今日では、技術の発展とともに、市場には従来なかった財やサービスが登場し、 それに対する需要も生まれてきている。……。 新しいものの登場を「倫理的に問題がある」といって規制したり禁止したりする 方向でルールを整備するという発想は間違っている。 ……。遺伝子治療、遺伝子診断なども含めて、 こうした遺伝子レベルでの生命の操作は、 従来の倫理が想定していなかった問題を生むことになる。 その場合、長く続いてきたやり方と違うやり方は好ましくない、 という保守主義の原則が倫理の名で唱えられるだけで、 必要なルールもなかなか用意されないことが多い。 ……市場に登場してくるものはできるだけ禁止せずに、 個人の自己決定と自己責任(コストの自己負担)に委ねることを原則とした ルールづくりを目ざすべきであろう。
---竹内靖雄『法と正義の経済学』
定時起床。少し某翻訳。シリアル、朝刊。
午前中は娘と留守番。
お昼、近所のカレー屋で昼食をとってから大学へ。 夕方まで某研究会。
夜、百万遍で懇親会。夜中まで。タクシーに同乗させてもらい帰宅。 すぐに寝る。
少し遅めに起床。シャワー、娘とFaceTimeしながらシリアル。
午前中、トラムと電車とバスを乗り継いでモナシュ大学へ。ここに来るのも10 年ぶり。お昼は哲学科主任の某先生や、某氏夫妻と。大雨が降ったり止んだり。
午後は夕方まで部屋を貸してもらって仕事。すこし金曜日の報告の準備。
夕方、学内の保育園で某氏夫妻の子どもの顔を見たあと、駅まで送ってもらっ て帰宅。それから夜中まで、ひたすらメールの返事などの雑用。食事は昨日の 残りなど。ちょっと不健康。
真夜中、ちょっと一服。まだすべきことがあるが、今日は人と会ったり慣れな い電車に乗ったりして疲れたのでそろそろ寝るべきだろう。
少し遅めに起床。娘とFaceTimeしながら朝食、朝刊。それからシャワー。
どうにも風邪なので近くの診療所で薬をもらってから大学へ。某サブウェイで 食べ物を買って薬を飲む。
午前中は新聞読んだり雑用したり。お昼すぎ、某翻訳作業。
昼下がり、中央食堂で遅めの昼食をとってから某演習。カルザース。
夕方、某先生と打ち合わせ。その後、某校正作業など。
夜、百万遍で買い物をしたあと、丸太町まで歩いて某タイ料理屋で夕食。食べ すぎた。
夜中、帰宅してシングルマザーズの最終回を見ながら雑用。風邪はまだ治って いないようなので、もう寝るべし。
昨晩は夜明け前に娘が夜泣きをして、一時間強、眠りを中断される。遅めに起 床。シリアル、ひげ剃り。
お昼前に家を出て、神保町へ。京都の某氏と某書店の喫茶店で昼食をとりなが ら某相談。iPhone4Sを触らせてもらう。いいかげん乗り換えるべきかな。
お昼すぎから某出版社で某会議。日が暮れるまで。いろいろ勉強になった。
夜、帰宅して夕食。それから急いで娘を風呂に入れ、夜中に某オンライン研究 会。食器を少し洗う。
娘は風邪気味のようだ。明日の朝までに治っていなければ、どこか病院に連れ ていかないといけない。ふう。
昨晩はDVDで『アイアンマン2』を観てから寝た。 それなりに楽しめたが、ストーリーに盛り上がりが欠けて今ひとつ。 アクションを楽しむだけの映画だったようだ。C
朝、ゴミを出してから二度寝。起きてからシャワー、シリアル、朝刊。
午前中、パンクした自転車を自転車屋に持っていくために、春日まで押して行く。 天気好し。自転車屋で、空気が抜けただけの可能性があるからと、 虫ゴムを交換して空気を入れてもらう。 パンクだったらまた持ってこないといけない…。
帰宅して一服したあと、地下鉄で三田へ。本を読んでいたことと、 諸々の理由から隣に座ったお婆さんの挙動が気になっていたことが重なり、 三田で降り忘れて白金高輪まで行ってしまう。急いで引き返して、 三田で某氏と会い、近くの寿司屋で昼食をとりながら歓談。 そのあと、喫茶店にも立ち寄る。
昼下がり、三田で開かれた某研究会に参加。人数が少なかったこともあり、 なるべく質問するようにした。勉強になった。 懇親会はパスさせてもらう。すみません。
夜、某氏と三田の喫茶店で一服してから、帰宅。某妻と自宅の近くの 讃岐うどん屋で夕食。そのあと、帰宅して夕刊。ソファで死んだように寝る。
真夜中、DVDで『レインマン』を観る。 なんどか観たが名作。ダスティン・ホフマンもトム・クルーズも良い。 最後のちょっと前の、 テーブルに座って医師と話しているシーンのあたりが泣ける。B++
朝、なんとか起床。シャワー、朝食。雨。
地下鉄で定時出勤(少し遅め)。午前中は某講義の準備など。
お昼すぎ、某国際会議の業者との打ち合わせに出席。
