線虫はどんな生き物なの?
線虫はどんな生き物なの?
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5.線虫の研究とノーベル賞
(1)線虫の基礎研究:ブレナー、サルストン、ホービッツ
線虫C. elegansについて、初めて基礎的な研究を行ったのはイギリスのブレナー(S. Brenner)であり、1960年代のことであった。彼は著名な分子生物学者であったが、動物の発生や神経系を解析したいと考え、多くの教科書や文献を調べて対象とすべき動物を探した。そして線形動物門の動物である線虫が良いと考え、60種類以上の線虫を飼育・観察した結果C. elegansを選んだ。
ブレナーは、変異誘導剤EMSを用いて形態、運動、発生などについて異常を示すエレガンス線虫の変異体を多数分離し、それらを用いて遺伝子地図を作成した(線虫遺伝学の確立、1974年論文発表)。第2に、エレガンス線虫に含まれる900余りの体細胞の約1/3を占める神経細胞からなる神経系の微細構造をホワイトらと共に解析した1986年論文発表)。第3として、イギリス人のサルストン(J. E. Sulston)、アメリカ人ホービッツ (H. R. Horvitz)と共にエレガンス線虫の全体細胞の生成過程(細胞系譜)を明らかにした(1977年、1983年論文発表)。
これらの業績に対して、2002年上記3人にノーベル生理学・医学賞が授与された(「器官の発生及びプログラム細胞死の遺伝的制御に関する発見」)。ここに、3人の写真を示す。

(2)RNA干渉の発見:ファイアとメロ
ファイア (A. Z. Fire) はアメリカ人であるがイギリスに留学し、ケンブリッジ大学の分子生物学研究所で線虫の研究を行った。その内容は、線虫にDNAを注入し、そこに含まれる遺伝子を発現させるという重要な方法(形質転換)の確立であった(1986年論文発表、図2)。アメリカに帰国後、1986年からカーネギー発生学研究所の研究員となり、線虫に特定の遺伝子を導入し、発現させる目的で運び屋(ベクター)として用いるプラスミドと呼ばれる環状DNAを作成した。次に、アンチセンス核酸と呼ばれる、発現を抑えたい標的遺伝子のメッセンジャーRNA(mRNA)と相補的な核酸に関連した研究であった。この中で、彼は線虫の形質転換の研究者仲間であったアメリカ人のメロ(C. Mello)と共に、2本鎖RNAによる特定の遺伝子の強力な発現抑制の現象とその機構を発見した。この現象はRNA干渉と呼ばれ生物界でかなり普遍的なものであることが明らかになった。これらの業績により、ファイアとメロは2006年にノーベル生理学・医学賞を受賞した(「RNA干渉、または2本鎖RNAによる遺伝子発現の抑制、の発見」)。

(3)GFPの利用:チャルフィー
チャルフィー(M. Chalfie)はアメリカ人であり、1977年に上記ホービッツと同じ英国ケンブリッジ大学分子生物学研究所の博士研究員となった。1982年にアメリカに戻り、コロンビア大学で線虫の機械的刺激(接触)の変異体の研究を続けていた。彼は1989年にGFP(Green Fluorescent Protein)と呼ばれる緑色の蛍光を発するタンパク質の存在を知り、興味を持った。彼はこれを線虫内での特定の遺伝子発現の可視化に使いたいと考えた。GFPはアメリカで研究をしていた日本人の下村修により、オワンクラゲから分離・同定されたタンパク質である。ウッズホール海洋研究所のプラッシャーにより、そのmRNAの配列をDNAに転換したcDNA(相補的DNA)が作られていた。チャルフィーはそれをもらい、線虫の機械感覚に関与するβ—チュブリンの遺伝子mec-7の転写開始信号(プロモーター)とGFPのcDNAを結合したプラスミドを作成し、線虫に導入した。すると、見事に線虫の機械感覚ニューロンのみが緑色蛍光を発した。チャルフィーはこの業績により、下村修、GFPの改変を行ったチェン(R. Y. Tsien)と共に2008年ノーベル化学賞を受賞した(「緑色蛍光タンパク質(GFP)の発見と発展」)。チャルフィーのGFPについての研究はわずか2週間程度しかかかっておらず、彼は超ラッキーな人である。
(4)マイクロRNA:ラブカン、アムブロ
ラブカン (G. Ruvkun)、アムブロ(V. Ambros)は共にアメリカ人であるが、線虫においてマイクロRNA (microRNA) の実体とその機能の研究を精力的に行った。マイクロRNAは、タンパク質をコードしていない小さいRNAであり、エレガンス線虫においては140以上の遺伝子から発現され、発生・行動・代謝・環境変化に対する行動などを調節している。このようなマイクロRNAの発見について、この2人は2024年のノーベル医学・生理学賞を受賞した。