧できたら、本当にいいですね。」
「今度、厚生省健康政策局で発行した「21世紀の災害医療体制」という本をホームページに掲載する許可をいただいたんだよ。今、愛媛大学の担当者と分担して作業している所だから、もうすぐ愛さんたちにもインターネット上で見ていただけると思うよ。」
「先生、国の防災関連の情報が率先してインターネットで流されるというのはとってもいいと思います。」
「愛さん、医局で借りる本や図書館でコピーする文献の目安がついたかな。じゃあ、おいしいコーヒーを飲みながら、災害時の情報伝達についてお話をしようよ。」
「そう、長田区に叔父の家があって。電話が全然つながらなくて、あの日は本当に心配したわ。」
「先生、小学生のような質問で恥ずかしいけど、なぜ震災のときに電話がつながらなくなったの?」
「ひとつは、簡単にいうと地震で電話のいろいろな仕組みが壊れたためだよ。兵庫県では地震のあと、NTT内部での通信を行なうための設備が壊れ、回線で言えば28万本以上不通になってしまったんだ。通信用の予備電源や発電機が壊れたためと言われている。」4)
「あら、電話線が切れるので不通になるのかと思った。」
「愛さんが言ったのも正解。これは一般家庭などへの引き込み線や架空ケーブルの断混線のことで、これも20万台近い電話の不通の原因になったんだ。」
「2番目がふくそう(輻湊)っていって、たくさんの電話が被災地域に集中して掛けられたことだね。」
「安否確認やお見舞いの電話ですね。」
「そう。NTTの発表では震災当日は普段の約20倍の交信(トラヒック)量になったんだって。これは簡単に言ったら、日本全国の市外通話が一挙に2倍になって、増えた分がすべて兵庫県に殺到したのと同じボリュームなんだって。」
「今、病院と消防本部、自治体などとの連絡といったら電話やFAXが中心ですね。病院の災害対策は電話がつながりにくくなることを前提にしておく必要がありますね。」
「陽子さん、うちの病院では災害時の外部との連絡について、どういう取り決めをしてるんですか?」
「今作成中なんですけど、ひとつは職員呼び出しのことなんです。震度5強以上の地震では、職員は自分と家族の安全を確認次第、病院に集合するという案です。」
「前から職員呼び出し網があるけど、電話が掛からなくなることも考えておくのね。」
「自治体の相互協定などでも、一定以上の震度で被災地と連絡がとれない場合は非要請主義で応援の行動をおこすと決めたところが多いんだ。その意味では被災地にいても、被災地外でも、ラジオなどの報道で地震の規模や被害の程度を確認することは絶対必要だよね。」
「でも、ラジオぶら下げて病棟回りなんて、ちょっと。」
「愛さん、これは神戸の病院で実際に行われたことなんだ。病院によっては、診察室でもラジオをかけて患者さんといっしょに聞いていたんだ。でも診察に気をとられて、頭にはなかなか入らなかったって。」
「先生、インターネットだとその辺がうまくゆくんじゃないかしら。」
「そうだね。もしインターネットに接続できたら、周辺の病院の被害状況や死傷者の氏名、避難所の位置や避難者名といった情報を一挙に入手できた可能性もあるね。」
「ラジオだと知人の名前が出てこないか、ずっと聞いていないといけないものね。インターネットだと手のあいた時に接続すればいいし、検索もすぐできるから。」
「先生、電話やインターネットはいつ頃から使えるようになったんですか?」
「NTTの復旧作業も必死だったさ。衛星通信のための衛星車載車やポータブル地球局の設備を被災地に投入し、無料の特設公衆電話だって2850台も設置したんだ。」
「でも地震のあと何日も、電話はかかりにくいままだったわ。」
「そう、ふくそう(輻湊)の問題さ。さっき1月17日で20倍の交信量と言ったけど、18日以降も6、7倍の交信量の時期が続き、電話がスムーズにつながるようになるのに22日頃までかかったんだ。」
「インターネットの方はどうだったんですか?」
「神戸大学について言えば、大阪大学と接続しているSINETとWIDEという2つの専用回線のうち、WIDEの方が西宮付近で切れてしまったんだ。でもSINETに迂回する経路設定にすることができたから、厳密にはインターネットの回線はずっとつながっていたと言っていいね。」
「でも、インターネットも使えなくなったんでしょう?」
「そう。神戸大学では地震の後、本部に設置してある地震センサが作動して、全部の部署への通電が停止されたんだ。安全確認できた所から通電が再開されたんだけど、総合情報処理センターへの通電が再開され、外部接続用機器が再起動されたのは19日のことだったんだ。」5)
「そこから後の、神戸大学や神戸市立外語大学からのインターネット情報発信はとても有名ね。」
「普通の電話、携帯電話、無線、インターネット、伝書バト、使えるものは何でも使って。」
「ハッハッハ。伝書バトでは大量の情報は送れないね。昔からマイクロフィルムを運ばせるという手はあるけど。」
「電話について言えば、病院には必ず優先度の高いつながりやすい電話があるんだ。それがどの電話か調べておく必要があるね。その電話の所には必要な連絡先の一覧を置いておく必要がある。」
「次に優先度の高いのは公衆電話でしょ。」
