聴神経腫瘍




                                                                           
  
                            
        聴神経腫瘍・治療法の解説と比較

 最近、多くの聴神経腫瘍の患者様やご家族から、診察や手術の御依頼・セカンドオピニオンの御依頼・
掲示板やメールでのご質問を頂くようになりました。

 皆様のお声に共通する点は、
聴神経腫瘍には手術と放射線療法だけでなく、経過観察という選択もあり、
そのメリットとデメリットがわかりにくいために、どの治療を選択してよいかわからな
というものです。
 このことは至極もっともなことであり、当事者である耳鼻科医や脳外科医ですら、明確に患者さんにとっての
最適な治療を示すことが必ずしもできていない、というのが現状です。
 今回、中外医学社の「CLINICAL NEUROSCIENCE」という医学雑誌から執筆の依頼を受け、
「標準治療と最新治療-メリット・デメリット 聴神経腫瘍 」という総説を書きました (Vol.24, 1284-1285,2006)。
 その内容は、
本来は医師向けなのですが、患者様にも十分に参考になるのではないかと考え、内容の
一部をアップしたいと思います。

 ただし、本内容はいくらすでに
出版されたものとはいえ、一般的な考え方を踏まえた、1人の脳神経外科医の
見解であることには変わりはなく、他の医師の考え方やものの見方が違う可能性は十分にあり得ます

殊に、聴神経腫瘍のように、種々の治療法が存在したり、治療成績が施設によって全く異なるような疾患に
ついては、むしろ見解が共通することの方が不思議とも言えます。
 したがって、以下の内容は、あくまでも、東京警察病院の河野の一般論を踏まえた考え方とご理解頂いた上で
お読み頂き、皆様の治療の参考になれば幸いです。
 腫瘍の大きさや年齢、聴力の状態など、患者様によって、条件は異なりますので、必ずしもこの考え方が
当てはまらないことも十分に予測することができますので、その点も併せてご了解ください。

                                      東京医大 脳神経外科  河野道宏





  標準治療と最新治療-メリット・デメリット 聴神経腫瘍

                                                    河野 道宏・東京警察病院 脳神経外科部長


[
解説]

 聴神経腫瘍は、前庭神経から発生する神経鞘腫の通称で、最近は前庭神経鞘腫とも呼称される。
良性脳腫瘍で、脳腫瘍の約
10%
を占める。症状はほとんどが一側の耳鳴りと難聴で、めまい感を伴う
こともあり
(
1)、多くは耳鼻咽喉科で発見される。腫瘍の存在する後頭蓋窩の小脳橋角部や内耳道は、
しばしば
CTでは読影が困難であるが、近年、MRIの普及により、腫瘍が小さいうちに本疾患が診断
される機会が増えている。

 小脳橋角部に発生する腫瘍の約2/3が聴神経腫瘍であるが、この腫瘍には通常、顔面神経・蝸牛神経
・上前庭神経・下前庭神経・中間神経と
5本の神経が接触している。腫瘍が大きくなるにつれて、
これらの神経群に加えて三叉神経・下位脳神経群・外転神経なども関係してくる。

 聴神経腫瘍の治療方針としては、経過観察・手術・放射線治療という3通りの方法があり、腫瘍の
大きさや症状、患者の年齢や希望、治療施設の条件
(聴神経腫瘍を的確に手術できる術者がいるか
どうか、特殊な放射線治療装置を備えているか等
)によって、その治療の選択は様々であり、明確な
治療ガイドライン等がないのが現状である。その最も大きな原因として考えられるのは、この腫瘍の
手術が極めて難しいために、手術者によって手術成績が異なることである
(2-7)。このために経過観察
や放射線治療が導入されてきた経緯がある。
 
経過観察・手術・放射線治療の利点と欠点について1にまとめる。現時点でほぼコンセンサスの
得られている治療選択基準は、
若年者や径3cm以上の大きな聴神経腫瘍には手術が、高齢者や全身麻酔の
リスクの高い患者には放射線治療
が、小さい腫瘍には経過観察が行われることが一般的と考えられる。
3cm未満の腫瘍に対しては、手術も放射線治療も行われている
が、小さい腫瘍に対して聴力保存を目的
とした手術が行われているのも現状である
(2,3,5)
    


    
           
                
表1 各治療の比較

 
  
             
    経過観察            手術              放射線治療

   メリット      合併症の心配がない       腫瘍の切除が行える         開頭手術なしで治療
                                                     病理診断が確定する           合併症の頻度は少ない
                                                  あらゆる大きさの腫瘍に治療可能



 
  
デメリット     聴力保存の機会を          手術者によって              腫瘍は消失しない
           逸する可能性が高い         手術成績が一定しない        (腫瘍と一生つきあう)

