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近著論文の解説

CD4陽性T細胞におけるIL-6シグナルが肺高血圧症の病態形成に寄与する


石橋知彦 稲垣薫克 岡澤慎 浅野遼太郎 中岡良和

対象論文

  • IL-6/gp130 signaling in CD4+ T cells drives the pathogenesis of pulmonary hypertension

  • 著者:Tomohiko Ishibashi*, Tadakatsu Inagaki*, Makoto Okazawa, Akiko Yamagishi, Keiko Ohta-Ogo, Ryotaro Asano, Takeshi Masaki, Yui Kotani, Xin Ding, Tomomi Chikaishi-Kirino, Noriko Maedera, Manabu Shirai, Kinta Hatakeyama, Yoshiaki Kubota, Tadamitsu Kishimoto#, and Yoshikazu Nakaoka#
    *equal contribution, #co-correspondence
  • 掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
  • DOI:10.1073/pnas.2315123121

論文サマリー

【背景】

肺高血圧症(Pulmonary Hypertension: PH) は、心臓から肺へ血液を送る血管である肺動脈に狭窄や閉塞が生じて肺動脈圧が上昇する疾患で、治療が奏功しないと進行性で心不全に至ることもある、予後不良の厚生労働省の指定難病です。現在、肺血管拡張薬の開発によって、その予後は改善しつつありますが、未だに予後不良の経過を示す症例もあり、その病態解明と新しい治療法の開発が必要とされています。
PH発症には遺伝的素因に加えて、環境因子として炎症や感染、薬物・化学物質曝露などが重要だと考えられて来ました。

炎症の誘導において重要な役割を担う炎症性サイトカインのinterleukin-6(IL-6)に焦点を当てて、 我々はこれまでPH病態形成の研究を進めてきました。マウスを低酸素濃度(10%)に曝露することで作製される低酸素負荷誘発性肺高血圧症(Hypoxia-induced Pulmonary Hypertension; HPH)マウスに対して、IL-6の作用を阻害する抗IL-6受容体抗体を投与するとコントロール群に比べてHPH病態が有意に抑制されることを、我々は以前に報告しました(Hashimoto-Kataoka et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 112(20): E2677-86, 2015)。この報告で、我々はIL-6の作用によりCD4陽性ヘルパーT細胞、特にIL-17とIL-21を分泌するT細胞が肺に集積してHPH病態に関わることを示しました。その後、IL-6の主要な作用点として肺動脈平滑筋細胞が重要であるとする報告が他のグループからなされました(Tamura Y. et al. J Clin Invest. 128:1956–70, 2018)。そこで今回我々は、 (1)PH病態形成に重要なIL-6シグナルの受容細胞を明らかにすること、(2)重症PHラットモデルでのIL-6シグナル阻害が病態抑制に有効かについて検討すること、に取り組みました。

【研究手法と成果】

どの組織/細胞でのIL-6シグナルを受け取ることがPHの病態形成に関与するかを明らかにするため、Cre-loxPシステムを用いて肺動脈を構成する血管内皮細胞や血管平滑筋細胞でIL-6受容体を構成する受容体コンポーネントの1つであるgp130を欠損させたマウスを作製して、HPH病態を検討しました。その結果、gp130を血管内皮細胞で欠損するマウスでは有意な変化はみられませんでしたが、平滑筋細胞特異的に遺伝子組み換えを誘導することが知られるCreマウスのSMMHC-CreERT2とSM22α-Creを用いてgp130を欠損させたマウスでは相反する結果となって、SM22α-Creを用いてgp130を欠損させたマウスでのみHPH病態が有意に抑制されました(図1)。

図1

図1. 血管平滑筋特異的にgp130が欠損する2種のマウスでは、低酸素による肺高血圧症病態に異なる表現型がみられ、SMMHC-CreERT2マウスでは改善がみられなかったのに対して、SM22α-Creマウスでは、右室収縮期圧、右室肥大の抑制傾向が認められた。

そこで、SM22α-Creが遺伝子組み換えを誘導する細胞系列を明らかにするため、レポーターマウスを作製して解析すると、血管平滑筋だけでなく、造血幹細胞を含む血球細胞でもCre依存性の遺伝子組み換えが生じていることが明らかになりました。また、既存のデータベースから、gp130はT細胞に多く発現していることが分かりました。よって、SM22α-Creを用いてgp130を欠損させたマウスでのHPH病態抑制は、T細胞でIL-6/gp130シグナルが低下したことによる可能性が示唆されました。T細胞でIL-6/gp130シグナルが重要な機能を担うのは、CD4陽性のヘルパーT細胞であることが知られています。そこで、CD4陽性T細胞でgp130を欠損するマウスを作製して、HPH病態を検討するとPH病態は有意に抑制されました(図2)。

