心房細動に対する理想的な手術とは、心房細動の欠点を取り去ること、すなわち(a)規則正しい脈拍を回復し、(b)心房収縮を回復し、(c)脳梗塞発症のリスクを無くす手術です。古くは1967年に房室ブロック作成術が発表されました。これは外科的に房室ブロックを作成し心室をペースメーカーで刺激することにより、(a)の規則正しい心拍は回復しますが、心房は心房細動のままであり、(b)(c)は解決されません。
その後1980年代になり、左房隔離術(1980; Wiliams, Cox, et al)、Corridor Operation<回廊手術>(1985; Giraudon et al)等の心房を隔離して細動を心房内に閉じこめる手術が考案されましたが、常に脳梗塞の危険性は残り、理想的な手術とは成り得ませんでした。
このような状況下で、長年不整脈外科の研究を行ってきていた米国セントルイスのワシントン大学のCox教授は「Maze手術」を考案しました。当時心房細動のメカニズムはまだよくわかっていませんでしたが、電気生理学的検査のデータからは、心房細動も多くのマクロリエントリー(電気的な興奮がある程度の大きさでぐるぐる回って回路を形成することです。)の集まりのように考えられました。(図1)
ただし、心房細動をマッピングしてそのリエントリー回路を同定してそれを切断することは不可能なため、心房細動がおこらなくなるようにする唯一の方法としては、心房内で考えられ得る全てのリエントリー回路を断ち切ることである、という結論に達し、Maze手術を考案しました。「Maze」とは英語で「迷路」のことであり、文字通り心房内に迷路を作ることにより、心房内の全ての箇所に伝導は伝わりますが、「リエントリー」となる回路は成立しなくなります。(図2,3) 16頭の犬による動物実験でその効果や影響を確認した上で、1987年9月に臨床例で初めてMaze手術を施行したところ手術は成功し、その後の計7例の成功結果をもとにして、1991年に論文で発表しました。当初Cox教授はMaze手術で心房細動は完全に治らなくても、使用薬剤の数を一種類でも減らせられればよいという考えで始めましたが、実際に行ってみると心房細動は消失し、多くの症例では抗不整脈剤も不要になることがわかり、自らその効果に驚嘆したと述べています。
その後1991年11月までに計32例に対してMaze手術を施行しましたが、この術式では心房細動は治るものの術後にペースメーカーを必要とする症例が極めて多く、その原因は洞結節動脈を切断するためと考えられました。そのため切開線の変更が検討され、Maze IIを経て、1992年4月からMaze III手術が行われるようになりました。
このMaze III手術は心房細動に対する効果は十分で、かつ術後に洞機能不全がおこる頻度は激減し、以後心房細動手術の基本術式として現在に至っています。(図4)
Cox教授自身のMaze手術の成績は13年間306例の症例が1999年に発表されていますが、手術死亡が3.3%で、265例の長期follow-up(平均3.7±2.9年)において、100%で洞調律が維持され、そのうち95%は抗不整脈剤も不要であり、また術後遠隔期の脳梗塞発症は1例(0.3%)のみという素晴らしい成績となっています。 |