昼下がり、某院生や某院生や某院生の指導を少しずつ。
夕方から某講義。資源配分の話や新型インフルエンザ対策の話など。 一応、無事に終わる。これで今年はあとは集中講義のみ。
夜も雨。地下鉄で帰宅。夕食後、新聞。
夜中、ソファで死んだように寝る。そのあと、二階の勉強部屋で功利主義アワー。 ロスなど。
もう寝よう。
朝、定時起床。ゴミ出し、シャワー、朝食。 そういえば、最近は毎日、豆を挽いてコーヒーを作っている。 ようやくおいしくコーヒーが作れるようになってきた。
定時出勤(少し早め)。机の配置を変えてみる。 今まで窓を背にしていたが、今度は扉を背にする配置に。 某学生にも手伝ってもらう。
午前中は雑用。来年度の講義のシラバス書きなど。 お昼は某ランチョンセミナー。秋葉原のトリアージについて。 「黒タグでも治療を続ける」という解釈が混乱を生んだそうだ。
お昼すぎから夕方まで、学生の指導3件。そのあと、またシラバス書き。
日が暮れて、一杯コーヒーを飲んでから某購買部へ。 文房具を買うついでに、ウェブカメラ2台と携帯HD(160GB)を衝動買いしてしまう。
それから二時間、明日の講義の準備。帰るのがすっかり遅くなる。
夜中、夕食。それからウェブカメラを設定して、Skypeに入ってみる。 実は、まだやったことがなかった。今ごろやることになったのは、 某先生が「(よく知らないが)テレビ会議をしよう」と言い出したため、 勉強する必要が出てきたから。うまく行った…と思ったら、 1台のカメラが初期不良のようで、まったく映らず。あ$A!+あ、明日交換か。仕方ない。
某妻の某発表の予行にお付き合いする。新聞も読まねば。
そういえば、しばらく前からピペッツのCDが見当らないんだよな。
なんとか起きる。シャワー、朝食、朝刊。
眠い。お腹の調子も少し悪い。
某妻が引越してきてから、今日でちょうど一年経ったようだ。
今日のこと。
睡眠は大切だ。というわけで、今日はもう営業終了。
朝、某氏が引越してくる。引越し作業を横目で見ながら某翻訳。
お昼は白山でイタメシ。それから総合図書館に行き、 ひたすら某翻訳の推敲。あと少し。
夕方、ようやく研究室へ。
東大のSchool of Public Health設置の話、 ようやく本決まりになった ようだ。 しかし本当に「公共健康医学」という名前を使うつもりだろうか…。
夜、某テキストの相談が延期されたので、少し早目に新宿へ。 某百貨店の某中華レストランで夕食をごちそうになる。感謝。 赤ワイン。
それから巣鴨で買物をして帰宅。眠い。
翻訳。ほぼ完成。 ある箇所で引用されている`N. Gogol'(ゴッゴル?)って誰だろう、 グーグルの親戚かと考えていたら、ゴーゴリだということがわかった。
今日のニュース
お昼まで昏々と眠る。
寒い。
本三の喫茶店へ。翻訳をしなければ。
まだ某喫茶店。翻訳は三つのうち、第一の項目をようやく最後まで訳したが、 意味不明な部分も多いので、他人に送る前にもう一度見直さないといけない。
ホット・クランベリージュースを追加注文。次はホッブズの勉強だ。
ノートパソコンのバッテリが切れたので研究室へ。ちょっと新聞を読む。
そういえば、数日前の話になるが、英国保守党の党首に、 ディヴィッド・キャメロン氏(39)が選出されたそうだ。 ブレアが労働党の党首に選ばれたのは41才。 次の首相はロバート・ゴードンだと思われるが、 果たして保守党の巻き返しはあるのだろうか。
たまっている新聞を読んだり、論文の相談を受けたり。
夜、某カレー屋でカキフライカレー。たまたま同僚の某氏と一緒になる。 そのあと某スタバに行くが、日曜日なので早く閉まってしまい、 テイクアウトのラテしか買えなかった。
万歩計の歩数も足りなかったので(どうでもいいが、昨日は 結婚式場のホテルで着替えたあと、万歩計を付け忘れたので、 歩数がぜんぜん足りなかった)、 ちょっと散歩に行く。雪がちらほら降る中、 小石川の植物園のあたりまで足を伸ばす。 某スーパーで牛乳などを買ってから帰宅。
しばらくホッブズの勉強。某翻訳も終わらんし、困った。
今日のニュース
昨日のニュース
ひさしぶりに好きな勉強をする時間がある。といっても、 やるべきことは山積みなわけだが。
竹内靖雄の『法と正義の経済学』(新潮選書、2002年)を読んでいると、 あまりにひどい議論にでくわしたので、ちょっとメモしておく。