            大きくなった場合に         開頭手術を要する           再発した場合に手術が難しい
             治療が難しくなる
                         顔面神経麻痺出現等の合併症の    現在の治療線量による
                           頻度が放射線治療に比して高い      腫瘍コントロールの
                                      
                  長期成績はない
 

                                                                                        
                  
大きい腫瘍や嚢胞性
腫瘍には不適

                                            水頭症出現の可能性

                                                                                                  悪性腫瘍化の報告あり

       


    
 医療費             安価              放射線治療より高価
(*)                  手術より安価 (*)
                                   * 高額療養制度を申請すれば患者負担は同額

          入院           不要                手術後2-3週間                     1-3

     合併症の種類                なし               各種の脳神経症状                  各種の脳神経症状
                                                               髄膜炎、髄液漏                    水頭症
                                   創部のトラブル

         適応             高齢者、小さい腫瘍             若年者、大きな腫瘍                   高齢者 
                             聴力保存企図の小さい腫瘍            全身麻酔高リスク患者
                              
                                                             手術拒否患者
 

       コンセプト                 -                           治す治療               コントロールする治療

                                        




[標準治療と最新治療]

 現時点では、手術だけでなく、放射線治療もすでに標準治療となっていると考えられるため、
それぞれの分野における標準治療と最新治療につき記述する
(表2)




                                       表2 標準治療と最新治療


                                       手術              放射線治療


                                  術中神経モニタリング
     標準治療               (顔面神経刺激、ABR)                     ガンマナイフ

                            
     経験豊富な術者が手術する

                 


    
           各種頭蓋底手術アプローチの導入         計画的な手術と放射線治療の
                (脳神経外科と耳鼻科の共同手術)             コンビネーション
     
                                   術中神経モニタリングの向上            定位的分割ライナック照射
       最新治療    (顔面神経持続モニタリング、CNAP)
   

                                    聴力温存手術の普及                         サイバーナイフ

                     NF2の両側聴力喪失に対するABI

                                  顔面麻痺に対する新しい手術法 
          

                            内視鏡の導入、手術器具の電気化など



・手術
  聴神経腫瘍の手術は、良好な手術結果を得るためには熟練を要するため、通常は経験豊富な医師に
よって手術が行われる。脳神経外科で手術することが多く、後頭下開頭による
lateral suboccipital approach
(
後頭蓋窩法)が用いられることがほとんどであるが、耳鼻咽喉科で手術を行う場合には中頭蓋窩法や
経迷路法が用いられる。最近は、脳神経外科と耳鼻咽喉科が共同して手術を行う施設や、各種の頭蓋底
手術アプローチを症例によって使いわけたり組み合わせたりする方法
(7-9)も出てきており、以下に
述べる術中神経モニタリングの進歩と併せて手術成績の向上に寄与していると考えられる。

 術中神経モニタリングとしては、主として顔面神経と蝸牛神経のモニタリングが行われる。従来より
顔面神経のフリーランや随意刺激による顔面表情筋の筋電図が顔面神経のモニタリングとして用いられて
きたが、近年は顔面神経起始部に電極を留置し、
1Hzの頻度で持続刺激を行って、常に顔面筋電図反応の
変化がないかどうかを連続監視する方法が導入されている。また、蝸牛神経のモニタリングとしては
もっぱら聴性脳幹反応
(auditory brainstem response: ABR)が用いられてきたが、これに加えて蝸牛神経上
からクリック音に対する活動電位を記録する
CNAP (compound nerve action potential)が用いられる機会も
増えてきた。これに伴って、聴力温存を企図した手術も広く行われるようになり、小さい腫瘍で有効聴力
が保たれているケースに手術が適応されることも多くなってきた。他の術中神経モニタリングとしては、
三叉神経運動根モニターや、大きな腫瘍で脳幹を圧迫している症例に体性誘発電位
(somatosensory
evoked potential: SEP
)が用いられることが多い。

 神経線維腫症第2 (neurofibromatosis type 2: NF2)の両側聴神経腫瘍に伴う両側聾については、
後迷路障害であるためにこれまでほとんど有効な治療がなかった。しかし近年、聴性脳幹インプラント

(auditory brainstem implant: ABI)が開発され米国で多数症例に用いられて有効性が報告され (10)、日本でも
導入が始まっている。

 顔面神経が手術中に障害された場合には、手術中に神経グラフトを用いて顔面神経を再建するか、
後日に顔面神経と舌下神経を吻合することが一般的であるが、近年は、舌下神経麻痺を生じない顔面神経
-
舌下神経吻合術
(11)や、血管柄付き遊離筋肉移植と同時に対側顔面神経と吻合する方法などが報告され
(12)、普及しつつある。

  この他、内視鏡を用いて手術中に顔面神経の走行や広がり具合を観察する方法や剥離子などの手術器具
を電気化して神経刺激を行いながら腫瘍の剥離操作を行う方法
(13)などが発表されている。