図2

図2. CD4陽性細胞特異的にgp130が欠損するマウスでは、低酸素による肺高血圧症病態が有意に改善し、低酸素によりCD4陽性細胞におけるIL-6シグナルの欠損によりTh17細胞の増加が有意に抑制される。

以上より、HPH病態形成においてCD4陽性T細胞でのIL-6シグナルが重要であることが明らかとなりました。また、平滑筋細胞特異的な遺伝子欠損を誘導する際に汎用されてきたSM22α-Creマウスは、平滑筋細胞のみならず血球細胞でも遺伝子欠損を誘導してしまうことが明らかとなり、実験結果の解釈では慎重に対応する必要があると考えられます。

HPHマウスの病態は軽症から中等症のレベルであることから、重症PHモデルにおけるIL-6シグナル阻害がPH病態の抑制に有効であるかを明らかにするため、CRISPR-Cas9の系を用いてIL-6欠損ラットを作製しました。IL-6欠損ラットでは代表的な3つのPHモデル(低酸素誘発性, モノクロタリン誘発性、Sugen5416/低酸素(SuHx)誘発性)の何れでも、PH病態が有意に抑制されることが明らかとなりました(図3)。また、重症PHのモデルでは肺動脈周囲にマクロファージやCD4陽性細胞が集簇して、その一部ではIL-6シグナルの下流で活性化するSTAT3のリン酸化が生じていることも認められました。一方、IL-6欠損ラットでは肺血管のリモデリングが抑制されて、肺血管周囲の免疫細胞の集簇も顕著に減少していました(図3)。重症PHモデルの肺から単離したCD4陽性T細胞での網羅的な遺伝子発現解析を行ったところ、IL-6依存的なTh17細胞の遺伝子発現パターンに誘導がなされていることも明らかになりました(図4)。以上の結果から、重症PHの病態形成過程でもCD4陽性T細胞に対するIL-6シグナルが重要な役割を担う可能性が示唆されました。

図3

図3. 代表的な肺高血圧症ラットモデルにおいて、IL-6欠損ラットでは肺高血圧症病態が有意に抑制された。

図4

図4. SuHxラットの肺血管に集簇するCD4陽性細胞ではリン酸化STAT3シグナルが亢進し、IL-6シグナル依存的なTh17細胞の分化が示唆される。

更に、現在臨床で使用されるPH治療薬(肺血管拡張薬)とIL-6阻害の併用効果を検討しました。代表的なPH治療薬のエンドセリン受容体拮抗薬や可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬を野生型ラットに単独で投与した場合より、IL-6欠損ラットへ投与した場合に有意なPH病態抑制の効果が観察されました。以上より、重症PHの治療では既存の肺血管拡張薬とIL-6阻害が相加的に作用する可能性が示唆されました(図5)。

図5

図5. 本研究成果の概要

著者コメント

本研究では、PHの発症や進展にCD4陽性T細胞におけるIL-6シグナルが関与していることを明らかしました。今後の課題として、IL-6がいつどこで産生されるのか、また、IL-6シグナルを受容したCD4陽性T細胞がどのようにPH病態形成に関与するか?のメカニズムを明らかにすることが必要と考えられます。現在、我々はIL-6の下流因子としてヘルパーT細胞から産生されるIL-21に着目して、IL-21阻害によるPHの新規治療法開発を国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の支援のもとで研究を進めています。また、IL-6シグナル阻害のPHに対する臨床応用に関しては、英国でIL-6受容体抗体のトシリズマブを用いた臨床研究が行われましたが、有意な有効性は観察されなかったと報告がされています(Toshner et al. Eur Respir J. 59:2002463, 2022.)。しかしながら、23名の肺動脈性肺高血圧症 (Pulmonary Arterial Hypertension: PAH)患者を対象とした小規模な試験であることや、治療に難渋する膠原病PAH患者に対しては改善の可能性が示唆されています。

我々と京都大学医学研究科医化学講座・竹内理教授らとの共同研究で、炎症のブレーキとして機能するRNA結合タンパク質であるRegnase-1はIL-6、PDGFをはじめとする複数のサイトカインのmRNAを分解することで肺高血圧症の発症予防に関与することを2022年に報告しました(Yaku et al. Circulation. 146:1006-1022, 2022)。Regnase-1を肺胞マクロファージなどで欠損するマウスは重症PHを自然発症することから、複数のサイトカインを介したシグナルがPHの重症化には関与することも予想されます。今回の研究結果と合わせると、複数のサイトカインの作用を効率良く同時に抑制するような治療法が、PHの新しい治療法として有望な可能性も示唆されます。今後、さらに研究を進めて、新しいPHの有効な治療法を開発したいと考えています。

国立循環器病研究センター・血管生理学部のメンバーの写真

国立循環器病研究センター・血管生理学部のメンバー(2022年12月)

活用したデータベースにかかわる
キーワード

肺高血圧症
interleukin-6(IL-6)
CD4陽性細胞

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