(1)この人は小さな政府を支持するリバタリアンのようだが、 まず、「分配の正義についてはただ一つの答はない」という理由から、 「分配の正義というものはない」と結論している(32-3頁)。 これは文化相対主義の典型的な正当化と同じで、正しくない。 あるテーマについて意見が一致しないことは、 そのテーマの難しさを示すだけかもしれず、 「答がない」という結論は一つの可能性ではあるが、 直ちに導きだすことはできない。
また、結局のところ、筆者はリバタリアニズムの立場を取っているが、 「リバタリアニズムは分配の正義にはコミットしていない」 というのは、間違いである。というのは、 「政府が分配に介入するのは不正で、 市場で決まった分配形式が正義に適っている」と信じているからである。 筆者がこの点に気付いていないのは驚きである。 (リバタリアニズムを「売る」ための戦略かもしれないが)
(2)筆者は、分配の正義については、四つの分配方式があると述べている。 それは、(1)一律平等に分配する、(2)抽選によって分配する、 (3)貢献度に応じて分配する、(4)各人の必要に応じて分配する、である (35頁)。 たとえば、(貢献度ではなく)努力に応じて分配する、家柄に応じて分配するなど、 これ以外にもいくつもありえるという批判はおいておくとしても、 問題は、(さきほど筆者は「分配の正義はない」と論じていたのだが) 最終的に(3)を「正義に適っている」と結論する論証において、 それ以外の三つの選択肢をそれぞれ不正だと論じて、 それらの組み合わせについてはまったく考慮していないことである。 しかし、それこそが、 (たとえば)ロールズの正義論がやろうとしていたことであった。
このこと(筆者の単純な思考)は、 筆者の次のfalse dichotomyの使用からもわかる。 「働きとは無関係に結果を平等にされるのと、 働きに応じて分配される(そして結果は平等にはならない)のと、 社会の状態としてはどちらがよいだろうか」(38頁)。 これがfalse dichotomyであるのは、third wayがありうる、 すなわち、たとえばロールズの正義論のように、 「不平等が社会の最も貧しい人の底上げに役立つかぎりで、 働きに応じて分配される」というような形で、 結果の平等の考慮と貢献度の考慮を混合した形の正義論を 作ることもできるからである。
(3)最後に、筆者の累進課税批判の一文を見る。
集団において、各人から取って集めたものを分配する場合 (これを簡単に再分配と呼ぶことにする)には、 個人の立場から見て明らかに「不正」といえる再分配が登場してくる。 それは、「再分配の結果、自分が出したものよりも受け取るものが少ない」 場合である。たとえば、累進課税で所得税を取って、それを低所得者に 再分配した場合には、「たくさん取られて少ししか(あるいは全然) 分配されない」人たちがかならず出てくる。 その人たちはこのような再分配に不満、あるいは「不正感」を抱くにちがいない。 その一方で、「少なく取られて(あるいは全然取られずに)多く受け取る」 人たちは「幸福感」を抱く。この人たちはこれこそ「正義」だと考えるかもしれない。 自分の利益になることが正義なのである。しかしある人たちの不正感を 他の人たちの幸福感で相殺することはできない。 明らかに不正感を抱く人が出てくるようなら、そのやり方を 「正しい」ということはできない。累進課税は「正しくない」制度である。 (40-1頁)
しかし、累進課税でたくさん取られる人が感じる「不正感」は、 正当なものだろうか。 低所得者がアリとキリギリスのキリギリスのような生活(あるいはマリブビーチで サーフィン)をやっているなら、たしかに正当かもしれない。 しかし、必ずしもそう仮定する必要はない。少なくとも低所得者の大半は、 市場における競争で、努力したが失業したと考えてもよいだろう。 それでも競争に勝った人が、負けた人に対して税によって再分配を行なうのは 不正だと主張するだろうか。
だが、高所得者が、不正感を感じる一つの理由は、 自分が低所得者にはならないと考えているからである。 今日は競争に勝った人でも、明日は負けて、低所得者になるかもしれない。 相手の立場に立たず、自分の現在の立場から一方的な「正義」を説いても、 それこそ筆者の言うように「正義については意見が一致しない」 ことになるだろう。 万人が納得するような正義にかなった制度を考えるには、 自分が社会のどの地位につくかわからない (才能があるかどうか、低所得者になるか高所得者になるかわからない) 無知のヴェールの背後で思考する必要がある。 そして、このような無知のヴェールの背後で思考した場合、 高所得者は、 一定限度までの累進課税に対しては、 たとえそれが現在の自分の利益にはならないとしても、 正義だと考え、おそらくは「不正感」を感じないのである。