・放射線治療
 1968年にスウェーデンで開発されたガンマナイフ治療が聴神経腫瘍に対して本格的に用いられ始めたの
1980年代初めのことで、日本には1991年に導入され、現在では約50台の装置が設置されて稼働している。
この間にガンマナイフ装置にも改良が加えられ、これまでの手作業からコンピュータによる自動計算システム
が導入されて
(14)、各施設による治療の差が出にくい状況となっている。近年は顔面神経麻痺や聴力喪失
などの合併症を避けるために、照射線量が約
2/3に抑えられているためにこれらの合併症はほとんど起こらなく
なってきているが、現在の照射線量で腫瘍が長期わたりコントロールできるかどうかについては今後の長期成績
の報告が待たれる。また、定位分割リニアック照射
(15)や、やはり分割照射が可能で頭部のフレームを要さない
サイバーナイフ
(16)が最新治療として登場してきているが、未だ長期成績の報告がないために真の評価は
今後の課題である。

[おわりに]

手術と放射線治療の標準治療と最新治療につき概説した。現在はインターネット情報が豊富で容易に入手でき、
セカンドオピニオンのシステムも十分に普及してきたために、患者の自主性や治療の選択権が重んじられるように
なり、これに伴って治療の専門化も進んでいる。放射線治療は特殊な照射装置を要することからすでに専門性が
確立しているが、
手術に関しても専門施設に患者が集中するセンター化が進んでいるために、今後は一定の
良好な手術成績が出されてゆくことが期待される

[文献]
 1) Selesnick SH, Jackler RK. Clinical manifestations and audiologic diagnosis of acoustic neuromas.
   Otolaryngol Clin North Am. 1992; 25: 521-51.

 2) Sanna M, Zini C, Mazzoni A, et al. Hearing preservation in acoustic neuroma surgery. 
  
Am J Otology. 1987; 8: 500-6.

 3) Slattery WH, Brackmann DE, Hitselberger W. Middle fossa approach for hearing preservation with acoustic neuromas.
   Am J Otology. 1997; 18: 596-601.

 4) Samii M, Matthies C. Management of 1000 vestibular schwannomas (acoustic neuromas):
   surgical management and results with an emphasis on complications and how to avoid them. 
   Neurosurgery. 1997; 40: 11-23.

 5) Samii M, Matthies C. Management of 1000 vestibular schwannomas (acoustic neuromas):
   Hearing function in 1000 tumor resections. Neurosurgery. 1997; 40: 248-62.

 6) Samii M, Matthies C. Management of 1000 vestibular schwannomas (acoustic neuromas):
   The facial nerve - preservation and restitution of function. Neurosurgery. 1997; 40: 684-95.

 7) Glasscock ME III, Kveton JF, Jackson CG, et al. A systematic approach to the surgical management of acoustic neuroma.
   Laryngoscope. 1986; 96: 1088-94.

 8) Jackler RK, Pitts LH. Selection of surgical approach to acoustic neuroma. Otol Clin North Am. 1992; 25: 361-87.
 9)
河野道宏、浅岡克行、澤村 . 側頭骨錐体部経由アプローチの選択と注意点.   脳神経外科. 2003; 31: 871-82.
10) Ebinger K, Otto S, Arcaroli J, et al. Multichannel auditory brainstem implant: US clinical trial results.
   J Laryngol Otology. 2000; 114: 50-3.

11) Sawamura Y, Abe H. Hypoglossal-facial nerve side-to-end anastomosis for preservation of hypoglossal function:
   results of delayed treatment with a new technique. J Neurosurg. 1997; 86: 203-6.

12) Ueda K, Harii K, Asato H, et al. Neurovascular free muscle transfer combined with cross-face nerve grafting
   for the treatment of facial paralysis in children. Plast Reconstr Surg. 1998; 101: 1765-73.
13
) Silverstein H. Microsurgical instruments and nerve stimulator - Monitor for retrolabyrinthine vestibular neurectomy.
   Otolaryngol Head Neck Surg. 1986; 94: 409-11.
14
) Tlachacova D, Schmitt M, Novotny J Jr, et al. A comparison of the gamma knife model C and the automatic positioning
    system with Leksell model B. J Neurosurg. 2005; 102 Suppl:25-8.
15
) Andrews DW, Suarez O, Goldman HW, et al. Stereotactic radiosurgery and fractionated stereotactic radiotherapy
   for the treatment of acoustic schwannomas: comparative observations of 125 patients treated at one institution.
   Int J Radiat Oncol Biol Phys. 2001; 50: 1265-78.

16) Ishihara H, Saito K, Nishizaki T, et al. CyberKnife radiosurgery for vestibular schwannoma. 
   Minim Invasive Neurosurg. 2004; 47 :290-3.











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