「そう。災害時には院内の公衆電話は業務用のものとして、確保しておく必要がある。そこにも連絡先の電話番号の一覧やテレフォンカードを置くし、何よりも連絡担当の職員が24時間貼りつくかたちにしたらいいと思う。」
「消防署や保健所などにつながった電話は切らずに、つなぎっぱなしにしてはどうかしら。」
「そうだね。一方、防災用の無線については郵政省も力を入れている。1996年から5年間かけて、広域で多目的に使える防災行政無線のネットワークを作り上げる計画があるんだ。」
「病院にも無線の設備をつけて貰えるの?」
「そう。病院や避難所となる可能性のある学校、街頭などにも防災無線を設置して、直接市役所などに連絡を入れることができるようになるんだ。」
「被災地では停電になるから、コンピューター通信での発信はすぐにはできませんね。」
「所がそうじゃないんだ。電話回線、通信のできるラップトップコンピュータ、非常用電源の3つが揃っていれば、通信はいつだって、どこからだって可能なんだ。」
「本当ですか。」
「回線の確保は勿論、衛星通信さ。インマルサット衛星(図1)って聞いたことがあるよね。これを用いた可搬型地球局は30Kgとか10Kgとか、スーツケースに入る位なのが開発されているんだ。」6)
「じゃあ通信専門の人がリュックに背負って、ヘリコプターでどこにでも降り立ってセットアップすればいいわ。」
「その通り。救急車に積載できるモデルもあるよ。値段ももう救命救急センターや消防署で十分購入できるレベルになっているし。そうそう、発電機のことは陽子さんが詳しいと思うな。」
「病院では去年、非常用の発電機を2台買って、救急外来とICUに置いてます。デイーゼル式だから軽油があればいつでも電気が確保できるんです。」
「もう1台買って、通信機器専用に使うようにしたらどうだろう。」
「今度の連絡会議で提案してみます。」
「今言ったのは災害の直後から情報を自力で発信するための設備なんだ。でも半日もたてば、NTTなどが被災地の主要な部署に衛星車載車などを配置してくれると思うよ。」
「でも、情報発信できるところは限られているから、拠点となる場所へ情報を集めるのはやっぱり自転車、バイク、患者さんを搬送してきた救急隊員からの伝言など、人手がないとできない仕事ですね。」
「そう。それから被災地の中でどんどんワープロを打って情報を電子化してくれる人や、それを電子メールやFAXで送信する係など、たくさんの人手がいるんだ。」
「わたしたちも通信に慣れておかなくちゃ。」
「愛さん、ここが今日のお話のポイントだね。自分たちが被災地にいる時は情報発信を
自分たちの手でしないといけないことがある。そして被災地へ手伝いに行くときには、情報ボランティアとしての人手も求められていることを知っていてほしいな。」
「先生、被災地外での災害情報の取りまとめをするのはどういうところなんですか?」
「救急医療に関する限り、厚生省が提唱している広域災害・救急医療情報システム 7) になるでしょう。これは各県の情報システムをインターネットと結ぶものなんだ。都道府県のセンターが損壊した時に備えて、各県のデータを保管したバックアップセンターも設けることになっている。厚生省、災害対策本部、消防本部、医療機関、保健所などは電話回線で接続することになっているんだ(図2)。」
「あら、消防署や救命救急センター、保健所などもインターネットの専用回線で結べばいいのに。」
「きっとそういう風になってゆくと思う。でも、救急隊員、病院のスタッフ、保健所の職員などがもっともっとインターネットに親しめるように、今のうちから練習しておく必要があると思うな。」
「普段できないことが災害時にできるわけがないものね。」
「先生、遅くなるからそろそろ失礼します。先生のコンピュ−タ通信の仲間の皆さんにもよろしく仰ってくださいね。私たちも参加させていただきますからって。」
「先生、エマージェンシー・ナーシングのコンピュ−タ通信の特集で色々教えてくださった先生方や編集部の皆様にも、よろしくね。」
「愛さん、陽子さん、また明日。読者の皆さんもまたお会いしましょう。」
2. 新田賢治:インターネット. エマージェンシー・ナーシング 9 (12): 43-48, 1996.
3. 伊藤成治:救急医療とコンピュ−タ通信. エマージェンシー・ナーシング 10: (1): 65-73, 1997.
4. 武井務:阪神・淡路大震災における通信サービスの状況. 電子情報通信学会誌 79 (1): 2-6, 1996.
5. 竹井辰則、宮地輝雄:コンピュ−タシステムの状況.電子情報通信学会誌 79 (1): 11- 14, 1996.
6. 野原光夫、小林英雄:衛星通信の利用状況. 電子情報通信学会誌 79 (1): 7-10, 1996.
7. 厚生省健康政策局指導課:災害に備えた事前の体制整備.21世紀の災害医療体制、へるす出版、東京、 25-96, 1996.
図の説明
図1. インマルサットシステムの構成
図2. 厚生省による広域災害・救急医療情報システム(文献7より著者の許可を得て転載)
1.非災害時の情報収集
2. 大災害時の情報交換とコンピュータ通信
エピローグ
参考文献
(文献6より著者の許可を得て転載)