(累進課税の正当化については、 もう一つ「税を払える人が払う」という原則が考えられるが、 それについては42頁で筆者が不承不承認めている)
自分を誉めるのもなんだが、ひさしぶりに集中してよく勉強した (というか、頭を使った)。自分が自分をコントロールしているという、 この落ちついた感覚がよい。明日もこの調子でがんばろう。
昼下がりまで起きられず。お茶の水のシンポに行く予定だったのだが。 夕方、大学へ。図書館に一日遅れで本を返すはずが、 書庫のものは週末は返せないことが判明。う〜ん。
ちょっと勉強したあと、夜からジムへ行く。 やっぱり、少しさぼると筋トレもつらくなる。 筋肉も頭もコツコツと鍛えるようにしなければ。
夜は某海鮮丼屋で。 そのあと、「相田みつを物語」をテレビで見るが、 物語からはこの人がどのくらい偉大な人かとか、 どういう意味ですごい生き方だったかとかが伝わってこず、今ひとつ。 むしろ、フレディ・マーキュリー物語とか、 ジョーイ・ラモーン物語とかをみたいなあ。
分業。 自分の代わりに食糧を作ってもらうこと。 自分の代わりに国を守ってもらうこと。 自分の代わりに国を治めてもらうこと。
駅前の某東急ストアで買物をしたあと、日付が変わったころに帰宅。
最近ちょっと疲れがたまっている一因は栄養不足のような気がするので、 野菜ジュースやミックスナッツなどいろいろ買ってみたが、 肉食ではないのであまり精のつきそうなものはない。 ニンニクでも大量に食べてみんなに嫌われるか…。
遅寝早起き。今日もあまり寝れなかった気がする。 最近、哲学関係の本を読んでから寝るせいか、 あるいは先日ひさしぶりに論文を書いて頭を使ったせいか、 どうも何か考えごとをしながら寝ているようだ。困った。
「(自衛隊員の)彼をイラクに行かせないで」たった一人の署名活動 (asahi.com)。 その目的自体の是非はともかく、一人で運動をやってるところはすごい。 こんな彼女を持って、彼氏は幸せだ。
が、ここにもちょっと書いてあるように、 イラクへの自衛隊の派遣を道徳的見地から否定するのではなく、 彼氏にイラクに行ってほしくないというのであれば、 彼氏に自衛隊を辞めてもらうように説得した方が話は簡単なんじゃないかと思う。 自衛隊のイラク派遣に反対するとなれば、政府相手の運動になってしまうが、 彼がイラクに行くのに反対するのであれば、彼氏と相談すればいいだけだからだ。
しかし、おそらく話はそんなに簡単ではないのだろう。 きっと彼氏がイラクに行くのも反対だし、 彼氏が辞めたら彼氏の代わりに他の隊員がイラクに行くのも忍びないのだろう。 だから「わたしの恋人がイラクに行くので派遣反対です」と言うのではなく、 「自分の恋人がイラクに行くことになったらどうしますか」 という道徳的主張をしているのだろう。 それにもし戦争反対という大義を掲げれば、 これをきっかけに反戦運動が野火のように広がるかもしれない。 そういうことを考えているのかもしれない。
お昼前に大学へ。
「日本聖書協会の『アートバイブル』をこないだ買ったんですが、 この本は聖書の物語を題材にした有名な画家たちの絵を、 聖書の該当箇所の引用とともに掲載しており、 しかも旧約、新約ともに流れに沿って配置されてあるので、 聖書のダイジェスト版としても非常によく出来ていると思います」
「わしもそう思うよ。これで3000円を切るというのは安い。 全国有名書店で販売中」
「そうですね。日本聖書協会に感謝しないといけません。 しかし、それよりも興味深いのは、 ここに掲載されている絵画をパラパラと眺めていて気付いたんですが、 女性のヌードはほとんど旧約だけに限られているということです。 イブから始まり、デリラ、バト・シェバ、エステルなど、みんな脱いでます」
「どれどれ。おお。なんと。これまた。う〜ん、たしかに。 これは『週刊古代』とでも銘打って袋とじにしたら売れるかもしれんな」
「だめですよ、聖書なんですから。 それはともかく、それに対してですね、 新約の方だと肌をあらわにしている女性が、 この本が検閲されている可能性もありますが、 非常に少ないんです。 もちろんマリアは脱ぎませんし、 マグダラのマリアもここに載ってるかぎりでは脱いでません」
「ほんとだな」
「唯一女性で脱いでるのはモローのサロメ(でしたっけ?)ぐらいで、 あとはイエスのヌードばかりです。 しかもイエスのヌードはセクシーなものが多くて、 なんともホモセクシュアルな雰囲気を漂わせていますよね」
