平成3年、愛媛大学医学部附属病院救急部の発足後から副部長として同 部に務めてきたが、このほど心機一転、大学を離れることにした。発足当 初は常勤医師1名だけのささやかな救急部門であったが、救急部長をはじ めとするスタッフの努力が実り、現在は救急医学講座かつ日本救急医学会 指導医指定施設となり、愛媛県の高次救急医療の一角を担う存在に育って いる。この間、御協力をいただいた学内外の関係者には深謝申し上げたい。
救急部在籍中は、救急隊員や救急医師などプレホスピタルケア関係者の 交流の場である「愛媛救友会」を発足させ、微力ながらその発展に努めた。 また、全国の救急医療関係者のインターネットを通じた交流の場となる、 「救急医療メーリングリスト」を開設した。同時に、わが国初めての救急 医療をテーマとしたウェブである「救急・災害医療ホームページ」や日本救急医学会ホームページの発信を担当した。アメリカ心臓協会(AHA)の 心肺蘇生法ガイドライン策定会議に参加したり、日本蘇生学会のビデオ 「教職員と保護者のための心肺蘇生法」編集を担当したのも良い思い出で ある。平成15年1月には、難関と言われる日本救急医学会指導医の認定も受 けることができた。
さて、救急部門を一旦退くに当たり一つ残念に思うことがある。それは 当地における「救急救命士の心電図伝送問題」である。
平成3年8月に救急救命士制度が発足し、救急救命士は医師の具体的な指 示のもとに、病院外の心肺停止患者に対し、ラリンジアルマスクエアウエ イなどによる気道確保、半自動式除細動器を用いた電気的除細動、静脈路 確保の、いわゆる特定3行為を実施できることとなった。一方で、救急救 命士と指導医師との間の情報共有の手段として、心電図伝送装置とその受 信機が救急車や医療機関に整備された。
当初、全国的の多くの消防本部が、救急救命士が医師から心停止患者に 対する特定行為の指示を受ける際に、心電図伝送を行っていた。しかしこ れは次第に行われなくなった。それは、病院外で心肺停止に陥った患者を 救命するのみならず、神経学的後遺症を最小限にとどめ社会復帰させるた めには、できるだけ早期に除細動を行うことが重要であることが、世界的 に強調されたからである。また、厚生労働省および総務省消防庁ともに、 心電図伝送が特定行為実施の必要条件でないことを明言している。
ところが、中国四国救友会の調査(2002年6月)によって、中国四国地 方の53%の消防本部が特定行為実施に先立ち必ず指示医への心電図伝送を 行っており(うち8%は医療機関の求めによる)、一方伝送が不要である のは31%に過ぎないことが判明した(愛媛県でもほぼ同様の比率であった)。 心電図伝送を行っている地域では、心肺停止が疑われる患者の枕元まで除 細動器(心電図解析装置を兼ねる)を持ってゆかず、患者を救急車に収容 し、心電図解析と医師への伝送を行った後に除細動を実施している。枕元 で心電図解析を行い、携帯電話などで医師に報告し、その場で除細動を実 施している消防本部に比べ、除細動までの時間の遅れは3分を下るまい。
心室細動患者において、電気的除細動の実施が1分遅れるごとに、重篤 な神経学的後遺症なしに退院できる患者が7〜10%減少すると言われている。 心電図伝送を行っている地域では100人の心室細動患者のうち20人以上を、 不適切な救急医療システムのために失っていることになる。
平成15年度からは救急救命士の活動に見直しが行われ、医師の救急救命 士への指導(メディカルコントロール)と事後検証体制が充実した地域で は、除細動については医師の事前の指導のみで、医師へ連絡することなし に実施できるようになる。半自動式除細動器による心電図自動解析と救急 救命士による心電図評価では不十分として、多くの消防本部が医師への心 電図伝送を実施している愛媛県は、医師による指導体制が充実した地域と 言えるだろうか。全国の多くの消防本部が、患者の救命という観点から救 急活動の流れを年を追って練り上げていったのに対し、心電図伝送に固執 し患者の命が(潜在的に)失われてゆくことを黙認した消防本部は、国が 許す新しい救急救命士活動を享受する資格があるだろうか。
救急救命士の特定行為に先立つ心電図伝送問題については、私なりに様 々な機会に訴えてきた。しかし、愛媛県においてそれが解決しないまま救 急部門を離れることになったことについて、わが微力を恥じざるを得ない。
参考
http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/jp/
http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/02/densou.htm
http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/02/m8chusi2.htm