救急医療メーリングリスト(eml)より

救急医療に関する法的問題―法曹家への質問状

(市立八幡浜総合病院麻酔科 越智元郎


 2005年5月27日(金)、28日(土)には第6回中国四国救友会と第21回日本救 急医学会中国四国地方会(http://www.asahimedical.net/99gakkai/)が高知で開催されます。

 この両日に東海大学 西田先生による救急医療と法をめぐる講演が2本 予定されています。私は会長にお願いして、事前質問状を西田先生にお送 りいただきました。西田先生からはご返信をいただき、主には28日(土) の(どちらかと言えば)医師に比重を置いた講演の中で、私の質問に答え て下さるとのことでした。

―――――――――――――――――――――――
5月27日(金) 第6回中国四国救友会
■基調講演 「救急救命士の処置拡大と法的諸問題」
 司会:根岸 正敏(近森病院救急科)
 ・西田 幸典(東海大学法科大学院)
―――――――――――――――――――――――
5月28日(土)日本救急医学会中国四国地方会
■特別講演(2)「救急医療システムにおける関係法規」
 司会:金子 高太郎(県立広島病院救命救急センター)
 ・西田 幸典(東海大学法学部)
―――――――――――――――――――――――

 私の質問状は以下のようなものです。西田先生がどのようなお考えをお 示し下さるか、皆様におかれましても、ぜひ会にご参加いただき、一緒に 勉強・(意見交換の機会があれば)論議をさせていただきましょう。


御講演 「救急救命士の処置拡大と法的諸問題」に関する質問事項

東海大学法学部
西田幸典 先生御侍史

〒796-8502 愛媛県八幡浜市大平1-638
市立八幡浜総合病院麻酔科 越智元郎
TEL 0894-22-3211, FAX 0894-24-2563
e-mail: gochi@m.ehime-u.ac.jp

 新緑の候、西田先生におかれましては御清祥のことと御慶び申し上げます。

 私は愛媛県の二次救急医療機関で勤務している者ですが、今月末高知市に おきまして開催されます第21回日本救急医学会中国四国地方会(第6回中国 四国救友会)における先生の御講演を大変楽しみに致しております。このた び西山謹吾会長より、先生に事前に質問事項をお送りすれば御講演中に御解 説いただける可能性があるとお聞きしましたので、救急救命士活動の法的問 題についての疑問点をまとめてみました。御検討をいただきたく、どうぞよ ろしくお願い申し上げます。

 私は救急救命士の病院実習についてお伺いしたいと存じます。

 平成15年3月に一審判決が出まして現在上級審で係争中の、市立札幌病院 歯科医師の医科研修問題( http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/shika03/index.html) につきましては、先生もよく御承知のことと存じます。歯科医師に救急研修 を受けさせた、松原救命救急センター長が告訴されたこの事件は中国四国地 方の救急医療関係者に強い衝撃をあたえ、平成14年の本会(第18回地方会) におきましても同センター長を支援するための決議がなされております。こ の一審判決中、たとえ研修として実施するのであっても医師でない者が気管 挿管などを実施するのは医師法17条に違反し、違法性が阻却されることもな いと結論付けられました。

 その後、国は歯科医師の救急救命研修のガイドラインを発表し、歯科医師 が救急医療を受ける医科患者に対し、指導医師のもとで気管挿管などを実施 することを許容しています。また歯科医師と同様、病院においては医療行為 を行う資格のない救急救命士に対し、気管挿管の病院内実習を推進していま す。この、資格のない者であっても患者の承諾の下に、指導医師が立ち会い 安全を担保して、研修の一環として医療行為を行うことが医師法に背くもの でないことは本来、私共が主張して参ったことです。しかし、一審判決とは 言え、司法の判断が示された現在、国の方針を無邪気に信じて研修を行うこ とには躊躇せざるを得ません。歯科医師や救急救命士に対する研修に関して 国から断罪されることが現実にはあり得ないとしても、「研修として行うの であっても無資格者の医療行為は違法」という司法の判断が覆らない間は、 そのような研修を行うことは控えるべきと考えるからです。

 上記の考えは平成16年2月、厚生労働省へ送付したパブリックコメント「救 急救命士による気管挿管等の実施のための関係省令等の改正についての意見」 (http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/04/o2-pubcome.htm) の中でも、救急救命士に気管挿管を許すことが時期尚早と考えられる理由の 一つとして述べさせていただきました。

 次に、救急救命士の病院内気管挿管実習を担当する麻酔科医の立場から書 かせていただきます。私は麻酔科部門の責任者が実習に関する危険性や補償 のあり方、院内体制などを判断して、場合によっては実習を辞退することが できると考えて来ました。それは日本麻酔科学会による「救急救命士気管挿 管実習受託受入に伴う取扱規則(案)」( http://www.anesth.or.jp/cgi-bin/news/newsdata/up_data/200402021506__1.pdf) やメディカルコントロール協議会などが定めた「救急救命士の気管挿管に係 る病院(手術室)実習要領」( http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/04/oa-soukan2.htm) などにおいて、麻酔科部門の責任者の承諾が気管挿管実習受け入れの前提と なっているからです。ところが、病院長の「業務命令」によって強制的に実 習を行わせるというような例もあり、医師でない者の実習に関して法的整備 が十分でないことの皺寄せを現場の実習担当者が被らざるを得ない事態が発 生しています。

 気管挿管実習よりも広範に行われております、救急救命士の就業前あるい は生涯教育としての病院実習にも同様の問題があります。これらの実習にお いては、「救急救命士の気管挿管に係る病院(手術室)実習要領」( http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/98/i610guid.html) に定められた実習項目についての経験数を報告する必要がありますが、その 項目の中には静脈路の確保、ラリンゲアルマスクや食道閉鎖式エアウエイな どを用いた気道確保が含まれています。しかし、病院内においては無資格者 である、救急救命士が行うこれらの処置に関する患者への説明と同意取得 (インフォームド・コンセント)の必要性は気管挿管実習の場合ほどは厳密 には定められていません(同意書を残す必要がないと考えている関係者も少 なくありません)。また、静脈路確保や採血処置を指導医師が立ち会わずに、 病棟・外来などで看護師とともに実施させている施設も少なくありません。 このような実態は市立札幌病院歯科医師の医科研修問題の処分に胸を痛める 者にとって、非常にルーズで患者を軽視したあり方に見えます。

 以上、私の質問事項をまとめますと以下のようになります。

  1. 市立札幌病院医科研修問題1審判決で「医師でない者の気管挿管等は研 修として行う場合でも違法」となっており、この判決が覆るか、「研修 法」といった形で法的整備がなされるまで、救急救命士の特定行為に関 する病院実習は控えるべきではないか。

  2. 現時点で救急救命士の気管挿管実習などの指導を辞退したいと考える指 導医師(麻酔科医師など)がおれば、その個人的信念や懸念は尊重され るべきではないか。

  3. 仮に静脈路の確保、ラリンゲアルマスクや食道閉鎖式エアウエイによる 気道確保に関する病院内研修を実施する場合にも、患者からインフォー ムド・コンセントを得、同意書として残すことや、指導医師が直ちに交 代できる形でその場に立ち会うことは必須ではないか。

 西田先生の御意見を御伺いいたしたく、どうぞよろしくお願い申し上げま す。


救急・災害医療ホームページ/ □News from the GHDNet