「そうか。どれどれ。う〜ん。たしかに。ひょっとすると、旧約聖書はヘテロ、 新約聖書はホモ、という画家の住み分けがあったのかもしれんな」
「いささか不謹慎ですが、そういう邪推もしてみたくなりますよね」
お昼は某弁当屋の弁当。
眠い。
今日のミーティング用の準備。
コアーズとシェリル・クロウが一緒に作ったシングル曲はキャッチーだが 今いちだ。 うまく言えないが、 シェリル・クロウのよくないところが前面に出ているような感じ。
雨。書籍部にクリスマスカードを買いに行くと、(当然?)売ってなかった。 二階の生協の事務所で引越し情報誌をいただく。
地下の文房具とコンピュータの売っている購買部に行くと、 クリスマスカードがたくさん売っていたので購入。
その足で総合図書館に行き、パトナムの本を借りようとすると、 開架図書は教官も学生も5冊までと言われ、すでに5冊借りていたので 泣く泣く帰ってくる。法学部の継資(継続資料室)にも行く予定だったが、 すっかり意気を阻喪してしまったので行かずに戻ってくる。
そもそも図書館めぐりって疲れるので昔から好きじゃないんだよな。 とはいえ、総合図書館の4階には哲学倫理関係の洋書もいくらか あることがわかったのでときどき行くようにしよう。
本はなるべく自分の研究室に置いておきたいと思うが、 やはりなるべく総合図書館のようなところに本が集まるようにしておいた方が、 みんなにとって便利なんだろうと思う。 と思いつつ、やはり自分用に本を買い集めるのだった…。
木曜定例の某ミーティング。つかれた。 今日はなるべく早く帰ろう。
さて、雑用も片付いたし、帰るか。
帰宅。『白い巨塔』。財前助教授、教授に。
某長電話。明日の予習をしないといけないのだが…。
昨晩は大阪の友人のところに泊めてもらう。感謝。
早朝に起き、関空まで車で送ってもらう。感謝。
香港から来た友人とその兄弟姉妹5人組に無事会う。 まず道頓堀の旅館に連れていき、 そのあとしばらく道頓堀や心斎橋、アメリカ村を散策。 それぞれ別行動ということにして、 オレはタワーレコードでCDを買ったり、 マンガ喫茶で『バイオレンス・ジャック』を読み返したり。
夜、一緒に梅田に行き、新梅田シティのスカイビルに上る。 実はあそこに行くのは今回が初めて。 地上40階の展望台には小さなクリスマスツリーに願い事を書いた星がたくさんかけられており、 すこし読んでみると「胸が大きく、小池栄子以上になるように」とか 「目標長髪4メートル」とか書いてあり、少し笑う。 地上ではハイデルベルクのクリスマス祭というのもやっており、 なかなか楽しいところだった。夜はその地下でお好み焼きを食べる。
それから梅田駅で連中と別れて、帰宅。 つかれた。が、明日の授業の準備をせねば。
机に向かっている時間…0hr
今日の勉強時間…0hr
マルクス係数…0
「イミなくカタカナがタヨーされているブンショーってすごくハラタツよな」
「ハラタツハラタツ」
「しかしコレってナンナンダロー。どうしてハラタツんだろうか」
「ゲンゴテキなものってなかなかセツメーできないけど、 なんかウケねらいテキなとこがハラタツんじゃないダローカ」
「しかし、 イミなくヒラガナがおおいブンショーよりぜったいハラタツよな」
「ハラタツハラタツ」
「ん、『テツガクがわかる』のボーツチヤセンセーのブンショーのこといってんの」
「いや、まあイッパンテキにさ…」
「寒くて起きる。ヒコーキがツイラクする夢を見ました」
「どういうイミなんだろうね」
「落ちるけど、離陸後すぐだったので、 海の上に降りてそのあと無事に脱出できるんですよね」
「離陸後すぐってだいたいダメなんじゃないのか」
「なにか大失敗する(した)けど、 思ったより被害がすくなくてすむ、ということか? ゲソダイ哲学の件について考えていたのかもしれんな」
「あ、勉強しなくちゃ」
「授業授業」
「授業に行くまえにフト自分を探すための旅に出てしまい、 おおはばに遅刻してしまう」
「残念ながら自分は見つけられず」
「徳倫理二日目。 カントと徳について。 カントは有徳になるには漸進的な改革ではなく改心に比すべき革命が必要とされる と考えていた、というような話」
「つまり、全寮制の学校に六年間入って徐々に人格が陶冶されるのではなく、 ある日突然改心してすばらしい人間になるというわけですか」
「ダンコンダンコン」
「お昼は某中央生協で梅雑炊」
「引き続き徳倫理の講義。徳と習慣について。 習慣によって知識が身に付くというような話」
「それはあれ? 自転車とか自動車に乗る練習をしていると、 そのうち鼻歌を歌いながらでも操縦できるようになるということ?」
「うん、まあそんな話じゃないんですかね。 知識が血肉化するというか。服も着ることによって 自分の一部と化しますからね。セックスも性教育だけじゃだめで、 実習してみないとね。何を言ってるのかよくわかりませんが」
「ダンコンダンコン。ロゴスダンコン」
「きみ、大丈夫か」
「ヒテーのヒテー。ゼッタイヒテーセー」
「あ、ついにいかれた」
「授業終わり。 アリストテレスにとって倫理学は厳密学ではないとか、 シラーの美しき魂の話とか」
そろそろ次期大統領が決まりそうな勢いだが、 「民主主義」というありがたい言葉を効果的に使った側が、 最高裁で勝つように思う。
プラトンの正義論、とくに比例的平等(功績に応じた配分)について。 得るところなし。
英国では来年1月から薬局でモーニングアフターピル (性交渉のあとに服用する避妊薬)が買えるようになるそうだ。
4錠20ポンド(12時間おいて2錠ずつ服用するとのこと)で、 16才以下は買えないらしい。 性行為後72時間以内に服用すれば、 まず妊娠することはないとのこと。
保守層は「無責任な性行為がはびこることになる」と心配しているようだが、 無責任な親が増えるよりよっぽどましではないだろうか。 また、エイズなどの性病が心配とはいえ、無責任な性行為のどこが悪いのか、 とも思う。
とにかく、女性にとっては選択の幅が増えたわけで、 悪い話のようには思えない。 ただ、20ポンドといえば3600円だから、 もうちょっと安くならないと困るだろう。
政治理論を勉強していると、「どうやって限定(制限)するか」 という問題設定がよく目につく。
たとえば、功利主義はすばらしい理論だが、
スケープゴートの例など、直観に反する事例をどのように回避するか、とか;
多数決原理は実用的な手段だが、
多数者の専制(少数者の抑圧)を避けるためにはどうすればいいか、とか;
当事者の同意があればだいたいの行為は許されるが、
「奴隷になります」と同意する人の同意を無効にするにはどうすればいいか、など。
上の例はしばしばすべて「人権で制限しましょう」 の一言で片付けられてしまう事例だが、 他にも主権の暴走をどう限定するかという問題 (たとえば三権分立によって解決する)もある。
要するに、少なくとも政治理論の領域では、 まず一般的、普遍的な命題を作り、 それにどのような限定を加えて適用すればうまく行くか、 というように作業が行なわれるようだ。
とすると、おれがやれる作業というのは:
あれ、なんだか科哲みたいな話になってきたな。 とにかく、立派な政治理論に出会ったら、 まず(2)について考えることが重要だろう。
(2)についてもう少し考えると、 一般的な理論に直面したときには、 具体的に考える能力が要求される。 たとえば、功利主義理論に出会ったときに、 スケープゴートの事例を考えつくなど。 これが簡単なようで大変むつかしいので(つい抽象的に考えてしまいがち)、 つね日頃から意識的な修業が必要だと思う。
以上の思考法をためしに人権論に適用すると、
あ、そうか、たとえば「人権はなぜ動植物には適用されないのか」 という問題を検討すると、「道徳的存在者のみが権利を所有しうる」 というような一般的命題が明るみに出される場合があるわけだ。 同様に、囚人が選挙権を与えられない理由を考えると、 「平等な尊重に値する者だけが選挙権を有する」 というような一般的命題が出てくる。
こうした一般的な命題を薮の中から導きだせればしめたもので、 さらにいろいろ「この命題に従えば、こういう事例が考えられるが、 これはまずいんじゃないか」 式の批判を行なうことができる。
とすると、立派な理論に出会ったときには、 その荘厳さに魅せられることなく、 ちまちまと周辺領域を見まわして、 「こういう制限をしなくていいのか」 とか「なぜこういう限定があるんだ」 とかいう問いを立てることが批判をはじめる足掛かりになると言えそうだ。
昨日は、三条の某古本屋で『静かなるドン』第31-36巻を買って読みふけっていた。 表紙と中の巻号が異なっている巻が二冊あったので、 また三条に行って交換してもらう。無駄無駄無駄ァ。
お昼すぎまで寝てしまう。
起きてから急いでテン氏の講演へ。 某先生なんかも来ていた。 懇親会には出ずにさっさと退席。 ほんとはでればよかったんだけど。
大学に戻ってきてしばらく某ベドー氏の論文のまとめ。 UCLの願書書かなきゃ。
某所にてカキフライ定食。 スピリッツとオリジナルを読む。
ところで最近ラジオでUnder Pressureがやたらとかかっているが、 何か理由はあるのかな?
体調がまた悪くなってきた。なぜなんだ。
わ、いつのまにやらポンドが166円ぐらいになってる。 おれが行ったときよりも10円以上下がってるなあ。
読書会の後、某さん、某くん、某くんと一緒に 某定食屋へ。本日の定食(えびフライ、筑前煮など)。 しかし、 各人がそれぞれ異なる視点から同じ出来事を述べるというのも なんだかおもしろいものだ。
それから下宿へ。 流しにたまっている食器を洗った後、 定食屋に入る前に購入した大根、 さつまいも、こんにゃくなどをおでんの鍋に追加。
それから、明日のロック読書会、ベンタム読書会の予習。 入浴。洗濯機の終了予約。
え、修論? うううう…。
昨夜は坂本百大の『現代論理学』の序を読んで寝る。 大庭先生の授業に出ようと思って早起き。眠い。
予約していたはずの洗濯機が回っておらず、泣く。 遅刻しそうだったので、授業に出るのはあきらめる。
洗濯物を干して、喫茶店へ。モーニング。新しいチャンピオンがない。
それからルネへ。金銭的に少し余裕があったので、 新書(< 古本とは異なる、新品の本という意味)を数冊購入。
それから文学部の事務に立寄り、 去年の取得単位数を訊く。 もし今年足りそうになければ、 某先生にも泣きつかなければならないからだ。
全部で28単位あった。 あとで某くんに訊いたところ、 二年間で30単位そろえばいいんだそうで、 だったら楽勝である。一安心。
大庭先生のまとめの授業だけ聴きにいく。 テスト(授業の感想・批判)があったが、結局出さずじまい(当然か)。
ベンタム読書会。 来週からは論文を見てもらう予定。
ロック読書会。観念連合について。 ついに第二巻を読み終えた。感動。 (去年の春に最初から読み出した)
この読書会もしばらく休止。
・また夜中にむくっと起き上がり、遅い晩飯を食べてから研究室にやって くる。
・ところで、「遅い晩飯」は一見冗語のような気がするが、「早い晩飯」 というのも考えられると思うのでこのままにしておく。
・などと書くと、WWWという集合体意識の超自我(=フロイト語。いわゆる良 心)の部分からお叱りを受けそうだが、ドイツ語やフランス語はいざ知らず(フ ランス語はほんとに知らない)、日本語においては、明らかに正義は男性名詞 で、真理は女性名詞なのである。
・その理由は、読者諸賢ならばすぐにわかるとおり、正義は「まさよし」 で、真理は「まり」だからである…。
・さて、真理を「マリ」と読むことにすると、かたい哲学書がいっぺんに 面白くなる。このことを、今手元にあるニーチェの『善悪の彼岸』(岩波文庫、 木場深定訳、1970年)を用いて例証してみよう。なお、ドイツ語で「真理」は die Wahrheitで、これは女性名詞である。
(以下、原文の傍点は煩雑になるため省略した。「マリ」 の強調はわたしが勝手にやった)
「マリが女である、と仮定すれば--、どうであろうか。 すべての哲学者は、彼らが独断家であったかぎり、女たちを理解することにか けては拙かったのではないか、という疑念はもっともなことではあるまいか。 彼らはこれまでマリを手に入れる際に、いつも恐るべき真 面目さと不器用な厚かましさをもってしたが、これこそは女っ子に取り入るに は全く拙劣で下手くそな遣り口ではなかったか。」(p. 7)
「マリへの意志、これはわれわれをなお幾多の冒険へ誘 惑するであろうし、あの有名な誠実、これについてはすべての哲学者がこれま で尊敬の念をもって語って来た。このマリへの意志はどの ような問いをわれわれにすでに提示したことか!……
われわれにここで問いかけるのは、そもそも誰であるか。われわれのうち にあって「マリへ」意志しているのは、果たして何である か。……
われわれはこの意志の価値を問うた。われわれがマリを 意志するとすれば、何故にむしろ非マリを意志しないのか。 また不確実を意志しないのか。」(pp. 11-12)
「いかにして或るものがその反対のものから発生することができようか。 例えば、マリが誤謬から?或いは、マリ への意志が迷妄への意志から?或いは、無私の行為が私欲から?或いは、賢者の 純粋な明々白々な観照が欲情から?このような発生は不可能である。」 (pp. 12-13)
・以上、わたしの言いたいことが少しは理解してもらえただろうか?
・わああ、カント(の宗教論)難しいよーっ。
・同音異義語、というものが存在する。言語学のことは 知らないので、それだからこそ素人ゆえの勝手な主張をさせてもらう。 同音異義語は紛らわしいので基本的には同一言語内では全廃されるこ とが望ましい。
・なかでも、性的用語と同音の異義語というのは最悪である。たとえば、 もしもぼくの名前「さとし」と同じ音の単語(例えばカタカナで「サトシ」)が 新しい俗語として男性性器や女性性器の名称として用いられたり、「サトシす る」というのが「性交する」という意味で使われるようにでもなったら、ぼく は恥ずかしくて赤面してどもることなしには自分の名前を言うことができなく なるであろう。
・…。何が言いたいのかと言うと、要するに、identifyを「同定する」と 訳すのはやめてくれ、ということである。やめなさいっ。その訳語はやめなさ いっ。ついでに、京大の法学部兼経済学部の建物を「法経館」と呼ぶのもやめ なさいっ。法学部、経済学部の人々よ、君たちにはデリカシーがないのかっ。
・…。わたしは決してヴィクトリア朝の人間ではないが、しかし人並の連 想能力はきちんと持ちあわせているので、こういう同音異義語を聴くと赤面し てしまうのである。こういう言葉をどもりもせず平気で言う人の気が知れない。 きっと大脳に異常があるのであろう。
・あのー、やっと倫理学入門書読書会の準備が終わったんですけど…。
・リンダ・ロンシュタットを聴きながら、リンゴをかじりながら、窓の外 を眺めていると思わず「ああ、いつか年を取ったら、今が人生で一番良い時だっ たと思い出すのかなあ」などと考えてしまった。
・(胸を張って)いや、幸せですよぼくは。不幸を託って倒錯的な喜びを感 じるつもりはありません。
(「何で君はそんなに正しいねん」という声がどっかから聞こえて来そうで すが…)
・ぼくも、 昨年の今ごろの日記を読んでみたが、苦労してる のか遊んでいるのかわからない。
・それにしても、昔の自分というのは赤の他人とも自分自身とも言えない、 なんだか変な存在である。しかも昔の自分の文章の方が、今より面白かったり するのでなんだかくやしい。きい。
・モーニングを食べてから、法学 部の図書館に行って調べもの。関東弁護士会連合会編の『死刑を考える・平成 7年度関弁連シンポジウム報告書』(1995)という本がないかどうか図書カード で調べたのだが、ない。
・そこで司書の人に他大学にあるかどうかを調べてもらったところ、なん と山口大にしか入ってない、とのこと。京大附属図書館に頼みに行って、向こ うの大学の図書館員にコピーを取ってもらう、というのも大変なので、とりあ えず諦めた。それにもう一つ策があったので。
・ついでに、重松一義著、『死刑制度必要論: その哲学的・理論的・現実 的論拠』(信山社出版、1995年)というかなりすごい題名の本を借りようと思っ たが、あいにく紛失して現在新しいのを注文中だということで、この本も手に 入らなかった。いずれにせよ、親切に調べて下さった司書の人に感謝。
・研究室に戻って来ると、ありがたいことに日弁連(日本弁護士連合会)に出 したメイルの返事が来ていた。実は先日WWWで調べても『死刑を考える・平成7 年度関弁連シンポジウム報告書』を出版している関東弁護士会連合会の実体が わからなかったので、思い切って日弁連の方に質問のメイルを出してみたのだ。 返事には関弁連の電話番号が書いてある。大感謝。
・それで早速、関弁連の方に電話を入れてみた。女性が出る。
「あのー、こちらは一般市民ですが、そちらにかくかくしかじかの本は残っ ていませんでしょうか?」
「あ、その本は残念ながらもう在庫がありません。もしかすると静岡弁護 士会の方にまだいくらか余っているかもしれませんので、そちらの方にご連絡 ください。電話番号は…」
「あ、どもども。失礼します」
・というわけで、今度は静岡に連絡することになった。次は男性が出る。
「あのー、(同上)」
「はい、探してみてご連絡さしあげますので、そちらのお名前と電話番号 と住所を教えていただけますか?」
「えええと、児玉聡です。住所は日本です」
「は?」
「いえ、住所を特定しうる表現はWWW上では避けなければならないので…い や冗談です…ええと、児玉聡、〒606-01、左京区吉田本町…京大倫理学研究室、…」
「…はい。はい。ええ、失礼ですが、この吉田というのは吉田山のことで すか?」
「え?ええ、そうですが?」
「あっ、そうですか。いや、わたしら年寄りが歌う歌にこの吉田山が出て 来るんですよ。一年に一度みんなで集まって蛮声を張り上げてですな、がはは はは」
「あ、なるほど、あはははは…」
・電話を置いてから、この方はおそらく旧制高校の卒業生なのだろうと思 い当たった。一度その歌を聴いてみたいものである。
・そしてその後、この方が30分もしないうちに再びこちらに連絡してくれ て、結局問題の本は静岡弁護士会からこちらに郵送してもらえることになった。 感謝感激。
・みなさんどうもありがとうございました。御恩は一生忘れません。いや、 ほんとに。
・「朝起きると、夜だった」
--目が覚めて外が暗いことに驚いたときの感じを表現すると、こうなると 思う。
・なんか今日はえらくたくさん書いてるな。(猿)
・申し訳ないが午後からの授業は自主休講させてもらって、倫理学入門書 読書会が始まるまで下宿で爆眠していた。今日は読書会を一時間遅く始めた。 「カント流倫理学の巻(その2)」。非常に おもしろかった。カントもどうしてなかなか憎めないおじさんです。夕ごはん はみんなと某オムライス屋で。
・うう。眠い。
日の出よりずっと前。昨日までのぼくは死に ました。今日から生まれ変わって児玉2号と名乗ります。児玉2号の使命 は、卒業論文を13日の金曜日までに書くことです。書けなければ、やはり首を 吊って死ぬことになるでしょう。え、こういう言い訳はだめ?ゆゆ許して下せ えっ。ふ、不幸のメイルだけは送らないで下せえっ。
さぶい。ぶるぶる。そいえば、ふところも寒い。昨日の飲み会で(飲んでない けど)お金を払ったらもう財布には漱石がひとりぼっち。むむむ...
朝。ども。児玉2号です。ども。いえいえ眠くなんかありません。そいえば、 どもありがっとマスターぽろっと、なんてのもありました。
昼過ぎ。休憩が短い。今からまた集中講義。
昼下がり。ねぶい(ねむい)。これからアマルティア・センのお話。
宵。これから家に帰って卒論。書けっ、書くんだ、じょおおおっ。それではさよなら。